おもてなし
俺たちは、もぬけの殻になった冒険者ギルドを出た。
途端に、強烈な日差しと街の喧騒が復活した。
「冒険者ギルドでの情報収集ができなくなった訳だが。さて、どうするかな」
「我が君、あいすみません」
腕組みをする俺の横で、クレンが弱々しく頭をたれた。
「いや、別に謝らなくていい。情報なら神殿とか宿屋でも取れるし」
俺の宿屋という言葉にメルがパッと顔を輝かせた。
「じゃあ宿屋に行こう! そして、ご飯を食べよう!」
メルはそう言うと、俺の腕を引っ張って歩き出した。
まあ、メルがお腹が減ったというのなら宿屋でもいいか。
大抵の宿屋は食堂を兼ねているので、情報収集と腹を満たすことが同時にできる。
すでに朝食は取っていたが、パンとチーズのみという軽食だったし、冒険者ギルドのひと騒動のせいか俺も腹が減っている。
宿屋は大通りの一角ですぐに見つかった。
看板に「民宿オアシス」とベタベタな名前が書いてあった。
2階建ての建物の大きさからすると、食堂と客室5部屋ぐらいの小さな宿と思われた。
ただ、木製の扉が閉まったままだ。
「お休みかな?」
メルが残念そうにつぶやいた。
「いや、朝の宿屋なんて大抵こんなもんだろ」
俺は気にせずに扉に手をかけた。
やはり、鍵は掛かっていない。
扉を開けて中をのぞき込むと、薄暗かった。
カーテンを閉め切っているようで、室内はカーテン越しの陽光によるわずかな明るさしかない。
それでも、部屋の奥に小さなカウンターがあるのが分かった。
カンター前の空間は吹き抜けになっていて、意外と広々としている。
ただ、誰もいないようだ。
「誰かいませんか?」
そう声を出しながら宿に入り、カウンターに向かった。
メルとクレンも後ろからついてくる。
「誰もいませんね」
「え~、じゃあご飯が食べられないってこと?」
クレンの声にメルが落胆した。
「奥にいるかもしれない。すいませーん!」
俺はカウンターから身を乗り出し、真っ暗な店の奥に向かって叫んだ。
その時、何かが頭上に落下してくる気配を感じた。
反射的に飛びのき、同時に抜刀する。
――キンッ。
俺が一刀両断した物体がカウンターの上に転がった。
薄明かりの中でもその正体がはっきりと分かった。
真っ白な髑髏だった。
「人骨? なぜここに……」
カウンターに近づいて確かめようとした。
すると、店の奥からポロン、ポロンともの悲しい竪琴の音が聞こえてきた。
「ヒッ、冥府の竪琴でしょうか」
クレンが俺の背中に引っ付いてきた。
「あっ、じゃあ、メルも!」
メルは元気いっぱいで左腕にくっついてきた。
いや、2人とも邪魔なんだが。
俺が2人を振りほどこうとしていると、竪琴の音に交じって地の底から響くような声が聞こえてきた。
「冒険者よ。即刻、この街から立ち去れ、さもなくば汝もまた冥府への旅人にならん」
「誰だ?」
暗いカウンターの奥を凝視すると、ぼんやりと白い物体が揺れ動くの見えた。
「おっ、お化けですぅ!」
クレンが震えた声を出した。
お前、世界を滅ぼせるくせに恐がりってどういうこと?
「わ~、お化けだ。初めまして」
君はもっと緊張感を持とうか。
「冒険者よ。忠告はしたぞ」
白い物体の中央がめくれ上がったかと思ったら、ボウガンらしき物が出てきた。
おい、まさか。
「立ち去らぬのであれば、制裁を受けよ!」
ボウガンから躊躇なく矢が放たれた!
かなりの至近距離。
しかも、女の子2人がくっついている状態。
普通ならば頭を射抜かれて死んでいた。
まあ、普通の人ならね。
俺はスキル「飛翔」を発揮し、部屋に浮かぶことで矢を避けた。
飛ぶ前に、剣を鞘に収め。
しかも、メルとクレンを両手に抱えてからスキルを発動させるという早業つきだ。
吹き抜けの天井じゃなかったら、単に手で矢を止めるだけだったけど、こういう相手には派手な反応を見せた方がいい。
よい威嚇になる。
「なっ、なんだお前は」
案の定、白い物体からうろたえた声が響いた。
さっきまでと違い、少年のような声だ。
どうやら、それが本当の声のようだな。
「お仕置きが必要だな」
俺は床に降りて、メルとクレンを離すと、剣を鞘ごと手に持った。
そして、一瞬でカウンターを乗り越えて白い物体に接近。
鞘の先っちょで白い物体の頭付近を軽く叩いてやった。
「痛ってええええ!!」
たちまち白い物体が床に転げ回った。
「さあ、正体を見せろ」
俺は白い物体に手をかけた。
やはり、それは白い布地だった。
「メル、クレン。カーテンを開けてくれ」
一気に明るくなった室内で、手に持った布を一気にはぎ取る。
そこに10歳ぐらいの少年が現れた。
右手にボウガンを持って、頭の大きなたんこぶを左手で抑えて、床をのたうち回っている。
「お化けじゃなくて、子どもだったのですね」
クレンがホッとした声を上げた。
「なんだ、本物じゃなかったのか」
メルがつまらなそうに口をへの字に曲げた。
俺は床に転がる少年に近づいた。
「幽霊ごっこでお出迎えとは、とんだおもてなしだな」
「こ、子ども相手に剣を抜くなんて、冒険者失格だぞ!」
身を起こした少年が涙目で俺を睨んできた。
黒髪の短髪で、砂漠の民特有の鳶色の瞳をしていた。
「客に矢を放つ方が商売人失格だろうが! あと、剣は抜いてないし」
「抜いてなくても痛いんだよ!」
「痛めつけようとしたんだから、それでいいんだよ」
「このアホ!」
「はい、アホって言う方がアホです」
「この野郎!」
少年が俺に向かって突進してきたので、人さし指で頭を抑えてやった。
動きを止められ、その場でブンブンと腕を振る少年。
ふむ、もう一発ぐらいお仕置きが必要かな。
「ラディン! お止めなさい! お客さんに何をやっているの!」
超絶デコピンの準備をしていた俺に、女性の声が降り掛かった。
カウンターの奥から砂漠の民の伝統衣装を着た女性が駆け出してきて、ラディンと呼ばれた少年を抱きかかえ、俺から引き離した。
「冒険者の皆様、申し訳ありません。ラディンがとんだ失礼を」
少年の母親でディアと名乗った女性は、土下座をして謝ってきた。
ラディンはその隣に座らせられて、ディアさんに頭を床に押し付けられている。
その状態のまま、ラディンは「ごめんなさい」とぶっきらぼうに言った。
まあ、子どものいたずらぐらいでキレる度量の狭い俺ではない。
言い方が多少は気に入らないが、今回は許してあげよう。
俺は親子に謝罪を受け入れた旨を伝え、立ち上がるように促した。
ディアさんは深くフードを被っていたが、フードの奥に見える顔立ちは思ったより若くて、非常に整っていた。
ラディンとやら、美人のママでよかったな。
「しかし、ディアさん。今回は我々にケガがなかったからいいものを、普通の冒険者なら死んでいましたよ。そう、普通の冒険者ならね、ガハハハハ」
「さぞかし、ご高名な冒険者とお見受けいたします。お名前は?」
ディアさんが俺の手を取った。
はい来た。
俺の自尊心復活タイム。
「アランです」
歯と目をキラリとさせた。
「……」
ディアさんの動きが止まった。
明らかに困惑している。
これは、まさか……。
「あ~、ご主人様、また顔が真っ赤だよ」
「メルさん。先ほども言いましたが、我が君は自分の名前の認知度の低さに打ちひしがれているのです。ええ、そうです、本日2回目の赤っ恥です」
おい、みなまで言うなよ……。
復活できないほどにヘコむだろ。
しかし、ここで意外な人物が喜々とした声を上げた。
「アラン!? 神の子と称され、希望の7人の1人で、勇者育成学院主席卒の、あのアランなの!?」
ラディンだった。
「すげー、本物だ!? 握手して、サイン書いて!」
俺に飛び付かんばかりに興奮するラディン。
ああ、この反応を求めていた。
少年よ、さてはお前、いい奴だな。




