家族
タイトル通り、家族にまつわるお話です。
アジア連邦の首都、龍虎の中心部にある大華では、その地を支配するガルヴァス帝国皇女、ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァスがその一角に位置する、自身の執務室にてある人物と通信を繋ぎ、会話を交わしていた。
『あれから手間取っていると耳に入っておりますが、どうなんですか? ヴェルジュお義姉様』
「お前が心配することではない。だが、こうして話せているということは私も安心できるというものだ」
ヴェルジュが会話している人物は自分と同じ皇族、すなわち義理の兄弟の一人である。義姉の現在の状況を知ろうと本国から直接通信を繋いで話しかけてきたのだ。
おそらく彼女の下の弟妹であることは間違いなく、通信からは少女のような声が清らかに響いていた。
「だが、この国の我々が利用していた基地の半数が奴らに潰されてな……我々の勢力が小さくなっているわけだ。しかも、この国を取り戻そうとテロリストの活動も活発化している」
『そんな……』
兄弟姉妹の前でヴェルジュは気丈に振る舞っているのだが、実際は現在の状況に辟易していた。レイヴンイエーガーズがあちこち出現しては自分達が保有していた基地の破壊を繰り返していたため、アジア連邦に潜伏していたと思われるテロリストも、この機に合わせて動き出したのだ。
そのせいで彼女は山のように積もる書類の処理に、手が足りない状況と化していた。一応、専属の騎士の二人が手伝っているものの、状況はまったく変わっていない。
「まったく、やってくれる……。こんなに忙しいのは、あの時以来か……」
『…………』
ヴェルジュがそれを口にすると向こう側の人物は何かを察したのか黙ったままだ。しかし、その口から出た言葉は彼女を強く反応させるものだった。
『お義姉様、今度そちらに伺ってもよろしいでしょうか?』
「! ……どういうつもりだ?」
『お困りであるなら、私もお力にならせてくれればよろしいのです。それくらいなら……」
すなわち、自らヴェルジュの元に向かおうということなのだ。義理とはいえ姉が困っているならば、手伝いたいということだ。ところが、
「ならん」
その考えは一蹴される。手伝いは不要と言わんばかりにヴェルジュは却下したのだ。しかし、少女は怯まない。
「なぜですか!? 私など必要ないと言いたいのですか!」
「~~~~!」
まるでお前はいらないと、言外にそう言われたのだと誤解した少女は声を荒らげ、本国から遠くにいるはずなのにヴェルジュの耳元にはっきりと伝わった。そのことにヴェルジュは少女に、いらぬ誤解を与えてしまったことに後悔した。
「すまない、そういう事じゃないんだ。今ここに来ることはテロリストに察知される可能性があるし、お前の迎えに来ることも難しいんだ。分かってくれ」
ヴェルジュの言う通り、このアジア連邦の空気は普段よりもピリピリさせており、五感全てを尖らせる程の一触即発の状況である。その中での来訪となれば、大きなリスクを背負い込むことと同じだった。彼女にとってもそれは何としても避けたかったのだ。
『……そう言うんでしたら私も反対はしません。過ぎた言葉を申してすみませんでした』
「いや、こっちも言葉が足りなかった。気持ちは受け取っておこう何かあった時は、頼ってくれればいい。そちらにも義兄上と義姉上もいるしな」
「ああ」
『では切ります』
二人は互いに謝罪する。内容から見ても、互いのことを思いやってのものだと理解できる。そして通信は切られた。これが二人の、いつも通りの兄弟姉妹としての会話である。これが安らぎというものであろう。
「フウッ……」
「ご苦労様でございます」
義妹との通信を終えた後、ヴェルジュは顔を下に向け、溜息を吐く。どうやら今まで政治やら戦闘やらで疲労が溜まっていたようだ。その事を理解していたグランディは彼女を労った。
「こうも立て続けに起きるとな……」
「お気持ちは察します。ましてやレイヴンイエーガーズが反抗の火種になっているのは間違いないかと。 その関係で各地は多忙に駆られていると思われます」
「そうか……」
ヴェリオットの懸念は概ね正解である。アジア連邦を初め、日本およびEUにも戦火が広がっており、予想通りテロリストへの対応に手一杯であった。
「奴らもあれから、我々の手の届かない所で襲撃を続けています。きっと、我々との実力差を思い知らされたのでしょう」
「グランディ、それはおそらく間違いだと私は思う」
グランディはレイヴンイエーガーズが自分達との実力の違いに怯えたのだと思い込んだ。ところが、ヴェルジュは敵の戦略に別の理由があるのだと推測する。そこに、ヴェリオットがその意味を聞こうと尋ねる。
「どういう事でしょうか、殿下?」
「……奴らとて、我々の実力を見誤らないはずだ。敢えて、誘いに乗ったであろう。それどころか、我々の手の内の一部を見せてしまったようだしな」
「「‼」」
すなわち痛み分けどころか、大した戦果を上げないままカラス達は退却したのだとヴェルジュがその理由をハッキリと述べるとヴェリオットとグランディは揃ってハッとする。
敵を討てなかっただけでなく、逆に手の内を晒してしまったことは彼らにとって、まさに醜態に近かった。二人がそれを自覚するとその責任がいきなり背中にのし掛かり、悔しさが表に滲み出るほど拳を握り締めた。今さら自覚して後悔したことがさらに重圧として、彼らの背中にのし掛かってしまうのであった。
「まさか、これも奴らの……!?」
「いや、そうとも言えん。だが、あらかじめ用意された策か、それとも戦闘中に、早急に練り上げたのかまでは確かめようがない。ここまで周到となると、むしろ称賛したい位だ」
ヴェルジュは敵の指揮官の巧妙な戦術に称賛を認めた。同様に策を練り上げ、講じることができる役者なら、褒めずにはいられなかったのだ。彼女の意外と言えるその反応に、二人の騎士は心の中で「敵の指揮官を認めるとは……」と思わずにはいられなかった。
「となると、かなりの腕前を持つということになりますが……」
「ああ、だがこいつらは……」
(――若い)
若い。その言葉がヴェルジュの頭の中に真っ先に浮かび上がった。戦術もアドヴェンダーとしての腕も、自分が軍に参加したての頃のように若いのだと前の戦闘で感じたのだ。彼女はそう確信していた。
目の前にいる騎士達も同様に感じていた。ならば、付け入るスキがあるとすれば、そこだと即決する。幾度の戦場に赴いてきたからこそ、その洞察力が生かされたのだ。ならば、やることは一つだ。
「……この国にある戦力を奴らが狙いそうな基地に絞り込め。特に軍事プラントを中心に集結させろ」
「「!?」」
主から出た発言にヴェリオット達は絶句する。悪く言えば、それは暴挙そのものだ。
「なっ……」
「それはどういう事ですか、殿下!?」
普通では考えられないその指示にグランディは真意を求め、問いただす。予想された問いにヴェルジュはこう答えた。
「奴らが我々を避けていることは分かるな?」
「「?」」
「手の届かない所にいるならば、こちら側に惹き付ければいい。戦力が集まれば、数で勝る我々に、勝機が見えるのではないか?」
「‼」
レイヴンイエーガーズという大物を吊り上げるには、相応のエサを用意する。エサである戦力を自ら集まれば、対抗できるということである。後は引っかかるのを待てば、おのずとやって来るということだ。ところが、その策から必然的に生まれ、必ずつきまとうリスクについてヴェリオットが進言する。
「……ですが、多数の基地がガラ空きになれば、それを知ったテロリストが乗り込んで、無条件に明け渡すことになる可能性も……」
そう、基地を明け渡すことは敵に背を向けることと同じなのだ。ヴェルジュもそれが分からないはずがないにも関わらず、ヴェリオットは彼女がこの策を口にすることが分からなかったのである。同様に理解していたグランディも加勢する。
「いくら殿下の命令だとしても、この策は承諾しかねます!」
グランディは声を荒らげ、断固反対の姿勢をとる。いかにも無謀だということがヒシヒシと伝わってきた。しかし、彼女にとっては分かりきっていたものであり……二人が納得できる程の利点が口から出た。
「構わんさ。どうであろうとテロリスト共が一斉に基地に集まるなら、我々の手間が省けるからな」
「「?」」
ヴェルジュは薄気味悪い笑みを浮かべ、グランディが未だにその意図が理解できず、ヴェリオットが思考を巡らせる。そして、その意味を理解した。
「‼」
「お前は分かったようだな。ヴェリオット」
その意味を理解したヴェリオットは戦慄した。緻密に練られたその全容に冷や汗を浮かべたからだ。グランディはまだ理解できていないままだ。
ヴェルジュは仕方なく、グランディにこの策の全容を隠すことなく、そのまま伝えた。するとグランディはいきなり頭を下げ、謝罪し始めたのだ。
「本当に申し訳ありません!そのような策をお考えだったことは私の思考がそこまで至らなかったばかりに……」
「いや、明確に伝えなかった私にも責任がある。むしろ、謝るのは私であって……」
グランディが謝罪する中、ヴェルジュは苦笑いしたまま手のひらで静止させるようにかざしながら宥める。それを見ていたヴェリオットも彼女に加勢し始めた。
彼女が考えた策は、一見スキだらけにも思えるのだが、実は一切の抜かり目のない作戦でもあったのだ。全容を知って、グランディが脱帽するのも無理はないだろう。
「お前達も疲れただろう。ゆっくりと休むがいい。さっき伝えた策は、ひとまず落ち着いてからだ。いいな?」
「「イエスサー!」
二人は主だけが残る執務室を後にした。その主はというと、どうやら考えを巡らせていた。
「…………」
ヴェルジュは考え込む。それはさっきまで討論していた彼女の策ではない。さらにその前の、とある戦略であった。
(この戦術は確かに利にかなっている。少々荒削りな部分が目立つが、それをシュナイダーの機体性能で補っている。その上、若いにも関わらず、あれだけの運動性……何らかのサポートが仕込まれているのか?)
さらに相対していたアルティメスにも目を向ける。明らかに疑いの目をアルティメスだけでなく、それらを操るルーヴェにも向けており、狙いを定めていた。
「確かめてみる必要があるな……」
しかし、自分が調べるにも一度この国を離れる必要があることに懸念を抱く。そこで彼女は、自分以外の者に動いてもらおうと思案した。彼女にとって動きやすい人物を、思い浮かべると一人の、信頼できる人物が浮かび上がったのだ。
すぐにその人物に通信を繋ぎ、レイヴンイエーガーズの調査を依頼したのであった。
執務室を後にした二人の騎士は、別の空間へと繋ぐ道筋がまっすぐに続く廊下を歩いていた。
「殿下の手を煩わせる相手がいたとはな……」
「しかし、何者なんだ?あれだけの技術を保有するなど、我々以外にいるとは思えんが……」
二人の間には、突然現れた未知の存在に付きっきりだった。実はその頃、彼らに仕える主も同じ事を考えていたという。いや、考えずにはいられなかった。
「シュナイダーを開発できるのは我々が知る限り、二人しかいないはず……。しかし、最初の一人は……」
ヴェリオットは、現在でシュナイダーを造ることができる人物を思い出していた。一人は今聖寮にいるキール・アスガータ。そしてもう一人は……
「殿下の前であの方を言うな。……辛くなる」
紡がれるはずだった言葉をグランディが遮ったのだ。彼の言う通り、二人の表情に翳りが見え始めた。今では彼だけが唯一シュナイダーの開発に携わっているわけであるのだが、アルティメスの存在が関係しているのか、彼らガルヴァス帝国にとって一番の謎となっていた。
「相手が何であろうと……立ちはだかるならば倒すのみだ。我々が生き残るにはそれしかないのだからな……」
「ああ……そういえば、奥さんや息子さんはまだ大丈夫か?」
グランディの励ましにヴェリオットは気を楽にした。すると何か気づいたのか、ヴェリオットはいきなり立ち止まり、今度は彼がグランディに家族の安否について尋ねてきた。一応、彼らにも家族がおり、本国で静かに暮らさせているのだ。
「どちらも無事だ。ワクチンも接種しているし、今の所は問題はない」
「そうか……」
「そういえば、お前の奥さんもそろそろ子供が産まれるのではないのか?私から殿下に言っておくから、今すぐでも戻った方がいいと思うぞ」
ヴェリオットの妻はお腹に新たな命を宿しており、臨月を迎えたそうだ。もうすぐ父親となる男をこのまま置いとけないと妻子がいる家族持ちの男は、その背中を優しく押そうとした。しかし、
「……すまないが、その気持ちは受け取りそうにない。今ここにいるべきではないと私は分かっている。それに連絡はいつでもできるし……一度後で繋いでみる」
「……分かった。無茶はゴメンだからな」
ヴェリオットはその手を止めた。彼も家族は大事なのだが、今ここで抜けることは家族を危険に巻き込むことに繋がると思い、ここに留まることにしたのだ。
そして二人は再び歩みを進めた。果たして彼らが進む道は、未来という輝かしきものか、それとも……。
敵サイドの話になりましたが、彼らの事情を掘り下げたものとなっています。
この作品は、設定となる背景なだけに登場人物のほとんどが被害者という側面があると思っていただけばよろしいと思います。
活動報告にて小さいことですが嬉しいことがあります。それもご覧にならればよろしいです。




