罠
アジア連邦に属する諸国にも、日本と同等のガルヴァス軍の軍事基地が存在する。当然、帝国の支配権を証明するためのものとして建造されている。連邦にも【ギャリア鉱石】を発掘できる鉱山地帯もいくつか存在し、そのための軍用プラントもいくつか建造されていた。
その軍事基地の一つは今、帝国の第二皇女の指示により軍事演習が行われていた。その広い演習場にて彼らが使役する巨人達が四方へと足を進めている。
その中で格納庫を背にし、その場を直接見ていた第二皇女のヴェルジュに彼女の専属の騎士であるグランディが話しかけようとする。
「軍事演習を行うとは一体どういうことですかな、姫様?」
「無論、奴らをおびき出すためだ」
「奴ら……といいますと?」
「レイヴンイエーガーズ……ですか。確かに我々が動けば、必ず現れると報告があります。ですが、彼らの方から奇襲を仕掛けることもあると……」
グランディの頭に浮かんだ疑問を、隣にいたヴェリオットが答える。
彼の懸念は、概ね正解である。事実、レイヴンイエーガーズは過去に自分達の方から各地に点在する軍事基地、および軍用プラントへの襲撃を行っていた。その襲撃に規則性はなく、ただそこにあるものを片付けるといった意味不明な攻撃を繰り返していた。
もしかしたら、ここではなく別の地区にある基地を襲撃する可能性があるかもしれない……とヴェリオットは不安を過ぎらせていたが、ヴェルジュにはその不安を打ち消すような策があるらしく、自信が持っていた。
「確かに否定はできないが、いずれここを襲撃することもあるのは間違いない。だったら、こちらから仕掛けるならば、こうすればいい。もしものために、周辺の基地にもこちらの演習を伝えてある。奴らが情報を手に入れる手段があるならば、リークするようにもな」
「な、なるほど。そこまでお考えとは、失礼いたしました」
簡単に言えば、情報が筒抜けなら先に情報を与えることで待ち構えたところを袋叩きにしようというのだ。グランディはヴェルジュの策に納得し、無礼を詫びるように頭を軽く下げる。
「カラス共がノコノコ現れるならば、一斉に叩けるチャンスでもある、ということですか。その方が好都合かもしれません」
「そういうことだ。……と言っても、賭けに近いがな」
ヴェリオットも理解したらしく、この策は成功するだろうと予測する。ヴェルジュもそれに同意するが、先の懸念の通り、彼らが来てくれる保証など、どこにもないことに焦りを見せ始める。まさしくこれは賭けなのだ。
「我々も準備するぞ。奴らに、帝国に歯向かうとはどういうことなのか思い知らせるのだ!」
「「イエス ハイネス!」」
ヴェルジュはそのまま踵を返し、目先にある格納庫へと歩み始める。それに追随するように二人も踵を返し、彼女の後を追った。
その格納庫の中では、ディルオスとは異なる巨大な騎士達が立ち尽くし、自分達と共に行く主を待ち構えていた。
白い雲が緩やかに流れる青空の中、三体もの巨人と一匹の大きな鳥がその身を飛ばしていた。その巨大な存在こそ、支配に抗うカラス達、レイヴンイエーガーズである。
「……そう言えば、何で首領はこの作戦を実行したんだ?」
「何を今さら……先手を打つ、って決まったじゃないの」
「そうだけど……別の理由があったんじゃないか? なんか神妙だったし……」
リンドは彼らのトップを務めるハルディの作戦に疑問があった。作戦を聞いている内に疑問が浮かび上がったらしく、その時は聞かずにいたそうだ。茜も、その疑問に不明瞭な点があることに気づいたのか、悩んでしまう。その会話をモニターで見ていたのは、当然……
「ごめんなさいね。あまり、あなた達に心配させたくなかったから……」
突然ハルディが謝り出す。リンドの指摘に図星を突かれたようだ。その心配のことについて彼女は言葉を続ける。彼女の周囲にいるオペレーター達も自分達の上司に目を向ける。
「実は作戦前に通信を傍受してね……。あなた達が向かっている地点にて軍事演習を行うといった連絡があったのよ。まるで私達に餌を用意したようにね」
「それって、まさか……」
「確実に罠ね。これ」
「……先に言え」
明らかに罠だと冗談ぽく言い切ったハルディにアレンが茜の言葉を代弁するように突っ込む。確かに口にしたくないことであり、四人に余計な心配を悟らせたくなかったのが本音だったらしい。しかし、それをリンドに見抜かれていたようだ。
オペレーター達も憐れみにも視線がジー、とハルディに突き刺さる。彼らの目は既に光がなく、虚空だけが漂い、そんな白い目がハルディを痛めつけた。リンドは「困ったボスだよ……」と愚痴をこぼしたり、アレンも何とも言えない無表情のまま、ハルディを見ている。ルーヴェはアレンと同様に傍観を続ける。
周囲の空気を悪くしてしまったハルディも「ごめんね、ごめんね」と悪かったと言わんばかりに手を合わせる。普段の彼女とはイメージが異なる一面が垣間見られる。
だが、その彼女をフォローするような言葉が彼らの間に走った。その言葉の主は、先程まで傍観を続けていたルーヴェだ。
「……どのみち、帝国を叩くことになるんだから同じことだったと思うよ。どんな罠だろうと飛び越えなきゃならないし……。カラスだって罠に気づかないことなんてあるわけがない、よね?」
「…………!」
「ルーヴェ……」
たとえ罠だとしても行く。そういう決意はルーヴェの頭の中では既に決まっていた。
カラスは元々、知能が高い生物だ。巣を作ったり、餌を食うために何かを利用するなど頭を働かせるといった、人間でも驚くような行動力と知識を持ち、意外にもしぶといのだ。また、仲間意識も高く、自分達を傷つけた者に対し、顔を覚え、仲間に伝えて集団で危害を加えるといった認識や伝達能力も高い。
腐敗を喰らう者である自分達がこの世界に蔓延する腐敗を見逃すなんてことはしない。腐敗を生み出す者はこの手で始末する。そう言いたそうな言葉を理解した茜とハルディは納得する。純粋な子供に近いルーヴェらしい言葉だ。
「罠があると知っても、それごとぶっ潰せばいいしね」
「ハハッ、それもそうだ」
「ヤブヘビを突く必要もあるということか……」
リンドもアレンも茜に続くように納得する。アレンの言う通り、ヤブヘビを突く行動ではあるが、そうしなければ状況が動くことなどできないのだ。ならば、罠が用意しているならば、その罠ごと潰すことで自分達の力を示すことにもなるのだ。
少々強引だが、彼らにはその力がある。当然、アルティメスという力が。
迷いを振り切ったハルディはルーヴェに向けて感謝を述べる。その表情は実に晴れやかだ。
「ありがと、ルーヴェ。迷う必要なんて私達にはいらなかったわ。だから皆、思う存分暴れなさい!」
「了解!」
四人は改めて目標地点に向けて飛翔を続けた。その一方で彼らとの通信を切り、見届けていたハルディは先程とは違う懸念が頭の中で過ぎっていた。
「……しかし、演習を餌として利用するなんて、実にあの人らしいわ……」
「知り合いがいるんですか?」
「ええ。あなた達と出会う前の……まあ、前にいた所の競い合った仲でね、実に認めたくなかった人でもあるのよ。ただ、近々やり合うことになることは確定していたけどね」
オペレーターの一人であるグレイ・ギルシィルがハルディの言葉に何か疑問が浮かんだのか、彼女に尋ねた。ハルディもグレイ達とは出会う前にいた頃との知り合いと答え、いずれ戦い合うことになることは決まっていたと口にした。どうやら仲が悪かったようだ。
「何だか、自分達の同胞と戦うって気が引けるって感じがしますね。そう言えば、リンドも同じようなこと言っていたらしいし……」
今度は連道扇が答える。名前の通りアジア連邦の出身である彼は、今回の作戦が彼の故郷の現在の姿を見ることになる。長い間、故郷を離れている彼にとって懐かしむのは無理もない話なのだ。
もっとも、ガルヴァス帝国に侵略され、属国になれ果てた故郷など見たくない気持ちも持っているはずだが、彼と共にいるオペレーター達も同じだろう。だが、彼らの中で去来する思いを断ち切る声が空間に明瞭に響いた。
「わからなくはないわ。私も彼も同じガルヴァス帝国の出身であるしね……。けど、私達が今やっているのはその故郷への攻撃なのよ。褒められる事ではなくても、いずれ滅ぶこの世界を救うことが出来るのは私達しかいない。だからここにいる。私達だけ生き残ったとしても意味がないのよ!」
実はアレンとハルディはガルヴァス帝国の出身であり、今彼らが対立しているのはその故郷であった。オペレーター達は故郷がバラバラだが、恨まれてもおかしくはない。しかし、諍いが見られないのは彼らもまた同じ被害者であることが要因である。だからこそ団結したのだ。今さら恨まれることなど承知の上であると。
ハルディの鼓舞に近いその言葉にオペレーター達は静かに頷いた。死を招くギャリアウイルスが蔓延しているこの世界でいずれ人類が滅亡するのは決まっている。そう確信するほど各地に影響が及んでおり、既に滅んでいてもおかしくないのだ。
人類はワクチンを摂取することで生き延びているものの、ウイルスを除去することが難しく、それに対する目処が立っていない。だが、それ程死亡率が減っているのは人間の体の中でウイルスの耐性が出来上がっているのでは?という見解も目立っており、疑われていてもおかしくないのだ。
人間の体は未だに解明されていない部分もいくつかある。事実、数千年の時の中でウイルス被害に見舞われたことはいくつかあり、苦しむこともあった。けれども、英知を含めた人間の力により乗り越えることもあったが、体の中でウイルスの耐性ができたことも理由に含まれている。
また、ワクチンの開発も当時よりも技術が進歩しており、世界各地に届けられていることから安定はしているのが現状である。だがそれでも死亡例は後が立たなかった。噂ではウイルスにも変化が起きているのでは?という見方もあり、無視も出来なかった。
長年の中でウイルスにも変化が起き、薬剤に適応、耐性を持ったウイルスも出現している。インフルエンザが毎年流行しているのもその例だ。ウイルスは同じでも、性質が異なるのも増えている。その度にそれに合わせたワクチンの開発を行い、患者を治す。その繰り返しはまさにイタチごっこである。
ギャリアウイルスも人間の体と同様に未知の部分があり、解明にも至っていない。その理由は、ウイルスの解明に時間が割かれていることもあるが、それに携わる学者も少ないこと、あるいはウイルスで既に亡くなっているケースも考えられる。しかし、ワクチンの開発こそ重要事項であり、生きなければ解明などできるはずがないのだ。
その点に関しては、レイヴンイエーガーズも無視していない。実はワクチン開発にも力を入れており、人類を救う準備を進めていた。それに携わるスタッフは、本拠地である島にて行われているらしく、彼らは人類を見捨てたわけではない。
それもその筈、強力なアルティメスを開発できる技術があるならば、そのような技術を持っていてもおかしくないのだ。
そもそも、ウイルスの感染を避けるには、定期で行われるワクチン接種で予防する必要がある。そうしなければ、感染した時に接種を受けることが難しくなる。すなわち、自殺行為にも等しいのである。
だが、レイヴンイエーガーズのメンバーは常にワクチン接種を受けているわけではない。いや、受ける必要がないのだ。
仮に世界中にウイルスが蔓延していても、運良く免れた、あるいは感染が見られない地区もあるかもしれない。彼もがそう思いたくなるのだが、ワクチンを受けようとしない彼らがなぜその島に来て、生きていられるかは未だに謎である。
それこそ、この世界の裏側に潜む真実に大きく関わっており、ワクチン開発にも大きく関わっているらしく、それが露見すれば、世界の常識すらひっくり返してしまうほどなのである。その真実が明らかになるのはまた別の話だ。
理解しがたい現実を謎と共に抱えた、腐敗を喰らうカラス達は突き進む。世界を救うというあまりにもおおきな矛盾を抱えた戦いの先にあるのは救済か、それとも滅びか。それを答える者など、誰一人もいなかった。
目の前に広がるスクリーンに映し出された世界地図を見て、椅子に腰をかけながら何かを耽る人物が一人。その一人に対して周囲にいるオペレーターがチラチラッと視線を向けている。その視線を向けられているのはハルディだ。
(まさか、あなたと戦う事になるとはね……。いや、これは運命というべきでしょうね。そう思わない……ヴェルジュ?)
そのハルディは心の中でため息をつく。頭の中で過るのは、彼女のかつての友にしてライバルだ。その友と相見えることなど、彼女にとっても思いもしなかっただろう。なぜなら、ハルディにとっても戦いたくない、いや戦うなどあるはずがないと思い込んでいた。
なぜなら、ハルディはその者とは異なる身分でもあったからだ。
その者の名はルーヴェ達が相対する敵にして、自分達の最大の障害となろう、ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス第二皇女――――その人であった。
また衝撃の事実が判明しました。まさか!という事実が彼女達の運命を変えていくことになります。これに関して描きたいと思っています。
活動報告にもありますが、パソコンでの更新が難しくなりました。このままだと描けなくなります。本当にすみません。




