カラスの飛翔
前々から描きたかった出撃がようやく実現されます。
自分達の愛機の元へ駆けつけたルーヴェ達が見たのは、格納庫内で調整を終えたアルティメスであった。仁王立ちのまま主を待つように佇むその姿は、そのままだけでも見る者を圧倒する風格である。
調整には車田岩男をはじめとする整備班が務め、調整の最中でのトラブルもなくいつでも動かせるようにしていた。そして、格納庫内に入ってきたルーヴェ達を見ると車田達は一斉にサムズアップした。準備完了の合図だ。
ルーヴェ達はそのまま愛機の元へ歩みを始める。ルーヴェは愛機であるアルティメス・クロウの足元にたどり着くと目の前にはワイヤーが垂れ下がっていた。そのワイヤーに右手で掴み、先端に取り付けられた金具に右足を引っ掛けつつ、重力に任せるように踏むとワイヤーが巻き上げられ、ルーヴェが上につながっているコクピットの元に運ばれた。茜達も同様に、コクピットに運ばれる。
その後、ルーヴェ達は一斉にコクピットに納められたシートに座り込み、初めて出撃した時と同じようにベルトを締め、正面のパネルに左の人差し指でスイッチを入れる。
すると起動を意味する独特の駆動音が鳴ると共にそれに混ざる、ある音が鳴り出す。
キィイイン!
もっとも、その音はルーヴェ達にしか聞こえない。さらに鮮やかな赤い線が枝分かれするかのように流れる。これはルーヴェや茜が乗り込んだ時と同じだ。この"儀式"を行うことでパネルに光が灯され、アルティメス達は目を覚ますように瞳を強く光らせた。
それを自身の目の前で確認した整備班らはすぐさまアルティメスから離れ、ルーヴェ達の進行を妨げないように遠ざかる。そして車田達はビシッ! と右の人差し指と中指を立てるように敬礼を行った。
ルーヴェを乗せたアルティメス・クロウは足を動かし、歩み始めた。足を下ろすとズシン、と高い音を立て、空間内に響かせながら、それを繰り返した。傍から見ていた車田達は、その存在感に圧倒されるかのように息を飲んでいた。
最初にクロウが、一面が灰色一色の鋼鉄の壁の前に立つといきなり二枚に割れ、左右に開かれた。クロウがその先に進むと四角の形をした足場が存在した。その表面には何もなく、前方のスミに光がそれぞれ一つずつ灯されている。
ルーヴェはお構いなく中央部に向かうように進んだ後、立ち止まる。すると足場の後部が起き上がり、クロウの両足を固定した。そして、クロウのコクピットに通信が入る。
『カタパルトハッチ、オープンします』
通信と共に映し出された映像にはエリカ・ラブレッサがいた。彼女はルーヴェに発射タイミングの譲渡を伝える。エリカの周辺には既に五人のオペレーターが椅子に座り、準備を進めていた。その中心にはハルディがいる。
オペレーターらはそれぞれの正面にあるモニターでも確認しているカタパルトの発射口を開こうと指を動かし、キーボードに打ち込んでいく。するとルーヴェの目の先に光が差し込む。カタパルトの発射口が開かれたのだ。
一方、島の外はルーヴェ達が帰ってきた時のように霧に囲まれてはいなかった。もちろん島の周辺は断崖絶壁で覆われ、一見何もないように見える。
ところがその断崖の一部が突然せり出し、上部へと押し出されていった。口を開いたように見えるその空間の奥は真っ黒に覆われるが、その周りは灰色の物質に囲まれ、これだけでも自然物ではないことは明白である。さらに地面には二本の線が並び、奥へと連なっていた。その奥には出撃を待っていたアルティメス・クロウが立ち尽くしていた。
そのクロウの中にいるルーヴェは目の先にある光を確認する。そこにエリカが話し込む。
『カタパルトハッチの開放を確認。発射カタパルトのタイミングはそちらに譲渡します』
「アイハブコントロール。これよりアジア連邦への襲撃を開始する!」
『了解! ではご武運を』
エリカはそう確認するとルーヴェの邪魔にならないように自ら通信を切った。
ルーヴェはクロウのヒザを曲げ、発進できる態勢を整える。右手には専用のゼクトロンライフルが握られており、左腕には爪が付けられたシールドが、左腰に太刀が納められた鞘が取り付けられている。いつもと同じ武装構成だ。
クロウの背中と、両翼、および脚部にあるふくらはぎにあるスラスターから青白い光が噴射される。だがその勢いは小さく、これで動く程度ではない。まるで車のエンジンを温める感じである。そして、
「ルーヴェ・アッシュ。アルティメス・クロウ、発進する!」
出撃の掛け声と共に左のレバーを前に出すと、クロウを乗せたカタパルトが射出された。ルーヴェは発射される勢いで後ろに押し出され、険しい表情をするが、踏みとどまる。カタパルトは火花を散らしながら突き進み、行き止まりの所で急激に停止すると今度はクロウが前へ押し出された。
同時にルーヴェはパネルの下にある足場を踏み、背中にあるスラスターを強く噴射させる。するとクロウは発射口を抜け、外へ飛翔した。さらに安全策として両翼を動かし、姿勢安定を促す。改めて目標地点へ飛び立った。その姿はまさにカラスのヒナが今まで育った巣から飛び立った瞬間であった。
クロウを射出させたカタパルトはそのまま後ろへ動き、次に待つアルティメス・クリムゾンの近くに戻された。足を固定した部分も元に戻っている。そのクリムゾンが足を動かし、クロウと同様に中央部に立つ。そしてカタパルトが前方へ動き出した。
手持ちの武装が少ないクリムゾンの両手には何もなく、両腰には唯一の手持ちの武装であるヒートソードが収められている。
「何度やっても慣れないわ、こういうの……。ハァ……」
茜はひどく息を吐いた。なぜ、大きな溜息をつくのかというと、意識の違いだろうか。
そもそも女の子である茜はカタパルトからの発進など考えられるものではなかった。ロボットのカタパルト発進はSF作品でもよく見かける夢のようなものなのだが、本来は男が好むものだ。
実際、女がシュナイダーを動かすなど珍しい。油汚れなど女の子には向かないものが多く、キツイ匂いで嫌悪されてもおかしくなかった。しかし茜は自ら志願し、アルティメスのアドヴェンダーに選ばれた。適性の高さもあったのだが、彼女にはある思いがあった。
それは、日下部や刀牙達と同様に日本を解放させたいという思いであった。それならば彼らに合流し、レジスタンスに参加してもよかったが、茜には"ある出来事"のせいで祖国とは離れ離れとなっていたのだ。それに戦力が乏しいレジスタンスや一度は負けた祖国の戦力ではどうしても信用することができなかった。
だからこそ彼女はガルヴァス帝国に対抗できる強大な力が欲しかった。誰にも負けない強さ、力を求めていた。ところが茜にはあった。その強大な力――アルティメスを操る強さ、権利が。強さとは当然、強大な意志が。そして"権利"とは誰でもあるわけではない、彼女の体に存在するものであった。
しかしその"権利"には大きなリスクがあった。そのリスクとは、決して世間が触れてはいけないものであり、自身の運命を大きく変えた原因でもある。なぜなら、そのせいで祖国と離れ離れとなってしまったのだ。
クリムゾンを乗せたカタパルトが停止した。いよいよ発進の準備である。
「パパも諦めずに戦ったのよね……。だからこそ、敗北を受け入れた。全てを守るために……」
茜はふと声を漏らした。それは父親への尊敬にも近しい言葉。いかに素晴らしい存在であったかは、彼女自身が一番分かっていた。それだけ父親が強い存在であったかを。
だから救う。今度は自分の手で。自分に秘められた力はこの時のためだと解釈し、前を向いた。その先には海が広がる外の世界が待っている。そして……
「龍堂茜! アルティメス・クリムゾン、出るわよ!」
クロウと同様にカタパルトが射出され、鬼の面を持った赤い巨人は主である茜と共に島から巣立っていった。さらにクリムゾンの背中にあるスラスターから青白い光が噴射され、加速を始める。瞬く間に島から離れていく。
今度はリンドの番だ。カタパルトがアルティメス・トワイライトの前に移動する。
「やっぱ速いな~、クリムゾンは。いつもながら追いつくのがやっと、って感じがするよ」
トワイライトのコクピット内でもリンドは軽い気持ちであった。その皮肉めいた言葉は茜が乗るクリムゾンに向けてのものではあるが、こればかりは同情できる。
トワイライトには変形機構があるため、目標地点まで高速で移動できる。その速さは戦闘機でも追いつくことすらできず、相手にできるものはなかった。だが、クリムゾンは違った。
クリムゾンは人型のまま高速移動が可能であり、速さでもピカイチだ。トワイライトも速い方ではあるが、追いつくなど難しいのである。そもそも開発された目的が異なる点もあるのだが、一番は形態の違いであった。
あくまでトワイライトは"飛行形態"のまま最高速を出せるのに対し、クリムゾンは"人型"のまま最高速を出せる。この点が大きな違いである。
トワイライトは人型でもかなりの速度を出せる。しかし、主に長距離を滑空するのは飛行形態の方であり、戦闘では人型形態を取ることが多かった。その方が安定し、相手を翻弄することも理にかなっている。
もしそれを使わないとすればもはや宝の持ち腐れであり、アドヴェンダーの技量次第でたった一機で軍隊を手玉に取ることなど可能であった。
実際、リンドはそういうのを気に入っているし、速さにこだわることもしない。トワイライトとの相性ということもあるが、気前の良さが影響していることが一番だろう。
そのトワイライトはというと、今はクロウと同じ人型としてカタパルトに乗っていた。整備の際に、たまに飛行形態を取り、そのまま調整を受けることがあった。
変形プロセスの確認ということもあるが、格納庫の中は広いスペースを取っているため、整備を行う時でも問題はない。
だがカタパルトから発進する時はどうしても人型でいなければならないのだ。それは飛行形態で行った時に飛行を安定できないリスクが存在するらしく、最悪でもアドヴェンダーやシュナイダーも無事では済まないのだ。
また、トワイライトには輸送など、移動する際に使われるライディングギアが取り付けられている。これは戦闘機や輸送機をモチーフとした経緯から再現したということが本音であった。当然、飛行形態での発進も問題はない。ただ、その場合には飛び立つための滑走路が必要となるのだ。
その理由は飛行機や戦闘機でも飛行する際は、滑走路が必要である。距離が短ければ飛ぶことすらできず、仮に着陸する際も長い距離が必要なのだ。すなわち、助走である。
また、自動車でもスピードを出す時は距離が必要であり、その場でスピードを出せるわけではない。助走が無ければ走ることすらままならないのだ。
ちなみにルーヴェ達がいる島にも滑走路が存在するのだが、地図にも存在するはずのないこの島になぜあるのかはルーヴェ達にしか知り得なかった。
カタパルトの中心に乗ったトワイライトはヒザを曲げ、発進の体勢を整える。右手にはゼクトロン・アサルトライフルが握られており、左腕にはシールドが取り付けられている。クロウと同じ構図だ。
「さて、と……。リンド・トゥーガルア! アルティメス・トワイライト、行くよ!」
トワイライトは滑走路にも似たレールを通り、島の外へ飛び出した。すぐさま変形を行い、飛行形態で滑空を始め、ルーヴェ達に合流しようとする。そして、カタパルトの前にアレンが乗るヴェルデだけが取り残された。そのヴェルデも足を動か、カタパルトの中央に立つ。
カタパルトの後部が起き上がった後、ヴェルデは膝を曲げる。その手には何も持っていない。
専用の武装である拳銃にも似たゼクトロンピストルは腰に、自身の全高に近い大きさを持つゼクトロン・スナイパーライフルは右肩に、反対に腕の長さに近い大きさを持つシールドは左肩に搭載されている。さらに背中にも武装が取り付けられており、どこから見ても重武装だ。
ヴェルデが発進カタパルトに乗り、態勢を整える。重武装の塊が今ここに動き出す。
「アレン・パプリック! アルティメス・ヴェルデ、出撃する!」
アレンがその掛け声を口にし、左のレバーを前に倒すとカタパルトが射出された。カタパルトが射出口の前で急停止するとその反動でヴェルデが押し出された。
ヴェルデは背中のスラスターを噴射させると前方へ飛び、滑空を始める。そして、先に出たクロウ、クリムゾン、トワイライトと合流した。
一方、上部へせり上がった絶壁がカラスの巣立ちという役目を果たすと開かれたカタパルトの射出口を隠すように下り、元の絶壁に収まる。これでまた無人島としての体裁が整った。
巣から飛び出したアルティメスは自分達の狩場へと急行する。その目的はもちろん、大物を狩ることだ。
カラスと皇女。噛み合いそうにもないもの同士が織り成すこの邂逅は、いったい何をもたらすのか。
島に隠された秘密は、話を重ねていくうちに明らかにします。




