迷い
キールとラットの二人が廊下を歩いていた頃。ラットは先程の光景を思い出したのか、イラつくように早歩きをしていた。それを間近で見ていたキールも彼についていくように早歩きをする。
「まったく主任は……!」
「仕方ないだろ~! だって、僕の作品に傷をつけたって言うんだから」
「無事だったからいいじゃないですか!」
「そういうことじゃない!」
「?」
てっきりヴィルギルトが傷ついたことだとラットは思っていた。しかし、ヴィルギルトに傷らしい傷はついていない。そう反論したのだが、論点が異なっていることに表情が訝しむ。キールの論点は自身が開発したシュナイダーに対してのことだ。
「ヴィルギルトもそうだけど、シュナイダーがボロボロにされるっていうのが許せないんだよ。科学者にとっては自分が作り上げたものが無造作に潰されていくのが不快とは思わない?」
「それはわかりますが……」
「おまけにヴィルギルトを前にして無傷のまま去っていったのも腹立つんだよね~。なんか相手にされていない感じで」
「…………」
愚痴にも等しいキールの言いたいことはラットも理解できた。二人は先の戦闘データを見ていたのだが実際、ヴィルギルトの性能はディルオスよりも上なのだが、アルティメスを圧倒するどころかただ傷すらつけられなかったのである。
ガルヴァス帝国は人型兵器であるシュナイダーを開発し、軍事政権を拡張させた結果、他国から恐れられることになっていたが、予想外の事態が起きて、パラーバランスが今変わろうとしていた。
その理由とは、もちろんレイヴンイエーガーズが保有するシュナイダー、アルティメスの存在だ。彼らが持つアルティメスもガルヴァス帝国に負けない程の発達された技術を持つため、性能だけでも帝国に対抗できる唯一の存在となっていた。化学者にとっては許しがたい問題であった。
「ラット君。認めたくないよね、この現実は……!」
「……ですね。でもこういうのも大事ですよ」
「分かってるって……」
そして二人は化学者としての理念を抱えたまま廊下を突き進んでいった。
ルヴィスとの謁見を終えたレギル・アルヴォイドは、自身の愛機であるヴィルギルトがある格納庫へと向かっていた。彼がそこに足を踏み入れる理由は、そこに足を踏み入れるであろう、とある人物に会うためであった。
その格納庫に立ち塞がる二枚の大きな扉は、今は誰かを迎え入れようと開いている。有事の場合は、周りに見せられないようにと扉が閉まっていることもしばしばあった。
レギルが格納庫に足を踏み入れ、しばらく歩くと大量のディルオスがズラリと並んでいるのが分かる。レギルはそれと共に立つヴィルギルトに近づこうとすると何やら騒ぐような声が中で響いていた。そして、ヴィルギルトの前に立っている二人の軍人に声をかけた。
「ガルヴァーニ卿、メリア卿。どうしたんですか、この騒ぎは?」
「アルヴォイド卿か。実はあのキール・アスガータが来たんだ」
「あの人が? もう来たんですか……」
レギルに声をかけられた二人は共に振り向く。ガルヴァーニはキールがこの基地に来たことをレギルに伝えると彼はいきなりハァと溜息をついた。
実は、レギルはキールと助手のラット・グラジルの二人とは、ヴィルギルトを受け取る際に一度顔を合わせたことがある。だが、レギルはキールに対して苦手意識を持っていた。
「なんだ、いきなり……」
「確かに、このアルヴォイドの調整にはあの人達の協力が不可欠なんですけど、どうも苦手でしてね……」
「気持ちは分からんでもない。キール主任の噂はよく聞くからな……。その点に関しては、ラットに任せればいいだろう」
「それもそうですね……。というか知ってたんですか、主任のこと」
どうやら、ガルヴァーニはキールとも顔を合わせていたらしく、彼も苦手意識を持っていたようである。自覚はないが、レギルはガルヴァーニに対して親近感が沸いていた。
キールがシュナイダーを開発を担当していることから、このヴィルギルトも彼が造った作品でもあったのだ。当然、ヴィルギルトの調整方法も彼しか知らない。
「ところで主任は今どこに……? 確か、ラットさんと一緒にいたはずじゃ……?」
「二人なら殿下のところに向かっている。おそらく、お前とはほぼ入れ替わりの形だろう」
「そうですか。……今あの人の頭にあるとしたら、それは――レイヴンイエーガーズでしょう」
「「!!」」
レギルは現在のキールの頭を占めているものの正体を当てる。その答えに対し、ガルヴァーニとメリアは驚愕の表情をとる。実際、ルヴィスのところに向かっていたキールの頭にはアルティメスのことで一杯だった。まさに大当たりである。
「アルヴォイド卿……貴君が奴らと手合わせをしたと聞いている。君から見て、どうだった?」
「!」
すかさず、ガルヴァーニは先の戦闘でアルティメス・クロウと対峙したレギルに質問する。彼の実力を鑑みての質問のようであり、その上で聞きたいことなのだ。メリアもそれに興味を示し、レギルの答えを待つ。そして彼から出た答えは……
「……強いです。なんていうか、性能だけでなく乗っているアドヴェンダーの腕にも関わっていると思われ、倒すにも相当苦労すると思います……。ですが、負けるつもりはサラサラありません!」
「……そうか」
「ガルヴァーニ卿、メリア卿、先程のは出過ぎた言葉ですが……これで失礼します!」
レギルは体の中にしまっていた言いたいことをガルヴァーニ達に伝え、風のように格納庫から去っていった。彼にとってはあまり口にしたくない言葉だったのだが、ガルヴァーニはすんなりと受け入れたようだ。 レギルがいなくなるとメリアがガルヴァーニに声を掛けようとする。
「ガルヴァーニ卿……」
「いや、いいんだ。君が言いたいことは分かっている。彼の言葉は正しい。なぜなら、皇帝騎士の言葉は間違ってはいないのだから。だからこそ、ヤツを倒さねばならないのだ。それに、ヤツの実力を間近で見た私もそう言うしかないだろうがな……。そういう意味では彼の言葉の方がとても響きやすかったのだ」
「…………!」
ガルヴァーニはレギルの真意を汲み取りつつ、レギルの言葉にある深い意味を感じ取っていた。その言葉は皇帝騎士ならではの言葉であり、ウソを言った様子ではなかったからだ。その言葉にメリアも口に出すことが出来なかった。
ところがガルヴァーニはいきなり顔を下に向け、怨嗟にも近しい言葉を口にする。
「だが我々にも力が欲しい……! 奴らに対抗できる力が……!」
それは今の自分に対する恨み言か、それとも純粋に力を追い求めばならない理由があるのかは彼のことをよく知っているパートナーにしか分からないだろう。
ガルヴァス帝国がレイヴンイエーガーズを迎え撃つため空気をピリピリとさせていた頃、全世界が注目しているレイヴンイエーガーズは、彼らとは裏腹に、自分達が拠点としている島で呑気に生活を送っていた。世界は今、滅亡に向かっているにも関わらずにだ。
その島は周辺にある海を含めて"帰らずの海"と呼ばれていることが多いのだが、現在は島を隠す霧もなく穏やかな天気を迎え、天から降り注ぐ光を浴びていた。その光景はたびたび呼ばれる伝説の欠片が何一つなかった。その霧が発生する時間は限られており、ルーヴェ達が戻ってきた時はその時間帯に入っていたのである。もっとも、ルーヴェ達でも見失うことはあったという。
その内部では島に巣食うカラス達が誰にも邪魔されることもなく穏やかに暮らしていた。そこには刀牙やエルマのような少年や少女達も確認できる。
本来なら学校に通うことが普通なのだが、なぜこの世界に嫌われるカラスとして生きているのか? その理由には"ある秘密"が関わっており、それが誰かに知られることはとても許される問題ではなかった。
そして彼らは今も、自分達がこの世界で"生きている"ことを噛み締めながら、戦い続けていた……。
島の一角にある、四角の広い空間内に四人もの黒衣をまとった少年少女達こと、ルーヴェ、茜、リンド、アレンが視線を統一させるように並び立っている。ただ、そう見えるだけであり、実際は腰を掛けるために用意されたパイプ製の横棒に座っていた。
そして、その視線の先には彼らと同じ黒衣をまとった一人の女性が彼らに立ち塞がるように立っていた。
彼らがいる場所は、壁一面に大きなパネルがあるフリーディングルームであり、作戦を伝える時に使われている。そのパネルには世界全体を一望できる地図が映し出されていた。その地図の前に女性が立つ方式である。
今彼らがここにいるのは、彼らに指示を出す人物であるレイヴンイエーガーズの首領から集合するように声を掛けられたからだ。その彼らの視線を受ける人物こそレイヴンイエーガーズの首領、ハルディ・アクティーンである。その彼女が集合をかけた理由は、四人にあることを伝えるためのミーティングであった。
その内容とは当然……
「いきなりだけど、あなた達にアジア連邦への襲撃を敢行してもらいます!」
「「「「!!」」」」
この世界の腐敗を取り除くことだ。それは彼らにとってやるべき義務であるが、今回の"ゴミ掃除"は意味が違っていた。
「それって、つまり……」
「ええ、"女傑"の排除を実行することよ。それができないと思ったら、すぐに帰投してもいいわ。それだけ難易度が高いってことよ」
「だから全員集められたってわけか」
「「…………」」
ハルディから与えられた指示は"女傑"ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァスの排除。それがどういう意味なのかは四人は分かっていた。彼女の力は今まで戦ったガルヴァス軍とは訳が違う。その恐れが彼らの頭に過ぎっていた。いや、正確には三人だが……。
「たとえ、どんな相手が来ても……僕達は戦うだけだよね?」
「「「!!」」」
「ちょっとルーヴェ、不謹慎よ! 言葉は選んで! って言ってるでしょ!」
ルーヴェは周囲の空気とは無縁の言葉を口にする。そのことに茜は頭にきていた。だがそれをハルディが諌める。
「まあまあ……でも彼の言うとおりよ。私達は引かない、それがレイヴンイエーガーズなんだから」
「なんか、さっきと言ってることが違うような……」
「いやそれは、任務のことであって……」
「任務だろうと関係はないだろ……」
「ちょっ、だから~」
ルーヴェの冗談にも似た発言でハルディは勘違いしてしまい、張り詰めた空気が一変して和やかなものになる。アレンがそれを後押しでのものも含まれている。それを聞いていたリンドも笑うしかなかった。
茜の言う通り、これは不謹慎であろう。その後、ハルディから実行される作戦時間が四人に伝えられ、ミーティングは終了した。
ハルディとのミーティングを終えたルーヴェ達は今更衣室にいた。彼らの手にはアルティメスを動かす時に使用される特殊なパイロットスーツがあり、それに着替えているところであった。カラーリングはもちろん、彼らが乗るアルティメスの色である。
「全員で戦闘を行うなんて、初めてじゃない?」
「確かに。まあ、アレンと組んでた時が多かったけどね、僕は」
「だが、今回からはそうはいかないだろう。相手は大物だしな」
「私達が負けるわけがないでしょ? アルティメスがある限りね」
「…………」
茜は全員で一つの戦場に立つことは初めてだと呟く。リンドとアレンもそれに同意した。今までの戦闘でも一人や二人での戦闘を行うことが多く、全員での戦闘の機会が無かったのだ。アレンは相手が強者であることを一番に理解しており、茜達に注意を促そうとする。
一方でルーヴェは先にスーツを着替え、普段着ている制服をロッカーにしまう。その時、大きな音を立て、茜達三人は一斉にルーヴェへ顔を向ける。ハルディから作戦を聞いた時から何だかルーヴェの様子がおかしく、浮かない顔をしていた。
「どうしたの? なんか様子がおかしいけど……」
「……何でもない」
「いやいや、何でもない、じゃないだろ? なんか思い詰めてるっぽいし……」
「…………」
茜が心配そうに声をかけるが、ルーヴェは軽く流してしまう。リンドもそれに合わせるが、彼は未だに言わないままであり、一瞬茜達に顔を向けたものの、すぐに視線を逸らした。普段では考えられない行動だ。
「迷っているのか? "女傑"と戦うことに。それとも、なにか心当たりがあるのか?」
「「!?」」
「…………」
アレンがルーヴェの頭によぎるものを言い当てようとした。茜とリンドは驚くが、ルーヴェは無反応のままである。茜も明らかに疑惑の視線をルーヴェに向ける。
そもそもルーヴェには過去の記憶がなく、そのハンデが今もルーヴェの心を引っかけていたのだ。そして茜達とも微妙な境界線を描いていた。
「まさか、知り合いじゃないでしょうね? ホントは」
「そういうわけじゃない。だが、女傑の名前にどうも引っかかって……」
ようやくルーヴェは口を開いた。その口から発せられた言葉はどうやら本音のようだ。それを聞いた茜達もすぐに納得し、既にパイロットスーツに着替えたリンドが心配したのかルーヴェに近づいてきた。
「今は、そういうところじゃないだろ? 同じガルヴァス人だったかもしれないけど、それは僕も同じだからさ……知りたいのは彼女を捕らえても遅くはないんじゃない?」
「リンド……」
リンドのフォローにルーヴェは安堵した。しかし、リンドの言葉に疑問を持っていた人物が声を上げる。
「捕らえるって……もしかして生け捕り? それはるかに難しくない?」
「確かにな……。だがそれが成功した見返りは大きいはず」
「まあね……」
茜はその行動に対してデメリットがあると論ずる。ところがアレンはメリットがあると論じた。
「ま、できればの話だけど……それは二の次ってことでいいんじゃない? そろそろ作戦時間だし」
「あ。それもそうだ。早く行くよ!」
「待って、てば!」
ようやくパイロットスーツを着た四人はすぐに自身が乗る愛機の元に駆けつけようとする。
"女傑"ヴェルジュとの衝突は、もうすぐ起きようとしていた。
メカ描写が少なく、主に人間関係について描くことになりましたが、結構大変です。
活動報告もあげていますが、愚痴にも等しい内容ですので暖かく迎えればいいと思います。




