同盟
神隠しに隠された現実に三人は深く悩む。それでも刀牙はその疑問を解消しようと真っ向から切り出した。
「どういうことなんだ? これは」
「わからないわ。もし、同じように姿を消していった人がたくさんいたとしたら、今度は……」
「まさか、俺達ってことはないよな?」
「そうとは言い切れないわ。ただ、あなたも予防接種の時に何かされていない限り……」
「それって……まさか血液採取?」
今度は自分達が狙われていることに刀牙は気付き、それを否定しようとする。しかし、エルマは即座に否定した。なぜなら、確証を得るのに十分なもの――ワクチン摂取に気付いていたのだ。
そして、佳奈はそれを行う直前に必ず行われる血液採取も怪しいことに勘づいた。
「ええ。だとしたら、結構持ってかれたんじゃない? やっぱりあなたも……狙われているわ、確実に」
「……クソッ……!」
エルマに予防接種で血液を採取されたことを聞かれた時、刀牙や佳奈も前回と同様に数本は採られたのだと言った。ちなみに刀牙は三本、佳奈は二本も採られたらしい。
エルマも彼らと同じように血液を採られたのだと答え、自分達の肉体に変化が起きていることにますます確信を持っていった。そして、新たに生まれた疑問を口にする。
「もしかして、あなたも?」
「はい……メガネをかけていますが、実は度が入っていません。昔はメガネが必要なほど悪かったのですが、急に良くなって……」
その疑問は佳奈に向けられてのものであった。その佳奈にも変化が起きていたことを告白する。彼女の話ではワクチンを受けるようになっての出来事だそうだ。それを聞いてエルマもますます訝しむ。
「なるほどね……でも、いずれバレる可能性も否定できない。どうすれば……」
「とにかく、大人しくするわけにはいかない。だが……」
「下手に動けば、察知されるかもしれない……」
今後のことについて三人は逡巡する。なぜなら、今直面しているのがヤバイものであることは分かっている。しかし、立ち止まることなど三人の頭には一切無かった。
「エルマ・ラフィール」
「あなたの言いたいことは分かっているわ。……同盟を結びましょう」
「ホントですか!」
「ええ。私だって、死にたくないしね」
エルマは、刀牙と佳奈の二人に同盟を結ぶことを提案する。本来は、敵対する関係ではあるが、そうも言っていられないこと、謎を追っていることに関しては両者も共通していた。例えるならば、呉越同舟ということわざが最も当てはまるのだが、三人にとってはどうでもいいことだ。
「裏切るってことは無しだぞ。……つっても、意味ないか。最終的に同じ目に遭うだろうし」
「分かっているよ。だからこそ、力を合わせるべきよ」
「でも、どうするんですか? 手がかりが見当たらないんですが……」
「それなんだけど、心当たりがあるの」
エルマが裏切る可能性も否定できない。だがその末路の先にあることは、二人には同じことだと解りきっていた。佳奈はある一つの疑問をエルマに投げかける。だが、その不安はエルマには持っていなかった。
「……レイヴンイエーガーズだな?」
その答えを察した刀牙が先に答える。それを聞いたエルマはコクリと頷く。
「頼れるんですか? その人達は」
「出来るわ、絶対。何か隠してそうだし……それに、言っていたでしょ。あの"悲劇"から生まれたって。……なら、協力できるはずよ」
「……その手もアリかもな。実際、ガルヴァス軍を退ける程の戦力を持っている。もしかしたら、"神隠し"について何か知ってるかもしれないしな」
佳奈はレイヴンイエーガーズに協力を求めることに最初は懐疑的であったが、二人の意見に含まれていたメリットに納得し、喜びに震える。ずっと頭の中で悩ませていたものに光が灯ったのだ。
「……まったく、毒には毒ってか……」
「いや、毒を食らわばって言うじゃない?」
「毒なら既に私達の中に回ってるかもしれないけど……」
三人はそれぞれ皮肉めいた言葉を口にする。毒というのはおそらく、神隠しか、ギャリアウイルス、もしくはレイヴンイエーガーズのことを言っているのだろうか……。いや、そのすべてかもしれない。
医療技術の中には命を脅かす危険があるウイルスを利用する技術もある。例えば、毒の血清には毒に対抗するための同じ毒が使用されていることも少なくないのだ。おそらく、ギャリアウイルスを無効化するワクチンも同じウイルスを使用している形跡もあるはずだとエルマは踏んでいた。そして、その手がかりが見つかるかもしれない、そんな希望が実現されようとエルマは思いを馳せる。
「改めてなんだけど……同盟を結んでくれる?」
「ああ」
「うん!」
「じゃあ、やろう」
エルマの一声に刀牙と佳奈は揃って頷く。そしてここに三人の新たなカラスの群れが生まれたのだ。
そもそもカラスは一匹で空を羽ばたくイメージがあるのだが、時には群れを作ることがある。しかしどれも同じ群れではなく、それぞれが異なる群れを、縄張りを作るからだ。これは生き抜くための知恵といっても過言ではない。人間も同様だ。
そして三人は行動を開始した。何が何でも生き抜くという、共通の意識の下で。
林の中を颯爽と駆け抜けていく一台のトラックとトレーラーがいる。しかもそこに随伴するように一体の巨人も後を追っていた。そのトレーラーの中には生き抜こうと命を燃やす者達が潜んでいた。
そう、生き抜こうとする者は刀牙達だけではない。彼らは自分達が生まれ育った場所を取り戻すため、あえて離れた者達――ガルヴァス帝国に反旗を翻した反抗勢力"レジスタンス"であった。
そのレジスタンスがなぜそこにいるのかというと、そこに参加している日本人らは拠点としていた東京を離れ、日本軍が隠れている場所まで向かっていたのだ。ガルヴァス軍の追っ手を振り切り、潜みながら駆け抜けていた。もっともアルティメス・クロウの援護がなければ、全滅は免れなかったのだが。
「今どのあたりだ? だいぶ、山奥に入ったのだが……」
「う~~ん、あと少しってところだけど」
「あと少しって、はっきりしろよ!」
片桐優馬が日下部直人に到着する目標地点のことを尋ねた。しかし、返ってくる答えはどうもうやむやなところであった。
なぜなら彼らは今、山奥にいた。道を案内するかのように生い茂る森林の中を駆け抜けていたのだ。森林が自分達の姿を眩ませるには丁度良く、未だにガルヴァス軍に見つかることはなかった。ただ、灰色のシュナイダー、ディルオスがいるせいで見つかることは覚悟していたのだが、レイヴンイエーガーズの台頭のおかげでそれどころではなく、奇跡的に通り過ぎることができた。
そして、この山奥にいるはずの日本軍と合流しようとしていたのだが……どうやら迷っていたようである。合流できるのはもしかしたら日が暮れる頃かもしれないだろう。そんな予感が彼らの中によぎっていた……。
一方、ガルヴァス軍駐屯基地に位置する建築物、"聖寮"。
その中の一角に存在する謁見の場では二人の男が対峙していた。その男とは、豪華な装飾を持つイスに腰をかけているガルヴァス帝国皇子、ルヴィス・ラウ・ガルヴァス。そしてもう一人は、本国から派遣されてきた皇帝騎士、レギル・アルヴォイドが忠誠心を示すかのように右ヒザをつき、深い敬礼を行っていた。
その二人の間では、先の戦闘の結果について言葉を交わしていた。
「申し訳ございません。賊を逃してしまいました」
「救援に間に合っても賊を逃したとは、貴殿にとっては初めての失態だな」
「真にそのとおりでございます」
「しかし、貴殿とヴィルギルトが無事に戻ってきたことは良しとしよう。だが、これ以上失態を重ねることはくれぐれも気をつけたまえ」
「イエス ハイネス!」
レギルはそう言って、越権の場を後にする。彼がこの場を去った後、ルヴィスは苦い表情を浮かばせるように眉をひそめ、左手の人差し指を額に近づけた。そこにルヴィスが座るイスから少し右に離れた場所に立っていたケヴィルが進言する。
「期待外れでしたな、殿下。皇帝騎士に選ばれたのは名誉だと思っていたのですが……」
「いや、あの黒いシュナイダーを前にして無事だったのはガルヴァーニも同じだ。だが、シュナイダーも含めて戻ってきたことが何よりも証拠だ」
「確かに」
「ならここに置いとくのも問題ではないことも証明されたわけだ。あの男の存在は必要不可欠だということもな……」
ケヴィルはレギルを過小評価していたつもりであったが、ルヴィスは即座に反論した。レギルの実力が垣間見たこともあってか、単に名誉だけではないと見抜いていたのだ。皇族らしい、冷静さを含んだその言葉にケヴィルも納得する。
そもそもルヴィスは皇族だ。皇族として、小さな問題にいちいち腹を立てることはあってはならないという、いかにも大人の対応をしなければならないのだ。彼の言葉はまさに絶対という圧力が、常に彼に仕える者達に影響を及ぼしている。
もちろん、レイヴンイエーガーズとの戦いは避けられないものであり、この先にはレギルを含めた実力のあるアドヴェンダーが不可欠であることも彼らは理解した。
もっとも、彼のような実力を持つ者は本国でもいくつかいる。ガルヴァス帝国皇帝ヴェルラ・ライ・ガルヴァスの専属騎士である皇帝騎士もその一つだ。
実は、皇帝騎士は彼一人ではなく、複数の騎士の地位を持つ者達が務めている。もちろん、専用のシュナイダーも所有しており、一機だけでも戦況を変えるほどの性能を持っているという。彼らは今でも各国に派遣されており、行動を進めていた。
もう一つが、ルヴィスの義理の姉にしてガルヴァス帝国皇女殿下であるヴェルジュ・クルディア・ガルヴァスだ。
彼女は皇女であると同時に軍略家という一面を持っている。独自の義勇軍を保有し、彼女自身も専用のシュナイダーも所有しており、他国からは"女傑"として恐れられている。彼女自身も実力が高く、皇帝騎士にも負けない程であり、彼女の軍はおそらくガルヴァス軍最強と呼ばれてもおかしくない。現在はアジア連邦に趣いており、アジアに所属する軍と事を構えているらしい。
最後は本国にある名門貴族である。そこには皇帝騎士に選ばれてもおかしくないほどの実力を抱えている騎士もおり、生身ではまず勝てない。実は皇帝が娶っている王妃達はその名門貴族の出であり、中には過去に皇帝騎士に選ばれた者も存在している。
かなりの実力を持つ騎士を抱えていることが、ガルヴァス帝国が他国に恐れられる要因にもなっていたのだ。
聖寮の近くに建てられた格納庫には、一体の白い巨人が立ち尽くしていた。その巨人とは、レギルが操るシュナイダー、ヴィルギルトである。緑の騎士であるディルオスと比べて、明らかに異質であることを周囲にいる士官や作業員らを理解させていた。
そこに眼鏡をかけた白衣の青年が近寄る。明らかにニマニマとした表情であり、周囲が引いた。
「いや~、コレが無事で何よりだ。うんうん。しっかし、これとタメを張れる機体が存在したとはね~。詳しく調べてみたいな!」
青年はヴィルギルトに近づくと足回りや全体を見回していた。その後、喜びを爆発させるように気分を高くさせた。
「誰、あの人?」
「さあ?」
青年を見ていた作業員二人が話し合う。それを答えるように、さらに二人の人間が近づいた。
「キール・アスガータ。シュナイダーの開発主任だ」
「ガルヴァーニ卿! それにメリア卿も!」
ディルオスに乗り込むアドヴェンダーであるガルヴァーニ・ヴァルトとメリア・アーネイは、青年の正体を二人の作業員に伝える。
彼はディルオスをはじめとするシュナイダーの開発を担当しているすごい人なのだが、実際見てみるとタダの変な人にも見えなくなかった。作業員らが知らないのも無理もない。
なぜなら、彼は滅多に外に出ることもなく、シュナイダー開発に専念していたのだ。噂では人嫌いということもあり、彼を知る者はあまりいない。
今度はガルヴァーニとメリアの近くにキールと同様の白衣を着た青年が近づいてきた。
「すいません。ウチの主任が……」
「君は確か……」
「主任の助手を担当するラット・グラジルと申します。本日よりここの開発の専属に配属されて来ました」
「配属?」
「聞いていないのですか? ……主任! さっさと挨拶に出向きますよ!」
「分かったよ~!」
キールの軽い返事により周囲は何とも言えない空気に包まれた。特にガルヴァーニとメリアは微妙な表情を取り、ラットは頭を抱え、溜息をついた。科学者というのは主に変人であることが多いというのだが、キールもその類いである。
そしてキールとラットは共に、彼らの到着を待っているであろう、ルヴィスがいる執務室へと出向いたのであった。
また新たなキャラクターを描きました。今度は科学者ということなのでそれに合わせた設定を描くことに苦労しました。クセのあるキャラって難しい……。




