騎士
ようやく敵側にスポットを当てることができました。
東京に設置されているガルヴァス軍軍事基地は、やけに物静かな空気に包まれていた。それはある人物が本国から出向してきたということである。その人物は帝国にとって輝かしい地位を持ち、ガルヴァス皇族にも近づくことができる唯一の存在であった。
その人物は今、聖寮の一角にある執務室に趣いているらしい。基地に到着した後、すぐに皇族であるルヴィスに会いに行ったようだ。長旅で疲れていると思われるがこの程度で音を上げるようでは、ここに務まるはずがないと息巻いていた。基地に所属している士官らは表情を明るくしているが、その執務室では逆に重々しい雰囲気に包まれていた。
執務室には机の後ろで椅子に座るルヴィスとその左隣にはケヴィルがいた。そして、二人が対面していたのはこの軍事基地に出向してきた人物であった。その人物は見たところ、ルヴィスやガルヴァーニよりも幼く見え、20代の青年に見えなくもない。この若さであそこまでの地位を持つことはまず異例であった。その男は今、ルヴィスの前に立っていた。
「ガルヴァス帝国名門、アルヴォイド家長男にして皇帝専属騎士、レギル・アルヴォイド。ルヴィス・ラウ・ガルヴァス殿下、お久しぶりでございます」
「よく来てくれた。と言っておこう」
「恐縮です」
「貴公がここに赴かせたのは、兄上と聞いているが?」
「その通りでございます。第二皇子殿下より"弟をよろしく"と耳に入れましたから」
「……そうか」
レギルは左膝をつきながらルヴィスへ挨拶をする。レギルの挨拶にルヴィスは淡々と済ませた。
ガルヴァス帝国では多数の貴族を控えており、そのいくつかは皇帝一族の護衛を任務としているのもある。アルヴォイド家はその一つであり、帝国でも名高い貴族としても有名と言われていた。中でも実力が高い騎士を多数輩出してきた貴族の名門中の名門と言われ、折り紙付きであった。当然皇帝の子息である皇族の護衛も務めていた。
「また、第二皇女殿下からの通信もありまして、こういう言葉を預からせていました」
「何だ?」
「"愚弟を任せる"と」
「…………」
レギルの嘘偽りのない言葉にルヴィスは何やら苦い表情となり、思わず左手で顔を掴むように抱えた。ケヴィルは心配そうな様子で「殿下、大丈夫ですか?」と言いつつ視線をルヴィスへ向けた。一方、レギルは表情を何一つ変えていない。
「お目付け役、という訳か……。……わかった。では貴公は、本日からこの私の専属騎士に任命する、でいいな?」
「この身に代えて、殿下をお守り致します!」
「いいだろう……下がれ」
「イエス ハイネス!」
レギルは力強い瞳と共に敬礼を示し、執務室を後にした。レギルの気配がなくなるとルヴィスは肩に力が入っていたのか、疲れた様子でため息をついた。
「兄上からか……。また心配をかけてしまったようだ……」
「いえ、殿下は立派にやっています。ただ、今回は状況が今までとは違いますから……」
「そうだな……まあ、"奴ら"の好き勝手にはさせたくないのは兄上も同じではあるからな」
ケヴィルのフォローにルヴィスは思わず顔が緩む。その後、引き締めるように目を鋭くさせた。
"奴ら"とはもちろんレイヴンイエーガーズのことである。彼らの存在を許してしまえば抵抗する勢力が息を吹き替えてしまうことを考えていた。
ルヴィスが言う"兄上"とは、当然皇帝の子息である。ガルヴァス帝国皇帝ヴェルラ・ライ・ガルヴァスは大勢の子に恵まれていた。もちろんルヴィスもその一人である。しかし皇帝は妻を多数控えていて、その子供は皆、兄弟姉妹ではあるものの子を産んだ母親が異なっていたのだ。
ルヴィスがいう兄上は当然、母親が異なる腹違いの義兄でもあった。彼の兄弟達も同様ではあるが、父親が同じである故か、可愛がることも多々あった。その母親とも面識があるのだが、身分が違うためか貴族からも敬遠されがちなところもあったようだ。そんなこんなで仲良くやっていたのは間違いではないだろう。
だからこそルヴィスは兄や姉、さらに下の弟や妹にも負けたくないという対抗心を燃やしていた。皇族である以上、恥ずかしい真似はできないと。聖寮の中で執務や政治など順調にこなしていたのだが、とある組織の台頭により恥をかく羽目になってしまったのだ。ルヴィスがこの国でこれ以上失態を晒すわけにはいかないと第二王子はレギルを寄越したそうだ。
あの男なら大丈夫だろう、と内心歓喜に溢れていた。なぜなら彼の実力ということもあるのだが、彼と共に運ばれてきた荷物のことを耳に入れていた。それこそレイヴンイエーガーズに対抗するためのモノなのだから……。
レギルが執務室を去り、廊下の中を歩いていたその時、彼は二人の男女を目にした。ガルヴァーニとメリアである。二人もレギルを目にしたらしく、両者は無言のまま、カツカツと歩きながら相対するかのごとく近づいてきた。
「貴公が本国から来た騎士か?」
「ええ……その通りです、ガルヴァーニ卿。メリア卿もお久しぶりです」
「そうだな……騎士任命式以来……か」
「あの時はお互いの顔を知る程度でしたが」
「今では皇帝専属騎士、か……」
ガルヴァーニは呆れたように呟いた。三人は"騎士任命式"と呼ばれる騎士の称号を与える式が行われた時に会っていたのだ。その騎士の称号を頂いたのはレギルであったが。レギルの実力が高かったため、メキメキと地位を上げていき、青年という若さで皇帝専属騎士の称号を受け取ったのだ。
ガルヴァーニとメリアは、レギルとは年齢の差があったためか昔は自分達の方が地位が高かったのだが、今では知らない内にその地位が逆転していたことを軍事基地に配属した後に知ったのだ。今顔を合わせても、何故か嫉妬やら羨望やらと複雑な感情を抱いていた。
「何だか、暗い表情をしていますが……やはりアレですか?」
「アレとは?」
「アレですよ。ガルヴァーニ卿が敗れたという話」
「本国にも伝わっていたのか……」
レギルの問いにメリアが反応する。その問いとは当然、東京で起きた出来事であった。
ガルヴァーニは自分が負けたという事実が既に本国の中で広まっていたらしく、笑い者に晒されるのは時間の問題だと瞬時に理解し、右手を顔の右半分を覆った。何だか死にたい気分のようだ。だが、そんな心配を打ち消すようにレギルは言葉を続けた。
「何やらここ以外でも動き出している様子だけど……好きにさせないさ」
「何を言っているんだ? 敵は一機だけではないぞ」
「分かっています。第二皇女殿下も動こうとしているそうですし」
「皇女殿下が?」
余裕のレギルにガルヴァーニは不機嫌の様子を見せて釘を刺すが、レギル彼らにとって朗報と呼べるものを伝えるとメリアは目を大きくさせる。
第二皇女殿下とは、無論ルヴィスの義姉にあたる人物だ。彼女は今、日本ではなく別の国でルヴィスと同様に治めているという。その皇女が動き出そうとしている。その朗報に二人は互いの顔を見合わせ、喜びの表情をとった。
「ですから、この先あなた方の力もいるかもしれません」
「我々の……?」
「ええ」
「……確かに、このままコケにされたままでは終われんからな」
「自分はこれで」
レギルが自分達を必要とされていることに不思議とガルヴァーニは気分が上がっていた。それを見かけたレギルは二人を横切り、そのまま歩いていく。残された二人もそのまま前を進んでいった。
太陽が流れ、空が夕焼けに染まる中、演習用のグラウンドには一体のシュナイダーがいた。それはガルヴァス帝国の量産機であるディルオスであった。そのコクピットにはメリア・アーネイがいた。
「……まさか、こういうことになるとはな……」
これから行われる演習に対し、メリアは激しくため息をつく。その内容は、本日ここに配属されたレギル・アルヴォイドとの手合わせ。もっとも、彼が乗るシュナイダーとの模擬戦であった。
グラウンドの端では士官らがガヤガヤと騒いでいる。そこには整備班を務める者も含まれており、ガルヴァーニもいた。だが、ガルヴァーニは彼らの今の心境とは裏腹に、腕を組みながら今行われる模擬戦について考えていた。
(いくら、殿下からの命令とはいえ、こういう余興に付き合わなければならないんだ……? 確かにあの男の実力が見られることはいいのだが、メリアにその役目を押し付けるとは……)
明らかにガルヴァーニは不満そうな感情を出し、それが表情にも現れている。もちろん自分がそれをやらせても良かったと今でも思っているのだが、レギルが「あなたのプライドを傷つけるわけにはいかない」と彼の心中を察するような優しい言葉をかけたのだ。しかし、ガルヴァーニの心は一向に晴れず、モヤモヤが立ち篭ったままであった。
ちなみにそのルヴィス殿下は、自身の補佐であるケヴィルと共に執務室でモニターからグラウンドの様子を見ていた。自分の兄から寄越した騎士の実力が見られると思ったのか、表情はやけに嬉しそうであった。
(メリア、すまない……。今の私ではどうすることもできない)
ガルヴァーニは自分の相棒というべき彼女に心の中で謝罪する。ただ、最後のはちょっと投げやりでもあったような気がするのは致し方ないだろうか。
メリアとは長い付き合いがあり、軍学校とは常に競い合ってきたという。二人が東京に配属できたのは偶然ではあったものの、軍学校から共に行動し、実力を認め合っていたのだ。そのため、先に行われた戦闘でも息がピッタリであった。ただ、言い争う場面は幾度かあったが。
もっともメリアが、いつの間にかガルヴァーニのストッパーとなってしまっていることは、周囲には明らかにバレていたようだ。
そんな二人の心境はシンクロするようにため息をついていた。なんだかんだで二人はいいコンビである。
そんな二人の心配を打ち破る音が格納庫から響いた。ズシンと耳に障るような音が地面に鳴り響き、その元である巨大な白い足が外に出てきた。そして、その全貌がガルヴァーニ達の瞳に映った。
それはどんな色にも染まらない、純白の巨人であった。アルティメス・クロウと同様に、背中に羽が生えたような外観となっており、両腰に鞘に収められた剣を携えている。さらに騎士にも似た装甲を纏っており、金色の装飾が全身に施されている。誰が見ても間違いなく騎士だということを証明させていた。
また、頭部は耳にあたる部分が鳥の羽を模しており、姿でもクロウに似てなくもない。もっとも、それを作った製作者がいたら、偶然だと間違いなく否定しているだろう。
だがそれを抜きにしても、その姿はまさしく"白騎士"という名に相応しかった。
それに乗るのはレギル・アルヴォイドである。これこそ彼と共に来たシュナイダー、すなわち相棒であった。そのレギルは戦闘用のパイロットスーツを身に纏い、コクピット内で動かしていた。
「ほう……」
「あれが……」
ルヴィスとケヴィルは息を漏らす。レギルが配属される前からそのデータを閲覧していたのだが、改めてその全貌を知ると一瞬で心を動かされたようだ。夕日で色褪せているように見えるものの、それでも美しさを失うこともなく、今でもそれを醸し出していた。
ルヴィスはあのシュナイダーの性能を早く見たいと、無邪気な子供のように一層心を躍らせる。
一方、ガルヴァーニもそのシュナイダーの姿を見て、一瞬驚いた。だがそれが終わると、すぐに視線をメリアが乗るディルオスに向けられる。
「…………」
その目にはメリアならせめて引き分けに持ち込めるという半分諦めにも近い思いが込められていた。あのシュナイダーは自身に牙をむいた黒いシュナイダーと同様に未知数であるため、彼女が勝つ確率が見えないという理由が含まれていた。
もし彼女が聞いていたならば、自分を信じられないのかと間違いなく怒りを向けるに違いないとガルヴァーニはそのことを心に留めながらも思わず苦笑いしてしまった。
「お待たせしました!」
レギルの声が士官らに聞こえるようにグラウンドに響いた。オープンチャンネルで通信を開いていたようだ。対するメリアもレバーを握っていた左手を使ってオープンチャンネルで通信を開く。
「それがお前の機体か!」
「はい。名はヴィルギルトと申します」
純白の騎士――――ヴィルギルト。レギルが乗る純白のシュナイダーの名前であり、その姿はまさにレギルの真っ当な精神を現したものであった。
ヴィルギルトは再び歩み始め、モニターに映っていたガルヴァーニ達を横切っていく。そのままディルオスに相対するような形で足を止めた。
「メリア卿、あなたのお手を煩わせることになってすみません」
「フンッ、相変わらず律儀な奴だ」
「いえ、自分の家があまり堅苦しいものでありまして……」
「まあいい、さっさとやるぞ」
「……はい」
レギルの張り詰める空気をいきなり吹き飛ばすような言葉に、メリアは意外にも苦笑いしてしまう。レギルもそれに合わせ、空気が一瞬で和らぐ。偶然か必然かはわからないが、両者は入っていた肩の力が自然に抜けていく。端からはそう見えないが二人の周囲には緊張感が漂っていたようである。
そして、改めて両者は模擬戦を行おうと意気込んだ。
メリアはディルオスの背中にあるバトルアックスを右手に取りつつ構える。レギルも両腰にある鞘が収められた剣"シュナイド・ソード"の柄を取り、鞘から引き抜いていく。引き抜かれた剣はX字を作るように交差した。
「いくぞ!」
この場にいる士官達、執務室にいるルヴィス達が見る中、メリアはディルオスの脚部にあるキャタピラを展開し、車輪部を回転させる。そして激走を始め、そのままヴィルギルトに向かっていった。
その決着は意外な形で、その場にいた者達がある意味、驚愕する形で付くことになった。
敵側も勢力を広げることができましたが、ホントは早い段階で出したかったです!
もちろんこの後も出しますので楽しんでくれればいいと思います!




