27. そして男は王命を下した
ひざまずいていた魔族の一人が、威圧感に耐えかねたように、恐る恐る玉座の俺に顔を上げて言った。
「ははっ! 魔王様! 人間の国を攻め滅ぼす準備が整いました! ご命令を!」
ゴブリン族族長のアゴラだ。別の魔族も続く。
「魔王様! 次はどの国に『凝固』の鉄槌を下しましょうか! 我らの剣を振るうべき場所をお示しください!」
オーガ族隊長のボルカンが声を張り上げる。
(凝固の鉄槌!? ……って、それ俺の能力なのか!? でも、魔王になっても、やっぱり食べられるのは勘弁してほしい……。しかし、この「硬めに凝固」した俺なら、いける気がする……! 戦うのではなく、平和的な支配を!)
俺は、魔王として、そして豆腐として、新たな使命に目覚めた。だが、部下たちにどうやって指示を伝えればいいのかがわからない。声を出そうにも、俺はただの豆腐だ。どうしようかと困惑の魔力を放っていると、再びシアさんの声が響いた。
『ご説明します、トーフマンさん。魔王として転生したあなたは、部下たちに直接声を届けることはできません。しかし、あなたの持つ強大な魔力と、【凝固】というスキルが融合した結果、【念話】という能力が発現しています。心の中で思ったことが、魔王としての威圧感と一体化し、部下たちの脳に直接届くようになっています』
シアさんの説明を聞き、俺はさっそく試してみることにした。魔王として発する最初の命令だ。
「よし、みんな、よく聞け……。まずは、この魔界の全領土に、新鮮な大豆を植えよ。そして、清らかな水を用意するのだ。豆乳を作るための準備を怠るな!」
俺が心の中でそう念じると、ひざまずいていた魔族たちの表情が、一瞬にして驚きと困惑に満ちたものに変わった。魔力の奔流に乗って伝わった命令は、彼らの脳髄に絶対的な王命として刻まれたのだ。
「これは……ま、魔王様! お言葉、確かに拝聴いたしました! 我らに、大豆を植えよと!」
「かしこまりました! 清らかな水も、すぐに手配いたします! しかし、魔王様、それは……何の作戦で……? いえ、魔王様のご命令は絶対であります!」
魔族たちは、俺の言葉が聞こえたことに驚きながらも、すぐにその不可解な命令を実行しようと動き出した。どうやら、俺の心の中の言葉は、彼らにとって絶対的な命令として受け取られたようだ。
俺は、魔王として、そして豆腐として、平和的支配の新たな使命に目覚めた。俺の旅は、世界を支配するための、壮大な戦い『食料生産の』の始まりなのだ。
その前に一つだけ、どうしても確認しておきたいことがあった。
(シアさん……この大豆と清らかな水は、俺の食事だよな? 部下たちに「魔王様の食糧」として食べられるわけじゃないんだよな?)
『フフフ……ご想像にお任せします、トーフマンさん。ですが、あなたは「魔界の豆腐」ですよ?』
シアさんは、心底楽しげに笑っていた。
俺の言葉が念話として魔族たちに伝わり、彼らが大豆と清らかな水の確保に動き出したのを見て、俺は安堵と同時に、新たな決意を固めた。
(よし、この力を使えば、俺は魔界の王として、力で世界を征服するのではなく、食の力で世界を平和に導くことができるはずだ……!)
俺は心の中で、魔王としての前代未聞の野望、「魔界の食料自給率向上計画」、そして「平和的支配」という壮大な計画を掲げた。
俺の命令を受けた魔族たちは、魔王城の周囲に広がる荒れ果てた土地を耕し、初めて見る「大豆」という作物の栽培を始めた。
最初は戸惑っていた彼らだが、俺が念話で指示する「栽培方法」や「水やりのタイミング」、「適切な土壌改良」を忠実に守った結果、わずか1ヶ月後には、見事に青々と茂った大豆畑が広がった。
『お見事です、トーフマンさん! 魔界に、新たな食料の源が生まれました!』
シアさんの声が、どこか誇らしげに響く。彼女は、「世界征服」ではなく「農業指導」に熱中する魔王の姿に、最高のエンターテイメントを見出していた。




