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まだ、名前のない気持ち

夏休み前の最後の一週間。


あの日から、結衣は少しだけ変だった。


朝、学校へ向かう途中。


昼休み。


家で一人でいる時。


気づけば、澪のことを考えている。


『おやすみ、結衣。』


昨日のDMを開く。


たったそれだけの文字。


なのに、また胸が少しだけくすぐったくなる。


「……重症かも。」


小さく呟いて、スマホを伏せた。


好き。


その二文字が頭をよぎる。


でも、まだ自信はない。


だって、相手は女の子だ。


それに、澪は大切な友達。


もしこの気持ちが勘違いだったら。


もし言葉にしてしまって、今の関係が変わってしまったら。


そう考えると、少し怖かった。


翌日。


一時間目と二時間目の間の休み時間。


「朝倉ー。」


いつもの友達が声をかけてくる。


結衣は少し迷った。


そして。


「……ねぇ。」


「ん?」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」


「珍しい。何?」


「……女の子同士の恋愛って、どう思う?」


「え?」


友達がぱちぱちと瞬きをする。


結衣は慌てて手を振った。


「あ、いや! 別にそういうんじゃなくて!」


「そういうんじゃないのに、そんな質問する?」


「う……。」


図星を突かれて言葉に詰まる。


友達は少し考えてから言った。


「私は、別に普通だと思うけど。」


「……普通?」


「うん。」


あまりにもあっさりした答えだった。


「好きになるのって、男とか女とかだけじゃないんじゃない?」


「……。」


「その人のことを好きになったなら、それでいいんじゃないかな。」


結衣は目を見開いた。


もっと驚かれると思っていた。


変だと言われるかもしれないと思っていた。


でも、違った。


「……そっか。」


「うん。」


友達は少しだけ笑う。


「で?」


「……で?」


「誰のこと?」


「えっ!?」


「好きな子いるんでしょ?」


「い、いない!」


「その反応はいるなぁ。」


「いないって!」


「ふーん。」


じーっと見つめられる。


結衣は耐えきれずに目を逸らした。


「……まだ、分かんない。」


小さく呟く。


友達はその言葉を聞いて、少しだけ優しい顔になった。


「そっか。」


「うん……。」


「じゃあ、急がなくていいんじゃない?」


「え?」


「好きかどうかなんて、すぐ分かる人ばっかりじゃないし。」


その言葉に、結衣は少しだけ肩の力が抜けた。


急がなくていい。


……そうかもしれない。


昼休み。


教室の入口から、いつものように澪が顔を覗かせた。


「結衣。」


その一言だけで、自然と顔が上がる。


「あ、お昼?」


「はい。」


「行こ。」


二人で中庭へ向かう。


もうすっかり、いつものことになっていた。


ベンチに座る。


「今日、すごく暑いね。」


「ですね。」


「もう夏だなぁ。」


「夏休み、楽しみです。」


「何か予定あるの?」


「今のところは特に。」


「そっか。」


少し沈黙が流れる。


すると。


「……結衣?」


「ん?」


「なんか今日、ぼーっとしてません?」


「え。」


「朝からそんな感じ。」


……バレてる。


「そんなことないよ。」


「あります。」


「ない。」


「あります。」


思わず二人で笑う。


「何考えてたんですか?」


「……秘密。」


「えぇ。」


不満そうな声。


その表情が少し可愛くて、思わず笑ってしまう。


「また笑いました。」


「ごめんごめん。」


「絶対何か隠してますよね。」


「隠してない。」


「怪しい……。」


そんなやり取りが、心地いい。


何も特別なことはしていない。


ただ話しているだけ。


それなのに、楽しい。


……やっぱり、澪といる時間が好きだ。


そう思った。


放課後。


昇降口。


「今日は一緒に帰れそうです。」


「ほんと?」


「はい。」


「やった。」


その瞬間。


澪が少し目を丸くした。


「……そんなにですか?」


「え?」


「なんか、すごく嬉しそう。」


「……。」


思わず固まる。


自分では、そんなつもりはなかった。


でも。


一緒に帰れることが、嬉しかったのは本当だ。


「……うん。」


小さく頷く。


「嬉しいかも。」


すると、今度は澪が少しだけ照れたように笑った。


「……私もです。」


その笑顔を見て。


また胸が、少しだけ高鳴った。


夕焼けの中を、二人で歩く。


他愛もない話をする。


今日の授業のこと。


最近見たアニメのこと。


新しく出るグッズのこと。


そんな話をしているだけなのに、時間が過ぎるのがあっという間だった。


分かれ道に着く。


「じゃあ、また明日。」


「うん、また明日。」


手を振る。


澪が少しだけ振り返った。


「……結衣。」


「ん?」


「夏休みになっても、いっぱい話しましょうね。」


その言葉に、思わず笑ってしまう。


「うん。」


「約束です。」


「約束。」


澪が満足そうに笑う。


そして、手を振って帰っていった。


その背中を見送りながら、結衣は小さく息を吐く。


……まだ、分からない。


この気持ちが何なのか。


恋なのか。


ただ大好きな友達なのか。


でも、一つだけ分かることがある。


明日も、澪と話したい。


また笑ってほしい。


隣にいてほしい。


それだけで、少し嬉しくなる。


夕焼けの空を見上げる。


胸の中には、まだ名前のない気持ち。


でも、その気持ちは少しずつ、少しずつ形になってきていた。


答えを出すのは、まだ先でもいい。


今はただ――。


「また明日。」


そう言える毎日が、少しだけ愛おしかった。

「また明日。」


たった五文字の、何気ない言葉。


けれど、その言葉を誰に伝えたいと思うのかで、その意味は少し変わるのかもしれません。


結衣と澪の物語は、ここで終わりです。


でも、二人の日常は私達の知らない所でまだ続いていきます。


明日の昼休みも、放課後も。 きっと、いつものように他愛もない話をして、帰り際には「また明日」と笑い合っているのでしょう。


この先、二人がどんな関係になっていくのか。 その答えは、書かれていません。


友達のままかもしれない。 いつか、今の気持ちに名前がつく日が来るのかもしれない。


それは、結衣と澪だけが知っている未来です。


けれど、一つだけ確かなことがあります。


あの日、何気なく送った一通のDMが、二人を出会わせたこと。 そして、その出会いは、これからも続いていくということです。


もしこの物語を読み終えたあと、誰かに「また明日」と伝えたくなったなら。


それ以上に嬉しいことはありません。


ここまで『DMの先。また明日』を読んでくださり、本当にありがとうございました。

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