ミレックの叫び
「あなた、私のことを追い出そうとしていたでしょ!!」
「滅相もございません!!」
「シャウルのことを聞いていない!?」
「ピズロ様はほんの僅かな時間しかいらっしゃらなかったんです!!」
「クララ大丈夫かな。」
「誰のおかげだと思ってんの!!リア♡」
「え、何?誰が来たって?」
「すぐに手紙を出したのですが――。」
「リア死ぬの!?折角ここまで帰って来たのに!?」
「ジェマーソン様は――。」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと静かにしてください――!!」
エクリスタ海軍中将のミレックは、両手を広げて貴賓室にいる面々を制した。自分よりも身分が高い者の勢揃いだが、このままでは埒が明かない。
「何よ、あんたに指図される覚えはないわよ!!いつもいつも私を除け者にしようとして!!」
ヴァネッサはミレックを蛇のように睨み付けた。
「そ、そんなつもりは毛頭ございません!!」
「毛頭ございません!?毛頭が聞いて呆れるわ!!」
「ですから、あの時は私もよく分かっていなかったのでございます!!」
「私を偽情報の売人みたいに疑って!!」
「その節は本当に申し訳ありませんでした!!その辺も含めて一旦整理しましょうって言ってるんです!!」
「この部屋に入るのだって阻止しようとしてたでしょ!!」
「血生臭い話になると思ったからお聞きにならない方がよろしいかと思ったんです!!」
「その血生臭いを発見したのは私なんですからね!!」
「そうです、そうです、その通りです!!それも含めて皆さん、順を追って話し合っていきましょう!!この船は速い。あっという間に着いてしまいます!!」
ミレックの必死の叫びで、蜂の巣を突いたような騒ぎはようやく収まった。
この巨大な船の貴賓室に集っているのは五人。セイントレア国王女のリア、それに追従していた兵士のサニー。エクリスタ海軍大将のサリエント、中将のミレック、そして、何故か突然にエクリスタに現れたレスカ国のヴァネッサ侯爵令嬢。
それぞれが伝えるべきことを伝え、聞くべきことを聞かねばと騒然としている中、ミレックはこのままでは何も為されないまま船が着いてしまうと判断し、自ら進行役を務める決意をした。
「リア、何故我々がいち早くあなた方を発見出来たのかを申し上げます!!それは、こちらのヴァネッサ様がエクリスタに通報してくださったからなのでございます!!」
「君が!?」
リアは目を見開いてヴァネッサを見た。
「そうです!ヴァネッサ様の船がエクリスタに入港し、リアが乗っている筈のエクリスタ船が黒焦げになって海を漂っていると報告してくださったのです!!」
「ええっ!?そうなの、ヴァネッサ!?」
リアがヴァネッサを見ると、彼女は恥ずかしそうに頬に手をやった。
「当たり前でしょう、リア?」
「え、と言うことは、常に私の動向を見張っていたと?」
「見張っていただなんて人聞きの悪い。見守らせていただいたのですわ。」
「そ、そうだな、おかげで助かったよ。それにしても君が自らなんて危ないんじゃないのか?」
「は?私でなければ意味がないでしょう!?」
「そ、そう?」
「そうでしょうが。恋人に二度も捨てられるのはもうごめんだわ。」
「恋人!?」
サリエントは素っ頓狂な声を上げた。サリエントの視線の先には、ヴァネッサがアンニュイな雰囲気を醸しながら顎杖を突いている。
「サリエント、更にややこしくなるからその辺はスルーしてくれないか。」
「スルーって何よ!?」
ヴァネッサはたちまちリアに向き直った。
「まあまあまあまあ。それよりヴァネッサ、君がエクリスタ船を発見した時の様子を聞きたいな。」
「もうリアったら口がうまいんだから。そうねえ……あの朝、あなたの周辺が急に慌ただしくなったのは知っていたわ。そしたら、近衛隊のウィンディア氏が血相を変えて王宮へ入り、その後猛ダッシュであの真紅の衣装のまま港へ向かったという報告を聞いた。これは何かあったなとすぐにピンときたわ。」
「その通りだ。」
「ウバーハ港なんて殆ど父の息が掛かっている所だから、あなたが直ちにレスカを出国すると知ったわ。だから私は父にお願いして、うちからも船を出してくれと頼んだのよ。」
「ブラードンは反対しなかったのか?」
「まさか!目一杯応援してくれたわよ。今度こそ本物の愛を掴んで来なさいって。」
「す、凄い親子だな……。」
「何?」
「いやいや、本当に助かったよ。それにしても全然気付かなかったな。」
「気付かれないようにしてたもの。」
「何故?」
「下手に気付かれて追い返されたりしたら嫌じゃない。」
「な、なるほど。と言うことは、我々が攻撃されているところは見なかった?」
「ええ。いつの間にか見失っていたのよ。速度を上げてみても何も見えないし、うっかり追い抜いたのかと思って立ち止まってみても何もない。そのうち、乗組員の一人が変なものを発見したわ。現場まで行ってみると丸焦げのエクリスタ船じゃない!!もう私、あなたが死んだんだとばかり思っていたわ!!」
ヴァネッサは顔を覆って泣き崩れた。リアはそんなヴァネッサを見ながら、また彼女を泣かせてしまったなあと少し罪悪感にかられた。ヴァネッサは常に正直で、自分のことを心底心配してくれている。リアは彼女を優しく抱き寄せた。
「ヴァネッサ、本当にありがとう。それで急いでエクリスタまで行ってくれたんだね?」
「本当はあの場で何とかしたかったのだけど、殆ど沈没しかけていて手の打ちようがなかったの。あなたが生きていてくれて本当に良かったわ!!」
ヴァネッサはリアに顔を埋めた。
「ヴァネッサ様、心より感謝いたします。」
ミレックが深々と頭を下げると、一同も皆ヴァネッサに向かって礼を取った。そしてそのままミレックが言葉の後を継ぐ。
「リア、エクリスタ船を襲ったのは、中央部の然るお方だと?」
ミレックの問いにリアは頷いた。そして一人一人の目を見つめる。
「そうだ。そして然るお方はこちらの動きにまだ気付いていない。他言無用に願う。」
「勿論です。リア、然るお方とは誰なのですか?我々の敵が誰なのか是非とも知りたいところです。」
サリエントは真摯に問うた。リアの返答によっては今後の方針が大きく変わって来る。そして何より、弟ような若い兵士達を卑怯な手で奪われたのが心に痛かった。
「然るお方――それは私の弟ガルディとその母親エリ夫人、それに関与する大貴族。」
「――――!!」
「裏にいる貴族が単体なのか多数なのかは分からない。ただそいつはかなりの資産を持っている。実行役として動いているのがボウリという名の男。本名だ。そう、レスカではジョナサンと名乗り、セイントレア国王の遣いと偽って偽の手紙を届けたあいつだ。ああ、こっちにも似顔絵を送ったな、何か分かったか?」
「いいえ。」
リアの問いにサリエントは首を振った。
「そう……なんだよな。こいつは本当に抜け目がない。只、貴族としての地位は低い方なんじゃないかと思う。タイの結び方やら実行能力の高さを考えるとね。だから表立って出てこないのかな。」
「お坊ちゃま然としている訳でなく、重宝されて使われるタイプだと?」
「左様。今回の件はかなり前から計画されていた。セイントレア国からレスカ国へ非礼な手紙を送り、謝罪に向かわせるのはセイントレア国王女が最も相応しいだろう。という筋書きが書かれている。」
「そして海上で王女を打つと……?」
「そうだ。」
「何故往路ではなかったのでしょうか?」
「往路では準備不足だったからだ。」
「準備不足?」
「エクリスタ船を襲ったのは海の男ではない。海に関しては全員素人だ。」
「素人ですって!?」
「ボウリはセインティアで選りすぐった傭兵を九人集めた。ばらばらだが個々の身体能力は高い。一人五千ギラでね。」
「五千ギラ!?」
「私の予測だとそれは最低価格だ。より能力の高い者やリーダー的要素がある者などはもっと高額だったんじゃないかと思う。」
「はあ。」
「ボウリは傭兵にこう説明した。「王女が王位を狙って現国王を亡き者にしようとしている。我々は王女を打つ為に集められた精鋭部隊だ」と。」
「はあ!?」
「結局傭兵達は誰も信じなかったようだが任務は遂行した。金の為にね。しかしマーシューブの民達は信じてしまった。」
「なるほど……。しかし一体どうやって船を調達したんだろう?」
「マーシューブの民の多くはエクリスタでの出稼ぎ経験があるそうだよ。造船やら航行やら漁業やら雑務やら。彼等は彼等で非常に能力が高い。」
「まさかマーシューブで船を?」
「うん。」
「造船なんてそう簡単に出来るもんじゃないですよ!?」
「でも造っちゃったんだよ。」
「それにどうやって出航したんです!?あの海は遠浅だから小さな六人漕ぎの船でも船底を痛めると思いますが?」
「皆で担いで渡ったそうだ。」
「…………。人間、やろうと思えば何でも出来るんだな。固定観念に捉われないようにしないと。」
「私も同じことを思ったよ。それから、マーシューブの民達は丁重に扱って欲しい。彼等は騙されただけで共に協力しながらここまで来たんだ。」
「了解しました。」
「でな、さっきの話に戻るけど、最初に国王の遣いとしてボウリをレスカへ渡したのはマーシューブなんだ。その間傭兵達は無人島に拠点を決めて、漕ぎの練習やら火矢の製作やらに勤しんでいたらしいよ。」
「くっ……!本当に腹立たしい……。」
「ん…………。」
歯を食いしばっている二人の上官を見ながら、ミレックはそっと声を掛けた。
「リア、もう一つ聞きたいことがあるのです。ピズロ様は何故あんなに急いでレスカへ渡ろうとしたのでしょう?」
「ああ…………。」
リアは両手に顔を埋めた。
「先程、シャウル様がどうかされたと小耳に挟んだのですが。」
「うん……。」
リアは沈鬱な表情で顔を上げた。
「こっちにはまだ伝わっていない?」
「全く。」
サリエントは首を振った。
「そう。いいか、これは本当に極秘事項だ。」
「はい。」
サリエントは心して頷いた。
「ピズロが……時間さえあれば、この話をどこまで伝えるつもりだったのか分からない。完全に黙秘するつもりだったのか、幹部にだけは伝達するようにと指示を受けて来たのか……。何れにせよピズロ単独で決められることではない。中央に帰って父上に聞いてみないと真相が分からない。」
「それほどの重要事項だということですね。まあそうでしょう、ピズロ様は一刻も早くレスカへ渡して欲しいと言っておられました。」
「うん。中央の意向がどうなのか分からないが……私の独断でここにいる四人に真実を話す。ハドグともう一人の陸軍大将以外、決して表に出ることのないように。」
「了解しました。」
皆を見渡しながら、リアは声を潜めた。
「実は以前から、シャウルの周辺には不審者の目撃が数多くあったんだ。」
「まさか!!セインティア中央部で!?」
「事情を知らないと驚くだろうが、シャウルとアイーシャが住んでいた三の郭などは確かに盲点なんだ。」
「盲点?」
「そこにいる者達は何らかの功績や実績があってそこにいる訳だから、各々の敷地面積はかなり広い。そして城下町に近く、勿論身分の検めはあるが城下の者が多く出入りする。一の郭への入出に比べると大分緩いんだ。」
「なるほど。」
「一度、シャウルを狙った誘拐未遂事件があった。」
「そんなことが!!」
「アイーシャは元々王宮入りに気が乗らなかったのだが、それを機に宮中へ入る段取りとなった。」
「そうだったのですか……。」
「事はシャウルとアイーシャが三の郭から宮中へ引っ越す日に起こった。護衛の馬車四台と共にね。無事に到着し、皆で車止めから屋敷に向かおうとしたところで、シャウルの姿が見当たらなかった。つまり――その時誘拐された。」
「ええっ!!」
全員が目を見開いて驚愕し、サリエントは口をぱくぱくさせながら質問した。
「それは……確定なのですか?」
「確定だ。新居はファウディ館という。王宮の離れにあり、一部自然の雑木林となっていて、その雑木林を分断して高い塀が貫いている。つまりこの塀は王宮と一の郭の境となっている訳だ。塀の向こう側の雑木林も王の直轄地だが一応区切りとしてね。この塀に足跡と、ロープを使って何かを引き上げた跡があったそうだ。そしてファウディ館所有の馬が一頭、ファウディ館側の雑木林をウロウロしていた。」
「…………なんだそれは。」
「もう本当に、一瞬の隙を突いた犯行だとしか言いようがない。」
「警護は何をやっていたんだ!!それとももしや……。」
「サリエント、それはない。私はピズロから警護に付いていた兵士のリストを見せて貰った。彼等の誰かが裏切ったというのなら、それは私が裏切ったということだ。」
「あなたがそう仰るなら……そうなのでしょう。」
「そうだ。ピズロはこのことを私に報告し、帰国するよう伝える為に急いでいたんだよ。」
「そうでしたか……。」
「私は、シャウルを狙ったその犯行にどんな意義があるのだろうかとずっと考え続けて来た。だけど根本から違っていたんだな。本命はシャウルではない、私だったという訳だ。」
「………………。」
「ああ、そのタイミングも敵からすれば計算出来ていたのか。引越しの日は決まっている、シャウルを誘拐する、そうすれば王女も時を置かずして帰って来る。」
「心底……腹が立ちます。」
「私もだよ。だけどそうか、こっちが本命ならシャウルはまだ生きている可能性がある!!」
「と言いますと?」
「そうか!何故気付かなかったんだろう!本命が私ならシャウルを打つ必要はない!!」
「ちょっと待って、リア!分かるような分からないような。」
「つまりな、シャウル周辺は是非とも王位を受けたくないと願っているが、残念ながら彼にはその権利がある。無事に王女を打てたのなら――次の後継者に立てるのはガルディが最も有力だろう。」
「シャウル様は釈放されると?」
「恐らく。王女がいなくなったのに第三王子までいないとなると、疑わしいのは第一王子なんじゃないか?」
「確かに。王女海難事故?の報を聞いたなり行方不明のシャウル様がひょっこり現れるのは不自然だが、ぎり犯罪とは言い難い。」
「そうだ。」
「では、ええと――王女が無事に生還したとしたら?」
サリエントの問いに、リアはふうっと息を吐いた。
「セイントレア国王女は色々知りすぎている。自分で言うのも何だがこの性格が災いしてね。王女がセインティアへ帰還した途端直ちにメスが入り、何れボウリの素性も上がって来るだろう。ということを、敵も十分に分かっている筈だ。その時、シャウルがどこかで幽閉されていたとしたら?」
「死刑確定でしょうね。」
「その通り。私が生きていたらシャウルは殺されるだろう。真相に辿り着くのは時間の問題だからな。だったら?シャウルは完全に抹殺してしまって、シャウルに関しては知らぬ存ぜぬで通してしまった方がまだ罪が軽い。私をこの海で抹殺しようとしたようにね。」
「ひとでなしめ……。」
「そこでサリエント、新たな指示がある。」
「了解しました。この船が帰還し次第すぐに葬儀の手配を――。」
「察しが良くて助かるよ。まるで王女が亡くなったかように大々的にセインティアへ向かってくれ。ああ、葬儀の前に捜索の船を多数出す方が先だな。実際、引き上げられるものがあったらそうして欲しい。私の気持ち的にもね。」
「はい。」
「地理的なことはサニーとマーシューブに聞くがいい。それから――そうだな、捕虜を尋問したいだろうが、あいつは一刻も早くセインティアに必要なんだ。申し訳ないが話している時間がない。サニーに聞いてくれ。」
「分かりました。」
「私は来た時と同じように精鋭だけ連れて早駆けで帰る。捕虜は目立たないようになるべく早く馬車で移送してくれ。」
「リアはお疲れではないのですか?あなたの身体が心配です。」
「大丈夫だ、昨夜はしっかり休んだ。ハドグに挨拶が出来ないくらい即効で帰る。」
「承知いたしました。滞ることのないよう処理いたします。」
「うん、よろしく。そういえば……行きはジェマーソンがいたんだよな。」
「そういえばそうでしたね。」
その時、
「サリエント様!!」
ミレックが大声で叫んだ。あまりにも大きな声だったので皆がビクッとしてミレックを見ると、彼は両手を机に突いて上目遣いで睨んでいた。
「ミ、ミレック、どうした……?」
サリエントが恐る恐る声を掛けると、ミレックはゆっくりと顔を上げ、正面からサリエントを見据えた。
「そういえばそうでしたね、とは?」
「そういえばそうだったじゃないか。」
「サリエント大将、こちらからもお話すべきことがあるのではないですか?」
「わ、分かってるよ、もう……。今日のミレックは怖いな。」
「お分かりなら結構です。とにかく時間がないんです!!」




