表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/1758

アノ女の弁明

7.アノ女の弁明


 偶然の間違いとは言え、兜の展示物の前で突然見知らぬ男から笑顔を向けられ、馴れ馴れしく話し掛けられた時、女はハッと胸を突かれる思いがしたのだ:「ソックリだわ!」

 彼女は「自分の夫」の姿を、そこへ見た。いや、夫の幻影に違いないがーーー。二年前に交通事故で失くした夫が、突然目の前に再来したかと勘違いしたのである。


 残念ながら二人の間に子供は出来なかったが、仲は良く夫は優しかった。唐突に愛する人を奪われた悲しみと喪失感で、当初は生きる望みを失いウツ状態に陥ってしまった。以来見るもの聞くものが、みな哀しかった。

 二年が過ぎ、ようやく前向きに気を取り戻しつつあった処。だからこそ今回やっと、女友達二人に誘われて、一緒にこうして福山城の桜見物に来れる気分になったのである。


 そうであったのにーーー、死んだ筈の夫がすぐ傍に立って、自分へ語り掛けてくれたような気がした。良く眺めれば、その男は夫とは随分歳が違うし、顔もまるで似てはいない。けれども、声の調子と抑揚が昔日の夫と「とても似ている」。しかも、スラリと背が高くスマートで品のある処なんかは、共通している。

 ありありと夫を思い出した。すっかり吹っ切れたと頭では考えていたのに、思わず涙ぐみそうになった。


 男は夫ではないし、しかも男の妻が傍に居るのも承知している。けれども、こみ上げる切なさの中で祈るような気持ちで彼女は願った:男がもう一度「勘違い」を起こしてくれないだろうか。自分の方へ顔を振り向けて、「夫に似た声」を聞かせて欲しい。もう一度だけでいいからーーー。「あなたっ!」と言って、飛びついて行きたかった。


 彼女は密かに賭けた:城の最上階へ至る残り数十分間のプロセスに、そんな奇跡が再度起きるに違いない。

 機会を逃さない為には、男の直ぐ隣に立っている必要がある。しかし男はさっき話しかけた自分のうっかりミスを忘れないから、同じ左隣に居てはチャンスがない。今度は必ずさっきとは反対側の右隣に、居なければならない。けれども右隣は奥さんの定位置のようだ。それなら、奥さんが男から離れた瞬間を狙おうーーー。


 この目的の為に彼女はぴったり寄り添い、男の体から片時も離れる訳には行かなかった。

 今か今かと期待して、とうとう城の最上階まで寄り添ったーーー。けれども、男は二度と同じミスを繰り返さず、ついに奇跡は起きなかった。それが、どんなに哀しかったかーーー。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ