クイックターン
5.クイックターン
こういう時、触らなくても攻めの姿勢を崩してはならない。頃合いを見て、私は外交交渉に移った。六十七の世慣れた口が有利な武器となった:
「僕のばやい、クイックターンのタイミングがどうしてもずれて、コツが掴めないんだ。貴女はとても上手だから、ターンの時に壁をキックする様子を水中で覗かせて貰ってもいいかい? とても勉強になると思うんだよ」と、既にターンの通のくせに、「ど素人」の振りをした。
女王は嬉しそうに顔を向けて、「ええ、いいわ。よく見えるようにスローでやったげる!」と二つ返事。これも社会貢献の一つと女は考えたのか、交渉は大成功。しかも特別にスローモーションでの実演だから、期待以上の成果と来た。
こういう事もあろうかと、私の水中メガネは特別製で「強度のちかめ用・度付き」と来ているから、こっちの準備に手抜かりは無い。何でもくっきり見えるって訳だ。
直ぐ隣のレーンで、私は水中にもぐった。ターン寸前の女のしなやかな筋肉と体の動きを食い入るように見詰めた。水中で向こうから迫力を持って迫る女の姿は、確かにイルカのように美しい流線形。
私の為に、若々しい肢体が目の前で何回かゆっくり繰り返し躍動した。壁をキックする力強さの中にも、ダンスを舞うような優美さとしなやかさがあった。
人の動きが、これほど美しいものへ変化するのを、それまで私は知らなかった。水中で流線形を一度見てしまうと、女性美の象徴として「ミロのビーナスをミロ!」と言う評論家の気が知れない。悲しからずやーー、評論家はプールで泳いだ経験が無いらしい。躍動する「イルカの女」の前では、動きの無いビーナスの彫像など、粗大ゴミに過ぎない。
息が続く限り、水中で女の躍動する肢体を眺め続けた。芸術に対する深い感動があった。
さて一方で、女の裸が絡むと芸術とワイセツは何時も境目がはっきりしなくなる。画家が女の裸を描くのは、20%が芸術の為で、残り80%が卑猥な心であると聞いた事がある。そして、裸体画を鑑賞する男達の80%は画家の下心と同じくらい卑猥である。残り20%の男が、純粋な芸術鑑賞家だと標榜して憚らないが、その実インポなのかも知れん。ビジネスの世界では、昔からこれを「2:8の原理」と呼ぶ。
バイアグラの支援を受けて、私は辛うじて未だインポではない。だから「イルカの女」を眺めていると、先の「2:8の原理」の8側の卑猥なグループに属している私は、芸術とは別に自然に湧き上がる胸騒ぎを、抑える訳には行かない。これは健康な男子特有の「自然の呼び声」と言えよう。だから、私のせいではないのだ。
水中で眺める大き過ぎず小さくもないおっぱい、切れ上がったマタの付け根、食い込んでぴっちり張り付いた紺の水着、オヘソの窪みだって見えるじゃないか、むっちりと締まった格好の良いお尻と、それに続く白く逞しい太ももーーー。それら全てのパーツが積極的にこっちの妄想と胸騒ぎを掻き立てて、大自然の姿とは言え、もう半端な景色ではない。
私の体の中で、ドッキーン・ワクワクという音が聞こえた。クロールの記録が、60秒以下に一向に短縮しないのは、邪悪な胸の「ドッキーン」と、下半身のピンと張った「テント」のせいなのである。女が読んだところでテントとは何か?「さっぱり分からない」だろうが、不思議な事に男が読めば百パーセント分る。判らない向きは、早くボーイフレンドを作って、男の生理現象をじっくり観察すると良かろう。
つづく




