死なない女
2.死なない女
七レーンもある大きなプールである。大きな川や池のよどみには大きな生き物が棲んでいるもので、ここのプールもあちこちよどんでいるから例外ではない。時々海獣トドみたいに大きな会員が居る。雄大さに畏敬の念を以って思わず居住まいを正される位だ。
が、彼らが水浴びをする時、私は決して隣接のレーンでは泳がない。うねりを受けて記録が落ちるだけでなく、拍子に接触でもすれば弾き飛ばされて、折角練習中の芸術点が、台無しになる。
オスとメスのトドを含めて会員は様々だが、私一人を除いて、泳ぎの道をとことん極めようと熱心に研究する人は案外少ない。だから、多数の会員の中で、一番ノーベル賞に近い人物を挙げるとなると、私の外には居ない。最近の研究成果の一つは、水に浸かりながら行った詳細な観察記録である:
まず、泳ぐ姿に男と女で違いがあるのを最近発見した。例えば、同じクロールでも、女は水面からお尻の丸みが露出する人が多いが、男では潜水艦のように滅多に出ない。どうやら皮下脂肪の違いと、お尻のサイズの違いの為かと思う。分かり易く言うと、女はお尻が浮き輪になって「浮ついている」と言えようか。
私の体の特徴はお尻に浮き輪など無くて、骨と皮と僅かなスジ肉で構成されていて、油脂が足りない。よって、どうしても全身が水中に沈みがちとなるから、放置していると溺死してしまう。
記録や推進力を云々する前に、溺死しない為に手足で「余分な動作」をやらざるを得ず、泳ぎが騒がしくなるのは仕方が無い。記録が伸びない理由の第一は、バチャバチャでエネルギーを無駄に浪費する為なのだと判った。
水泳界に黒人の有力選手が居ないのは、私と同じ論理で、筋肉質な黒人のハンデの為に違いない。自分の事のように、私は黒人に同情している。競技に公平を期するために、浮力を付ける為に黒人は海水のプールで泳ぎ、白人は真水で泳ぐようにすればどうだろうか? 一度スポーツ協会へ提案をしてみようと思うが、そんな場合、無論私は海水を選択する積り。
そんな肉体的差異に加えて、男女による性癖の違いも大きい:男は割りにズボラな泳ぎの人が多いのに、女の多くは生真面目というか懸命にヤル。どうしてあんなに懸命なんだろうかと、男である私の目には映る。まるで敵討ちか、男の不倫は絶対許さない、というに似た妙な気迫がある。
その内の一人の気迫の女、歳は多分40過ぎだろうか、異常な熱心さでクロールと平泳ぎを一往復毎に交代させながら泳ぐ。泳ぎ方はゆっくりだが、休み無くレーンをピストン往復しているから、消耗して死にはしないかと心配になるが、なかなか死なない。




