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チャンス到来

3.チャンス到来


 採血である。嬉しい事に、若い女が手を握ってくれる。

 女は事前に三本の五センチ長さのガラス管を掌に載せて示し、「血を採ります!」と宣言した。それぞれに赤・緑・黄のキャップが付いていた。一度にそんなに採られたら、老いの体が一気に干乾びる。

 それで、「採るのは、黄色いのを一本だけじゃ、いけないのかい?」と不満気に訊ねたら、相手は「いや、三本全部に取ります!」と言い張る。こんな女を言い負かすのは難しい。


 女が意地悪く一瞬ニタリとしたのを、私は見逃さなかった。邪悪な目だ。女が期待するほど男が強くないのを知っていて、きちがいのように男を虐めるのが好きなタイプだ。干物にしてやろうという意図は明らかだから、血を失って、これは必ず死ぬなーーーと覚悟を決めた時、七つ年下の配偶者の悲しげな顔が頭をよぎった。


 ーーー結局死なずにこの文章を書いているのだが、これは間違いが偶然重なった結果だ:打ち明けると、検診の前夜たっぷりニンニクの利いた焼肉をたらふく食って精を付けたにも拘わらず、同夜たまたま配偶者が手元に居らず、セックスをやり忘れた。「ニンニク・やり忘れ」という偶然が二つ重なった結果として、今朝の採血時に余分の体力が未だ温存されていたーーーに過ぎない。命拾いとはこれで、矢張りニンニクは利く。


 血しぶきだらけな採血場から逃れ出て、次に胃を検査するブースまで辿り着いた。ここが最終段階のブースで、人の一生に例えるなら骨を焼く不吉な場所、斎場だ。生憎難民達のキャンプみたいに、酷く込み合っていて、順番待ちになった。

 偶然ウチの女事務員と相い前後になり、仲良く隣同士に腰掛けて待つ事になった。人妻三十六歳である。二人は普段から実に仲がよい間柄だとこっちは思っているが、相手側へそれを確かめた事はない。


 二児の子持だが、女盛りが匂い立っている。スラリと背が高く美人で、出来上がった完成品。でかぐわしい体臭に惹かれて、我知らず体が女の方へ傾き掛けた。人目があるからひたと寄り添う訳には行かないが、傾きつつ見回したら、幸い辺りにはウチの社員の姿は無い。仕事を離れて、初めて人妻に語りかけるチャンス到来である。

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