◎第四話: 「健康診断」の話
「健康診断の話」
1.視力検査
「定期健康診断」と名を借りて、酷使に未だ耐えられるかどうか、これをチェックするのが会社の目的である、と口の悪い社員は言う。中内孝司だ。
先の土曜日に、私を含めて本社の社員十名が年に一回の定期健康診断を受診した。小さな会社なので、全員が隣市K町にある「保険センター」まで出向いて、年に一度受診する事になっている。 中小企業向けの集団検診の施設で、近隣から他社の社員も参加するから、当日は合わせて約五十名程度が一緒に受診した。近辺に鉄工所が多いせいか、受診者は男性が多く女性は数名だ。
センター内では、一人づつ各自検診用紙を持ってレントゲン室・尿検査・血液検査など各ブースをウロウロと巡って、順番に受診する。検査ブース毎にハンコを貰うから、四国の遍路八十八ケ寺巡りみたいである。バリウム剤を呑む胃の検査が最後で、これで満願成就。半日掛かる。
遍路みたいといっても、慰安会や飲み会とは違うからウキウキして出掛ける程ではないが、日常と違ったこんな行事を私は好きである。
検診をしてくれるのは綺麗な看護婦さんばかりなので、これだけでも日頃の殺風景な社内とは大分趣が違う。ーーーと、こう書けば何かワクワクと怪しげであるが、実際今回は少々怪しげな展開になった。
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命に関わらないように、検査は体の急所から外れた部位から開始する。手始めが視力検査。顕微鏡みたいな機器を覗き込むのだが、近眼の私には難関。表示された丸い図形を眺めて、上下左右の何処に「切れ目」があるか、当てるのだ。初めは大きな図形だが段々小さいのを見せられて、ついに限界に来た。
「切れ目」の位置に見分けが付かなくなったから、それまでの出現の確率を計算して、「下!」と答えたら、スバリ的中。昔から視力検査にはギャンブルの要素がある。
相手は一層小さな図形を示した。 これはもう西も東もさっぱり見えないが、確率プラス先程の「下」を加味して、今度は「右」の筈だと考えて、「ミギ!」と勢い良く答えたら、これも見事に当選。
いよいよ次に、「これでもか」という程小さい図に移った。もう小さい黒点としか見えない。が、それまでの「確率+下+右」の豊富なデータを基に、必ずや「上」の筈だと睨んだ。よって、「ウエッ!」と元気良く答えたところ、見事命中して視力はついに1.4となった。この高得点、勢い侮るべからざるものがあり、世界のチカメの歴史始まって以来過去最高の快挙である。
しかし、油断は禁物! 敵は何処にでも居るもので、「これは一体どうした事か!」と不審を抱いた上役らしい看護婦がいた。発情期を過ぎたこの女、入れ墨こそしていないが、傍に近づいて来て恐ろしい顔つきで睨み据えた:
「視力検査はギャンブルじゃありません! 図を見たら考えずに『瞬時に』に答えて下さい!」
こっちもギャンブルとは考えておらず、知能の問題と思っていた。初めから全部おさらいをさせられた。確率論を計算する暇を与えられず、私は仕方なく全部「瞬時に」答えた処、結局昨年の記録を超えられず、視力は0.2と判定された。




