六十八話:西の山へ行く
あくる日の早朝。
寝た時間が少ないから眠たいっちゃあ眠たいが、気分は晴れやかだ。
昨日クヨクヨとしていたのが嘘のようで、心理的にも新しい朝が来た気分だ。
今日からの調査もまぁ何とかなるだろ、くらいの気持ちで望めそうだ。
さて、支度を済ませてギルドを出ると、ギルドの前に一台の馬車が止まってた。
何の特徴もない簡素な幌馬車だ。
繋がれてる馬も……馬かあれ?
なんか馬にしては…違和感がある。
とか思っていたら馬車に長旅用の荷物を積み込んでいる爺さんが出てきた。
で、丁度こっちに気がついたので、声を掛ける。
「お~い、どうだ?」
「もう準備が出来たのか?早いの。
こっちはまだじゃわい」
で、見ると結構な荷物がまだ残っていた。
これを待っていたら日が登りきってしまうんじゃないか?
調査前に疲れるのは嫌だが、これは手伝うべきか?
「待つのもあれだし…手伝うか?」
「おぉ、それなら…」
「これから忙しくなるだろうから体力は温存しておけ」
爺さんが皆まで言う前に、背後から声を掛けられる。
振り返ると、数人の弟子を連れて親方が来ていた。
いや、見た目的には連れられて来たって言う方がいいかもしれない。
親方はまだ長い距離を動くのは厳しいのか、肩を借りていた。
「あ、親方さん」
「おう、体調はどうだ?」
「ちょっと眠たいだけで特に問題はないです」
昨日はなんやかんやあって眠るのが遅くなったからな。
「魔物に襲われなきゃ移動中は眠れるだろ。
荷運びはエドの仕事だし着くまでなるべく体力は温存しとけ」
「はい」
その返事に爺さんが目に見えて落ち込む。
「エド、そう落ち込むな
代わりに人員は持ってきてやったんだから。」
そう言って周りの弟子たちに視線を送る。
「お前らは荷運びを手伝え、分かったな?」
「「「押忍!」」」
なんというか…体育会系だな。
まぁ親方と弟子って関係だし、命令や指示は従うか…
で、残ったのはダダンさんと…一番弟子さん、後は親方を運んでいる人だけだ。
「さて、とりあえずあれを先に渡すか、おい!」
「はい!」
いい返事をして、ダダンさんから布に包まれた物を渡される。
…何か頼んでたっけ?
心当たりが全くないんだけど…
というか毎回布に巻いてるけど…何でだ?
そんな事を考えながらダダンさんから布をめくると、包まれていたのは…スコップだった。
「おぉ…」
「あった方がいいんだろうと思ってよ」
見た目はよくある剣先スコップで、ご丁寧に柄以外は金属製だ。
長さもお手頃な感じで振り回すには丁度いいサイズだし重さも持ち運ぶのに問題ない。
無論本来の使い方の土をいじくりかえすにも使える。
というか何で真っ先にこれで戦うことを考えたんだ、俺?
「出来栄えはどうだ?」
「とても使いやすそうです。
ありがとうございます」
「おぉ、いいってことよ
こっちとしても頑張って貰わなきゃいけねぇからな」
そう言って明るくガハハと笑っている。
「さてテッシン、俺は中で休んでるがお前はどうする?」
「自分もギルドで待ってることにしますよ」
親方がギルドに入っていったので自分も続く。
で、親方は入って一番近くにあった丸椅子に腰掛けた。
なので俺も適当な所に座る。
「さて、今日から行う調査だが…」
「はい、大体昨日聞いた通りで変更はないですか?」
「あぁ、そうだ。
という訳でしっかりやって来いよ?ダダン」
「はい、分かりました!」
ダダンさんがビシッとした態度でいい返事を返す。
一応だが…忘れてないかこれからの予定を少し思い出そうか。
まず馬車で近隣の村を逐一経由、村長その他に注意喚起とこれから本格的な調査になった場合の人員ないし物資の申請をしつつ目的地に向かう。
人員もそうだが、物資は特に重要だ。
イロンの町は目的の調査箇所からは結構距離がある。
具体的に言うと村々を経由し結構休憩を切り詰めて、およそ三日の工程を組んでいる。
何処にも寄らずに足を使い潰す勢いなら…二日目の朝くらいには着くだろうけど…
調査をするなら拠点は近くで確保できるのが一番良い。
補給地点となった村にはそれなりの負担がかかるが、後から補填すれば問題ないだろと言うのがギルドの判断だ。
要は一時的に使わせてもらうけど、後から逐一使った物は補填します。で納得させるって事だろう。
ここまでで自分が出る幕はない。
ダダンさんとジーニャさんは確定で、あと他に誰が同伴するかは知らないが、そこら辺は彼らに丸投げだ。
で、それと並行しつつぼんやりとしかその姿が確認されてない、恐らく小人の土人形である何かに関しての情報を集める。
こっちはまぁ、俺の仕事になるだろうか?
じゃなきゃ馬車にずっと乗ってるだけだしな。
それに目撃は西の山の方で多発しているのだから、より詳細な情報が事前に分かればいいし。
ついでに例の二人組の情報が聞けたらってくらいか?
そう期待せずにやっていこう。
で、そんなこんなで目的地に着いたら適当に真理理解使って、呪いの有無を確認して終了だ。
そうしたら後は…報告の為に戻るか、人を出して引き続き調査か、になるだろう。
ぶっちゃけると俺の中では呪いの調査というよりも、それ以降の活動への下準備って感じって認識だ。
呪いの正体については、思いつく限りでこれかなっていうものがいくつかあるし。
それを検証していけば…きっとどれか当たるだろう。
後はまぁ…魔物が出たら追い払うとかそれくらいか?
それ以外に何か有ったら臨機応変に対応していく感じでいいだろ。
「本当は俺もすぐに行きてぇんだがな…」
「まずは怪我を完治させてからでしょう?」
親方はとりあえず動けるようになった時点で働き始めてるせいか、治りが悪い。
それに仕事だって今まで動けなかった分、かなり残ってるんじゃないか?
「…そうだな」
「親方様の分まで私が精一杯頑張って参りますので、どうかご辛抱ください。」
苦い顔をする親方に、いつになく真剣にダダンさんが応える。
「言うじゃねぇか、ダダン?
…期待はずれなことはすんなよ?」
「心得ております」
うん、何だかお堅い雰囲気だ。
まぁそれだけ原動力になる強い思いがあるのだ。
具体的には言わないけど…
「それでだ…暫く日が空くが何か依頼しておきたいものはあるか?
と言うか何か作れそうなアイデアを置いていけ、手持ち無沙汰だ。」
「はは、じゃあそれなら…」
少し苦笑いしながら、色々と金属製品のアイデアを出していく。
俺には詳しい技術は分からないけど、そこら辺は親方が出来ると判断したら作ってくれるだろうから出し惜しみをする気も無い。。
それで、アイデアを出しつつあれはどうとか、これは面白そうとか、こうすれば作れそうとか色々と話し合う。
勿論一番弟子さんやダダンさんも何かあれば意見を出してくれるし、議論は割と白熱した。
そりゃあもう、他の話題なんかは出てこないくらいに。
で、きりよく話の区切りで爺さんと弟子さん達がギルドに入ってくる。
「ふぅ、やっと終わったわい」
「あ、お疲れ」
「こっちは準備完了じゃ
そっちは大丈夫かの?」
「俺とダダンさんは大丈夫だよ」
「こっちも丁度終わりました~」
と丁度いいタイミングでギルドの奥からジーニャさんが出てくる。
その表情は…やや疲れてるようにも見える。
それに結構な量の紙束を抱えるように持ってるけど、今までアレを作ってたのか?
もしかして:徹夜?
「ギルド側からの各村へ渡す書類ですよ」
「人員や物資の要求やらそれに伴う補填、その他諸々の取り決めなんかのまとめ書じゃな」
「本来は昨日の内にお爺ちゃんと完成させる予定だったのよ?うふふ…」
何ともブラックな顔をして笑っているジーニャさんに怯える爺さん。
うん、いつも通り元気そうだ、良かった。
さて、話題変換、話題変換っと。
爺さんとジーニャさんのコントを見るのはまたの機会でいい。
「じゃあこれ以上時間をくうのも勿体無いし、そろそろ出発しようか?」
「あぁ、ジーニャもそれで良いだろ?」
「そうね、馬車で少しでも休みたい気分だし…行きましょうか」
で、ギルドから出て各人、馬車に乗り込んでいく。
ダダンさんが馬車の御者台に乗り、俺がその隣、ジーニャさんは中だ。
結局乗ることになったのは俺とダダンさんにジーニャさんだけだ。
まぁちょっと荷物で圧迫されてるから、そこまで広さに余裕もないし。
で、ダダンさんが指示を出して馬っぽい生き物が進み始める。
「それじゃ行って来ます!」
「さて、全員気をつけるんじゃぞぉ!」
「気張っていけよ!」
「はい!」
「お爺ちゃん帰ったら…」
「気を付けるんじゃぞぉぉぉ!」
そんな出発前の挨拶も交わしつつ、どんどんとギルドから遠ざかり進んでいく。
目指すは西の山、目下呪いの調査だ。
きっとなんとかなると信じて頑張っていこう。
心の中でそう誓いつつ、とりあえずジーニャさんを見習い寝ることにした。