四十四話:嫌な感じ
ようやく馬車が町に入った頃にはすっかり日は落ちてしまっていた。
外は暗いがこれからが仕事である酒場などからの明かりで昼間と変わらない明るさを街は照らされている。
喧騒も変わらない辺り、この街が眠るのはしばらく先の事だろう。
そんな事をちょっと暗い気分で、ギルドに向かう馬車に乗りながら考えていた。
この明るさと喧騒と、対照的になるみたいに俺の気分は暗い。
…ついでに言うと、この馬車の空気も重く暗い。
(はぁ…)
声にならないため息をつきながら、馬車の中での出来事を思い出す。
何が原因かと言うと、突き詰めると俺がフードが脱げていることに気付かなかった事なのだが…どうもそれを知ってからのレイモンとレナのせいだ。
俺は悪くねぇ!と声高に言ってやりたい。
…詳しく説明しよう。
馬車に乗ってから、自分は何でローランさんが追われていたのか、あの魔力の原因を突き詰めるために感知を使っていた。
それで解ったことはあの魔力の原因は確かにローランさんの現在地を知らせる方法だったという事だ。
ただ、ローランさんが現在地を知らせていた訳じゃなく、知らせていたのはその胸元で輝いていたブローチだ。
そのブローチには中々面白い細工がされていた。
それがこれだ。
[魅了の魔法印]
着用中の所持者の魔力と同調し、残留して周囲の生き物を引き付ける魔力を展開する魔法印。
対象となる相手の理性や魔力、そして所持者自身により効果は大きく左右される。
----------------------
---------------
----------
----
ここ最近は草ばかりに使いすぎて野草理解となっていた真理理解Ⅰのここ一番の活躍だったのだが…
「人のアクセサリーを見て欲しがるなんて、悪趣味ね。」
「あぁ、卑しい奴め。」
ちょっと他人を見ているだけでこの有様である。
この発言にはヒューズさんも驚いていたようだが、それを全く気にしない様子でこっちに向かってブツブツと小馬鹿にするような発言が浴びせられる。
やれ「仲間と思われると迷惑。」とか「こんなのとパーティを組んだって事さえ恥ずかしい。」など聞くに値しない言葉の群れだ。
まぁ何を言われても怒る訳じゃないけど。
「あぁ、そう。」と流せる鋼のような精神を今は持っているからいいんだけど、完全にあのブローチの事を言い出す機会を封じられてしまったのは痛かった。
何を言っても火に油を注ぐ結果になるのは分かってるしな。
それからも相手にしない事を良い事に暫く続いていたんだけど、耐えられなくなったのかケントが余計なことを言い、ついでヴァニラが止めに入ってきた。
それでテリア隊の方で口論を白熱させる原因となってしまい、結局何となく事情を理解したヒューズさんが最終的にただの罵り合いに発展したそれを止めるまで続いた。
俺はそれをただ横で眺めてたんだけどな。
こう、議論の話題になっているはずなのに話し合いには入っていないって…何か面白かったな。
最終的には俺は一切関わって来なかったんだけどな。
それで結局、その後は特に口を開く人も居なくて今に至る訳だ。
それからも会話なんてなく、ギルドの前に着いたので馬車から降りて報告の為に中に入っていく。
受付カウンターの前でエリカ支部長は腕を組んで仁王立ちしており、暗い雰囲気を纏ったテリア隊を見て眉をしかめる。
「で、結果はどうだったんだい?」
「無事…保護に成功しました。」
俺がそう言うと、恐らく「失敗しました。」なんて予想していたであろうエリカ支部長は驚いた様子で依頼人であるヒューズさんの方を向くが…静かにヒューズさんは首を縦に振る。
「あぁ、問題ない。」
「じゃあ…何でそんなに鬱々としてんだいお前ら!」
ここで、ドッキリでもやられた感じに怒り始めるエリカ支部長。
それでもテリア隊の表情は依然として明るい感じじゃない。
「テリア隊が喧嘩したんだよ、支部長。」
このまま鬱々として説明に手間取るのも面倒なので手早く説明する。
あながち間違ってないし、端折りに端折った説明する。
「はぁ!?なんだって喧嘩なんか!?」
「考え方の違い。」
主に俺に対する考え方の違いだけどな。
あの口論だって毛嫌いするのと物珍しいと見るのとの違いだし。
というか…なんか聞いている限り魔術教会の教えというか、その辺に関係ありそうな会話だった。
何はともあれ面倒だし、こんなもんで合ってるだろ?
で、テリア隊の四人は俺がそんな事を言うと思ってなかったのかすごく驚いた顔をしている。
ついでにヒューズさんを見るとちょっと驚いた顔をした後、笑いを押し殺していた。
まぁ事の発端の本人がこんだけ飄々としているしね。
「ちょっと!?アンタ何を…」
「あんたら!そんな下らない事で騒ぐ暇があったらもっと真面目にやりな!」
レナの弁明も支部長の怒声にかき消される。
他の三人も必死に説明しようとしてるが、エリカ支部長の怒りは収まらない。
それよりも言い訳と取られて更に怒らせていたりする。
いいぞ支部長、もっとやれ。
怒ってないとは言ったが気にしてない訳じゃないんだよ。
お前らのせいで帰りに魔物を引き連れて帰る羽目になってたらどうするつもりだったんだ、全く。
あの魔法印の性質上、外せば多分効果がなくなるとは思うんだけど、言い出せなかったんだからな。
「さて、長くなりそうだから今日は帰ろうかな。」
本当は報酬も貰いたかったけど、あれだけ怒ってるのだからこっちに飛び火したっておかしく無い。
巻き込まれない内に早く逃げよう。
「それではヒューズさん、お気をつけて。」
「あぁ、報酬は既にエリカ殿に渡しておく、後日受け取るといい。」
「分かりました。」
そう言って依頼人であるヒューズさんに一礼してからギルドから出る。
最後まで笑い顔だったけど…そんなに面白かったのだろうか?
さて、日付は変わって次の日。
朝起きて身仕度を済ませてからすぐにギルドに行った…訳ではなく今日は昼頃にギルドに行った。
別に金に困ってる訳じゃないし報酬は後回しにしようと思ったし、トーワの街で色々とやっておきたかった事があったしな。
まぁあいつらに会いたくなかったてのもある。
結局宿に戻ってからは会うこともなかったし気にするほどでもないんだけど…
念には念をって奴だ。
ギルドの扉を開けると、今日もギルドはのんびりとしたと言うか…穏やかというか、そんな雰囲気だ。
「こんにちは~」
「あ、こんにちは。」
挨拶すると相変わらずチェルシーさんが返してくれる。
何だか他の職員はちらりとこちらを見た後、シエスタや雑談に戻ったりそもそも読書に耽っていて見てすらいないなど…やる気があるのか疑いたくなるレベルだ。
あと…今日は何だか普段と雰囲気が違うような気がする。
こう…昨日のテリア隊といる時と同じような嫌な雰囲気を感じる。
そう思った所でやる気の代表みたいなエリカ支部長が居ないのに気づいた。
「あれ?支部長は?」
「今朝、首都のノブレアに帰りましたよ。」
「なるほど。」
だから空気がこんなに悪いのか?とは言わないでおこう。
と言うかこの国の首都ってノブレアって言うんだな。
大体首都で通じてたから印象に薄い。
エリカ支部長も昨日の時点で一言言ってくれれば朝に見送りに顔でもと思ったけど、しょうがないか。
それよりも報酬はどうなったんだ?
ヘソ曲げてちょっと減額とか…されてないよな?
「報酬はしっかり渡しておいてくれって言われてますので、ギルドカードの方を。」
「あ、はい。」
言われるがままにギルドカードを渡すと、受け取ったチェルシーさんはカウンター立ち上がりギルドの奥に消えて行き、暫くして小さな革袋を持って戻ってきた。
「しっかり中身を確認して下さいね。」
中を確認すると増減なくしっかり2500チップ入っている。
ちゃんと定額貰えた事に少し安心しながら仕舞うと、ついでギルドカードも返却されたので受け取ったのだが…
「…お?Dランク!」
「昨日のクエスト達成により、相応の実力有りとエリカ支部長から許可を貰っています。」
さっきまでEの文字が書かれていた部分がDに変わっていた。
字自体も飾り気ない機械的なフォントから少しだけ豪華になったのを見ているとちょっとだけ嬉しくなってくる。
「テリア隊の方はまだ実力無しって評価なので、注意して下さいね。」
言外にあまり広めないようにと小声でチェルシーさんが耳打ちしてくる。
「あと昨日の事、聞いてます?」
「昨日の事…?」
ついでまた小声で聞かれたのだが、思わず聞き返してしまった。
あの後、一体何か有ったのだろうか?
まぁ…何か有ったとしたらある程度予想はつくけど。
「昨日あの後テッシンさんが帰った後、主にレイモンさんとレナさんが色々と君の事を喧伝しまして…」
「…なるほど。」
なるほど予想通りだ。
あいつらがやる事ってそのくらいしかないだろ。
「色々と悪評価を初めとして最終的にはあなたの依頼報酬を要求してきたりと、まぁそれは支部長が許可しませんでしたけど…それで職員で気にする人はそこまで多くないんですがやはり髪の色は気になるという人も居ましてその…依頼が…」
そう言って依頼板の方に目をやるので自分もそっちに目をやって確認する。
すると昨日は板一杯に貼ってあった依頼板の一箇所から紙片の類さっぱり無くなっている事に気が付いた。
…黒髪という事を周囲に知られるだけでこうもやりづらくなるとは。
これはマント以外に本格的に頭部を隠す物を探した方がいいかもしれないな。
「私を含めて変わらずに依頼を貼っている人もいましたがテリア隊が全て受けてしまいまして…」
「はぁ…」
…あいつら、やってくれるじゃないか!とか別にいう気は無い。
ぶっちゃけると、もういいしな。
「まぁ別にいいんですけど。」
「えっ…?」
あいつらに関しては逆に、こうまでして人の妨害をしたいもんなのか?と気になる程度だ。
そもそも今日は依頼を受けにきた訳じゃ無いからな。
精々野草集めを頑張ってくれたまえって感じだ。
「では今日は何をしに?」
「別の町に行こうと思いまして、その挨拶に。」
「そうですか…って流石に早すぎません?」
「元々長く居る予定じゃ無かったですし、丁度こんな事態になってますからね。」
「それはそうですけど。」
今日は朝からギルドに行かずに町で雑貨の確認と補充をして、乗合馬車を確認しに行っていたのだ。
黒髪であることがバレた時点でこういう事になることは予想出来ていたからな。
まさかこんなに早いものだとはちょっと驚いたけど。
それは置いておいて、早々と町を移動する手段を確認しに行っていたんだが幸か不幸か、途中で何度か乗り換えれば四日で北の隣国メタリオルへの国境に行くルートがあった。
今日を乗り逃したら二十日近く待たなければいけないので予定がかなり早まったが、町を出るなら今しかない。
村から町まで、三日程歩いた身としてはやはり馬車での移動に大きな魅力を感じてしまう。
歩いていったら最短でも十日近くかかるらしいので流石に歩きたくないし、慣れない野営を長い事し続けるのはキツい。
馬車の中で四日もキツいかもしれないけれど、馬車だと夜は宿に泊まれる。
つまり野営はしなくてもいいって訳だ。
Dランクに上がっていない事が心残りだったが、たった今それも解決したからな。
「Dに上がったから良いものの、普通はEランクの冒険者が一人で余所のギルドに行っても白い目で見られるか、追い返されるだけですよ。」
まぁ普通に考えて駆け出しが各地を転々とするなんておかしいしな。
余程ギルドの運営が悪いとかじゃない限りそうなるのが妥当だろう。
「こうなる事を見越して支部長は早めにDランクにしたのかもしれませんけど。」
「あはは…」
適当に笑って誤魔化してみたが、俺もそうなんじゃないかとは思っている。
紹介状に何が書いてあったかは知らないけど、魔封じの事を知った時点で大体見当をつけてたんじゃないか?
「とは言っても既に結構な量の依頼は受けてますし、Eランクの魔物を素手で倒せる時点で実力は十分ですけど…」
「そんな事も言ってたのか…」
「罵詈雑言が殆どでしたけど、話をよく聞くと実力は相当だって分かりましたよ。」
実力の評価はテリア隊のネガキャンのせいでかえって上がっているのか?
ちなみにゴブリンの骨砕きは肉体活性がある程度熟練していてSTRがそこそこあるなら十分に出来るはずだ。
好んであれをやる人はそうは居ないだろうけど。
関係ないが…恐らくアンナは出来る。
とか下らない事を考えてる間にいつの間にか結構時間が経っていることに気がついた。
「さて…あまり長居もしてられないみたいですから、そろそろ行きますね。」
馬車の時間にはまだ余裕があるが、周囲の目線が集まってきて気まずい。
と言うか視線が痛い。
ギルド内に冒険者が俺しか居ないっていうのもあるけど、フードの下に隠れてる髪の色が気になるんだろう。
…反省を踏まえてうっかりでも見せる気はないけど。
こんなしょうもない事で面倒になるのは御免だ。
「あ、はい。お気をつけて。」
「はい、それでは。」
そう言って一礼し、ギルドのからそそくさと出て行く。
これから向かう所は当然、馬車乗り場だ。
おかげさまで遂に総合評価が100ptを超えました。
ここまでブクマ、評価等して頂き誠に嬉しい限りです。
これからも投稿は続くので引き続き見て頂ければ幸いです。




