三十三話:トーワの町の冒険者ギルド
さて、シュルツ村を出発してから二日がたった。
まぁ初めての旅ということもあって色々と失敗もあるが、概ね順調だ。
まず地図を頼りに出発してから数時間で街道を見つけ、そこからはずっと一本道だったのでそれからは貰った本を読みながら歩いていた。
ちなみに本は一つが低ランクの魔物の特徴や討伐部位、主な生息地域の載った『魔物図鑑・草原初級』で、もう一つが実践向けの指南書みたいな物で動物や魔物の皮の上手な剥ぎ方やら様々な特徴を持つ魔物に対しての有効な戦闘方法やら注意事項が記載された『狩人の心得・初級』という本だった。
最初はパラパラと魔物図鑑を流し読みし、載っている魔物の討伐部位と毒のある魔物を軽くチェックした後はより役に立ちそうな狩人の心得の方を読む事にした。
真理理解がどこまで有効なのかは分からないが魔物についても多少は分かるだろうからな。
時々読むのに飽きては野草の採取をして街道から外れかけたり、日が傾いてきたので野営の準備を始めようと思ったら燃料になるものが無い事に気づき、急いで街道周辺に時折見られる林からかき集めたり、結局その日は月明かりがすごい日で辺り一帯が綺麗に見渡せたりなんて事もあって半ば徒労に終わったり、ついでだからと近くに有った岩の上から星が綺麗に空に輝くのを見て、こんなのもありかな?なんて思ってそのまま寝たりもした。
そんなこんなで三日目の昼頃、ようやく街道の遥か先に…地平線とまだ一体化しているが町の外壁の様な物が見えてきた。
ちなみにこの三日間、魔物には一匹も襲われなかった。
一応街道から遥か先にランスバイソンを見かける事はあったが、基本縄張りは出ない種ではあるらしいので特に気にしなかった。
オークは出ないとしても、ゴブリンやスライムの一匹は出てくるかと思っていたのでちょっと拍子抜けだ。
安全なのは良い事なんだけどさ。
…まぁそれはさておき、トーワの町の外観はシュルツ村とは違って木製の杭を連ねた様な物ではなく、砦を思わせるような高い石造りの外壁に囲まれていた。
また町に接するくらいの距離に立派な川が一本流れているみたいで、そこからお堀のように水を引いてきているようだ。
ぶっちゃけトーワの町を見た第一印象は『町っていうか砦』だな。
こうして俺はシュルツ村から見て北東、ノーブル王国首都からみて北に位置する、トーワの町にやってきた。
当然、やってきてすぐに出会うのは門番だろう。
既に時刻はお昼、おまけに門は開いているのだから、どっかの村の領主の娘みたいな奴と出くわすことはきっと無い。
ついでにお偉いさんの顔パスもないが別に衛兵も盗賊がこの辺に居なければ普通に問題ないだろう。
そう思っていかにも好青年って雰囲気のの門番に声をかける。
「お疲れ様です。」
「あ、はい。旅人さんかな?今日はどういった目的で?」
「冒険者になろうと思って。」
「あ~なるほど、冒険者ギルドは入って大通りの右側、宿はギルドで聞くといいよ。」
「なるほど、ありがとうございます。」
「それじゃ、気をつけてね。」
そう言って、門番さんは再び草原の方に向き直る。
なんかここに来てから一番礼儀正しい人に会ったような気がする。
若干子供扱いされているような気もしたけど、そこは気にしない。
そんな事を考えながら門をぬけてしばらく歩くと、街特有の騒がしい雰囲気が出始めてきた。
往来では絶え間なく続く人々の波、足音、店の外に漏れるほど騒がしい陽気な笑い声、時折客に声をかけている屋台からは食欲をそそる香りが鼻を刺激する。
一番最後のはとても大きな誘惑だが、それらには目もくれずに必死に大通りの右側にある冒険者ギルドを探し歩く。
説明すると、視覚と違い強い香りはそれを放つ物の周囲に残る。
しかも時間が経てば経つほど周囲に拡散し、強化されていく訳で、俺が来る前からここにあった屋台は既に少しでもそちらに興味が沸けば、その香りは『試しに買ってみて、味を確かめるのもいいんじゃないかい?』と囁きかけ薄弱な意志など叩きおってしまいかねないほどだ。
そんな屋台の誘惑に釣られないように視線を右へ右へと動かしながら冒険者ギルドを探して…
探して…
……
「まいどありぃ!」
甘辛のタレがよく焼けた串焼肉と絡み合い、絶妙な美味しさを主張している。
ボリュームもこれ一つで小腹なら余裕で満たせるといったくらいの大きさでひと串25チップというのだからついつい買ってしまうのも頷ける。
たった三日だが、歩きづめで簡素な食事のみしかとらなかった俺が誘惑に負けて、これを買ってしまったのはある意味必然だったのかもしれない。
この三日間である程度お腹を満たせる程食べられた物はパサパサで固いパン(前に会議中に支給されたのと同じ奴)と長期保存目的の素晴らしいくらい塩の味しかしない、これまたパサパサの干し肉と現地調達したアオミズハっていう食べられるけどちょっと青臭かった野草くらいしかなかったからな。
一応満腹になる程度には食べてはいたのだけれどこの食事は決して自分の心を満足させる物では無かったのだ。
『粗食は何より耐え難い』
そんな事を悟らせてくれたこの美味なる串焼きに精一杯の感謝を込めて僕はまた口を開けて齧り付くのだった。
…とか馬鹿な事を考えながら串焼きを食べつつ、普通に冒険者ギルドを探していた。
ちなみに他の食べられる野草類は全て渋かったり苦かったりなど癖が有るので専ら調理用と割り切って、アオミズハを含め全ていくつか採取してリュックに入れてきた。
しばらく歩き、串焼きもあと僅かといった所でコインと靴、そして剣が順番に重なった特徴的なシンボルを掲げている店の前までやってきた。
これが一応冒険者のシンボルであり、これを掲げられる建物は冒険者ギルドだけである。
食べ物を持ったまま入るのもどうかと思ったので、まだ残っていた串焼き肉を一気に口にいれ、飲み込む。
そして意を決してスイングドアの入口を押して中に入る。
まだ昼間だからか殆ど人が居らず、奥の個別の仕切りがある受付っぽい所に数人、入って左手側にいくつかある丸テーブルで会議をするかのように熱心に話あっている四人組しか居ない。
右手側には様々な質、デザイン、種類の紙が貼られたボードがあるが、今は用がないので真っ直ぐと受付の方に向かう。
向かう途中で四人組の方が気がついたみたいだけど今は先に冒険者登録を済ませてしまいたいのでスルーする。
ちなみに今はフードで髪の色を判別出来ない程度にしか被っているので顔は見えているはずだ。
旅中も日が強かったりしたので日よけにずっと被ってたりしたし、ある程度視界が遮られる違和感にも慣れてきたからかぶりっぱなしなのを忘れていたのもあるけど。
…んで、数人いる受付の中で一番ベテランそうな獣人っぽいおばちゃんの所に行く。
獣人かどうか自信がないのは単純に俺に人を見る目が無かっただけだったりする、耳も隠れているし。
というかこういう事に時間をかけすぎるのは良くないし、何より誰にしようかと見ていたら目が合ったしな。
他のは、本を読んでいる同年代くらいの女の子に、昼を過ぎてシエスタ気味な女性職員、その様子を気付かれないようにチラチラ見ている男性職員、etc……
なんか締まらないなぁ…なんて思いつつおばちゃんの前に行き。
「あの、冒険者登録をしにきたんですけど…」
「なんだ、新入りかい…ちょっと待ってな。」
とりあえずカウンター前の椅子に腰掛けると、おばちゃんは受付の後ろの棚に積まれた何かを取り出す。
カウンターに置かれたそれは…一枚の紙と白色のカードで、端っこに加工された小さな魔石がついている。
「まずはこっちに必要事項を書きな。」
言われるがままに記入が必要な事をさらっと書き上げる。
名前と年齢などをさらっと記入して、出身は不明としておいた。
それを見たおばちゃんはちょっと面倒そうな顔をした。
「あんた、身分証明になるものは何かあるかい?」
「あ、一応紹介状なら。」
「紹介状?誰の?」
「えぇと…はい、これです。」
紹介状と聞いてやや訝しんだ様子で受け取っていたが、封筒の裏に書かれていたザンギさんの名前を見て何故か驚いた様子で…
「へぇ、って事はあのシュルツ村からねぇ…」
とボソリと呟き、こちらの顔と封筒を交互に見る。
「そっちは冒険者のランクカード、とりあえず持ってみな。」
「あ、はい。」
封筒を開けて中を見るおばちゃんにそう言われて触れた瞬間カードから魔力が放たれ、指を伝って身体全体を包み込もうとしてくる。
なんだか気持ち悪かったので咄嗟に魔封じを使って流れ込んでくる魔力を押さえ込みつつ真理理解を発動させる。
[鑑定の魔法陣]
対象の情報を正確に読み取り、記載する魔法陣。
抵抗されている場合や読み取った内容より細かい記載を求められている場合、記載対象がない場合は記載が出来ない。
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つまりこれは俺のステータスのいくつかをこのカードに写されるって事か?
全てあるだけ写されるのは一番困るけど、一部だけでも…っていってもどれも一般人的レベルじゃないんだけどなぁ…
というかこれは何も書かれていないけど…魔法陣はどこにあるんだ?
そもそも魔法陣と魔法印の違いってなんだろうな。
なんて思いながら使っている魔封じを解こうかどうか悩んでいたら、突然目の前のおばちゃんが笑い始めた。
その様子に何事かと横にいる受付職員達がこぞってこちらを見てくる。
ついでに何が書いてあったのか気になる俺もおばちゃんを見る。
「紹介状に書いてある通りなら中々面白い人材じゃないか!どれ?カードの方は…」
と言って手に持っているカードを覗き込んでくるが、俺が鑑定を拒んでいるため未だにカードには何も書かれておらず、真っ白の状態だ。
それを見て、何かを確信した様なおばさんはにやりと笑い。
「年齢と名前しか出てこないから、別に魔封じなんて使わなくても結構だよテッシン。」
なるほど、魔封じの事は書かれてあったのか。それに名前も。
とりあえず名前と年齢だけなら、と魔封じを解除してカードから流れてくる魔力、鑑定の魔法を受ける。
全身が一瞬だけむず痒くなるような感覚を覚えたと思ったら体を包んでいた魔力は消え、カードに上から名前、年齢とあとはランク:Fという記載されていた。
他に何か書かれてないかと裏返して見た所、ちゃっかりギルドのマークがあるくらいで他には何も無かった。
「別にそんなに警戒しなくても何もありゃしないさ。」
そう言ってカードを回収し、先ほど書いたものと見比べる。
名前と年齢に違いがない事を確認してるのだろうか?
まぁ偽名や年齢詐称はする奴はバレるんだろう。
ちなみにステータスは自分の知っている文字で確認出来るので名前のスペルミスなどもないはずだ。
確認が終わったらカードをこっちに返してくれた。
「一応言っておくとFランクは仮登録ってことだからね、これから試験をさせて貰うけど大丈夫かい?」
「え、ああ…はい。」
「じゃあこれを…っと」
手頃な紙を一枚取ったと思ったらスラスラと何かを書き込んでいく。
紙の種類はいいものではないが、書き方が先ほどの板に貼られていたものとほぼ同じである。
そして書き上がったそれは、一枚の依頼書だった。
上から順番に依頼内容、依頼内容の達成までか募集の期日、依頼報酬、そして依頼者名が書かれている。
依頼者名の所を見ると、ギルドノーブル支部長エリカ・レインズ…つまりこの国の支部長だったみたいだ。
…なんでこんな所に支部長がいるんだ?
首都の方にもギルドがあるんだから普通はそこにいるんじゃないのか!?
なんて思いながら依頼書を見ながら固まっていると急かすように依頼書を突き出される。
「そこに書いてある物を今日中に持ってきな!
もし分からない事はこの子に聞きな!私からは以上だ!
チェルシー!後は相手をしてやりな!」
「は!はい!」
そう言って席を立ち、隣で本を読んでいた女の子が代わりに向かいの椅子に座り説明を始める。
「えっと…初めてなので採取依頼ですね。
内容は…クロツメクサ、カラツブドウ、シブミノコシ、アオミズハをそれぞれ最低一つないし一株…ってこれアオミズハ以外お酒のおつまみじゃないですか!」
丁寧に説明してくれるかと思ったら依頼書を掴み180度ターンして支部長に詰問し始めた。
というか最初の依頼が酒のつまみって完全に支部長の趣味じゃないか?
それ以前にこれらの品々って……
「何か文句あるのかい?」
「それで酒盛りするわけじゃないですよね…?」
「何を言ってるんだ?そうするに決まってるじゃないか?」
「さらっとそんな事言わないで下さい!完全に職権乱用じゃないですか!」
「それより良いのかい?時間は待ってはくれないんだ。新しく入ってきた冒険者志望の子を待たせちゃいけないよ!」
「全く!後でお話が有りますからね!」
と言って若干怒り気味にこっちに戻ってくる。
「…と言う事ですのでこれらの野草はここらへんの草原に自生してますので取ってきて下さい!
簡単にこれらの野草について説明しますので!」
「あ、ちょっと待って!大丈夫だから!」
何かあるんですか?と言いたげな顔をしたチェルシーさんをよそにリュックに詰め込んでいた食べられる野草類を取り出してカウンターに並べていく。
依頼された以外にもかなり種類があるけど…元々売るために採取してきたのだからここで出してしまった。
数が少なくて満足な量がないものや希少なものもあるけど、ただの食用野草だからな。
結局、全体として結構な量があったためカウンターが野草で溢れかえってしまい、何事かと他の職員も集まってきてしまった。
「さっき指定された以外の物も依頼があるなら買い取ってくれると嬉しいんだけど…」
「これ、全部食べられる野草ですね。」
「毒草と見分けがつきにくいものもしっかり見分けてるな。」
「これ今が旬の奴じゃないですか!」
「こっちなんて市場に滅多に出回らないものまで…」
「コレ…ニテクウ…ウマイ……」
指定されていた物は全て採取しているはずだ。
しかも出来る限り根付きで持ってきたので鮮度も悪くない。
安値でも売れればいいと思っていたけど、これは結構な成果になるんじゃないか?
何はともあれ、これで依頼は達成かな?と思って受付の奥にいるエリカ支部長に視線を向けると、腹を抱えて笑いながら…
「なんだか面白い奴だとは思っていたがここまでとはね!合格だ!テッシン・ニジ!お前をEランク、いや冒険者と認めようじゃないか!」
「やった!」
大声で宣言されて思わずガッツポーズを取ってしまった。
というかこうなるとは思ってなかったから実際嬉しい。
「あと、これらの持ってきた野草を全て引き取るっていっても依頼書がないからねぇ…依頼書が無いとギルドも魔物の素材以外は買い取れないんだよ。」
「え~…」
依頼書がなくては魔物の素材以外は買い取ってくれないとは…
まぁでも近くの店にでも売りに行けばいいか。と思っていたらさっき受付でシエスタしていた女性職員が一枚、依頼書を持ってきた。
「私からの依頼書、これを定価の一割増しで買いたいんだけれど?」
「あぁ、はい。どうぞ。」
彼女が指差した、見た目ゼンマイみたいな野草を彼女は五本っでひと束にして持っていき、同時に55チップを手渡された。
それを見た職員達は急いで依頼書を手にし、依頼を書くべく散っていった。
「あ!こらお前ら!先にカードの更新が先だろうが!
あと足元見た奴は私が容赦しないからね!適正な取引価格以上だ!分かったね!」
…支部長の声も虚しく、残っているのは座っていたチェルシーさんだけだった。




