三十二話:旅立ち
明くる日の、まだ日の出前。
今現在、自分はリュックを背負い、マントを羽織り門の前に来ている。
リュックには買った水や携帯食に学ランやら着替え、あと野草採取のために空の袋やら瓶が詰まっているがまだ容量には余裕があったりする。
空を見上げれば曇っているわけではなく、まだうっすらと明るくなってきた頃合だけど今日は旅立つにはちょうどいい感じに晴れた日になるのではないか、と思わせる空模様だ。
一昨日の怪我は軽傷だったのもあって前に作ったヒールジェルを使った所、傷跡も痛みも残さず綺麗に治った。
あと結局、昨日の宴は思っていたような…それ以上の盛り上がりだった。
詩人の演奏と歌が響き渡り、踊り子の魅惑的なダンスに皆が目を奪われ、その最中に料理と酒が宙を舞うように運ばれ、後で実際に宙に舞い、ついでに拳やら感性やら罵声やらも飛び交い始めて…頃合を見計らい逃げるように屋敷に戻って来たのはどうでもいい話か。
ちなみに深夜まで行われていたようだ。
来る前にちらっと見てきたけど、広場では何人もの人が転がって寝ていた。
時々呻いている人なんかもいて…二日酔いだろうか?
村の中もいつもよりずっと静かで大半の人が疲れて寝ているって感じである。
ちなみに今現在門の前にいるのは、丁度宴が始まる前の時間から門の警備をしているであろう自警団の人とアンナしか居ない。
一番盛り上がって参加していたはずのアンナが何事もなかったかのように平然としているのだが…あまり深く考えない方が良いんだろう。
「さて…そろそろ出発する時間なのに…ザンギさんは何をしているのかしら……」
「まぁまぁ…」
どうせ二日酔いか何かだろう、昨日はハイテンションで物凄く飲んでいたし。
飲み比べ大会なんてやっていた気もするから当然っちゃ当然か?
ちなみに俺は酒は飲んでいない…日本じゃ余裕で未成年だしな。
こっちには特に飲酒に関するルールなんかはないけれど倫理的にこういう所はしっかりしていかなきゃいけない。
…というのは建前で、実際は飲み比べに参加したくなかっただけだけど。
明日旅立つのに体調不良にでもなったら目も当てられないしな。
「お~い!」
こっちを呼ぶような声の方向に振り返ると、ザンギさんが手から袋を下げて走ってきている。
「遅いわよ!」
「いやぁ悪い悪い!ちょっとな!」
二日酔いって感じでもなく、見た感じはいつもと変わらない。
ってかその荷物は何なんだ?と思っていると…
「ほれ、餞別だ。」
と持っていた袋をそのままを渡してきた。
袋の口を開けて見ると中にはもう一つ、チップの入った袋とそこまで厚くはない二冊の本、そして封筒が一通に入っていた。
「これは?」
「昨日テツに渡し忘れていたものだ。
身元が不明じゃトーワの町で冒険者になるのは大変だと思ってな、一応紹介状と冒険者になるための最低限の知識の為の本と…後は報酬だ。」
「報酬?」
一体何の報酬だ?
特に何か頼まれた事なんて記憶にはないんだけどな…
なんやかんやザンギさんには世話になってばかりだし、報酬なんて言われてもな…
一応心当たりがあるとすれば…一昨日の戦闘だろうな。
後、紹介状って…ザンギさんは有名な冒険者とかだったのか?
「あぁ、一昨日のランスバイソンとオークファイターの討伐報酬だ。」
やっぱりか、なんて思いながらもう一度チップが入っていた袋の中身を見る。
硬貨が結構たくさんと硬貨よりも高価である紙幣が数枚…合計で10万チップ以上はあるんじゃないか?
日本円に換算して大体100万円相当、今の懐事情では立派な大金である。
まぁ普通に金欠じゃなくても大金なんだけどさ…
「こんなに貰っていいのか?」
「当たり前だ!それだけの働きはしてるからな!」
「テツが居なくちゃあの二体の魔物に勝ったとしても犠牲だって決して少なくなかっただろうし、遠慮なく受け取って!」
「お、おう…」
なんでだろう?額が額だからか微妙に抵抗がある。
それでも二人の好意というか自分に対する正当な報酬なのだから、と思い懐に収める。
後は本やら封筒は背負っているリュックにしまった。
「さて…時間だな。」
ザンギさんがそう言うと丁度よく目の前の門が開き、草原の風が体を撫でるように吹き抜ける。
今日も草原には見渡す限り魔物は見当たらない、というかいられるとちょっと困る。
「本当は私も一緒に行きたいんだけど、その前にやらなきゃいけない事も色々とあるし…テツとはここでお別れになるね。」
「そうなるな。」
ちょっとだけ悲しそうな顔で、らしくないことを言うアンナ。
まるでこれが今生の別れみたいな雰囲気だ。
アンナも近いうちに冒険者になるだろうし、そうなったらきっと会うこともあるだろうに…なんでこんなにしんみりとした感じになっているんだ?
「この村にいる間、本当に助かったよ。」
「そりゃ…最初に会った時は門の横で少年が行き倒れの様に寝てて、おまけに色々と常識も知らないとくれば放っておける訳無いじゃない。」
「そうは言ってもこっちは世話になった訳だし、きちんと礼は言っておくべきだろ。」
この村がこの世界基準で普通の反応をしている、とはぶっちゃけ思っていない。
魔法が使えないなんて事で差別的な目で見られることなく、助けてもらいながら平穏な日常を過ごせる場所っていうのはきっとこの世界じゃ少ないだろうと思っている。
きっとこれから色々と、それこそ城から逃げてきたような出来事みたいな目に遭う事だってあるはずだ。
でもそういう面だけがこの世界の全てじゃないって思えた。
こうやって普通に助けてくれる人たちもいるって思い知らされた。
自分の助けになってくれたし、これからもその事が自分の支えになってくれそうな気がする。
「色々とお世話になりました!」
そう言って深々と頭を下げたのだが…
「そこらへんは変わらないのよね。」
「そういうところがテツらしいな。」
と二人からちょっと呆気ない反応を返されてしまった。
まぁ感謝はしっかりと伝えられたし、いいかな?
「そういう訳で、そろそろ行こうかな。」
目的地は先程会話にも出てきたトーワという町、さして大きくはないけど冒険者ギルドがある町だ。
ここから歩いて、約三日くらいかかるようだ。
「道中気をつけるんだぞ。」
「迷子になんてなるんじゃないわよ!」
「分かってるって、そのくらい!」
最後の最後で心配性な二人だななんて思いつつ、数歩歩いた所で振り返り…
「じゃあな!」
それだけ言ってから地図を片手に、トーワの町のある方向に歩いて行った。