二十八話:いつぞやの白い空間で
「あれ…?」
意識が覚醒、と言うよりは気がつけば黒かった視界は元通りになって色彩も元通りなのだが、いつか見たような白っぽい空間らしき場所にポツンと立っていた。
服装は意識を失うまでと変わらないがそれ以外のものはなく、所々傷んでいた所や汚れなんかは綺麗に無くなっている。
覚えている限りでは…確かオークファイターと戦っている最中から意識が朦朧としてきて戦闘が終わったらそのまま意識が無くなったはずなのだが…そもそもここは一体何処なんだ?
「いつまで立っているのかしら?」
今回で三回目になる会話なのに…毎度おなじみ、と言うような印象を受ける語り口調で声が背後から響いてくる。
確認する必要の無い、振り向かなくてもこの、不思議と耳に入ってくる声の主が誰か言い当てられる自信がある。
そしてここの場所も多分間違ってないはずだ。
そう思って振り返るとやっぱり…奴だ。
「おぉテツよ!やられてしまうとは情けない!」
「それはこっちの意識が戻ってすぐに、目の前で言うべきだろ。」
しかもそれ、王様が言う様なセリフじゃないか?
というか俺、やられたのか…?
そもそもなんでここにまたいるんだ?
「一度言ってみたかったのよ…いいから早くこっちに来なさいな。」
色々と理解が追いつかない自分をよそに、仰々しい仕草とあからさまに演技だと分かる落胆したような表情は普段の表情と調子に切り替えていた。
女神様の近くには優雅に白いチェアが二つ、ティーポットやらカップ等が上に置いてあるやや小さめのこれまた白い丸テーブルの側に配置してあり手招きしていた彼女はすぐに片方のチェアに座る。
確かにいつまでも立っているのもあれなので椅子まで向かおうと歩み寄る。
最初、召喚されて来た時はこの全方向真っ白い世界を歩いて回れるとは微塵も考えていなかったが、伝わってくるのは平坦な地面を歩くような感触だ。
下を見ても真っ白な、床なんて無い世界だからちょっぴり不思議な感覚である。
椅子を引いてその上に座ると丁度テーブル向かい合う形で座っている状態になる。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう、ございます。」
目の前にいる女神様から紅茶の様な色の液体が入ったティーカップを微笑み混じりに差し出され、思わず畏まってしまう。
こう…時々ふざける時はあるけど、稀に挟むシリアスさにドキッとするのはなんでだろうかな?
つい咄嗟に視線を逸らした時に、横に置いてあるバスケットに入った色とりどりの焼き菓子に手を伸ばしたくなるのを堪えているとシリアスに飽きたのかやはり砕けた口調で語りだす。
「いや~まさかあんな凶暴に変化させられた魔物相手に身体一つで戦って何とかするなんて…私が見込んだ以上にやるわね~!」
「…あのオークファイターについて何か知ってたのか?」
戦闘中も思っていたがオークファイター自体は知能自体はぶっちゃけ低い部類だろう。
あんな物を体に描いて何か効果を得られるとか考える知能はないだろうし、それにそもそも身体の構造が見た限り人と変わらないのに自身で背中にあんなものなんか描けるわけがない。
「いや、流石の私も全く何も知らないわよ?
ただ、狂戦士の魔法印だかをあの魔物に刻んだ奴は他にいるでしょうね~と神様の勘が働いただけよ?」
なんだか怪しいが問い詰めてものらりくらりと躱される気が…いや間違いなく躱されるだろうな。
知っているなら何か教えて欲しいが今は聞くだけ無駄だろうと思い、ため息を一息吐きながらティーカップを持ち上げて注いで貰ったお茶に口をつけようとして…
「黄泉戸喫…」
なんだか不吉な事をボソリと言われて手が止まる。
これを飲んだりしたらもう向こうの世界には戻れなかったりするんだろうか?
「やっぱり俺は…死んだのか?」
「ん?そんな訳無いじゃない。」
「ッオイ!」
けろっとした感じで言われて…ビキッとこめかみに青筋が立つ。
冗談でもやられた~とか不吉な事とか言うから勘違いしたじゃないか!
「と思わせて悪いんだけど…実は…」
「あんまり悪ふざけしすぎるなら…今度、女神像に装飾をつけるぞ?」
「えっ…」
また飲もうとした所で余計な事を口走ろうとしていたのでカップを置いてニッコリと笑いながら遮るように言う。
すると素っ頓狂な声を上げてさっきまでの人をおちょくるのが楽しそうな笑みを何とか堪えて悲しそうな演技をしようとしている表情が見事に固まった。
こっちもしてやられたし、…ちょっとやり返すかな?
「そうなると泉には女神を模した像が一つだけだったから…より神々しく見せる為に後ろに後光っぽい彫刻でも、どうかな?」
「悪かった!悪かったから!」
「とりあえず俺は生きてるって事でいいんだよな?」
「それは本当よ!結構危ない状態だったけど生きてるわよ!だから!ね?」
「どんだけ真剣なんだよ…」
きっとこんな事を前の勇者達にもやっていて何かされたんだろうけど、神聖視されるのをここまで嫌う神様もどうなんだろうな?
…まぁそんなことは置いておいて、だ。
「やっぱり原因は霊力の使いすぎか?」
「そうよ!あとその事で話があるのよ!」
前の補足も兼ねて何かあるのだろうか?
「枯渇させちゃいけないってあの時私言ったじゃない?」
「……過剰供給をしたつもりはないんだけど?」
「それは知ってる!確かに過剰供給してないからそこまで精神の寿命や負担は無かったけど!それでも結局すっからかんに無くなったら変わらないわ!危険なのよ!
ってか最後の一撃でどんだけ消耗したと思ってるわけ!あれだけであなたの霊力の三分の一以上持って行っているのよ?」
「…最後でそんなに使ったのか。」
たしかに今まで虚脱感やら疲労感を感じることはあっても行動不能になるほどでは無かった。
というか膝蹴りしたときに一体何が起こったんだ?
覚えている限りじゃ足に霊力が集まっていたのは覚えているんだけど…それが関係しているのか?
「確かに衝撃と一緒に圧縮した霊力を伝えようとしたのは良いアイデアだと思ってたけど…とにかくあれはやりすぎよ。気をつけなさい!」
「は~い。」
かなり強い口調で諭されてしまった。
何はともあれ霊力の使い方には気をつけなきゃな。
なんて思いながらさっきから一向に飲めずにいたカップに口を付けると、とても美味しく感じる液体が舌の上を転がり、喉を抜けて、香りが身体に染み渡る。
こう、心が癒されるような…そんな絶妙な一品だ。
そんな感想を抱きながら目の前の一品を堪能している様子を、女神は半ば呆れ気味な顔で見てくる。
「…それよりも分かってる?ここに呼ぶ前のあなたの状態。」
「いや全く。」
ため息をつきながら聞いてくるが、分かっているなら多分こうはくつろげない状況だったんだろうな。
「自失状態って言えば良いのかしら?反応が一切無くてただ目だけ開いているような状態ね。」
「まじかよ…」
そんな状態だったのか…
向こうじゃ心配されているんだろうか?回復魔法も効き目が薄いだろうし…
あまり時間をかけないうちに内に意識を戻したいな。
…反応が有るまでボコられてるとかじゃなきゃいいけど。
「そのままだったらもっと意識が回復するまで時間がかかるはずだったけど、そこは私が何とかしてあげたわ。」
何か変な方法を使ったんじゃないだろうな?とか勘ぐってしまう。
「具体的には?」
「レベルアップよ。生命力や魔力・霊力はその時に増えた最大値の分だけすぐに増えるわ。
さっき言った三つはどれも多い時ほど回復量も増えるのよ。覚えておきなさい。」
「ふむふむ…」
確かに軽い怪我や疲れの方が重症・過労の時よりも自然回復で治るのは早いもんな、当然と言えば当然か。
それに最大値分は増える、か…こっちも覚えておいて損はなさそうだな。
「元々あった分とランスバイソンの群れのボスを狩って手に入れた分、更にオークファイターがやられた時に入ってきた分を使って強制的にレベルアップさせてあげた訳よ。」
「強制的?」
「えぇ、レベルアップは自分の意思で行うものよ。
正確には成長する意思があればその場でって所かしら。」
「え…?自動じゃないのか!?」
「向こうのゲームじゃないのよ?そんな訳無いじゃない。」
さらっとゲームとか言いやがって…
こう、必要な分だけ経験値が貯まったら脳内でファンファーレとか鳴り響いて、っていうのを予想していたんだけど違うみたいだな。
後、思えばレベルについては何も聞いてなかった。
今更だけど詳しく聞いておきたいな。
「そういえばレベルアップってどういう現象なんだ?」
「基本的には経験した事を元に肉体や精神を強化・成長させる現象って考えてもらっていいわ。
経験値は肉体や精神を成長させる要素が変換されてエネルギー化したものの総量を分かりやすく数値化したものね。
成長する為に必要な要素が多ければ多いほど一回のレベルアップで多く能力の向上して限界値も上がるわ。」
「ふむふむ…」
つまり数値的に3000も必要な自分は700しかいらないアンナより成長するってことか。
どうやらレベルアップが遅いのはデメリットだけではないみたいだな。
自分の成長は大器晩成型って事で納得しよう。
「言い忘れてたけどステータスで見られるのは肉体と精神が要求する最低値だからね。
それにレベルアップには原則として持っている経験値は全て使っちゃうから。
でも経験値…レベルアップする為に必要なエネルギーを最低値より多く与えれば一回のレベルアップでより能力が向上してくれるわ。」
「ん…?って事はレベルって…」
「当然、2ね。」
「まじかよ…」
「合計で大体27000くらいだったかしら?そのくらいの経験値を使ったわ。
あと悲観的な顔をしているけど、最低値でレベルアップしていくよりはるかに強くなってるんだからね?」
最低値の9倍か、物凄く大量に手に入れていたんだな。
素直に強くなった事を喜べばいいんだけど、レベルって聞くと高い=強いみたいなイメージがあるせいかそこまで喜べない自分が居る。
というかあの魔物二体を狩ったってだけで物凄く経験値を手に入れている訳だが…
「魔物を倒した時に大量に経験値が手に入るのは何でなんだ?」
「魔物に限らずに生き物が死んだ時、経験値のごく一部は地面に還っちゃうけど大半は周囲の生き物に吸収されるわ。
もちろん生き物を殺したって経験も経験値に変換されるけどね。」
「なるほどな。」
つまり経験値を得るなら魔物狩りは効率が良いってことか。
生き物って事は人も入ってるだろうけど倫理的にやりたくないな。
「あと、必要な経験値以上を貯めてもおける限界はあるのか?」
「個人差はあるけどもちろんはあるわ。
あと例外もあるけど貴方は別に気にしなくてもいいわよ。」
「なんでだ?」
「100レベルになんてならなきゃ関係ない事だし。」
成長出来る限界にならなきゃ関係ないって事か。
だったら当分…下手したら一生関係ないな。
「さて、そろそろ時間になるけどまだ何か有ったりする?」
…何の時間だろう?
ってよく考えたらここに居れる時間か、それ以外に無さそうだし。
んで、他にも聞きたいことか…手短に聞けそうなのが二つかな。
「霊力を圧縮すれば物体に込められてる魔力を弾き飛ばせるって事についてと、あとは世界の危機についてかな?」
それを聞くと腕を組んで暫く悩んだ後…
「霊力についてはあなたが例外だから詳しくは分からないけどあの戦いを見た限りでは出来るでしょうね。
ただ、逆もあるかもしれないから十分に気をつけなさい。
後、世界の危機については教えることは今は出来ないわ。
とにかく言えることはもっと強くなって、って事くらいかしらね。」
「え~…」
聞きたいことを聞いたのに大した収穫にはならなかったな。
霊力に関しては女神様も詳しくは分からないのか。
一応俺は例外らしいし、そこらへんは試行錯誤していくしかなさそうだな。
そして世界の危機については聞けずじまいか。
別に聞いても今すぐ突撃することはしないだろうけど…強くなる間に下手に意識するよりもいいか。
…単に分からないって事は、無いよな?
なんて考えていたら女神様はおもむろバスケットから焼き菓子を一つ取り出して…
「最後にはい、あ~ん。」
「んぐ!?」
食べさせるというよりは口にねじ込むように入れてきた。
ついさっきまでは食べさせまい、飲ませまいとしようとしていたのに…
そう思って文句の一つでも言おうかと…確かにそう思ったのだが、それは言葉にすることなく霧散していってしまった…余りにもお菓子が美味しすぎて。
美味しいなんていう表現では足りないかもしれない。
見た目はビスケットだった一口サイズのそれは…食感、香り、味覚、どれも今まで口にしてきたものとはそのくらい別次元のものだ。
この一口はまるで草木が枯れ、死んでいる大地を一瞬で蘇らせられる一雫のように思えるほど心を充足感で溢れさせる。
そんな感想を抱きながら…しばし固まっていると…
「折角だしこうして美味しいお菓子でも食べて癒されてつつ向こうに戻りなさい。」
「…!?」
グッと何かに引っ張られるような感覚で我にかえる。
気が付けばあの焼き菓子を堪能している内に身体は光に包まれていていたようだ。
そして段々とさっきまで居た場所から遠ざかっていくのを感じながら、視界は光で塗りつぶされて消えていった。




