二十三話:戦いを告げる音
昨夜は片腕が動かせなくなったので諸々の片付けは朝起きてから行い、その後はいつも通り開門に立ち会って、話しながら屋敷に戻って朝食を食べる。
「それじゃあテツ、しっかりと伝言よろしくね。」
「あぁ、はいはい…」
その後は村の門の前でアンナと自警団の人達が探索に出るのを見送りに来たのだが、出発前に突如耳打ちするように囁き声で釘を刺された。
ちなみに昨日の内にアンナの気合の入った説得によって懐柔されてしまった。
交渉術Ⅱは伊達じゃない、是非とも脅迫術と名を改めて欲しいものだ。
やる事としては昼頃にザンギさんに会ったら、さり気な~くアンナ達がそれっぽい所を見つけて今日また詳しく調査しに行くんだっけ?とか言えばいいだけなんだけど、絶対ザンギさんの機嫌が悪くなるだろうから気が進まない。
もし何かあったら怒られるんだろうな、俺。
「張り切りすぎて怪我とかしない様にな。」
「テツじゃないんだから大丈夫よ。」
なんて普段通りの会話をしながらアンナは自警団員を率いて草原の中に姿を消していった。
願わくば何もなく終わることを祈るばかりである。
さて、今日は特に呼ばれる用事もないのでザンギさんが来ることもなく、修練所で一人寂しく筋トレと剣術の稽古である。
ぶっちゃけ今はザンギさんに来られても困るので好都合である。
黙々とそこまで苦でもないメニューをこなしながら、片手間に気配察知の使い方について考えていく。
霊力を撒き散らしている訳だから相対的に魔力を弾く、つまりは周囲で魔法の威力が軽減ないし無効化出来るのはメリットであり同時にデメリットでもある。
という訳である程度指向性を持たせて使えるかと考えたけど、結論から言うと上手くは行かなかった。
ただ僅かであれば指向性は持たせられるので要練習ってところだろう。
そんな事をやっている内にいつの間にか日もほぼ真上に上がっており訓練の時間は唐突に終わりを告げた。
「お~い、テツ。」
今日も修練場にやってきた、某飲料のCM風にこちらに呼びかけてくる、目が笑ってない笑顔のザンギさんによって。
「あ!ザンギさん!」
「唐突で悪いが、アンナ嬢ちゃんから何か聞いてないか?」
「…何かって?」
「例えば…魔物の集落を見つけた、とかな。」
にやっと口元を釣り上げる笑みを浮かべるザンギさん、どうやら既に知られていたみたいだ。
一部の人しか知らないって言ってたのに…ってその一部から情報が漏れたのか?
だとしたら随分と口の軽い人も居るもんだな。
おかげでこっちはより厄介な事になりそうだ。
「うぅ…実は…」
という訳でアンナが集落らしき所を見つけていて今日はそこに探索に行くと聞いたことを話した。
物凄く苦い顔をされたが、特に怒った様子もなくしょうがないか、と言わんばかりの表情だ。
「ま、止められなかったのはしょうがねえ。一度火のついた嬢ちゃんを止められる人間もそういねぇからな。」
「それで、やっぱり探しに行ったりするの?」
「本当に危険だと判断したら撤退してくるとは思うが、一応後で他の奴に行かせようと思う。」
「そっか、ザンギさんはどうするんだ?」
「入れ違いは避けたいからな、俺は村で待つが…心配か?」
「そりゃもちろん。」
「大丈夫だろ、アンナの嬢ちゃんもわざわざ怪我しに行ってる訳じゃないんだ。」
そう言って人の頭に手を乗せてわしゃわしゃとかき回す。
…まるで子どもをあやすような雰囲気なのがイラっとする。
「あぁ分かったよ!わかったから!」
「分かればそれでいいんだ。それよりも腹減ったろ?」
「おぉ!今日は一体何を奢ってくれるんだ?」
「奢ることは確定かよ!」
「当たり前だろ?」
今日も昼飯を食べるだけにわざわざお屋敷に帰る気はない。
というか段々と行動が変態じみて来ているメイド達の群れに一人で突っ込む気はない。
アンナがいるからこその安全地帯なのだ、あそこは。
「はぁ…昨日と同じでいいか?」
「えぇ~…」
結局その日は修練場からザンギさんの酒場までの十数分という短くて長い、白熱とした時間での交渉も虚しく昨日と同じ定食モドキを奢ってもらう事になった。
でも交渉した甲斐あってかその代わりとして先日から試してみたかったものを特別に作ってもらった。
美味しい料理も奢って貰えるし個人的にはとても満足な結果だった、次は是非違うメニューを食べられるように頑張ろう。
食後密かにそんな野望を誓いながら、材料を提供し作ってもらった…薬臭い上に物凄く不味いハーブティーを飲むのだった。
「自分で作って言うのもあれだけどよ、これはないな。不味い!」
「萎びた程度じゃなくてやっぱりもっと乾燥させないと駄目だったかな…」
「そういう問題なのかこれは!?絶対違うと思うぞ!?」
色が出るわけでもなく香りも表面上の薬臭い香りしか移らず、評価としては最低限(最低と言っても差し支えない)の香りと味がついた白湯に似た何か、だろう。
おまけにあらかたの病は発症しても魔法で何とかなるみたいだからロスクには投薬という考えを頭の片隅に持ってる人さえほぼいない。
だからこうして薬用のお茶なんかは…イレギュラーだろう。
元々お茶なんてそういう目的を持つものだろうに、この世界じゃどういう経緯で広まったんだろうか?
「上手く作れれば青汁程度の立ち位置の飲み物にはなれると思うんだけどな。」
「青汁?」
「向こうで有名な飲料だよ、不味いけど身体にいいって言うキャッチコピーで。」
「へぇ~、そんな飲み物もあるのか。」
「HPの回復効果はないけどね。」
そもそもそんなゲームみたいなパラメータなんか無いしな。
と、そうやって会話しながら昨日に引き続き穏やかな午後を過ごせるだろうか?なんて考えていたら…
___ピキイィィィン……
突然、不思議な透き通った高音が響き渡る。
村全体に余裕で響き渡るくらいの音量の、たった一音。
その一音で村の空気が、村全体の様子が、さっきまでの穏やかな雰囲気が一変する。
今までは人と同じく動かないのかな~?とか疑っていたザンギさんの髭も、今はピンッと張っている。
「ねぇザンギさん、この音って…?」
「響鳴って魔法だ。」
そこにはいつもの、穏やかとか朗らかとか優しそうな雰囲気のザンギさんは居なかった。
見た目からも今まで猫っぽいよな~とか思っていたのに、今では獲物を狩る豹のようだ。
「テツ、気合入れろよ。」
「え…?」
「今のはこの村の、戦闘態勢の合図だ。」
「じゃあ…つまり……」
突然の自体の急変とあって頭の中が真っ白になるような、脳から『整理が追いつかない!けどもっと情報を寄越せ!』と訴えかける信号が送られてくるような、そんな感覚。
だけど、この返答で確信することになる。
「間違いなく魔物の襲撃だ。」
…シュルツ村に魔物の大群が押し寄せてきているって。




