01 魔石が生まれた日
夕陽が山の向こうへ沈みかける頃、私は家路を急いでいた。
早く帰らないと日が暮れる。
昔は街灯が道を照らしていた。
けれど魔石不足の今は、闇に包まれる。
ここを抜ければもうすぐだ。古い坑道を抜けた先に家がある。
「あ、魔石」
キラリと光る石に吸い寄せられる。
私は思わず足を止め、石の山に手を伸ばした。
急いでいても、拾わずにはいられない。まるで呼ばれているようだ。
どんな性質があるのか、どう使うのか。
魔石はひとつひとつ別の表情を持っている。
だからつい拾ってしまう。
初めて魔石に触れたとき、凍りついた大地に花が咲いたように、世界が鮮やかに変わっていった。
その輝きは、今でも私を捉えて離さない。
何度触れても、初めて魔石と出会った日の喜びは、色褪せることなく私の心を躍らせる。
石垣の崩れた部分から、小さな魔石がいくつか顔をのぞかせていた。
結晶面が整っていて宝石のようにも見える。
私は手を伸ばしてそれを掴むと、ポケットへと入れた。
形のいい空っぽの魔石も、一緒にいくつか拾う。
上から押さえると、石と石がぶつかってカチカチと音がする。
最近、本当に減ってしまった。
魔力のある魔石なんて、滅多に見つからなくなっている。
ほとんどはただの空の石だ。それが少しだけ寂しい。
いつの日か、昔のようにたくさんの魔石に囲まれることができたなら。
そう願っていた。
その時、ズンと地響きがして、足元が揺れた。
道沿いに積み上げられた石が、カラカラと落ちてくる。
「……?」
嫌な予感がして、足を止めた。
何かいる。
逆光になった石垣の向こうに、赤く光る眼が瞬いた。
不意に山肌が音を立てて崩れ、ムクリと岩の魔神が姿を現す。
「うそっ、ゴーレム? なぜこんなところに」
陽炎のような熱気をまとった巨体を前に、私は凍りついた。
全身が岩でできた巨大な魔物で、剣も槍も通じない。
本来なら、人の近づかない場所にしか現れないはずだ。
その腕力も脅威だけれど、何より危険なのは――。
それは大きく口を開けて息を吸い込み、咆哮と共に業火を繰り出した!
思わず私は両手で頭をかばう。
直撃を受けたら、ただの火傷では済まない。
骨まで焼かれて跡形もなく消えてしまうだろう。
私はギュッと目をつむり、死を覚悟した。
巨大な炎が私を襲おうとした瞬間、固められるように収縮し、一塊の輝きになる。
(……?)
何も起こらない。
熱も痛みも感じない。
吹き下ろす風が髪を揺らしたのを合図に、恐る恐る目を開ける。
炎はどこにもない。
代わりに赤い魔石が足元にひとつ転がっている。
燃え盛る炎のように爛々と輝き、まるで今生まれたばかりのように、脈打っている。
「あの魔物、……どこへ行ったの?」
ゴーレムの姿どころか、影すらない。
私は焼け跡が残る地面に屈み込んだ。
まだ熱が残っている。あれは夢や幻ではなく、本当に現れて攻撃されたのだ。
震える手で、握りこぶしほどのそれを拾い上げる。
奇妙な静けさを破るように、ザッと砂利を踏む音がして、誰かが近づいてきた。
「大丈夫か」
振り向くと、漆黒の髪と瞳で、紋章のない、騎士のマントを身につけた男性がこちらにやって来るのが目に入る。
私より少し年上で、切れ長の涼やかな目に薄い唇の、とても整った顔をしていた。
彼は私の横にしゃがみ込み、私の手の中の魔石に目を落とす。
それから焼けた地面にそっと手のひらで触れて、呟いた。
「これは……珍しい。この地にこんな大きな魔石がまだあるとは」
確かに、今まで見たこともないぐらい大きい。
王族に献上されるような、立派で希少な魔石だった。
「あの、あなたが魔物を倒してくださったんですか? ありがとうございます」
私は彫像のように美しい顔に視線を向けてから、頭を下げた。
「いや、私は何もしていない。なのに跡形もなく消えている」
そう言いながらも、私の手の中の魔石を見つめている。
現れたのは、水晶のように透き通った魔石だ。
真紅の炎が生き物のようにユラユラと揺れている。
まるで、私の鼓動に合わせるように。
「……ありえない。君が、やったのか」
「え……?」
彼の瞳に映った魔石は、赤く妖しく輝いていた。
鋭い眼光を私に向ける。
その視線に気圧されて、息が止まった。
彼はふぅとひとつ息を吐いた。
「もう行きなさい。また魔物が現れるかもしれない」
「は、はい。ありがとうございました」
もう一度頭を下げてから立ち上がり、駆け出そうとして足を止める。
「あの、お名前は? 私はリディア・フォン・エルツベルクです」
「レオンだ」
それだけ告げると、彼は周囲に転がる石に目を向けた。
(あら……?)
ポケットの中がジワリと温かい。
手を入れて、中の魔石を取り出してみると、石の中心にとても小さな赤い炎が宿っている。
さっきまで、空っぽの魔石だったのに、小さな芽が生まれていた。
そこで私はハッと気づいた。
今日は婚約者のジークが父親と共に、家へと来る予定だった。
肩から提げていたバッグに赤い魔石を押し込んで、婚約者が待つ家への道を急いだ。
この時の私はまだ知らなかった。
残酷な言葉で婚約破棄を告げられることを。
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