表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【心理の天秤】――人間理解による行動予測  作者: 天秤座
第6章:善意と悪意の天秤
PR
33/53

第33話 悪意も防衛反応として説明できる


 悪意とは何か。


 人を傷つけること。

 嘘をつくこと。

 責任から逃げること。

 相手を攻撃すること。

 自分を守るために他人を犠牲にすること。

 相手の不幸を望むこと。

 自分の利益のために、他人へ害を与えること。


 こうしたものは、悪意として見られやすい。


 実際、悪意ある行動は存在する。


 人を利用する人がいる。

 相手を傷つけることに快感を覚える人がいる。

 自分の利益のために平気で嘘をつく人がいる。

 弱い相手を狙って支配しようとする人がいる。

 相手の善意につけ込む人がいる。

 反省せず、同じ被害を繰り返す人がいる。


 こうした積極的な悪意や悪行があることは、忘れてはいけない。


 すべての悪い行動を「防衛反応だった」と説明してしまえば、被害者の現実が軽く扱われる。加害した側の責任が曖昧になる。悪意ある者が、自分の行動を環境や感情のせいにして逃げる余地を与えてしまう。


 だから、悪意を見る時には、最初に線引きが必要である。


 説明できることと、許されることは違う。

 背景があることと、責任が消えることは違う。

 防衛反応として理解できることと、積極的な加害を正当化することは違う。


 その上で、人間の悪い行動の中には、防衛反応として説明できるものもある。


 怒り。

 逃避。

 嘘。

 保身。

 攻撃。


 これらは単なる悪ではなく、自分を守るための防衛反応として現れることがある。


 たとえば、怒りである。


 怒りは、外から見ると攻撃に見える。実際、怒りによって相手を傷つけることはある。怒鳴る。責める。威圧する。相手の人格を否定する。過去の失敗を持ち出す。そうした怒りは、相手に恐怖や苦痛を与える。


 しかし、怒りの裏に防衛がある場合もある。


 自尊心を守りたい。

 軽く扱われたくない。

 自分の立場を守りたい。

 責められる前に責め返したい。

 弱さを見せたくない。

 傷ついたことを悟られたくない。

 相手にこれ以上踏み込ませたくない。


 こうした重りが心理の天秤に乗ると、人は怒ることがある。


 怒りは、相手を攻撃するためだけではない。


 自分を守るために出ることもある。


 もちろん、だからといって怒りで他人を傷つけてよいわけではない。怒鳴られた相手の恐怖は残る。責められた相手の傷は残る。怒りによって関係が壊れたなら、その結果も残る。


 怒りが防衛反応だったとしても、怒り方には責任がある。


 逃避も同じである。


 逃げる人は、無責任に見えることがある。話し合うべき場面で逃げる。説明すべき場面で黙る。失敗を認めるべき場面で姿を消す。責任を取るべき場面で他人に押しつける。


 これは、悪い行動である場合がある。


 しかし、逃避も防衛反応として現れることがある。


 責められるのが怖い。

 怒られるのが怖い。

 失敗を認めたくない。

 自分が壊れそうである。

 どう説明していいか分からない。

 向き合うだけの余裕がない。

 相手が怖すぎて、話し合いにならない。


 このような時、人は逃げる。


 逃げることは、単なる悪ではない。


 本当に危険な相手や環境から逃げることは、必要な防衛である。暴力的な相手、理不尽な職場、精神的に壊される関係から離れることは、自分を守るために重要である。


 しかし、逃避が他人へ負担を押しつける形で出るなら問題になる。


 自分の責任を放置する。

 説明せずに相手を困らせる。

 失敗の後始末を他人に任せる。

 被害者に謝罪もせず逃げる。

 問題が起きるたびに消える。


 こうなると、逃避は防衛であると同時に、加害にもなる。


 嘘も防衛反応として説明できる。


 人は、自分を守るために嘘をつくことがある。


 怒られたくない。

 失望されたくない。

 責任を負いたくない。

 自分の立場を失いたくない。

 本当のことを言えば関係が壊れる。

 本当のことを言えば罰を受ける。

 自分の弱さや失敗を見せたくない。


 こうした重りが強くなると、嘘が選ばれることがある。


 子供が叱られたくなくて嘘をつく。

 職場でミスを隠す。

 家族に心配をかけたくなくて大丈夫だと言う。

 相手を傷つけたくなくて本音を隠す。

 自分の失敗を認めるのが怖くて言い訳をする。


 これらは、すべて同じではない。


 相手を騙して利益を得る嘘もあれば、恐怖から出る嘘もある。相手を傷つけないための嘘もあれば、自分の責任を逃れるための嘘もある。嘘という行動だけで見れば同じでも、心理の天秤に乗っている重りは違う。


 だから、嘘を見た時には、なぜその嘘を選んだのかを見る必要がある。


 ただし、嘘の理由が分かっても、嘘による被害は消えない。


 嘘によって相手の判断を誤らせたなら、責任はある。嘘によって他人に損害を与えたなら、その損害は残る。嘘によって信頼を壊したなら、壊れた信頼は簡単には戻らない。


 嘘は防衛にもなる。


 しかし、嘘は他人を傷つける武器にもなる。


 保身もまた、防衛反応である。


 人は、自分の立場を守ろうとする。


 仕事を失いたくない。

 信用を失いたくない。

 家庭内の立場を失いたくない。

 周囲から悪く見られたくない。

 自分は悪くないと思いたい。

 自分の自己像を守りたい。

 これまで築いてきたものを壊したくない。


 こうした心理は、誰にでもある。


 保身そのものは、人間として自然な反応である。


 しかし、保身が他人を犠牲にする形で出ると問題になる。


 自分のミスを部下に押しつける。

 自分の責任を認めず、相手のせいにする。

 被害者を悪者にして、自分を守る。

 組織の評判を守るために、問題を隠す。

 謝罪すべき場面で、言い訳だけを並べる。

 自分が助かるために、他人を切り捨てる。


 これは、保身であると同時に悪行である。


 保身の理由は理解できる。


 しかし、他人を犠牲にする保身は正当化できない。


 攻撃も、防衛反応として出ることがある。


 人は、怖い時に攻撃することがある。追い詰められた時、先に相手を傷つけようとすることがある。責められる前に責める。見下される前に威圧する。捨てられる前に相手を否定する。自分の弱さを見られる前に、相手の弱点を突く。


 攻撃は、強さの表れとは限らない。


 弱さや恐怖の裏返しである場合もある。


 自分が傷つきたくない。

 相手に主導権を握られたくない。

 自分の不安を悟られたくない。

 相手に近づかれるのが怖い。

 自分が悪いと認めるのが怖い。

 相手に責められる前に潰したい。


 こうした重りによって、人は攻撃へ傾くことがある。


 だが、攻撃された側から見れば、それは被害である。


 攻撃した側が怖かったとしても、攻撃された側の傷は残る。攻撃した側に過去の傷があったとしても、今傷つけられた人の痛みは別に存在する。


 だから、攻撃の背景を理解することと、攻撃を許すことは別である。


 ここで重要なのは、悪意には種類があるということである。


 一つは、防衛反応としての悪意である。


 怖いから嘘をつく。

 傷つきたくないから怒る。

 責められたくないから逃げる。

 立場を失いたくないから保身する。

 弱さを見せたくないから攻撃する。


 これは、未熟さや恐怖や余裕のなさから出る悪い行動である。


 もう一つは、積極的な悪意である。


 相手を利用するために嘘をつく。

 相手を支配するために恐怖を与える。

 相手を傷つけることを楽しむ。

 弱い相手を選んで攻撃する。

 自分が得をするために、他人の損害を計算に入れて行動する。

 相手の善意や弱さにつけ込む。

 責任を理解した上で、あえて踏みにじる。


 これは、単なる防衛反応だけでは説明しきれない。


 もちろん、積極的な悪意を持つ人にも、過去の環境や経験が影響している場合はあるかもしれない。だが、だからといって、その悪意まで防衛反応として曖昧にしてはいけない。


 人を傷つけることを選んでいる。

 相手が苦しむことを分かっていて利用している。

 反省せず、同じことを繰り返している。

 自分の利益のために、他人の被害を軽く扱っている。

 弱い相手を見つけて狙っている。


 こうした場合は、積極的な悪行として評価する必要がある。


 心理の天秤は、悪人を擁護するための考え方ではない。


 むしろ、悪意の種類を分けるための考え方である。


 防衛反応として出た悪い行動なのか。

 未熟さから出た悪い行動なのか。

 恐怖や余裕のなさから出た悪い行動なのか。

 それとも、他人を利用する積極的な悪意なのか。

 相手の痛みを理解した上で踏みにじる悪行なのか。

 反省の余地があるのか。

 距離を置くべき相手なのか。


 これを見分けなければならない。


 すべてを悪意と見ると、人間理解は粗くなる。


 怖くて嘘をついた人と、相手を騙すために嘘をついた人を同じに扱ってしまう。自分を守るために逃げた人と、他人に責任を押しつけて逃げた人を同じに扱ってしまう。傷つきたくなくて怒った人と、相手を支配するために怒りを使う人を同じに扱ってしまう。


 これは正確ではない。


 しかし、すべてを防衛反応と見るのも危険である。


 積極的に他人を利用する人まで、怖かったのだろう、傷ついていたのだろう、環境が悪かったのだろうと説明してしまうと、被害者が軽く扱われる。悪意ある者が、責任から逃げやすくなる。


 だから、悪意を見る時には、両方の誤りを避ける必要がある。


 防衛反応を積極的な悪意と決めつけすぎない。

 積極的な悪意を防衛反応として甘く見すぎない。


 この二つである。


 人間は、自分を守るために悪い行動を取ることがある。


 これは事実である。


 しかし、人間は、自分の利益のために積極的に他人を傷つけることもある。


 これも事実である。


 どちらか一方だけを見てはいけない。


 たとえば、誰かが嘘をついた時、その人は怒られるのが怖かっただけかもしれない。失望されるのが怖かったのかもしれない。自分の失敗を認める余裕がなかったのかもしれない。


 この場合、必要なのは、再発防止と責任の整理である。なぜ嘘をついたのかを確認し、次に正直に言える環境を作り、同時に嘘で生じた損害への責任を取らせる必要がある。


 しかし、同じ嘘でも、相手を騙して金を奪うための嘘なら話が違う。相手の信頼を利用し、意図的に損害を与え、自分だけ利益を得る嘘であるなら、それは防衛反応ではなく積極的な悪行として扱うべきである。


 同じ「嘘」でも、天秤に乗っている重りが違う。


 怒りも同じである。


 傷ついて怒った人と、相手を支配するために怒鳴る人は違う。怖くて強く出た人と、相手を恐怖で従わせるために怒りを使う人は違う。


 前者には、防衛反応としての理解が必要である。

 後者には、加害手段としての評価が必要である。


 逃避も同じである。


 怖すぎて逃げた人と、責任を他人に押しつけて逃げた人は違う。自分が壊れないために距離を置いた人と、他人に損害を残して自分だけ助かろうとした人は違う。


 保身も同じである。


 自分の立場を守りたい気持ちは自然である。だが、自分の立場を守るために無関係な相手を犠牲にするなら、それは悪行である。


 攻撃も同じである。


 恐怖から反射的に強く出た場合と、弱い相手を選んで攻撃している場合では、意味が違う。


 心理の天秤は、この違いを見るために使う。


 悪意に見える行動を見た時、すぐに一つの結論へ飛びつかない。


 この人は本当に悪意で動いたのか。

 それとも、防衛反応だったのか。

 恐怖があったのか。

 余裕がなかったのか。

 嘘や攻撃によって何を守ろうとしたのか。

 その行動で誰が傷ついたのか。

 同じことを繰り返しているのか。

 反省や修正の余地があるのか。

 相手の被害を理解しているのか。

 それとも、他人の痛みを利用しているのか。


 ここを見る。


 悪い行動には、原因がある。


 しかし、原因があるからといって、悪い行動が消えるわけではない。


 相手を傷つけた事実。

 嘘で信頼を壊した事実。

 責任から逃げた事実。

 攻撃で恐怖を与えた事実。

 保身で他人を犠牲にした事実。


 これらは残る。


 だから、悪意を防衛反応として説明する時ほど、被害を軽く扱わないようにしなければならない。


 背景を見る。

 被害も見る。

 本人の恐怖を見る。

 相手の傷も見る。

 環境を見る。

 責任も見る。

 防衛反応を見る。

 積極的な悪意も見る。


 この両方が必要である。


 人は、自分を守るために悪い行動を取ることがある。


 怒り、逃避、嘘、保身、攻撃。


 これらは単なる悪ではなく、自分を守るための防衛反応として現れることがある。


 しかし、それだけではない。


 積極的な悪意や悪行も存在する。


 相手を利用する悪意。

 相手を傷つける悪意。

 相手の善意につけ込む悪意。

 弱い者を狙う悪意。

 自分の利益のために他人を犠牲にする悪行。


 これらを、防衛反応という言葉で曖昧にしてはいけない。


 心理の天秤を見るとは、何でも許すことではない。


 むしろ、何が防衛で、何が加害で、何が未熟さで、何が積極的な悪意なのかを分けるための視点である。


 悪意も防衛反応として説明できることがある。


 だが、すべての悪意が防衛反応で片づくわけではない。


 その線引きを見失わないことが、人間の悪を読む上で最も重要である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ