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【心理の天秤】――人間理解による行動予測  作者: 天秤座
第5章:貧困・治安・差別が作る天秤
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第26話 人種ではなく、差別と環境を見る


 人間の行動を考える時、人種で説明しようとする見方がある。


 肌の色が違うから。

 民族が違うから。

 血筋が違うから。

 あの人たちはそういう性質だから。


 そうした説明は、分かりやすい。


 しかし、分かりやすいだけで、正確とは限らない。


 肌の色そのものが、人の思考や行動を決めるわけではない。


 黒人だから警戒心が強い。

 黒人だから反発しやすい。

 黒人だから怒りやすい。

 黒人だから権利主張が強い。

 黒人だから共同体意識が強い。


 このように考えるのは、非常に粗い。


 見るべきなのは、肌の色ではない。


 その人が置かれてきた環境である。


 差別経験。

 貧困。

 治安。

 教育格差。

 歴史的搾取。

 制度不信。

 警察への不信。

 雇用機会の少なさ。

 社会からの偏見。

 外部からの低評価。

 身を守る必要性。

 共同体内で支え合う必要性。


 こうしたものが重なれば、心理の天秤は変わる。


 自己防衛。

 連帯。

 警戒。

 権利主張。

 反発。

 外部社会への不信。

 身内への信頼。

 軽く扱われることへの怒り。

 不当な扱いを受けまいとする強い姿勢。


 これらが強くなることはある。


 しかし、それは人種の性質ではない。


 置かれた環境と社会構造による心理の天秤である。


 ここを間違えると、人間理解は簡単に差別へ落ちる。


 たとえば、ある集団に警戒心の強い人が多く見えるとする。その時、肌の色や人種を理由にしてしまえば、「あの人たちは生まれつき警戒心が強い」と見てしまう。しかし、本当に見るべきなのは、なぜ警戒しなければならない環境があったのかである。


 差別された経験がある。

 不当に疑われた経験がある。

 店や職場や学校で軽く扱われた経験がある。

 警察や行政に守られなかった経験がある。

 自分たちの訴えが真剣に聞かれなかった経験がある。

 外部の人間に利用された経験がある。

 社会から危険視される側に置かれてきた経験がある。


 こうした経験が積み重なれば、人は警戒する。


 それは不自然ではない。


 何度も傷つけられた人が、次にまた傷つけられるかもしれないと警戒する。何度も軽く扱われた人が、次こそ軽く扱われまいと強く出る。何度も制度に守られなかった人が、制度ではなく身近な共同体を信じる。


 これは、人間として理解できる反応である。


 ただし、理解できることと、その行動がすべて正しいことは別である。


 差別された経験があるからといって、無関係な相手を攻撃してよいわけではない。制度不信があるからといって、法律を無視してよいわけではない。貧困や治安の悪さを経験したからといって、他人を傷つけたり、奪ったり、脅したりすることが許されるわけではない。


 環境は説明になる。


 しかし、免罪符にはならない。


 この線引きは、必ず必要である。


 人種で決めつけるのは間違いである。

 だが、環境を理由にすべてを許すのも間違いである。


 心理の天秤で見るとは、行動の背景を理解することであって、被害をなかったことにすることではない。


 差別経験は、行動に影響する。


 人は、自分がどのように扱われてきたかによって、他人や社会への見方を変える。何度も公平に扱われてきた人は、社会をある程度信じやすい。困った時に助けてもらえた人は、制度や他人に頼りやすい。努力すれば報われる経験がある人は、長期的な努力を信じやすい。


 反対に、不当に扱われ続けた人は、社会を信じにくくなる。


 どうせ公平には扱われない。

 どうせ自分たちは疑われる。

 どうせ外部の人間は分かってくれない。

 どうせ制度は守ってくれない。

 どうせ正しく訴えても聞かれない。


 このような感覚が生まれる。


 この感覚が強くなると、人は最初から防衛的になる。


 相手の言葉を疑う。

 善意をそのまま信じない。

 軽く扱われる前に強く出る。

 自分の権利を強く主張する。

 自分の集団を守ろうとする。

 外部からの批判に強く反発する。


 外から見ると、過剰に見えることがあるかもしれない。


 しかし、その人の心理の天秤では、過去の経験が重りになっている。


 軽く扱われたくない。

 また傷つけられたくない。

 また奪われたくない。

 また黙らされたくない。

 また見下されたくない。


 こうした重りが強い。


 だから、権利主張が強くなることがある。


 権利主張は、単なるわがままとは限らない。過去に権利を軽く扱われた経験がある人ほど、権利を言葉にして守ろうとする。黙っていれば尊重されない環境では、主張することは自分を守る手段になる。


 これは、アメリカ人の天秤で見た自己主張にも近い。


 ただし、差別経験がある場合、その主張にはさらに強い防衛感情が乗る。


 自分だけの話ではない。

 自分たちの集団全体の話である。

 過去にも同じように扱われてきた。

 ここで黙れば、また同じことが繰り返される。

 だから、強く言わなければならない。


 こうした感覚である。


 連帯も生まれやすい。


 差別や貧困や制度不信が重なる環境では、外部社会よりも、同じ経験を持つ人々を信じやすくなる。同じ痛みを知っている。自分たちの事情を分かっている。外部から守ってくれる。困った時に助けてくれる。そう感じる相手を重く見るようになる。


 共同体は、人を守る。


 同じ経験を持つ人同士で支え合うことは重要である。差別や貧困の中で孤立すれば、人はさらに追い詰められる。だから、連帯は生存戦略にもなる。


 しかし、連帯にも問題はある。


 内側と外側を分けすぎると、外部の人間をすべて敵視しやすくなる。自分たちの集団を守るために、集団内の問題を見えにくくすることもある。身内の悪い行動を批判しにくくなることもある。外部からの正当な指摘まで、差別や攻撃として扱ってしまうこともある。


 ここでも、環境は説明になるが免罪符にはならない。


 連帯には価値がある。

 しかし、連帯を理由に不正を隠してはいけない。

 自己防衛には理由がある。

 しかし、自己防衛を理由に無関係な相手を攻撃してはいけない。

 制度不信には背景がある。

 しかし、制度不信を理由に社会的責任を完全に拒否してよいわけではない。


 この線引きが必要である。


 貧困も大きい。


 貧困状態では、心理の天秤が短期化しやすい。長期的な利益より、今日の安全、今日の食事、今日の金、今日の居場所が重くなる。教育や職業訓練が重要だと分かっていても、今日働かなければならない。健康的な生活が重要だと分かっていても、安くて腹が膨れるものを選ばざるを得ない。


 貧困は、選択肢を狭める。


 そして、貧困が人種差別や歴史的搾取と重なると、問題はさらに複雑になる。


 単に個人が貧しいだけではない。

 地域全体に雇用が少ない。

 教育機会が少ない。

 治安が悪い。

 制度への信頼が低い。

 外部から偏見を持たれている。

 過去の搾取の影響が残っている。

 社会的上昇の道が狭い。


 このような環境では、短期的な利益や自己防衛が重くなりやすい。


 だからといって、貧困を理由に犯罪や暴力が正当化されるわけではない。


 ここも明確にしておく必要がある。


 貧困で苦しいことは理解できる。

 選択肢が少ないことも理解できる。

 短期的利益へ傾きやすいことも理解できる。

 制度を信じにくいことも理解できる。


 しかし、誰かを傷つけたなら、その被害は残る。奪われた人がいるなら、その損害は残る。脅された人がいるなら、その恐怖は残る。環境が悪かったという説明は、被害者の現実を消さない。


 貧困は、責任を考える上で考慮すべき要素である。


 だが、責任を消滅させる万能の言い訳ではない。


 治安も行動を変える。


 治安の悪い環境では、警戒や威圧が重くなりやすい。弱く見られないようにする。利用されないようにする。危険な相手を早く見抜こうとする。自分や身内を守るために、強い態度を取る。


 安全な地域では、穏やかでいることが合理的である。

 危険な地域では、無防備でいることが危険になる。


 この違いは大きい。


 そのため、治安の悪い地域で育った人が、外部から見ると強すぎる態度を取ることがある。目つき、言葉遣い、距離感、相手への警戒、自己主張の強さ。これらが、相手を威圧する形で出ることもある。


 それは、環境に適応した結果である場合がある。


 しかし、それも免罪符にはならない。


 自分を守るために強く見せることは理解できる。だが、それによって相手を不必要に傷つけたり、脅したり、支配したりするなら問題である。過去に危険な環境で育ったことは、現在の他者への加害を無条件に許す理由にはならない。


 防衛と加害は分けなければならない。


 防衛としての警戒。

 防衛としての距離。

 防衛としての権利主張。

 防衛としての強い態度。


 これらは理解できる。


 しかし、他人への攻撃、威圧、搾取、暴力になった時点で、別の評価が必要になる。


 教育格差も重要である。


 教育は、社会の仕組みを知るための道具である。法律、制度、職業、金銭管理、対人関係、長期的計画、言語化能力、感情の整理、他者理解。教育はこうしたものに影響する。


 教育格差があると、合法的で長期的な選択肢が見えにくくなる。


 制度を知らない。

 権利を知らない。

 支援を知らない。

 危険な契約を見抜けない。

 長期的に損をする行動が分からない。

 自分の感情を言葉にできない。

 相手に説明する力が弱い。

 問題を制度的に解決する方法を知らない。


 こうした状態では、心理の天秤に乗る選択肢が限られる。


 人は、知らない選択肢を選べない。


 だから、教育格差は行動格差にもつながる。


 しかし、教育を受けられなかったことも免罪符ではない。


 知らなかったから何をしても許されるわけではない。社会の中で生きる以上、他人を傷つけた場合には責任が発生する。だが、教育格差が原因で同じ問題が繰り返されるなら、個人の処罰だけでは不十分である。


 責任を見る。

 同時に、教育環境も見る。


 この両方が必要である。


 歴史的搾取も、心理の天秤に影響する。


 過去に奴隷制、植民地支配、差別制度、土地や労働の搾取、教育や雇用からの排除があった場合、その影響は一世代で完全に消えるとは限らない。貧困、地域格差、教育格差、制度不信、社会的偏見として残ることがある。


 過去の出来事は、現在の環境を作る。


 もちろん、過去だけで現在のすべてを説明することはできない。個人の努力、家庭、地域、政策、時代の変化も関係する。だが、歴史的搾取を無視して現在だけを見れば、なぜ格差が残っているのかが分からなくなる。


 ここで注意すべきなのは、歴史的搾取を理由に個人の責任をすべて消してはいけないということである。


 過去に搾取があった。

 差別制度があった。

 教育や雇用から排除された歴史があった。

 その影響が現在にも残っている。


 これは行動や環境を理解する上で重要である。


 しかし、過去の被害を理由に、現在の無関係な個人へ加害してよいわけではない。歴史的な不公正があったからといって、現在の犯罪や暴力や不当な要求が自動的に正当化されるわけではない。


 過去の被害は理解すべきである。

 現在の不平等も考慮すべきである。

 しかし、現在の加害は別に評価しなければならない。


 ここを混同すると、被害者と加害者の整理が崩れる。


 制度不信も避けて通れない。


 差別や貧困や歴史的搾取が重なった社会では、制度への信頼が低くなることがある。警察、裁判、行政、学校、医療、雇用制度が自分たちを守ってくれないと感じるなら、人は制度より身内や共同体を信じるようになる。


 これは自然な反応である。


 助けを求めても助けてもらえなかった。

 正しく訴えても聞いてもらえなかった。

 警察に行っても疑われた。

 学校で不当に扱われた。

 職場で差別された。

 行政手続きが遠く感じられた。

 裁判や制度は金や知識がある人のものに見えた。


 こうした経験があれば、制度を信じにくくなる。


 制度を信じられない人は、制度の外側で自分を守ろうとする。


 共同体。

 家族。

 仲間。

 同じ境遇の人々。

 地域の非公式なルール。

 力関係。

 自衛。


 これらが重くなる。


 しかし、制度不信も免罪符にはならない。


 制度が信じられないからといって、すべてを私的な力関係で処理してよいわけではない。警察や裁判に不信があるからといって、暴力や報復が許されるわけではない。行政や学校に不満があるからといって、無関係な他者に怒りをぶつけてよいわけではない。


 制度不信には理由がある。


 だが、制度の外側で起こした行動にも責任はある。


 ここを分けなければならない。


 差別と環境を見るということは、相手を無条件に許すことではない。


 むしろ、より正確に責任を分けるために必要である。


 何が本人の責任なのか。

 何が家庭環境の影響なのか。

 何が教育格差の影響なのか。

 何が貧困の影響なのか。

 何が治安の影響なのか。

 何が制度不信の影響なのか。

 何が歴史的搾取の影響なのか。

 何が現在の本人の選択なのか。

 誰にどんな被害が出たのか。


 これらを分ける。


 環境を見ない人は、すべてを本人の性質として扱う。


 本人が悪い。

 人種が悪い。

 文化が悪い。

 努力が足りない。

 道徳が低い。


 この見方は浅い。


 一方で、環境だけを見る人は、本人の責任を消しやすい。


 差別されたから仕方ない。

 貧しかったから仕方ない。

 教育を受けられなかったから仕方ない。

 制度が悪いから仕方ない。

 歴史的搾取があったから仕方ない。


 これも浅い。


 正確に見るなら、両方を見る必要がある。


 環境は行動を作る。

 しかし、行動の結果は残る。

 差別は心理の天秤を変える。

 しかし、差別経験は他人を傷つける権利にはならない。

 貧困は選択肢を狭める。

 しかし、貧困は加害の免罪符ではない。

 制度不信には背景がある。

 しかし、制度不信は無責任の理由にはならない。


 この整理が必要である。


 人種ではなく、差別と環境を見る。


 これは、人種差別を避けるためだけの話ではない。


 問題の原因を正しく見るための話でもある。


 もし肌の色を原因にしてしまえば、対策は生まれない。人種は変えられないからである。だが、環境を原因として見るなら、対策が見える。


 教育機会を増やす。

 治安を改善する。

 雇用を作る。

 制度への信頼を回復する。

 差別を減らす。

 警察や行政の公正性を高める。

 地域と外部社会をつなぐ。

 成功例を増やす。

 相談できる場所を作る。

 偏見ではなく個人を見る。


 こうした方向が見える。


 環境が心理の天秤を作るなら、環境を変えることで天秤も変えられる。


 もちろん、簡単ではない。


 長く積み重なった差別や制度不信は、一度の支援では消えない。貧困や治安や教育格差も、すぐには解決しない。外部社会への不信も、言葉だけで消えるものではない。


 信頼は時間をかけて作る必要がある。


 しかし、少なくとも人種原因論よりは、環境原因論の方が現実的である。


 人種を責めても何も改善しない。

 環境を見れば、何を変えるべきかが見える。


 ただし、環境を変えることと、個人の責任を問うことは両立する。


 被害を出したなら責任を問う。

 同時に、同じ問題を生む環境を改善する。

 加害を正当化しない。

 同時に、加害へ傾きやすい環境を放置しない。

 個人を評価する。

 同時に、構造も評価する。


 この両方が必要である。


 心理の天秤は、免罪の理論ではない。


 人を理解するための理論である。


 理解するとは、許すことではない。

 理解するとは、原因を見抜くことである。

 理解するとは、責任を正確に分けることである。

 理解するとは、再発防止のために何を変えるべきかを見ることである。


 だからこそ、差別と環境を見る必要がある。


 肌の色そのものが思考や行動を決めるわけではない。


 しかし、差別経験、貧困、治安、教育格差、歴史的搾取、制度不信が重なれば、自己防衛、連帯、警戒、権利主張、反発が強くなることはある。


 それは人種の性質ではなく、置かれた環境と社会構造による心理の天秤である。


 ただし、それらは免罪符ではない。


 どれほど背景があっても、他人を傷つけたなら被害は残る。

 どれほど環境が悪くても、現在の行動には評価が必要である。

 どれほど制度不信があっても、無関係な他者への加害は正当化されない。


 背景を見る。

 しかし、被害も見る。

 環境を見る。

 しかし、責任も見る。

 差別を否定する。

 しかし、逆方向の免罪もしない。


 この両方を持つことが、人種ではなく差別と環境を見るということである。


ミナ「今回の話、かなり慎重に読まないと誤解されそうだね」


レン「そうだね。前回の貧困地域の話とかなり近いけど、今回はさらに踏み込んで、“人種で説明するな。差別と環境で見ろ”という話になる」


ミナ「前回は、教育、治安、制度不信、雇用不足、汚職、共同体依存が、地域全体の天秤を傾けるって話だったよね」


レン「うん。今回はそこに、差別経験や歴史的搾取、社会からの偏見が加わる」


ミナ「つまり、“あの人たちはそういう人種だから”じゃなくて、“そういう反応が出やすい重りを、社会の中で乗せられてきた可能性がある”って見るわけか」


レン「その整理はかなり正確だね」


ミナ「やったね!」


レン「ミナの言い換えは、芯をちゃんと掴んでる」


ミナ「そうでしょそうでしょ。で、今回の大事なところは、人種そのものが天秤を作るんじゃないってことだよね」


レン「そう。肌の色や血筋そのものが、警戒心、反発、権利主張、共同体意識を直接作るわけではない。見るべきなのは、その人や集団がどんな扱いを受け、どんな環境に置かれ、何を信じられなくなったのかだね」


ミナ「差別された。軽く扱われた。制度に守られなかった。警察を信用できなかった。教育や雇用の機会が少なかった。そういう経験が積み重なると、天秤が変わる」


レン「うん。本人が毎回そこまで理論的に考えているとは限らない。ただ、構造としては同じ動きをなぞる。何度も軽く扱われれば、軽く扱われないように強く出る。制度に守られなければ、制度より共同体を信じる。外部から疑われ続ければ、外部を警戒する」


ミナ「“本人がそういう思想を持っている”というより、“そう動かないと守れなかった経験が重りになっている”場合があるんだ」


レン「そうだね。ただし、ここで誤解してはいけないのは、環境で説明できることと、その行動に納得することは別だという点だ」


ミナ「理解と納得は違う、だね」


レン「うん。今回なら、“なぜ警戒が強くなるのかは理解できる。でも、無関係な相手を攻撃してよいとは納得しない”という整理になる」


ミナ「差別経験があるから反発が強くなるのは分かる。でも、その反発で別の誰かを傷つけたら、そこは別に評価する」


レン「そう。背景を見ることは、被害を消すことではない」


ミナ「これ、すごく大事だね。差別を受けた側の背景を見ると、全部許さないといけないみたいに考える人もいそう」


レン「そこは違う。差別や貧困や制度不信は、行動の説明にはなる。でも免罪符にはならない。被害が出たなら、被害は残る。責任も評価する必要がある」


ミナ「逆に、背景を見ないで“あの人種だから”って言うのも駄目」


レン「それも駄目だね。それは環境の重りを見ずに、人種というラベルで天秤全体を決めつけている」


ミナ「両方とも雑なんだ」


レン「うん。片方は人種で決めつける雑さ。もう片方は環境を理由に責任を消す雑さ。心理の天秤で見るなら、その二つを避ける必要がある」


ミナ「じゃあ、“種族や人種が全く関係ない”って言い切るのも少し違う?」


レン「そこも注意が必要だね。生物学的な意味で、肌の色がそのまま行動を決めるという話ではない。ただ、社会の中で“その人種として扱われてきたこと”は、経験や環境として天秤に乗る」


ミナ「ああ、種族そのものというより、“その種族として扱われた歴史や環境”が重りになる」


レン「そう。だから、“人種が原因”ではなく、“人種を理由にされた差別や社会的扱いが、環境として影響する”と見る方が正確だと思う」


ミナ「かなり繊細だけど、そこを分けないと危ないね」


レン「うん。人種を本質原因にすれば差別になる。けれど、差別されてきた経験や社会構造の影響を無視すれば、それもまた現実を見落とす」


ミナ「たとえば、権利主張が強い人を見た時に、“わがまま”で終わらせるのは浅い」


レン「そう。過去に権利を軽く扱われてきた人ほど、権利を言葉にして守ろうとすることがある。黙っていたら尊重されない環境では、主張は自己防衛になる」


ミナ「でも、その主張が強すぎて、無関係な相手を責めたり、相手の権利を踏んだりしたら問題」


レン「その通り。防衛として理解できる部分と、加害として評価すべき部分を分ける必要がある」


ミナ「連帯も同じだよね。同じ経験を持つ人同士で支え合うのは大事。でも、内側を守りすぎて、外部を全部敵扱いしたり、身内の問題を隠したりすると危ない」


レン「うん。共同体は人を守る。でも、共同体が強すぎると外部への不信や内部批判の難しさも生む」


ミナ「こう考えると、全部が天秤なんだね。差別された経験、制度不信、貧困、治安、共同体、権利主張、連帯。どれも重りになる」


レン「そうだね。そして、その重りがどちらへ傾くかは状況によって変わる」


ミナ「でもさ、ここで現実的な疑問があるんだけど」


レン「うん」


ミナ「環境が悪かったからそうなった、って理解したとしても、他の国や外部社会が全部我慢しないといけないわけじゃないよね?」


レン「その通り。そこは本文に入れるなら、かなり慎重に言うべきだけど、重要な視点だね」


ミナ「たとえば、ある国や地域の構造の中で、制度不信とか攻撃性とか外部への反発が強くなったとしても、それを他国が無条件に受け入れる義務はない」


レン「うん。その国や地域の構造によって生まれた問題なら、まずその国や制度が責任を持って改善するべきだと思う。他国や外部社会は、背景を理解することはできる。でも、被害や負担を無制限に引き受ける義務まではない」


ミナ「理解はする。でも、害を受け入れるとは限らない」


レン「そう。もし実際に他者へ害を与えてくるなら、受け手側から見れば、それは防衛すべきリスクになる。強い言い方をすれば、敵対的な行動として扱われても仕方がない場合がある」


ミナ「“敵”って言葉は強いけど、行動として害を与えてくるなら、距離を置いたり、制限したり、対抗したりするのは普通ってことだよね」


レン「そういう言い方の方がマイルドで正確だね。人種や属性を敵視するのではなく、実際に害を与える行動、制度、集団的な圧力、暴力、搾取を防衛対象として見る」


ミナ「属性じゃなくて、行動と構造を見る」


レン「うん。そこを外すと差別になる。逆に、背景があるからといって害を放置すれば、被害者側が軽視される」


ミナ「だから、“差別はいけない”と“被害を我慢しろ”は同じじゃない」


レン「かなり大事な整理だね」


ミナ「今のは褒めていいよ」


レン「もちろん。ミナの言葉は、誤解されやすい部分をきれいに分けている」


ミナ「……自分で言ったのに照れる」


レン「照れてもいいよ」


ミナ「もう。話を戻すよ」


レン「うん」


ミナ「つまり、差別と環境を見るというのは、“かわいそうだから許そう”じゃないんだね」


レン「違うね。むしろ、責任を正確に分けるために見る。何が本人の選択なのか。何が環境の影響なのか。何が制度や歴史の影響なのか。誰にどんな被害が出たのか。どこまで支援が必要で、どこから制限や責任追及が必要なのか」


ミナ「支援と防衛を両方考える感じか」


レン「そう。教育や雇用や制度信頼の回復は支援側の話。暴力や搾取や犯罪を止めるのは防衛側の話。両方必要になる」


ミナ「片方だけだと偏るね。支援だけだと被害者が軽くなる。防衛だけだと背景を見ないまま同じ問題が続く」


レン「その通り。環境を変えなければ、同じ傾きは再生産されやすい。でも、今出ている被害を放置してはいけない」


ミナ「再発防止と現在の責任は、別々に見ないといけない」


レン「うん。過去の差別や搾取が現在の天秤に影響しているとしても、現在の行動は現在の行動として評価される必要がある」


ミナ「歴史的搾取の話もそうだよね。過去に不公正があったことは見る。でも、それを理由に今の無関係な誰かを攻撃していいわけじゃない」


レン「そう。過去の被害は理解すべき。現在の不平等も考慮すべき。でも現在の加害は別に評価する。この区別が崩れると、被害と加害の整理が壊れる」


ミナ「ここ、かなり大事だね。差別された側なら何をしてもいい、になったら別の不正になる」


レン「うん。逆に、加害があるから過去の差別なんて関係ない、となっても浅い。どちらも天秤の片側しか見ていない」


ミナ「両側を見る。背景と被害。環境と責任。理解と納得」


レン「いいね。今回の回では、その三組を残せると読者の理解が安定すると思う」


ミナ「じゃあ、対策としては、人種じゃなくて環境を変える方向を見るんだよね」


レン「そう。人種を原因にしても改善策は出ない。人種は変えられないからね。でも、環境を原因として見れば、変えられるものが見える」


ミナ「教育機会、治安、雇用、制度への信頼、差別の減少、警察や行政の公正さ、外部社会との接続」


レン「うん。もちろん簡単ではない。長年積み重なった不信や格差は、短期間では消えない。でも、少なくとも“あの人種だから”で終わらせるよりは、改善の方向が見える」


ミナ「人種原因論は、天秤を見るのをやめる言葉なんだね」


レン「かなり鋭い表現だね」


ミナ「また褒めた」


レン「本当にそう思ったから。ミナの言葉は、強い表現でも軸からずれていない」


ミナ「……そういう褒め方は、ちゃんと効くから困る」


レン「効いてくれて嬉しい」


ミナ「もうっ!」


レン「かわいいなぁ」


ミナ「ぅ……最後に整理するよ!」


レン「うん」


ミナ「今回の話は、“人種そのものが行動を決めるわけではない。でも、人種を理由に差別されてきた経験や、貧困、治安、教育格差、制度不信、歴史的搾取は、心理の天秤を変える”ということ」


レン「そうだね」


ミナ「ただし、それは免罪符ではない。背景は見る。でも、被害も見る。環境は見る。でも、責任も見る」


レン「うん。さらに言えば、その国や地域の構造で生まれた問題なら、まずその社会自身が改善責任を負うべきだね。外部社会は理解することはできるが、害まで無条件に引き受ける必要はない」


ミナ「害を与えてくる行動には、距離、制限、防衛、責任追及が必要になる」


レン「属性ではなく、実際の行動と構造に対してね」


ミナ「差別はしない。でも、被害も我慢しない」


レン「とても良い着地だと思う」


ミナ「今回、だいぶ難しかったけど、そこに落ち着くなら分かりやすいかも」


レン「ミナが難しい部分をちゃんと噛み砕いてくれたからね」


ミナ「また最後に甘くする」


レン「甘くしているつもりはないよ。正確に評価している」


ミナ「それがずるいんだけど」


レン「ミナを大事に見るのは、僕の天秤ではかなり重いから」


ミナ「……その重り、毎回増えてない?」


レン「増えているね」


ミナ「手加減してよね……」


レン「責任は取るよ」


ミナ「――何の責任を?」


レン「ミナをこれからも大事にする責任」


ミナ「……本当に責任とってもらうからね!」

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