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【心理の天秤】――人間理解による行動予測  作者: 天秤座
第3章:言葉と行動のズレ
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第15話 日本人に多い建前と本音


 日本では、建前と本音という言葉がよく使われる。


 本音とは、本人が内側で本当に思っていること。

 建前とは、場に合わせて表に出す言葉や態度。


 そう説明すると分かりやすい。


 しかし、建前と本音の関係は、単なる嘘と真実の関係ではない。建前は必ずしも悪意ある嘘ではなく、本音は必ずしもそのまま出すべき正義でもない。人は社会の中で生きている以上、思ったことをすべてそのまま言えばよいわけではないからである。


 日本では、特にこの建前と本音の使い分けが行動に表れやすい。


 空気。

 和。

 迷惑をかけない意識。

 関係維持。

 集団内安定。

 角を立てない配慮。

 その場を荒らさない判断。

 周囲から浮かないこと。


 こうした重りが、心理の天秤に乗りやすい。


 そのため、本音を直接言わず、建前で場を整える行動が生まれやすい。


 たとえば、本当は嫌だと思っているのに、はっきり嫌だと言わない人がいる。本当は反対しているのに、その場では曖昧に笑って流す人がいる。本当は不満があるのに、「大丈夫です」「問題ありません」「分かりました」と言う人がいる。


 これは単純に、嘘をついているという話ではない。


 嫌だと言えば、相手との関係が悪くなるかもしれない。反対すれば、場の空気を壊すかもしれない。不満を言えば、面倒な人だと思われるかもしれない。正直に言えば、相手を傷つけるかもしれない。自分だけが浮いて、集団内で扱いにくい人間になるかもしれない。


 そうした重りが心理の天秤に乗ると、本音より建前が重くなる。


 本音を言いたい。

 しかし、関係を壊したくない。

 自分の意見を出したい。

 しかし、場を乱したくない。

 嫌だと伝えたい。

 しかし、迷惑をかけたくない。

 不満を言いたい。

 しかし、面倒な人間だと思われたくない。


 その結果、人は本音を飲み込み、建前で場を整える。


 この行動には、社会的な合理性がある。


 人間関係は、正論だけで成り立つわけではない。何でも本音でぶつければ、衝突は増える。相手の欠点をそのまま言い、嫌なものを嫌だと言い、納得できないことをすべて表に出せば、関係は簡単に壊れる。だから、ある程度の建前は、人間関係を維持するために必要である。


 たとえば、相手の服装が似合っていないと思ったとしても、わざわざそのまま言う必要はない。会議で少し気になる点があっても、その場で全否定するのではなく、後で柔らかく伝えた方がよい場合もある。相手の誘いを断る時も、「行きたくない」とそのまま言うより、「予定があって難しい」と言う方が関係を壊しにくい。


 建前は、社会の摩擦を減らす。


 しかし、建前には問題もある。


 建前が多すぎると、本音が見えなくなる。


 何を本当に望んでいるのか。

 何に不満があるのか。

 何を嫌がっているのか。

 何を拒否しているのか。

 何に納得していないのか。

 何が限界に近いのか。


 それが分かりにくくなる。


 表面上は円満に見える。

 しかし、内側では不満が溜まっている。

 表面上は同意している。

 しかし、実際には納得していない。

 表面上は協力している。

 しかし、最低限しか動かない。

 表面上は問題ないと言っている。

 しかし、関係は少しずつ壊れている。


 こういうことが起こる。


 建前は、場を整えるためには有効である。


 だが、問題そのものを解決するとは限らない。


 むしろ、問題を見えにくくすることもある。


 本音を言わないことで、その場の衝突は避けられる。しかし、本音を言わないまま不満だけが蓄積すれば、後で大きな形で噴き出すことがある。直接言わずに態度で示す。陰で不満を言う。急に距離を置く。ある日突然、関係を切る。そうした形で、抑えていた本音が行動に出ることがある。


 この時、言われた側は驚くかもしれない。


 今まで何も言わなかったのに。

 大丈夫だと言っていたのに。

 納得していると思っていたのに。

 急に態度が変わったように見える。


 しかし、相手の心理の天秤では、ずっと重りが乗り続けていた可能性がある。


 言葉では建前を出していた。

 しかし、本音では負担を感じていた。

 言葉では問題ないと言っていた。

 しかし、行動では少しずつ距離を置いていた。

 言葉では笑っていた。

 しかし、内側では不満が積み重なっていた。


 このように、建前と本音のズレは、後から大きな問題になることがある。


 日本社会では、空気を読むことが求められやすい。


 空気を読むとは、相手が言葉にしていないものを察することである。表情、態度、沈黙、言い方、場の流れ、周囲の反応から、何を言うべきか、何を言わないべきかを判断する。これができる人は、集団の中でうまく動きやすい。


 しかし、空気を読むことには限界がある。


 察してほしい側と、察する側の能力が一致するとは限らない。相手の沈黙が同意なのか、不満なのか、諦めなのか、恐怖なのかは、外から見ただけでは分からない。曖昧な返答が、やんわりした拒否なのか、本当に迷っているのか、ただの保留なのかも分かりにくい。


 察する文化は便利である。


 だが、誤解も生む。


 言わなくても分かるはずだ。

 普通は察するべきだ。

 空気を読めば分かるだろう。

 あの言い方で断ったつもりだった。

 あの態度で不満は伝わっているはずだった。


 そう考えると、言葉による確認が不足する。


 その結果、相手に伝わっていない本音を、伝わったものとして扱ってしまう。


 ここにも心理の天秤がある。


 本音を言う負担。

 関係を壊す恐怖。

 察してほしい期待。

 自分から言いたくない気持ち。

 相手に悪者になってほしい感覚。

 言葉にした瞬間に責任が生じることへの回避。


 これらが重くなると、人は本音を明確に言わず、相手が察することに期待する。


 しかし、察してもらうことに依存しすぎると、責任が曖昧になる。


 はっきり言っていない。

 しかし、分かってほしかった。

 明確には断っていない。

 しかし、本当は嫌だった。

 直接頼んではいない。

 しかし、やってくれると思っていた。


 このようなズレが起きる。


 建前と本音の使い分けは、関係を守るための技術にもなるが、責任を曖昧にする手段にもなる。


 たとえば、職場で本当は無理な仕事を頼まれた時、「難しいです」とは言わず、「少し考えてみます」「できる範囲でやります」と返す人がいる。本人としては、やんわり断っているつもりかもしれない。しかし相手は、引き受けたと受け取るかもしれない。


 この時、建前は便利だが危うい。


 本音を守るために曖昧にした言葉が、逆に自分を追い込むこともある。


 日本人に多い建前と本音の構造は、学校、職場、家庭、近所付き合い、友人関係など、あらゆる場所に出る。


 学校では、みんなと違う意見を言いにくい。

 職場では、上司の意見に反対しにくい。

 家庭では、家族だからこそ本音を飲み込む。

 近所付き合いでは、波風を立てないために笑顔を作る。

 友人関係では、嫌われないために合わせる。


 こうした行動は、単なる弱さではない。


 集団内で生きるための適応でもある。


 しかし、適応であるからこそ、本人が自覚しにくい。


 自分は本音を隠しているつもりがない。

 相手に配慮しているだけだと思っている。

 場を壊さないようにしているだけだと思っている。

 大人の対応をしているだけだと思っている。


 そう思っていても、結果として本音と行動がズレることはある。


 そして、建前が常態化すると、自分でも本音が分からなくなることがある。


 本当は嫌なのか。

 ただ面倒なだけなのか。

 本当に納得しているのか。

 諦めているだけなのか。

 相手のために動いているのか。

 嫌われたくないから動いているのか。

 自分が望んでいるのか。

 周囲に合わせているだけなのか。


 建前を繰り返しているうちに、自分の本音がぼやける。


 これは、日本人に限った話ではない。どの社会にも、本音と建前はある。人間はどこでも、立場や利益や恐怖によって言葉を選ぶ。しかし、日本では特に、空気、和、迷惑回避、関係維持、集団内安定が重くなりやすいため、本音を直接言わない行動が目立ちやすい。


 ここで重要なのは、日本人は嘘つきだと決めつけることではない。


 日本社会では、そういう重りが心理の天秤に乗りやすいという話である。


 本音を言うことが軽く扱われる場もあれば、本音を言わないことが重くなる場もある。相手を傷つけないことを重く見る人もいる。場を壊さないことを重く見る人もいる。自分の意見を通すことより、関係を維持することを重く見る人もいる。


 その結果として、建前が選ばれる。


 だから、日本人の建前を見る時には、単純に否定するのではなく、何のための建前なのかを見る必要がある。


 相手への配慮なのか。

 自分を守るためなのか。

 場を整えるためなのか。

 責任を避けるためなのか。

 衝突を先送りしているだけなのか。

 不満を隠しているだけなのか。

 本音を言う能力や勇気がないのか。


 建前の中身は一つではない。


 同じ「大丈夫です」でも、意味は違う。


 本当に大丈夫な場合。

 相手に心配をかけたくない場合。

 助けを求めるのが苦手な場合。

 これ以上話したくない場合。

 本当は限界だが、言えない場合。

 相手に察してほしい場合。

 自分でも限界に気づいていない場合。


 言葉だけでは分からない。


 だから、行動を見る必要がある。


 「大丈夫です」と言いながら、明らかに疲れているのか。

 「納得しました」と言いながら、後で抵抗しているのか。

 「問題ありません」と言いながら、距離を置いているのか。

 「協力します」と言いながら、実際には動かないのか。

 「気にしていません」と言いながら、何度も同じ話をするのか。


 そこに、本音が出ることがある。


 建前は言葉に出る。

 本音は行動に出ることがある。

 ただし、行動にも建前は混じる。

 だから、繰り返しを見る必要がある。


 一度の言葉だけで判断しない。

 一度の態度だけで決めつけない。

 言葉、行動、表情、距離感、繰り返し、場面の違いを見る。


 そうして初めて、建前と本音のズレが見えてくる。


 日本人に多い建前と本音は、心理の天秤の一つの表れである。


 空気を壊したくない。

 和を乱したくない。

 迷惑をかけたくない。

 関係を壊したくない。

 集団内で浮きたくない。

 相手を傷つけたくない。

 自分が悪者になりたくない。


 こうした重りが強くなると、本音より建前が選ばれやすい。


 建前は、社会を滑らかにする。


 しかし、建前は本音を消すわけではない。


 本音は、言葉に出ないだけで、行動や態度や距離感に残ることがある。


 だから、日本人の言葉と行動を見る時には、表面の言葉だけを信じるのではなく、その裏で何が天秤に乗っているのかを見る必要がある。


 そこに、建前と本音の構造がある。


ミナ「今回の話、日本人にはかなり身近だね。『大丈夫です』『問題ありません』『分かりました』って、実際には全然大丈夫じゃないがことあるもん」


レン「あるね。特に日本では、直接本音を出すより、建前で場を整えることが多い」


ミナ「でも、建前って聞くと、ちょっと嘘っぽく聞こえるんだよね」


レン「そこが誤解されやすいところだね。建前は、単なる嘘とは限らない。相手を傷つけないため、場を荒らさないため、関係を壊さないために使われることもある」


ミナ「つまり、建前って社会のクッションみたいなもの?」


レン「かなり近い。衝突をやわらげる役割がある」


ミナ「クッションがあるから、正面衝突しなくて済む」


レン「うん。たとえば、誘いを断る時に『行きたくないです』とそのまま言うより、『予定があって難しいです』と言った方が関係を壊しにくい」


ミナ「それは分かる。何でも本音で言えばいいってものじゃないよね」


レン「そう。正直であることと、思ったことをそのままぶつけることは違う」


ミナ「でも、クッションが分厚すぎると、中身が見えなくなる」


レン「今回の本題はそこだね」


ミナ「本当は嫌なのに『大丈夫です』って言う。本当は反対なのに曖昧に笑う。本当は限界なのに『問題ありません』って言う」


レン「その場は丸く収まる。でも、問題が消えたわけではない」


ミナ「表面だけ平和になるんだ」


レン「そう。建前は場を整えることはできる。でも、問題そのものを解決するとは限らない」


ミナ「ああ、だから後から急に関係が壊れたように見えるんだ」


レン「本人の中では、ずっと重りが乗り続けていた可能性がある」


ミナ「言葉では笑ってた。でも本音ではずっと負担だった」


レン「言葉では納得した。でも行動では抵抗していた」


ミナ「言葉では問題ない。でも距離は少しずつ開いていた」


レン「そういうズレが起こる」


ミナ「これ、言われた側からすると困るよね。『言ってくれればよかったのに』ってなる」


レン「実際、そうなることは多い」


ミナ「でも、言う側からすると、言えない理由があるんだよね」


レン「関係を壊したくない。空気を悪くしたくない。面倒な人だと思われたくない。相手を傷つけたくない。自分だけ浮きたくない」


ミナ「日本だと、その重りが強くなりやすい」


レン「そう。空気、和、迷惑回避、関係維持、集団内安定。そういう重りが心理の天秤に乗りやすい」


ミナ「だから、本音より建前が選ばれやすいんだ」


レン「うん。ただし、それを『日本人は嘘つきだ』と見るのは雑すぎる」


ミナ「そこは大事だね。建前は嘘の場合もあるけど、配慮の場合もある」


レン「自分を守るための場合もあるし、場を守るための場合もある。責任を避けるための場合もある」


ミナ「中身が一つじゃないんだね」


レン「同じ『大丈夫です』でも、意味は違う」


ミナ「本当に大丈夫な時もある。心配をかけたくない時もある。助けを求めるのが苦手な時もある。本当は限界だけど言えない時もある」


レン「相手に察してほしい時もある」


ミナ「察してほしい問題、出た」


レン「日本社会ではかなり大きいね」


ミナ「言わなくても分かってほしい、普通は察してほしい、あの言い方で断ったつもりだった、みたいな」


レン「でも、察する側の能力や経験は人によって違う。沈黙が同意なのか、不満なのか、諦めなのか、恐怖なのかは外からは分かりにくい」


ミナ「曖昧な返事も、やんわり拒否なのか、本当に迷ってるのか分からない」


レン「だから、察する文化は便利だけど、誤解も生む」


ミナ「しかも、察してもらうことに頼りすぎると、責任が曖昧になるんだよね」


レン「そう。はっきり断っていない。でも分かってほしかった。明確に頼んでいない。でもやってくれると思っていた。そうなると、どこまでが合意だったのか分からなくなる」


ミナ「建前って、関係を守る技術にもなるけど、責任をぼかす道具にもなるんだ」


レン「その通りだね」


ミナ「職場の『できる範囲でやります』とか、危ないよね」


レン「本人はやんわり断っているつもりでも、相手は引き受けたと受け取ることがある」


ミナ「それで自分を追い込む」


レン「本音を守るために曖昧にした言葉が、逆に自分を縛る場合がある」


ミナ「うわあ、現実でよくありそう」


レン「かなりあると思う」


ミナ「じゃあ、建前を使う時は、どこかで限界線を出さないと危ないんだね」


レン「そうだね。全部を本音で言う必要はない。でも、本当に困る場面、本当に無理な場面、本当に責任が発生する場面では、ある程度は言葉にする必要がある」


ミナ「建前だけで乗り切ろうとすると、本音が沈んでいく」


レン「そして、沈んだ本音は消えるとは限らない」


ミナ「態度に出る。距離に出る。後から爆発する」


レン「うん。だから、建前は本音を消すものではない。見えにくくするものでもある」


ミナ「そこ、今回の大事なところだね」


レン「建前は摩擦を減らす。でも、本音を消すわけではない」


ミナ「じゃあ、相手を見る時は、言葉だけじゃなくて、表情とか距離感とか行動も見る」


レン「そう。『大丈夫です』と言いながら明らかに疲れていないか。『納得しました』と言いながら後で抵抗していないか。『問題ありません』と言いながら距離を置いていないか」


ミナ「でも、一回だけで決めつけない」


レン「もちろん。行動にも建前は混じるし、体調や立場も影響する。だから、繰り返しや場面の違いを見る」


ミナ「この章は、前の『言葉と行動のズレ』を日本社会に当てはめた感じだね」


レン「そうだね。前の話では、言葉と行動は必ずしも一致しないと整理した。今回は、そのズレが日本では建前と本音として表れやすい、という話になる」


ミナ「つまり、建前は悪者じゃない。でも、万能でもない」


レン「そのまとめはかなり正確だね」


ミナ「建前はクッション。でも、クッションを重ねすぎると、相手の本音まで届かなくなる」


レン「いい表現だと思う」


ミナ「褒めた?」


レン「褒めた」


ミナ「素直でよろしい」


レン「ミナの言葉は、時々かなり本質を突くからね」


ミナ「時々?」


レン「かなり頻繁に」


ミナ「修正が早い」


レン「本音だから」


ミナ「それ、建前じゃない?」


レン「建前なら、もっと無難に言うよ」


ミナ「……そういうところ、ずるいな」


レン「本音をそのまま言いすぎた?」


ミナ「ううん。今のは、言っていい本音」


レン「それならよかった」


ミナ「今回のまとめは、建前は嘘とは限らない。でも、本音が消えたわけでもない」


レン「そして、察してもらうことに頼りすぎると、誤解や責任の曖昧さが生まれる」


ミナ「だから、言葉、行動、距離感、繰り返しを見る」


レン「うん。建前の裏で、何が天秤に乗っているのかを見る」


ミナ「日本人の建前と本音って、優しさでもあり、防衛でもあり、時には問題の先送りでもあるんだね」


レン「その両面を見ることが、この章の中心だと思う」


ミナ「よし。建前はクッション。本音は消えずに残る。察するだけに頼りすぎると危ない」


レン「綺麗にまとまったね」


ミナ「ふふん」


レン「今の顔は本音が出ているね」


ミナ「嬉しい時は出していいの」


レン「それは助かる」


ミナ「レンは、私の本音が見えると嬉しいの?」


レン「もちろん」


ミナ「……じゃあ、たまには分かりやすく出してあげる」


レン「それは、かなり嬉しい」


ミナ「ほら、レンも本音が顔に出てる」


レン「隠す気がないからね」



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