第五十六話 あれだけもったいぶっていた友達がすごい勢いで通ってくる件
ルシアンが、また来た。
ヴァンドームのお父さんは、去年あれだけもったいぶっていた。「次は子供を連れてくる」と約束しておきながら、半年以上、音沙汰がなかった。じらすだけじらして、満を持しての初対面。それが先日のことだ。
なのに。
「エリック!」
三日後に、もう来た。
その三日後に、また来た。
——すごい来るな。
護衛のクロードに手を引かれて、ルシアンがてくてくとやってくる。今日もレースのついた服だ。栗色の髪が、歩くたびにふわふわ揺れている。相変わらず、女の子にしか見えない。男だと知った今でも、見るたびに一瞬「あれ」となる。卑怯な造形だ。
クロードは、淡々とお辞儀をする。表情は動かない。指輪が光っている。今日も既婚者だ。当たり前だ。
正直に言おう。
俺は、美少女幼なじみがよかった。
うちに通ってくるのが、栗色の髪のお嬢様で、会うたびに頬を染めて「エ、エリックさま……」とか言ってくれる展開を、俺は望んでいた。望んでいたとも。前世のなろう小説では、そういうものだった。
だが、来たのは男だった。
——まあ、いい。
それはそれとして、だ。
「エリック! エリック!」
ルシアンが、ぱたぱたと駆け寄ってきて、俺の前でぴたりと止まる。きらきらした目で、俺を見上げる。何か言いたげに口を開いて、でも言葉が出てこなくて、もどかしそうに足踏みをする。
——可愛いやつめ。
嬉しいのは、本当だった。
向こうにとっても、たぶん俺は初めての友達なんだろう。こんなに何度も来てくれて、こんなに嬉しそうな顔をして。慕われて、悪い気はしない。むしろ、あたたかい。
うん。仲良くしてやろう。
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その日も、俺はハープを弾いた。
ルシアンは、絨毯にぺたんと座って、食い入るように聞いていた。瞬きも忘れて。弾き終わると、ぱちぱちと不器用に手を叩いて、「もう! もう!」とせがむ。もう一回、ということらしい。
要望にお応えして、もう一曲。
ルシアンは、また固まって聞いている。
——うんうん、音楽好きはいいことだ。
俺は、保護者の気持ちで微笑んだ。
そのとき、ふと、視線を感じた。
ルシアンが、俺ではなく、俺の後ろを見ている。エミリーのほうを。
じーっと。
——む。
なんだ、その視線は。
エミリーは、いつものようににこにこと壁際に控えている。霧笛のエミリー。本物の美少女。サイボーグで、相棒のニアがいて、会うたびに属性が増えていく、うちの自慢の護衛だ。
ルシアンは、そのエミリーを、じーっと見ている。
待て。
待て待て待て。
俺の前世なろう脳が、猛烈な勢いで回転を始めた。
——こいつ、まさか。
エミリーを、狙っているのか?
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考えてみれば、辻褄が合う。
ルシアンの家にも、護衛がいる。クロードだ。だが、クロードは既婚のおじさんである。ときめき要素はゼロだ。だとすれば、ルシアンは家で、若くて美しいお姉さんに飢えているのではないか。
そこへ、うちのエミリーである。
美少女。完璧。にこにこ。
ルシアンは、エミリー目当てで通ってきているのでは?!
いや、待て。もっと恐ろしい可能性がある。
ヴァンドーム家にも、メイドがいるはずだ。富裕層だからな。そして、もしそのメイドも美少女だったとしたら——ルシアンは、向こうの家の美少女メイドと、うちの美少女エミリーで。
両手に、花を。
——こいつ、ハーレム目的か?!
一歳半にして、すでにハーレムの素質が?! 末恐ろしい男だ。さては前世持ちか?! いや、それは俺だけのはずだが。
俺は、思わずエミリーの前に、半歩出た。守るように。やらせはしない。エミリーは渡さん。
「お坊ちゃま?」
エミリーが、不思議そうに俺を見下ろした。なぜ自分が守られているのか、まったく分かっていない顔だ。
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そうこうしているうちに、時間になった。
エミリーが、すっと進み出て、にこやかに言った。
「お坊ちゃま、そろそろお時間です。ラファエル先生がいらっしゃいますよ」
魔法の授業の日だった。
エミリーが、俺を抱き上げようと、手を伸ばす。
その瞬間。
ルシアンが、きっとエミリーを睨んだ。
ぎろり、と。一歳半とは思えない、本気の目で。眉を吊り上げて、エミリーを見上げている。エミリーの手から、俺を取り返そうとでもするみたいに。
——出た。
やはり、エミリー狙いか。俺という邪魔者ごしに、エミリーを牽制して——
いや。
違う。
ルシアンの目は、エミリーの顔を睨んでいるが、その視線の先にあるのは——エミリーに抱き上げられようとしている、俺だった。
「エリック」
ルシアンが、ぎゅっと、俺の服の裾を掴んだ。離さない、というふうに。睨んでいるのは、エミリーが俺を連れて行こうとするからだ。
——あ。
俺は、理解した。
エミリー狙いじゃ、なかった。
俺、目的か。
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なんだ。そういうことか。
俺は、なんだか気が抜けて、それから、じんわりと、あたたかくなった。
ハーレムだのなんだの、また一人で暴走していた。前世の癖が抜けない。エミリーが狙われていると本気で焦った俺が、馬鹿みたいだ。
ルシアンは、ただ、もっと一緒にいたかっただけだ。
俺の演奏を聞きに来て、俺と遊びに来て、もう帰る時間だと言われて、嫌だと睨んだ。それだけのことだった。
——可愛いやつめ。
裾を掴むルシアンの手に、自分の手を、そっと重ねてみる。ルシアンが、はっと顔を上げた。
俺は、笑いかけた。
「また、ね」
たどたどしく、それだけ言った。
ルシアンは、ぱちぱちと瞬きをして、それから、こくん、と頷いた。掴んでいた裾を、名残惜しそうに、ゆっくり離した。
向こうにとっても、俺は最初の友達なんだろう。
仲良くなっておこう。
そう、素直に思った。
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帰り際。
玄関のほうで、クロードが母さんと、何やら話し込んでいた。
クロードが手帳のようなものを開いて、母さんが「では、こちらの日が」と指を差している。母さんが微笑んで、クロードが淡々と頷く。何度か、日にちらしき言葉が行き交う。
——日程調整、だな。
次にルシアンが来る日を、決めているらしい。その次も、その次も。
どうやら、これからしばらく、この賑やかなお嬢様じみた男の子は、うちに通ってくることになるようだ。
クロードが、ルシアンを抱き上げる。
抱き上げられたルシアンは、俺のほうを見て、小さく手を上げた。先日よりは、少しだけ、振るのが上手くなっていた。
俺も、振り返した。
扉が、閉まる。
——また来るのか。
まあ、いい。
友達だしな。




