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第十八話 1歳の誕生日と大戦争の話

夕方から、人が集まり始めた。


冬至祭りより、明らかに規模が大きかった。使用人たちが朝からせわしなく動き回っていた。テーブルが増えた。椅子が増えた。料理の匂いが廊下まで漂ってきた。


エミリーが俺を抱き上げた。今日も深い緑のドレスだったが、冬至祭りのときより少し華やかな印象だった。胸元に小さな金の飾りがついていた。


——また何かある日だな。


前世の営業経験が、無意味に反応した。


でも今日は——何かが違う気がした。冬至祭りのときとも、違う。もっと、俺に向けられた空気がある。

エミリーが俺の耳元で言った。


「今日は坊っちゃんの特別な日ですよ」


——そうか。


俺にはまだ、それが何を意味するのかわからなかった。


――――――――――――――――――


広い部屋に連れていかれた。


天井には光の粒が漂っていた。冬至祭りのものよりずっと多い。魔法の雪も降っていた。窓の外では年越しのパレードが始まっていて、空飛ぶ車の列が光の帯を引きながら夜空を横切っていた。


大人たちが一斉に俺を見た。


——全員、俺を見ている。


前世の営業経験が、今度は少し緊張した。会議室で大勢に注目される感覚に似ていた。ただ今の俺にできることは、愛想よく笑うことだけだ。


俺は精一杯の笑顔を作った。


場が、ほっとしたような空気になった。


——成功した。


――――――――――――――――――


プレゼントが、次々と来た。


最初に父・アルマンが来た。小さな箱を俺の前に差し出した。箱を開けると——小さな石が入っていた。深い緑色で、表面に細かい紋様が刻まれていた。


——デュボワの紋章だ。


盾に大樹と炎。金色の細い線で刻まれていた。父親が俺の手に握らせた。ひんやりしていた。でも——魔力が、石の中を流れている感触があった。


父親が何か言った。


大切にしろ、というようなニュアンスだった。


——わかった。大切にする。


次に母・イザベルが来た。細長い箱だった。開けると銀色のカトラリーセットが入っていた。フォーク、ナイフ、スプーン——全部に小さくデュボワの紋章が入っていた。


——銀のカトラリーか。


富裕層の1歳の誕生日とはそういうものらしい。前世ではネクタイやボールペンをもらっていた俺には、少し別世界の話だった。


エミリーが来た。


にこにこしながら、小さな布の塊を差し出した。


——人形だった。


白い糸で編まれた、小さな人形だった。顔はシンプルで、腕と足がついている。どこか不格好だったが——手編みだとわかった。


エミリーが言った。


「坊っちゃんが一人でいるときのお供に、と思いまして」


俺はその人形を受け取った。


——手編みか。


サイボーグ美少女護衛メイドが、手編みの人形を作っていた。


——どういう時間に作ったんだ。


俺は小さな拳を、こっそり握った。誰にも伝わらなかったが、それでよかった。


――――――――――――――――――


しばらくして、見覚えのある人物が来た。


ヴァンドームだった。


父親が丁寧に出迎えた。ヴァンドームの人物は俺を見て、前回と同じように豪快に笑った。それから箱を差し出した。


開けると——本だった。


子供向けの魔法図鑑だった。表紙に色鮮やかな魔法陣のイラストが描かれていて、ページをめくると魔法の属性や精霊・使い魔の絵が丁寧に描かれていた。龍、炎の鳥、光の蝶——神話の生き物そのものだった。絵が多くて、まだ字が読めない俺でも眺められる作りになっていた。


ヴァンドームの人物が父親に何か言った。


断片が、拾えた。


——うちの子も、これが好きでね。


——きっと気が合う。


——男か、女か。


今日こそ聞き取ろうと思っていた。でも——また聞き取れなかった。


——次こそ。


俺は魔法図鑑を眺めた。炎の鳥のページで、少し手が止まった。


——神話の生き物だ。


でも——この世界には魔法がある。魔法があるなら、こういう生き物も実在するのかもしれない。

——まあ、追々わかるか。


綺麗な絵だった。


――――――――――――――――――


夜が深くなってきた。


大人たちがざわざわし始めた。カウントダウンの空気だとわかった。前世でも年越しの瞬間はこういう感じだった。時代が変わっても、年が変わる瞬間を特別に感じる人間の習性は変わらないらしい。


エミリーに抱かれながら、その様子を眺めていた。


父・アルマンが声を上げた。


大人たちが一斉に唱和した。


歓声が上がった。


乾杯の音が鳴った。光の粒が一斉に強く輝いた。窓の外で魔法の光が弾けた。


——新年か。


――――――――――――――――――


歓声が少し落ち着いたとき、大人たちが言葉を交わし始めた。


俺は耳を澄ませた。


断片が、聞こえてきた。


——あの大戦争から、もう15年か。


——早いものだな。


——あのとき生まれた子供たちが、もう15歳になる。


俺の耳が、そこで止まった。


——大戦争。


初めて聞く単語だった。でも響きから、規模の大きさだけは伝わってきた。


——15年前。


2059年から15年前——2044年か、2045年か。


シンギュラリティが来ると言われていた年だ。前世で散々議論されていた。AIが人間の知性を超える年。


世界が変わる年。


——で、実際に何が起きたんだ。


断片しか聞こえなかった。「戦争」という単語だけが確かだった。詳細はわからなかった。


——AIが反乱でも起こしたのか。


あながち間違いではないかもしれない。シンギュラリティが来てAIが暴走する——ハリウッド映画で何度も見たパターンだ。でもこの世界で実際に何が起きたのかは、まだわからない。


——追々わかるか。


俺は天井の光を見た。年越しの光が、まだ強く輝いていた。


――――――――――――――――――


寝室に戻ると、エミリーが俺を寝かせた。


手の中に魔導石があった。デュボワの紋章が刻まれた、小さな緑の石だ。枕元には手編みの人形が置かれた。


天井では光の粒がまだ漂っていた。


俺はその光を眺めながら、考えた。


——体が少し大きくなった気がする。


声が出るようになった。体が動くようになった。ハイハイができるようになった。魔力が少しずつ鍛えられている。少しずつ、この世界が見えてきた気がする。


でも——まだわからないことの方が多い。


15年前の大戦争とは何か。


ヴァンドームの子供は男か女か。


父が興奮していたあの「すごいもの」は何なのか。


——まあ、追々わかるか。


光の粒が一つ、俺の手の近くをふわりと漂った。


魔導石を握った。ひんやりした。でも——中に魔力が流れていた。温かくはなかったが、冷たくもなかった。

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