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美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜

作者: 条文小説
掲載日:2026/03/20

挿絵(By みてみん)


 北条政子ほうじょう まさこ/ 平政子たいらの まさこは、平安時代末期から鎌倉時代初期の政治家。鎌倉幕府初代将軍源頼朝の正妻。父は北条時政。周囲の反対を押し切り、伊豆の流人だった頼朝の妻となった。夫の死後に落飾して尼御台あまみだいと呼ばれた。法名は安養院あんにょういん。頼朝が亡くなった後、征夷大将軍となった頼家、実朝が相次いで暗殺された後は、鎌倉殿として京から招いた幼い三寅(後の藤原頼経)の後見となって幕府の実権を握り、世に尼将軍あましょうぐんと称された。出典:Wikipedia

〔我が家と私〕



 私の名前は、たいらの政子まさこ。伊豆の田舎でくすぶっているには、少々出来が良すぎる女です。


 伊豆の地方豪族・北条家の長女、今年で21歳。この時代で21? 行き遅れ?――失礼ね。選ばなかっただけです。


 お父様の名は、北条ほうじょう時政ときまさ。在庁官人という名の“地方役人”。ですが野心だけは都サイズ。そして困ったことに、その野心を全部、私に託してくる。


 お父様には三人の娘がいます。長女である私。今年で21歳。そして、現在の継母との間に生まれた、19歳と17歳の妹たち。自分で言うのもなんだけど、私はかなりの美人として近隣に知れ渡っている。そのせいか、お父様は私を「自慢の娘」として、それはもう不気味なほどに可愛がってくる。一方で、継母の子である下の妹たちは、私に比べれば扱いは二の次、三の次。


「政子よ、お前はいつか高貴な御方に嫁ぎ、北条の名を天下に轟かせるのだぞ」


 ……嫁ぐ?私が?“嫁ぐ側”に収まると、誰が決めたのかしら。


 この伊豆の田舎で、21歳といえばもう行き遅れの部類だ。それなのに、お父様が変にプライドを高く持っているせいで、縁談の一つもまとまりゃしない。私の人生、このままお父様の過剰な期待に応えるだけで終わるのかしら。そんなことを考えていた、ある朝のことだった。朝日が私の居間に差し込み始めた頃。バタバタと慌ただしい足音を立てて、19歳の妹が飛び込んできた。


「お、お姉様! 大変なんです! とんでもない夢を見てしまいました!」


 夢?いつも可愛らしいこと。それでも今日は様子が違う。妹の顔は真っ青だった。私は彼女を座らせ、温かい茶を差し出した。


「落ち着きなさい。夢なんて、ただの脳の整理でしょう?」


「いいえ、そんな生易しいものじゃありません……! あまりに鮮明で、恐ろしいのです」


 彼女は震える声で、その夢の内容を語り始めた。


 ――夢の中で、彼女はどこかもわからない、果てしなく高い山の頂に立っていたという。


 見上げれば、空には太陽と月が同時に輝いている。すると信じられないことに、彼女はその太陽と月を、左右の袖の中にすっぽりと収めてしまったのだ。さらに、彼女の手には三つの実がなった「たちばな」の枝が握られていた。


「考えてもみてください、お姉様。私は女の身です。それなのに、太陽と月を自分のものにするなんて……。そんなこと、男の人でも許されない不遜なことではありませんか!」


 妹は涙目で訴える。


「これはきっと、神仏の怒りに触れる前触れです! 私はどうなってしまうのでしょう」


 私は妹の話を聞きながら、背中に電気が走るような衝撃を感じていた。


 ――太陽と月を袖に入れる?

 ――橘の枝をかざす?


(……無知って罪ね。……この子は、自分が何を見たのか分かっていないの?)


 私は、お父様が買い揃えた古い書物を読み漁るのが趣味だった。だから、すぐにピンときた。たちばなといえば、垂仁天皇の命を受けて田道間守たじまもりが常世の国から持ち帰った「非時香菓ときじくのかぐのこのみ


――永遠の命と繁栄の象徴だ。


 かつて景行天皇が橘の木を見て、その美しさを称えたという伝説もある。そして何より、太陽と月をその身に収める。それは、この国の主……「天下」そのものを手中に収めるという、究極の吉兆ではないか。この伊豆の田舎娘が、日本の支配者になる。そんな馬鹿げた、けれど凄まじい「予言」が、この夢には込められている。


 (つまり?この子は“天下を握る女”の夢を見た。それを「神罰が怖い」なんて震えている。もったいない。あまりにも。この夢を、このまま怖がっている妹に持たせておくのは、宝の持ち腐れ……どころか、彼女にとってはただの重荷だわ)


 お父様に愛され、高いプライドを植え付けられて育った私だ。ただの田舎娘で終わりたくない。歴史に名を残すような、大きな何かに触れてみたい。私は、殊更に深刻そうな顔を作って、妹の手を握った。


「……確かに、それは恐ろしい夢ね。」


 (ええ、恐ろしいのは“あなたには扱えないこと”よ。)


「やっぱり! どうすればいいんですか、お姉様!」


「いい? 良い夢は三年語らず、悪い夢は七日以内に語り捨てねば、大きな災いが身に降りかかるというわ。……でも、一つだけ方法があるわ」


「教えてください!」


 (妹の瞳が揺れる。可愛い。)


「『夢買い』よ。その夢を誰かに売り渡してしまえば、災厄も一緒に転嫁できる。……幸い、私はあなたの姉。あなたの身代わりになって、その恐ろしい『災い』を引き受けてあげてもいいわよ?」


 私は慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべた。慈愛の顔を作るのは得意です。だって私は、お父様に溺愛されて育った女。“選ばれる側の微笑み”は心得ています。妹は感激に目を輝かせた。


「お姉様! でも、そんなことをしたらお姉様が危ないのでは……」


「大丈夫。私は信心深さが取り柄だもの。その代わり、これは『売買』でなければならないの。対価を払いましょう」


 私は、お父様から譲り受けた北条家秘蔵の唐鏡からかがみと、美しい唐綾からあやの小袖を取り出した。


「これを代価に、その夢を私に譲りなさい」


「いいんですか!? ずっと欲しかったあの鏡を…そして、こんなに素敵な着物を…! いいんですか? …お姉様。」


「ええ、可愛い妹のピンチだもの。安いものよ」


 ――嘘だ。


 天下を統べる権利が、鏡や着物で手に入るなら、これほど安い買い物はないわ。私たちは古来の作法に従い、「夢を売買する」儀式を行った。妹は、憑き物が落ちて軽くなったと喜びながら鏡と着物を抱えて部屋を出て行った。


「お姉様、ありがとうございました! ああ、これで今夜からぐっすり眠れます!」


 去っていく妹の背中を見送りながら、私は静かに笑い、妹から買い取った夢の感触を噛み締めるように、自分の袖を強く握りしめた。袖に、天下。掌に、繁栄。そして私は思いました。


 ――ようやく、退屈が終わる。


 軽くなった?当然よ。重すぎる運命は、強い者が持つべき。この伊豆の田舎から、私は出る。嫁ぐのではない。奪うのです。歴史を。時代を。そして天下を。後に人は私を「尼将軍」と呼ぶ。けれどこの日、私はもう知っていた。――私が主役だと。




〔教養は、武器である〕



 教養は、武器です。剣より静かで、毒より確実。そして何より――奪われません。私はお父様が京から買い集めた書物を読みふけって育ちました。


 特に『日本書紀』や古い伝説には詳しい。例えば――『たちばな』という果実の由来をご存知?知らないでしょうね。


 あれは第十一代・垂仁天皇の御代、田道間守たじまもりという者が常世の国から持ち帰った「非時香菓ときじくのかぐのこのみ」……つまり、永遠の命と繁栄の象徴。


 かつて、ある后が妊娠中にその橘を口にしたところ、悪阻つわりがたちまち消え去り、心身ともに清々しくなったという。その結果生まれたのが、あの百二十年の長寿を全うし、天下を治めた景行天皇ですよ。


 橘を手にすることは、すなわち「王者の誕生」を意味する。そんな知識を、私は12の頃には理解していました。田舎娘ですって?笑わせないで。


 そして私は、手に入れた。太陽と月。そして橘。妹が怯えて手放した、あの夢。愚かね。天下の象徴を「怖い」なんて。強い運命は、強い者が持つものです。


「ふふ……見ていなさい、お父様。北条の娘が、どこまで登り詰めるか」


 さて⋯手に入れてしまった。太陽と月、そして橘の繁栄。けれど、夢を買っただけでは何も起きない。夢を現実に変えるためには、その「器」となる男が必要よ。


 今、この伊豆には、都から流されてきた源氏の貴公子が隠れ住んでいるという。源氏の棟梁、源頼朝。彼は以前、伊東の地で現地の娘と恋仲になり、平家の怒りを買って逃げてきたという。懲りない男である。でも。血筋は本物。源氏の嫡流。敗者? いいえ。磨けば王になる素材。


 頼朝様は、北条に美しい娘たちがいると聞き、誰かに文を送ろうと考えたらしい。噂では、北条の継母の子の二人はとんでもない「悪女」で、実母の子の長女・政子は絶世の美女だが気が強い……なんて言われていた。


 頼朝様は迷った末に、「変に野心のある長女より、大人しそうな次女の方が扱いやすいだろう」と判断して19歳の妹に向けて愛の告白文を書いた。


 迷った末に選んだ理由は「扱いやすそうだから」……なるほど?私を避けるその判断、悪くありませんわ。でも、ここで夢の幸運あるいは必然が発動いたします。


 頼朝様から文を託された従者、藤九郎盛長は、主君の判断に納得がいきませんでした。


 (いやいや、あの当腹の娘たちは評判が悪すぎる。もしこんなのに手を出して、北条の不興を買ったら、我々流人グループは終わりだぞ? それに、長女の政子様は気が強いが、その分だけ気高く、筆跡も素晴らしい。主君に相応しいのは彼女しかいない!)


 頼朝様と違い見る目のある盛長は独断で、封筒の宛名を「21の君(私)」へと書き換えてしまいました。偶然?いいえ。当然の帰結です。主君にふさわしい女は、最初から決まっているのです。


 その日の明け方。私は不思議な夢を見ました。一羽の白い鳩が飛んできて、口にくわえた金の箱を私の膝に置いたのだ。開けてみると、中には一通の文が。


「……あら?」


 目が覚めると、枕元には本当に文が届いていた。差出人は、あの頼朝様。中身を読めば、それはもう情熱的でした。若く、焦り、孤独で、渇いている。扱いやすそうなこと。


「夢で見た白い鳩が、現実に文を運んできた……? これはもう、あの夢が動き出したということね」


 私はすぐに返事を書き、夜ごとに頼朝様を自室へ招き入れました。暗闇の中で重ねるつま。情熱的な囁き。私はお父様が京から戻るまでの間に、すっかり既成事実を作り上げました。


 さて、数ヶ月後。お父様が京の任務から帰ってきた。道中、風の噂でとんでもないニュースを耳にします。


「……はぁ!? 政子が、あの流人の頼朝とデキているだと!?」


 父上は顔を真っ赤にして屋敷になだれ込んできた。


「平家に見つかったら北条は終わりだぞ! 何を考えているんだ、あのバカ娘は!」


 大騒ぎするお父様を、私は冷めた目で見つめていた。終わり?いいえ。始まりです。


 だが、お父様もただの脳筋ではありません。一晩かけて、静かに状況を整理したようです。野心家ですもの。


「……待てよ。わが先祖、上総守直方は、かつて関東に下った源氏の婿となり、その血筋は八幡太郎義家公へと繋がって今も繁栄している。もし、この頼朝がいつか返り咲くことがあれば、北条は……」


 翌朝、お父様は憑き物が落ちたような顔で私を呼んだ。


「政子。お前が選んだ男だ。……北条の命運、お前のその『夢』に賭けてみるのも悪くないかもしれん」


 賢明な判断です。私が選んだのではありません。父が、私に従ったのです。私は深く頷きました。手元には、妹から買い取ったあの『天下の夢』がある。そして私の隣には、源氏の嫡流。舞台は整いました。


「見ていなさい、お父様。」


 嫁ぐのではない。利用する。支えるのでもない。並び立つ。伊豆から日本をひっくり返す?いいえ。最初から、私が動かします。


 妹は今日も唐綾からあやまと唐鏡からかがみを覗いて喜んでいる。可愛いこと。唐綾からあや唐鏡からかがみと引き換えに、私は歴史を買った。後に人は私を「尼将軍」と呼ぶらしい。けれどその頃には、もう遅い。私はずっと前から知っていました。教養は武器。夢は奪うもの。


 そして天下は――選ばれた女の手に落ちるものだと。




〔父の裏切りと、平家の影〕



「政子、すまぬ。これもお家のためなのだ」


 お父様が京から連れてきたのは、新しい「婿候補」だった。名は山木やまき兼隆かねたか。平家の血を引く判官であり、この伊豆の地を監視するために送り込まれた、――つまり権力の犬だ。


 ……冗談じゃない。私を差し出せば北条は安泰?笑わせないで、私にはもう、選んだ男がいる。


 源氏の嫡流でありながら、今は罪人としてこの地に甘んじている、あの頼朝様だ。今は流人。けれど血は本物。落ちた龍は、昇るから美しいのです。


 お父様も最初は応援してくれていたはずなのに、京の情勢を見て日和ひよったらしい。


「源氏の流人を婿にしていると平家に知られれば、北条は終わりだ。だが、この兼隆殿に娘を差し出せば、北条の忠誠は証明される」


 終わり?それは“賭ける覚悟がない者”の言葉です。お父様の理屈は正しい。でも私は、損得で生きていません。勝つ側に立つと決めているだけ。


 私は、頼朝様との間にできた絆を無理やり引き剥がされ、山木兼隆の屋敷へと「嫁」として連行された。


 山木の屋敷は、祝杯をあげる男たちの笑い声で満ちていた。婿となった兼隆は、手に入れた「北条の美女」を自慢げに見せびらかし、酒を煽っている。


 (あら可哀想。私を手に入れられたと思っている。――今だけよ)


 私は華やかな婚礼衣装を脱ぎ捨て、動きやすい小袖に着替えた。傍らには、幼い頃から私に仕えてくれている一人の女房。彼女だけが、私の無謀な計画を知る味方だった。


「姫様、本当に行くのですか? 外は嵐ですよ」


「嵐だからこそ、追手も油断するわ。行くわよ。このまま誰かの操り人形で終わるなんて、真っ平だもの」


 (選ばれる側?いいえ。選ぶ側です。)


 私たちは屋敷の裏手、監視の薄い生垣を這い出した。外は、バケツをひっくり返したような豪雨。地面は泥濘ぬかるみと化し、一歩進むごとに足を取られる。


 普段なら輿に乗って移動するような深窓の令嬢が、自分の足で、それも漆黒の闇の中を走るなんて正気じゃないって?いえ、正気で天下は取れません。鋭い茨が肌を焼き、泥が顔を汚す。けれど、私の心はかつてないほど燃えていました。


(あしびきの……山路を越えて、彼の方の元へ)


 私は心の中で、出雲路の神に祈った。縁結びの神よ、もし私の選んだ道が間違っていないのなら、どうかこの足を守り、私たちを導いてほしい。


 泥にまみれ、息を切らし、それでも山を登り続ける私の背中を、見えない神が押してくれているような気がした。夜通し山を越え、ようやく辿り着いたのは、頼朝様が身を隠す伊豆の山深い御堂だった。


「……政子!? なぜ、こんなところに!」


 ボロボロになった私の姿を見て、頼朝様は言葉を失った。当然です。あなたのために山を越える女など、他にはいません。私は彼に駆け寄り、泥だらけのままその胸に飛び込んだ。


「山木の元から逃げてまいりました。……私は、あなた様以外の誰の妻にもなりません」


 頼朝様は強く、折れそうなほど私を抱きしめてくれた。その体温を感じた瞬間、ああ、この男を王にする、私はそう決めました。


 やがて夜が明け、追手の気配が遠のいていく。結局、山木兼隆は執念深く私を捜索したが、険しい山の中に消えた私を見つけることはできなかった。追手は来なかった。来られない。伊豆の山は、私の味方です。


 さて、困ったのはお父様である。山木兼隆に嫁がせたはずの娘が、一夜にして失踪したのだ。普通なら平家に平謝りするところだが、あの人も愚かではない。


「いやあ、面目ない! 娘はあまりに兼隆殿に憧れすぎて、婚礼の熱に浮かされてどこかへ消えてしまったようですなあ! どこへ行ったのやら、北条でもさっぱりわかりませんわ!」


 ……白々しい。けれど嫌いじゃない。父もまた、賭ける男。平家に媚びて滅びた伊東祐親とは違う。北条は生き残る。


 なぜなら――私がいるから。


 昔、呂后は紫雲を頼りに劉邦を見つけたとか。けれど私は、雲を待たない。自分で山を越えました。誰かに見つけてもらう姫ではありません。掴みに行く女です。


「政子、共に戦ってくれるか」


 頼朝様が手を取る。……やっと理解したのですね。


「もちろん。私は夢を買ったのです。あなた様を天下の主に、そして――私がその隣に立つ夢を」


 泥だらけの顔を上げ、私は不敵に微笑んだ。昨夜の嵐は止んだけれど――


 時代の嵐は、これから私が起こします。





曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔時政ときまさむすめこと


 また時政ときまさに、むすめ三人有り。一人ひとりは、先腹せんばらにて、二十一なり。二三は、当腹たうはらにて、十九・十七にぞなりにける。なかにも、先腹せんばら二十一は、美人びじんこえり。ことちち不便ふびんおもひければ、いもうと二人よりは、すぐれてぞおもひけり。ほどに、ころ、十九のきみ不思議ふしぎゆめをぞたりける。たとへば、何処いづくともく、たかみねのぼり、月日つきひ左右さうたもとにをさめ、たちばなつなりたるえだをかざすとて、おもひけるは、男子をのこごなりとも、みづからが、月日つきひらんことるまじ、ましてや、をんなとして、おもひもよらず、まこと不思議ふしぎゆめなり、姉御あねごらせたまふべし、たてまつらんとぞ、いそ朝日あさひ御前ごぜんかたうつり、こまごまとかたたまふ。あね二十一のきみくはしくきて、「まことにめでたきゆめなり。われ先祖せんぞは、いま観音くわんおんあがたてまつゆゑ月日つきひ左右さうたもとにをさめたり。またたちばなをかざすことは、本説ほんせつめでたき由来ゆらいり」とて、景行天皇けいかうてんわう御事おんことをぞおもだしける。



 〔たちばなこと


 そもそもたちばな木実このみはじまりは、「仁王十一 だい御門みかど垂仁天皇すいにんてんわう御時ときよりぞける」と、日本紀につぽんぎえ、しかるに、たちばなは、常世とこよくにより、三参まゐらせたり。折節をりふしきさき懐妊くわいにんし、たちばなもちたまひて、懐胎くわいたいなやえて、御心おんこころすずしかりけり。れば、斯様かやうものりけるよと、朝夕てうせきねがたまどもくに木実このみなりければ、ちからし。此処ここに、間守けんしゆ大臣だいじんり、ねがひをき、「やすことなり。異国いこくわたり、りてまゐらせん」とひて、ちければ、きみよろこおぼして、「さては、いつのころに、帰朝きてうすべき」と、宣旨せんじりければ、「五月には、かならまゐるべし」とまうして、わたりぬ。の月をまてども、えずして、六月になりて、「われとどまりて、人してたちばな十参まゐらせ、なほたづねてまゐるべし」とて、とどまりけれども、たちばなまゐことを、きさきおほきによろこたまひ、もちたまふ。とくりて、皇子わうじ御誕生たんじやうり。御位くらゐたもたまこと、百二十年なり。景行天皇けいかうてんわう御事ことこれなり。大臣だいじんそでに、たちばなうつたりけるを、猿丸さるまる大夫たいふうたに、五月さつきまつ花橘たちばなをかげばむかしの人のそでぞするとみたりけり。てうに、たち花うゑめけることときよりぞはじまりける。またたちばなに、盧橘ろきつり。去年こぞたちばなにおほひしておけば、今年ことしなつまでるなり。いろすこしくろきなり。「」のを「くろし」とよめばなり。さても、の二十一のきみ女性しやうながら、才覚さいかく人にすぐれしかば、斯様かやうことおもだしけるにや。にも、景行帝けいかうのみかどたちばなねがひ、誕生たんじやうりしこと幾程いくほどくて、若君わかぎみたり、頼朝よりとも御後あとぎ、四海しかいをさたてまつる。れば、ゆめひおどして、かひらばやとおもひければ、「ゆめかへがへおそろしきゆめなり。よきゆめては、三年みとせかたらず。しきゆめては、七日のうちかたりぬれば、おほきなるつつしみり。如何いかがすべき」とぞおどしける。十九のきみは、いつはりとはおもひもよらで、「さては、如何いかがせん。よきにはからひてたびてんや」と、おほきにおそれけり。「れば、斯様かやうに、しきゆめをばてんじかへて、なんのがるるとこそきてさぶらへ」「てんずるとは、なにとすることぞや。みづかこころがたし。はからひたまへ」とりければ、「らば、うりかふとへば、のがるるなり。うりたまへ」とふ。かふものりてこそ、うられさうらへ、にもえず、にもられぬゆめあとうつつたれかかふべしと、おもひわづらふいろえぬ。「らば、ゆめをば、わらはかひりて、御身おんみなんをのぞきたてまつらん」とふ。「みづからがもとよりぬししくとても、うらし。おんためしくは、如何いかが」とひければ、「ればこそ、うりかふとへば、てんずるにて、ぬしみづからも、くるしかるまじ」と、まことしやかにこしらへければ、「らば」とよろこびて、うりわたしけるぞ、のちに、くやしくはおぼえける。言葉ことばにつきて、二十一のきみ、「なににてかかひたてまつらん。もとより所望しよまうものなれば」とて、北条ほうでういへつたはるからかがみだし、唐綾からあや小袖こそで一重かさわたされけり。十九のきみ、なのめならずによろこびて、かたかへり、「日頃ひごろ所望しよまうかなひぬ。かがみぬしになりぬ」とよろこびけるぞ、おろかなる。の二十一のきみをば、父殊こと不便ふびんおもひければ、かがみゆづりけるとかや。ほどに、すけ殿どの時政ときまさむすめ数多あまたよしこしし、伊東いとうにてもこりたまはず、うはそらなるものおもひを、かぜ便たよりにおとづればやとおぼし、内々(ないない)人にたまへば、「当腹たうはら二人は、ことほか悪女あくぢよなり。先腹せんばら二十一のかたへ、御文ふみならば、たまはりてまゐらせん」とまうしける。伊東いとうにて物思おもひしも、継母ままははゆゑなり。如何いかにわろくとも、当腹たうはらをとおぼさだめられて、十九のかたへ、御文ふみをぞあそばしける。とう九郎盛長もりながは、これたまはりて、つくづくおもひけるは、当腹たうはらどもは、ことほか悪女あくぢよこえり、きみおぼげんことるべからず、北条ほうでうにさへ、御仲なかたがはせたまひては、いづかたにおんるべき、果報くわほうこそ、おとたてまつるとも、手跡しゆせきは、如何いかでかおとたてまつるべきとて、御文ふみを二十一のかたへとぞかきかへける。さて、少将せうしやうつぼねして、まゐらせたりけり。姫君ひめぎみ御覧ごらんじて、おぼはすることり、あかつきしろはとひとたりて、くちよりこがねはこふみれてふきだし、わらはひざうへにおき、虚空こくうびさりぬ、ひらきてれば、すけ殿どの御文ふみなり、いそはこにをさむるとおもへば、ゆめなり、いまうつつふみこと不思議ふしぎさよとおぼして、きぬ。のちふみかずかさなりければ、しのびて、つまをぞかさたまひける。かくて、年月としつきおくたまほどに、北条ほうでう四郎しらう時政ときまさきやうよりくだりけるが、みちにてことき、ゆゆしき大事だいじたり、平家へいけこえては如何いかならんと、おほきにさわおもひけり。さりながら、しづかにものあんずるに、時政ときまさ先祖上総守かづさのかみなほたかは、伊予殿いよどの関東くわんとう下向げかうときむこたてまつりて、八幡はちまん殿どの以下いげ子孫しそんたり、いま繁昌はんじやうとしひさし。



 〔兼隆かねたかむここと


 斯様かやうむかしあんずるに、ざまにはあらじとおもひけれども、平家へいけさぶらひに、山木やまき判官はんぐわん兼隆かねたかもの同道どうだうしてくだしけり。みちにて、なにことのついでに、「御分ごぶん時政ときまさむこらん」とひたりし言葉ことばちがひなば、「源氏げんぢ流人るにんむこりたり」とうつたへられては、罪科ざいくわのががたし、如何いかがせんとおもひければ、伊豆いづ国府こうき、目代もくだい兼隆かねたかはせ、らずがほにて、むすめかへし、山木やまき判官はんぐわんにとらせけり。れども、すけ殿どのちぎりやふかかりけん、一夜をもあかさで、うちに、でて、ちか使つかひける女房にようばう一人具して、ふかくさむらけ、あしまかせて、あしびきの山路やまぢえ、もすがら、伊豆いづの御山にたまひぬ。ちぎりくずちは、出雲路いづもぢかみちかひは、妹背いもせなかはらじとこそ、まぼたまふなれ。たのめぐみのくちせずは、すゑ世掛けて、もろともみはつべしと、いのたまひけるとかや。そもそも出雲路いづもぢかみまうすは、むかし、けいしやうとくにに、をとこ伯陽はくやうをんな遊子いうしとて、夫婦ふうふ物有りけるが、月にともなひて、もすがら、ぬることくして、みちち、ゆふべには、東山とうざんみねこころまし、つきおそづることうらみ、あかつきは、晴天せいてんくもにうそぶき、くもりよろこび、雨雲あまぐもそらかなしみて、年月としつきおくりしに、伯陽はくやう九十九のとし死門しもんにのぞまむとせしとき遊子いうしかひまうやう、「われ、月にともなひて、めづることの人にえたり。一人ひとりなりとも、月をことおこたらざれ」とひければ、遊子いうしなみだながして、「なんぢ、まさになば、われ一人ひとり月をことるべからず。もろともなん」とかなしめば、伯陽はくやうかさねてまうやう、「偕老かいらう同穴とうけつちぎり、百年ひやくねんにあたれり。月を形見かたみよ」とて、つひにはかなくなりにけり。ちぎりしごとく、遊子いうしうちことくして、つきともなありきしが、これかぎりければ、つひにはかなくなりにけり。れども、夫婦ふうふもろともに月にこころをとめしゆゑに、天上てんじやうくわけ、ふたつのほしなるとかや、牽牛けんぎう織女しよくぢよこれなり。また、さいのかみともまうすなり。道祖神だうそぢんともあらはれ、夫婦ふうふの中をまぼたまおんちかひ、たのもしくぞおぼえける。またつたく、かん高祖かうそ、はうやうさんやまこもたまひしに、こうろ大子たいしもろともに、紫雲しうんるべしとて、ふか山路やまぢりしこころざしこれにはぎじとぞえし。さて、すけ殿どのひそかに人をまゐらせ、かくとまうさせたまひしかば、むちげてぞ、のぼたまひける。目代もくだいたづねけれども、なほやまふかたまひければ、ちからおよばず、北条ほうでうは、らずがほにて、年月としつきをぞおくりける。伊東いとう振舞ふるまひにははりたるにや、果報くわほういたところなり。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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