第54話 暴動前夜
王都の夜は、ざわついていた。昼間の市場騒動は一時収まったものの、物価は下がらない。
小麦、油、布。生活必需品の値札は、三日前の倍近い。人々の視線は、鋭くなっていた。
「王族の争いのせいだ」
「誰が王になっても同じだ」
囁きは、不満へと変わる。言い返す相手がいない不満は、行き場を探す。
王宮。第一王子の執務室。
「市場は限界です」
オズワルドが報告する。限界、という語を、彼は必ず数字の裏付きで使う。
「暴発は時間の問題かと」
第一王子は窓の外を見る。遠くの灯りが揺れている。
「価格統制を発令する」
低い声だった。統制、という語を出すまでに、迷いは無かった。
「中央銀行に強制融資を命じろ」
「それは」
「短期安定でよい」
迷いがない。長期の歪みは、次の代の問題だと考えている。
「民衆は安心を求めている」
オズワルドは頷く。安心、という語を王が使うのを、彼は好ましく聞いていた。
「第二王子殿下は」
「王族名義融資だろう」
淡々と答える。読み違えてはいない。
「理想だ」
視線が鋭くなる。理想、と言うときだけ、この人の声は少し高くなる。
「だが責任は重い」
一方。第二王子の執務室。
「第一王子が価格統制を発令予定」
カイルの声が硬い。発令の日付まで、もう写しが回ってきている。
「強制融資も」
「予想通りだ」
レオンハルトは静かに言う。驚きも落胆も無い声だった。
「短期的には市場は落ち着く」
「ですが」
エリシアが続ける。統制で戻した値は、統制を外した日に跳ね返る。
「長期的に歪みが残ります」
「ええ」
沈黙。選択は明確だった。安定か、改革か。
「明日、再び市場へ出ます」
エリシアが言う。明日という語を、自分で選んで口にした。
「今日は危険です」
「明日なら安全と?」
視線が交わる。安全な明日など、この十日で一度も無かった。
「……私も同行する」
レオンハルトが言う。言ってから、卓上の予定表を裏返した。
「殿下は王族会議があります」
「変更する」
即答だった。
「今、民を見ない王に意味はない」
その言葉は強い。強いだけに、退がらせる理由が見つからない。
夜が更ける。城下の路地。酒場の裏。男たちが集まる。
「価格は上がる一方だ」
「王族は争っている」
誰かが囁く。誰が言い出したかは、翌朝には誰も覚えていない。
「倉庫を襲え」
火種が落ちる。少しの怒り。少しの煽動。それだけで十分だった。
遠く、高台。ヘインズが静かに見下ろしている。
「統制を出せば、自由商人は怒る」
低い声だった。統制を出すのはこちらではない、という余裕がある。
「出さなければ、民が怒る」
どちらでも、揺らぐ。揺らすほうは、選ばなくていい。
「理想家は、選択を迫られる」
夜風が強まる。高台からは、市場の灯りが一つずつ消えていくのが見えた。
王宮。エリシアは窓の外を見ていた。胸騒ぎが消えない。
「殿下」
「何だ」
「明日、何かが起きます」
確信ではない。だが予感は鋭い。レオンハルトは、彼女を見る。
「ならば」
低く言う。予感を否定しないのが、この人の答え方だった。
「共に立つ」
短い言葉だった。だが重い。
王都の空に、遠く煙が上がる。まだ小さい。
エリシアは倉庫の位置を地図に落とし、火の上がった順に番号を振った。三つとも、配給の列が長い区画だった。
偶然かどうかを確かめる時間は、もう無い。
暴動の前夜です。
統制を出しても出さなくても誰かが怒る、という形にしました。理想家が追い詰められるのは、間違えたときではなく、正解が用意されていないときなので。
胸騒ぎだけで確信は書いていません。予感が当たるかどうかは、次の回の仕事です。
息を詰めて読んでいただけたなら、ブックマークをして続きに付き合っていただけると心強いです。




