第37話 並び立つ
港の中央広場に、再び人が集まっていた。召還命令拒否の噂は、すでに広がっている。
第二王子は残った。それだけで、空気は変わっていた。壇上に立つのは、レオンハルトとエリシア。今度は並んで。
「港湾再整備計画の暫定案を発表する」
第二王子の声は、静かだがよく通る。広場の後ろのほうまで、言葉の切れ目が届いた。
「資金凍結は不当であると王都へ正式に抗議した」
ざわめき。抗議、という語が広場に落ちた瞬間、前列の男たちが顔を上げた。
「同時に、王家予備費からの暫定補填を決定した」
どよめきが広がる。エリシアが一歩前に出る。
「再整備の管理経路は公開します」
資料を掲げる。風に持っていかれないよう、端を強く握っていた。
「関税処理は三段階確認制に変更。港湾代表も監査に参加していただきます」
セリーナが深く頷く。監査に港側を入れる、という一行を、彼女は昨夜三度確かめていた。
「王都向け公用貨物の搬出記録も、照合対象に含めます」
つまり、王宮内部にも切り込むということだ。広場が静まり返る。
「隠しません」
エリシアははっきりと言う。二日前と同じ言葉を、同じ場所で繰り返した。
「港は王国の要です」
視線を巡らせる。前列の子どもが、縄を握ったままこちらを見ていた。
「ここが搾取されるなら、国は弱ります」
沈黙が落ちた。守ります、という語を安く使えば、この広場では一度で見抜かれる。
「だから、守ります」
その言葉は、静かだが強い。拍手が起こる。今度は小さくない。労働者たちが、商人たちが、声を上げる。
「殿下を支持する!」
「港を守れ!」
波のように広がる声。レオンハルトは、横に立つエリシアを見た。彼女はまっすぐ前を見ている。王宮で婚約を破棄された令嬢ではない。国を動かす補佐官だ。
「港は切り捨てない」
第二王子は告げる。切り捨てない、と王族が言った記録は、今日ここに残る。
「それが、私の選択だ」
歓声が高まる。その光景を、遠くの建物の影から見ている者がいた。王都へ向かう急使は、すでに出ている。
王都、第一王子の執務室。
「……残っただと?」
報告書を握り潰す。紙の角が、手のひらに白い筋を残した。
「王命に背いた」
オズワルドが静かに言う。潰された紙のほうを、ちらりと見た。
「いいえ。正面から抗議しただけです」
「民衆が動き始めています」
窓の外を見つめる第一王子。初めて、焦りが浮かぶ。
「第二王子は、世論を得た」
港の支持は、地方貴族にも波及する。王位継承は、もう静かな調整では済まない。
一方、港。壇上を降りた後。
「やりすぎましたか」
エリシアが小さく言う。声が届く範囲に、もう誰もいない。
「いいえ」
レオンハルトは答える。やりすぎたかどうかは、数年経ってから決まる。
「必要なことをした」
風が吹く。旗が揺れる。
「覚悟は、共有された」
彼が静かに言う。二度目のその言葉は、一度目より軽く響いた。
「はい」
エリシアは頷く。旗の音に混じって、自分の返事はほとんど聞こえなかった。
「隣に立ちます」
改めて、はっきりと。その言葉に、レオンハルトは微笑んだ。触れない距離。だが並んで立つ姿は、誰の目にも明らかだった。
港湾都市リゼルは、選んだ。第二王子を。そして、その隣に立つ、静かな補佐官を。
壇を降りるとき、レオンハルトは一歩先に出て、そこで止まった。手は差し出さない。ただ、下りる段が終わるまで動かなかった。
エリシアは自分で降りた。降りてから、彼が待っていた理由を訊きそびれたことに気づく。




