第18話 第二王子の沈黙
差し戻しの正式通知が出た翌朝、王宮はざわついていた。
港湾再整備計画の発布延期。
理由は「法令改正との整合性再確認」。
表向きは穏当な文言。
だが実質的には、第一王子側の不備を指摘する形になる。
反発は、すぐに起きた。
「手続き上の遅延だと?」
第一王子側の実務官が、声を荒げる。
「期限内に承認されなかったのは、そちらの判断だろう」
会議室の空気が、冷たく張り詰める。
レオンハルトは、淡々と答えた。
「法令改正への不適合が確認されました。承認はできません」
「その判断は、誰のものだ」
鋭い視線が、向けられる。
一瞬の沈黙。
エリシアは、息を吸った。
昨日、覚悟は決めた。
逃げないと。
「私です」
はっきりと告げる。
室内が静まり返る。
「法令改正は今年度から施行されています。本案は旧基準に基づいており、監査上の問題が発生する可能性があります」
声は、落ち着いていた。
「発布を優先すれば、後日、より大きな責任問題に発展します」
第一王子側の実務官が、冷笑する。
「補佐官風情が、ずいぶんと大きな口を」
胸の奥が、わずかに揺れる。
だが、目は逸らさない。
「判断は、第二王子殿下の名で提出されています」
淡々と返す。
視線が、レオンハルトへ移る。
彼は、何も言わなかった。
肯定も否定もせず、ただ沈黙している。
その沈黙が、重い。
――助けないのですか。
一瞬だけ、そんな思いが胸をよぎる。
だが、次の瞬間に理解する。
これは、自分の戦いだ。
「責任の所在については、記録に残します」
エリシアは、続けた。
「ただし、再検討により不備が確認された場合、発布を急いだ側の判断も同様に記録されます」
冷静な指摘。
会議室に、ざわめきが走る。
第一王子側の実務官は、言葉を失った。
最終的に、議題は持ち越しとなる。
結論は出ない。
だが、明確に“対立”は記録された。
会議後、執務室へ戻る途中、エリシアは無意識に足を止めた。
背後から、静かな足音。
「動揺しましたか」
レオンハルトだった。
「……少しだけ」
正直に答える。
「助けを求めたくなりましたか」
問いは、優しくも厳しい。
エリシアは、わずかに苦笑する。
「いいえ。任せられていると、分かっていましたから」
それは、強がりではない。
あの沈黙は、無関心ではなかった。
信頼だ。
「あなたが説明できると判断しました」
レオンハルトは、静かに言う。
「私が先に口を挟めば、あなたの言葉は補足にしかならない」
胸の奥で、何かがほどける。
「前に出ると決めたのは、あなたです」
そうだ。
自分が選んだ。
「……ありがとうございます」
小さく、そう言う。
レオンハルトは、わずかに目を細めた。
「まだ終わっていません」
「はい」
罠は破った。
だが、相手は退いていない。
むしろ。
「次は、より巧妙になります」
その予告は、静かだった。
エリシアは、深く息を吸う。
怖くないわけではない。
だが、もう一人ではない。
助けられないことが、見放されたことではないと知っている。
――任されている。
それが、今の自分の立場だ。
回廊の窓から差し込む光が、二人の影を並べて伸ばしていた。
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