↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/136

第14話 第一王子の違和感

 第一王子アルベルト・フォン・クラウゼは、机の上の書類を乱暴に閉じた。


「……遅い」


 低く呟く。報告の上がりが、以前より確実に遅れている。致命的ではない。だが、微妙に噛み合わない。かつては、ここまで滞ることはなかった。


「本日の案件は以上です」


 第一王子側実務官、ユリア・フェルゼンが静かに告げる。アルベルトは頷いたが、視線は別のところにあった。


「最近、妙だと思わないか」


 問いは曖昧だったが、ユリアはすぐに察した。同じ問いを、彼女自身も三日前から抱えていたからだ。


「処理速度、でしょうか」


「ああ」


 椅子にもたれかかる。背もたれが、以前より軋むようになった気がした。


「以前は、もう少し滑らかだった」


 言葉にしてから、違和感がはっきりする。滑らかだったのだ。指示を出せば、余計な説明は不要だった。数字は整い、問題は事前に潰されていた。


 ――誰がやっていた?


 その疑問が、胸に浮かぶ。浮かんだ瞬間に、答えの見当がついてしまった。


「以前の担当者は」


 アルベルトは、視線を上げた。訊かなくてもいいことを訊いている、という自覚はあった。


「誰だった?」


 室内が、わずかに静まる。ユリアは、資料をめくりながら答える。


「形式上は、複数の文官による分担処理です。ただ……」


「ただ?」


「実務の整理に関しては、以前は補佐が入っていたと聞いています」


「補佐?」


 アルベルトの眉が動く。補佐という語は、自分の執務室の名簿には無い。


「誰だ」


 一瞬の間があった。言ってよいかどうかを測る間だった。


「……エリシア様です」


 空気が、止まった。その名は、数か月前まで日常の中にあった。今は、意図的に思い出さない名前だ。


「……は?」


 低い声だった。聞き返したのではなく、聞き違いであってほしかっただけだ。


「彼女は、表には出ませんでしたが、書類整理や下準備を担当していたとのことです」


 アルベルトは、笑った。笑ってから、笑い声が部屋に長く残ることに気づいた。


「馬鹿な」


 否定は即座だった。考える時間を置けば、置いた分だけ認めたことになる。


「彼女は、社交も満足にできない地味な女だ。あの程度で、私の執務が回っていたとでも言うのか」


 言葉に棘が混じる。だが、胸の奥に、小さなざらつきが残る。


「しかし、数字の整合性や事前整理の精度は、当時の方が高かったと」


 ユリアは淡々と続けた。手元の紙には、当時の処理日数が月ごとに並んでいる。


「現在、第二王子殿下の執務室で、同様の整理が行われているとの報告もあります」


 アルベルトの指先が、机を軽く叩く。三度叩いて、止まった。


「……どういうことだ」


「具体的な証拠はありません。ただ、案件の差し戻し理由が、いずれも“将来的破綻の回避”に集中しています」


 静かな説明だった。ユリアは意見を言わない。並べた事実のほうに、言わせている。


「以前、殿下の執務室でも、同様の指摘が多かった記録があります」


 沈黙。アルベルトは、視線を落とした。脳裏に、あの夜の光景がよぎる。婚約破棄の場で、何も言わず、ただ一礼した姿。泣きもせず、取り乱しもせず。


 あのとき、自分は確かに思ったのだ。


 ――不要だと。


 だが。


「……偶然だ」


 自分に言い聞かせるように呟く。誰にも聞かせるつもりのない声量だった。


「彼女一人で、執務が回るはずがない」


「もちろん、殿下」


 ユリアは即座に同意する。同意が早すぎることに、本人は気づいていない。


「ですが、念のため、現状の情報整理をしておくべきかと」


 アルベルトは、しばらく考え込んだ。不快感が、じわりと広がる。捨てたはずの存在が、別の場所で機能している。それも、自分の足りない部分を補う形で。


 それは、単なる偶然か。それとも。


「……調べろ」


 短い命令だった。調べろ、という語を選んだ時点で、答えを疑っていることになる。


「第二王子の執務室の処理状況。特に、あの女の動きだ」


 ユリアは一礼する。顔を上げるまでの間が、いつもより長かった。


「承知しました」


 扉が閉まった後も、アルベルトは動かなかった。机の上の書類を、再び開く。数字を追う。だが、視界の端で、別の疑問が揺れる。


 もし、あの女が本当に機能していたのだとしたら。


 ――私は、何を切り捨てた?


 その思考を、アルベルトは即座に振り払った。


「あり得ない」


 そう言い切る。だが、違和感は、消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。