振り向いて欲しかっただけなの
彼女が亡くなって、ひと月経つ。
カネタは今、キホの遺言通り私の部屋に住んでいる、葬儀の後キホの小さな写真と遺骨を持って。
「……何のつもり」「……」
初めて、会った時のように彼女は無言でリビングへ向かう、私もそれを追う。
「アンタ、その癖やめなよ」「なぜ?」彼女はきょとんとしていた、私はキホから他人の家に行く時はちゃんと断ってから入れって教わらなかったのかと聞くと彼女は。
「はい」きっぱりそう言った。
私は項垂れて、好きにしてと言って水くらい出してやるかと冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを1本出して、ダンッとテーブルの上に置いた。
そして彼女の向かいに座ってタバコに火をつける、しばらく無言が続いたが、先に口を開いたのはカネタであった。
「……遺言の他に、見せたいものがあります」
ペットボトルをそっと自分の前から避けて、遺骨と写真をテーブルに置くと彼女はアンドロイドらしからぬ顔をしていた。
「……遺言以外に何か保存していたの?」ふぅーと煙を吐いて、私はちょっと考えて、ちょっと怖いなと思いながら「見るよ」と答えた。
彼女は私がそう言ったのが意外と感じたらしく、少し顔を上げた。
「何、まさかアンタの中で全部しまっておくつもりだったの?」
キホから離れた私がそう言う資格は無いのだけれど。私はよっこいせと立ち上がると彼女をまたテレビの横に座らせて、うなじのHDMIを読み込むハブにケーブルを刺してテレビをつける、遺言が記録されたであろう日付より前の映像が1日おきに記録されていた。
「アンタ、どれだけ記録していたの?」「亡くなる数時間前までです。」「それにしても、こんな量……どっかのクラウドとかに移したりしなくていいの?」
ヘルパーアンドロイドは他のアンドロイドよりメモリー容量が少ないはずだが、彼女は私のこの発言に首を振った。
「……赤の他人に、彼女を記録していたことを知られたくなかったから」そういう背中はアンドロイドなのにいつか会った彼女の痩せた背中と重なってしまった。
「じゃあこの記録から」「わかりました」
私は再生ボタンを押そうとしたが、少し手を止めてテレビの隣に座り続ける彼女に声をかける。
「アンタは見なくていいの?」「……目の前で見ていたので」テレビの画面を見ないようにしているように見えた私は、嫌な奴だけど、キホを愛していたことは同じなはずだからとそれだけの気持ちで。
「待って」とリモコンを置いて、自分の仕事用のカバンの中を漁って、空き容量がありそうなSDカードを見つけるとSDカードリーダーを持って、リビングへ戻った。
彼女はケーブルを繋げているため動けない、しかしケーブルを抜くと彼女が記録したものは見れない。
一時的だけど、と言って私用パソコンに彼女のうなじのHDMIの口の隣に会ったメモリーカード取り出し口から一瞬メモリーカードを抜いて、PCにデータを転送して、自分のPCからテレビに移して見ることが出来るようにした。
その作業を見ていたカネタは呆然としていた、全ての作業が終わると私はポン、と彼女を私の隣に座るように指示すると彼女はおずおずと、少し間を空けて座った。
「……再生、するよ」私はそう言うと、転送した彼女のデータを再生した。
見慣れた海岸を歩いている、商店街も自分の足で歩いていた。
家事も全部やれる範囲のことをずっとやっていた。
キホは、カネタをヘルパーアンドロイドとして見ていないように私は思えた、カネタを私に見立てて生活しているように思えてしまった、こんなことを思う自分が最低だと思ってしまったが。でも記録のキホは私の名前を呼ぶことはない、記録していたカネタの名前をずっと呼んでいた。
息を引き取る数時間前まで、それはもう塗り替えることはできない事実で。
(ああ、好きだったのは私だけだったのか)
そうわかってしまったら、涙は出てこなかった。
途中から、私はドキュメンタリー映画を見ているようでポップコーンとコーラがあれば最高なのに。
「アンタ、これどういうつもりで私に見せるつもりだったワケ?」
そう言って彼女の方を見ると、彼女の瞳からボタボタと水が溢れていた。
「ちょ、アンタ故障?!」あ、アンドロイドって泣くの?聞いてない!私はそんなことを口走りながらバスルームからタオルを持ってこようとリビングを出ていった。
私がバスルームからリビングへ戻ると彼女は両手で顔を覆うように泣いていた。
私はすっかり暗くなった部屋の明かりをつけて、テレビを消して彼女の顔にタオルを押し当てた。
「なんで……急に水なんか出して」私は少し戸惑いながら彼女に問うと、彼女はタオル越しにこう言った。
「記録は全て、貴女の為に撮るように言われていました、最初は義務として撮影記録を始めました……でも」
彼女のカミングアウトに私の口から、は?という言葉が自然に出てしまった。彼女は続ける
「でも、撮影を続けていくうちに……私はヘルパーアンドロイドとして仕事をする以上の感情を抱くようになっていきました、この気持ちはなんなのか何度も派遣先に問い合わせましたが、取り合ってくれなくて」「……何それ、キホが私のためにアンタを使って……記録を?あんなに笑顔を向けられて、常にそばにいて、それでこのたくさんの記録はアンタ達2人の恋愛映画みたいだなって途中から私は観ていた、あの笑顔は私じゃなくてカネタ、アンタに向けられていた気がしたから」
カネタの独白に私もあの記録たちを観た素直な感想を彼女にぶつけた。
「私は、振り向いて欲しかった……それだけなんです、キホに私が抱いてしまったこの感情を教えてもらってから逝って欲しかったんです。」「私もだよ、なんでここに私は居ないんだろうって思いながら観ていた気持ち、アンタには分からないだろうけど」
激昂する私と、ずっと泣いているカネタ。その夜はずっとそんな感じだった。
気づいたら、朝で。
カネタはいつも通り、朝ごはんの支度をしていて
私はベッドに居て。
でも、キホは居なくて。
私とカネタは1人の女に狂わされてしまって。
(どうしたらいいんだよ……)
リビングでボーッとタバコを吸いながらそう思いながら、窓から差し込む朝日を細目で見ていた。