第66話 幼馴染彼女と海辺の戯れ
里桜からの攻撃が止んで、俺はレジャーシートの上に仰向けに崩れ落ちた。肺が酸素を求めてひくついて、苦しい。
「はっ、ひっ、ひぃ……し、死ぬ……」
あと数分続けられてたら、本当に天に召されてたかもしれん。俺もやりすぎた自覚はあるけど、それにしても手痛い反撃を食らってしまった。
「隼くん、お疲れ様っ。全身くまなく塗れたから、これで日焼けの心配せずに遊べるね?」
「里桜……足の裏は、日焼けしねぇんだよ……」
里桜は俺のくすぐったいポイントを執拗に狙ってきたんだ。マウントポジションを取られて抜け出すこともできず、里桜にされるがままだった。じたばたするだけの俺は、さぞ無様だったことだろうな。
抵抗する気力と体力が尽き果てた頃、トドメとばかりに足の裏をくすぐられ、もとい日焼け止めを塗られて──
危うく新たな扉が開くところだったぞ……。
「えへへ、念の為だよっ。さーてっ、これで準備万端だよね。早速海、入っちゃう?」
「ちょい待ち。俺、すでにぐったりなんだが……?」
なんとか起き上がってはみたものの、疲労感が半端ない。しこたまくすぐられて暴れたからな。
「もーっ、情けないなぁ。じゃあ、そんな隼くんには私が元気を分けてあげるねっ」
「いや、少し休めばへい──んむっ」
ちゅっと、軽くキスされた。
おい……もしかしてこれで俺を黙らせるのにハマってんのか? 朝も同じことしてきたよな。
「えへへ、どうかな。これで遊べそう?」
「あのなぁ……こんな場所ですんなよ」
「さっき、もーっとすごいことしたのは誰だったかなぁ?」
「あれはっ……事故、だろ」
「んふふっ、どっちでもいーよっ。それよりも、ほーらっ、立って?」
「ったくもう……わかったよ」
俺と里桜は手を取り合い、立ち上がる。そして、パラソルの影を飛び出して、海に向かって駆け出すのだった。
どうやら、里桜からのキスには俺を回復させる特殊効果があったらしい。里桜のせいでぐったりさせられて、里桜に回復される。その循環で俺はまた里桜に夢中になる。
……マッチポンプか?
*
「わーっ! 冷たくて気持ちいいねっ、隼くんっ!」
里桜は俺の手を離れ、ザブザブと海に入っていく。俺の足元にも波が押し寄せてきて、ヒンヤリとした海水が熱を攫っていく。
「そうだな。でもあんまり深いところには行くなよ?」
「わかってるもーんっ。そーれぇっ!」
里桜は水をすくい上げると、空に向かってばら撒いた。その雫達がキラキラと輝いて、里桜の笑顔を彩っていた。まるで自然のフォトフレームのようで、この瞬間の里桜が俺の目に焼き付いた。
「はぁ……すっごい楽しーっ!」
ようやく海に入ったばっかなのに、もう満足してんのかねぇ、里桜は。お楽しみはこれからだってのにな。
「りーおっ」
里桜の視線が俺から外れた不意をついて、パシャリと身体に水をかけてやる。
「あー、やったなぁ。私だってぇっ!」
「わっぷ! おいっ、顔はやめろよなっ」
「ふふーん、悔しかったら隼くんもしたらいいんだよー」
「言ったな? 里桜がその気なら容赦はしねぇぞ」
「望むところ──んにゃっ!」
今度は、俺が放った水が里桜の顔面を捉えた。さっきはちょいと遠慮して身体にしておいたが、やられたらやり返す、これが基本だ。
うんうん。海と言えばこういうのだよな、やっぱり。でも、なにより大切なのは里桜が一緒だってことだ。
里桜がいるから俺も笑える。こんなふうにはしゃいで、心から楽しいと思える。俺には、里桜じゃないとダメなんだと改めて実感させられる。
幼少期には大の仲良しだった俺達だ。六年も離れてはいたけれど、仲直りをして、恋人同士になった今、遊びの波長が合わないわけがない。ただ水を掛け合っているだけなのに、心がふわふわするほど楽しいのがその証拠だな。
「もーっ、隼くん避けちゃダメだよぉっ!」
「いや、普通に避けるだろ。おっと隙ありっ」
「やんっ! うー……またやられたぁ。私だってぇっ! えいっ、えいっ!」
「んなもん当たるかよっ。ほれ、もういっちょ」
俺達はひたすら水を跳ね上げてじゃれていた。顔めがけて飛んでくる水を避けながら、時折反撃して。そんな時、波に足を取られて里桜がバランスを崩した。
「きゃっ……!」
「っと、大丈夫か?」
腕を掴んで支えると、里桜はそのままぎゅうっと抱きついてくる。
「えへへ、隼くん捕まえたっ!」
「……今のはわざとか?」
「んーん、たまたまだよ。でも助けてもらったら嬉しくなっちゃって。ありがとぉ、隼くん」
「ん、怪我しねぇように気を付けろよ」
「はぁいっ」
返事はしたものの、里桜が俺から離れない。俺の胸にすりすりしてきて、少し照れくさくなる。
「あー、その……里桜?」
「やーだぁ。離れないもんっ」
「まだなんも言ってねぇだろ……。もう水遊びはいいのかって聞こうとしたんだよ」
「んー……ちょっと休憩? 隼くんが格好よかったから、甘えたくなっちゃったのっ。隼くんのせいだもんっ」
「なんだそりゃ……まぁいいけど。んじゃ、ちょうどいいから一回上がろうぜ。喉乾いてきたし、水分補給はこまめにしといた方がいいだろ」
結構長いこと水を掛け合ってたからな。これだけ暑い炎天下にいるのだし、熱中症には気を付けたいところだ。
「そうだね。一旦荷物のところに戻ろっか。飲み物もちゃんと持ってきてるんだよ」
「おっ、さすが里桜。用意がいいな」
「でしょー? これはもっと好きになっちゃったんじゃなぁい?」
「んなもん常に更新し続けてるっての」
「あぅ……もうバカぁ」
自分から言いだしたくせに……里桜の照れポイントがいまだによくわからんな。ま、俺としては里桜が可愛いからなにも文句ねぇけど。
再びパラソルの下に戻ってきた俺達は、里桜が水筒で持ってきた冷たいお茶で喉の渇きを潤した。
「ふぅ……生き返るなぁ」
「そうだねぇ。思ったより汗かいてたのかもね」
「なんだかんだで結構動いたしな」
ほどよい疲労感が心地よくて、俺はシートの上で大の字にごろりと寝転がった。日陰にいると、穏やかな海風が濡れた身体から熱を奪って、結構涼しい。
「あれ、隼くん疲れちゃった?」
「あぁいや、なんかこうすると気持ちいいかなって思ってさ」
「ふぅん。なら私もしてみよーっと」
里桜も俺の隣で横になる。俺の腕を枕にして、ピタッとくっついてきた。
「あー、本当だぁ。いいねぇ、これ。最高かも」
「それは……どっちがだ?」
「もちろん、隼くんの腕枕が、だよ? そういえば、最近はずっと一緒に寝てるのに、こうしてもらうのは初めてだね」
「そういやそうだな」
途端に、腕にかかる重みがとてつもなく尊いものに思えてきた。もちろん、里桜自体が俺にとってはかけがえのない存在なのだけど。
「里桜」
小さく名を呼んで、横を見る。
「うん、なぁに隼くん?」
里桜もまた、俺を見ていた。
視線がぶつかると、下っ腹の辺りがきゅうっと締め付けられる。そこに意識を向けると、日焼け止めを塗っていた時の残り火が、小さく、でも確かに揺れていた。
それが消えてしまうのがもったいなく感じて、俺は里桜に顔を寄せる。そして、静かに唇を重ねた。
「んっ……」
甘く喉を鳴らす里桜。気が付けば俺は、里桜の唇を割り開いていた。深く深く口付けて、でもやりすぎは厳禁だ。里桜にこんなところでするなと言ったのは俺だし、理性ぷっつんしても困るもんな。もう少ししていたいな、そう思うくらいで切り上げた。
家に帰り着くまで、この火を絶やしたくない。たぶん、俺はそんなことを考えていたんだと思う。
「んっ、はぁ……隼、くぅん」
「……ごめんな、急にして」
「ううん、隼くんからしてもらうの好きだもん。すっごく嬉しかったよ。でも、なんかちょっとしょっぱいね?」
「まぁ……海、だもんな」
「うん。海、だもんねぇ」
塩味がアクセントになったせいなのか、前にした時よりもちょっとだけ甘く感じるキスだった。
そして俺達は海を言い訳に、もう一度、微かに唇を触れ合わせる。
やばいな。海、最高かもしれん。
それからしばらく、俺達は波の音を枕に浜辺に寝そべり、寄り添って静かに過ごすのだった。




