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二人の謀議

 それを聞いた瞬間、アレクは気づいた。恥ずかしいけど楽しい時間はもう終わりだと。残念な気持ちになったが、いつもの落ち着きがすぐに戻ってきた。


「どういう意味だ?」


 アレクはわざと声を低くして尋ねた。するとパメラは指でテーブルをトントン叩いた。そこを基点に小さな魔法が展開された。三年前、アレクと初めて話をした時のように偽の会話を流す防音結界だった。


「学園に変な奴らがいるのは知ってるよね?」


「もちろんだ」


 学園に怪しい者がいることはすでに把握していた。調べた……というより、セイラから聞いたことだが。


 セイラの言葉では、『カガハナ』で皇女拉致事件を謀議した集団があったという。それはゲームのストーリーが始まる前の過去の出来事……だが、その過去というのがパメラの十三才の時だった。ちょうど今がその時期だ。


『カガハナ』では拉致を実際に実行する前に陰謀が発覚し、関連した者全員処刑やそれに準ずる重罰を受けたという。


「『アルトヴィア正しい歴史研究会』……だったか。表面的には歴史を勉強するサークルだな?」


「そう。特に秘密組織みたいなものでもないし、活動は結構堂々としてるわよ。単なる学園の勉強じゃなく、真剣に歴史学を探求する方だから生徒は多くないようだけれども」


「奴らのことは俺も少し調べてみた。公式的な歴史に疑問を提起し、隠された真実を探求するのが目的だと言っていたけど」


「そう。なのに奴らが私を注視しているみたい」


「拉致対象だからか?」


「そこまではわからないわ」


 アレクは直感した。会話の流れを考えてみると、今日のデートは奴らのことと何か関係があると。もしかしたらこの一ヶ月間の行動が全部。


「今は情報を収集する段階みたいわよ。それでわざとふざけてる姿を見せたの。私に対して油断してくれれば良いことだし、私を拉致しようとするなら街を歩き回る時が狙いやすいはずだから。多分今日のように変装しているのもすでに尾行で見抜いたと思うわ。でも、少しおかしいの」


「何が?」


「奴らが探求するという本当の歴史ってことが……〝ティステ〟のことよ」


 パメラは一ヶ月間調査したことを考えた。


『アルトヴィア正しい歴史研究会』が追求するのは〝ティステの処刑に対する真実〟だった。奴らはティステの罪が濡れ衣である可能性があると思い、彼女が本当に悪人だったのか、それとも無念に処刑された犠牲者なのかを確認してみようという立場を取っていた。


 それ自体はおかしくない。少数派ではあるが、そのような学説は学界にもある。そして陰謀論程度なら一般の大衆にも広がっている。陰謀論を真剣に信じる人もいる。


 だが、『アルトヴィア正しい歴史研究会』が問題になるのは貴族や将来が有望な人材が集まる学園で活動するということだ。


「悪役令嬢ティステを処刑し、テリベル公爵の反逆を鎮圧したのは父上の業績と認められているわよ。いわば、奴らが主張するのは皇帝の業績に対する疑いなのよ。単なる陰謀論や少数の学者たちの研究程度ならともかく、国の将来を担う生徒たちが集まるこの学園で皇帝の業績を疑う? 危険すぎるわ」


 アディオンは今は優しく政治をしている。しかし彼は学友だったティステを処刑し、テリベル公爵の反逆に直接乗り出して鎮圧し、その後も腐敗した貴族を残酷に粛清したと知られている。そんな皇帝への疑いを、別所でもないこの学園で表しているのに、不思議なほど奴らは自由に活動していた。


「もちろん、奴らは堂々と宣伝しているわけじゃないわ。でも秘密組織のような感じでもないわよ。ある程度もみ消す雰囲気はあるけど、特に秘密を守ろうと努力しているようでもないし。実際に今言った話は全部他の生徒たちから聞いたことよ」


「何かあるだろうな。奴らをかばってくれる後ろ盾でもあるのか?」


「多分ね。それが誰なのかはわからないけどね。だからあいつらについてもっと調べるつもりよ」


 考えすぎかもしれないが、疑ってみる価値はあるだろう。しかも奴らは『カガハナ』では皇女拉致を企てた者たちだから。当事者であるパメラなら気になるのが当然だ。


 そう思ったアレクは静かに安堵した。


「それでも安心したよ」


 アレクは穏やかに笑った。


 一ヶ月間、どれほど惑わされたのか。どんなに心が揺れたのか。パメラが自分のことをどう思っているのか、自分自身はパメラをどう思っているのか。何一つ理解できなかった。だが、パメラの行動はただ『アルトヴィア正しい歴史研究会』を油断させ接近するための煙幕に過ぎなかった。彼女の行動に動揺する理由もなく、自分でもよく知らない心のために苦悩する必要もない。


 ……なぜ胸が少し締め付けられるような感じがするのかはアレク自身も知らなかった。


「この一ヶ月間の行動は奴らを油断させるための策略だったんだ。そんなものならいくらでも利用してくれよ。俺はお前を守るために隠れみのの婚約者になることにしたのだから」


 アレクはパメラの行動の理由はそれだけだと心から思った。パメラも彼の言葉を聞いてその考えに気づいた。


 彼女は気に入らないように眉をひそめた。


「あのね」


 パメラは不機嫌そうな気配を見せ、ゆっくりと両手を伸ばした。そして両手でアレクの頬を覆った瞬間、彼を自分の方に強く引き寄せた。今にも唇が届くような距離だった。鼻先はもう触れた。


「パ、パラ?」


「私がただそんな目的だけで貴方を連れて行ったと思うの?」


「なっ……」


「私は欲張りなのよ」


 パメラはニヤリと笑った。とても魅惑的で挑発的な笑みだった。


「前世では望むことを半分もできずに死んでしまってね。今世はやりたいことを我慢するのも、やりたくないことを無理にするのもなるべく避けるつもりよ」


 パメラはそう言って、彼を手放した。アレクは混乱していたが、パメラはニコニコ笑ってメニューを覗くだけだった。


 結局アレク一人だけその日ずっと苦悩するようになった。

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