第八二羽 首輪をつけた三毛猫編
「準備は万端か?」
武田がタンチョウに尋ねた。
「ああ」
「ならいい」
武田はにこりと笑った。
体育祭がいよいよ大詰めを迎えようとしているのに武田は緊張した様子すらない。
団長の前を走る者はアンカーと同じようにトラックを1周走る事になる。3年生のリレーではアンカーにならず、半周したタンチョウはここで1周走るのを任される事に少しだけ驚いていた。
「どうして俺が最終走者に?」
タンチョウは入場が始まる前に武田に尋ねた。
武田は問われた事に驚いていたがしっかりと答えた。
「まあ、3年生のリレーでトラック1周した者にまた1周しろと言えないからな」
タンチョウは得心がいったように前を向いた。
「それに私は最後のバトンをお前から受け取りたい」
臆面もなくきっぱりと言い切った。
「まるで告白だな」
タンチョウは照れ隠しにそう言った。
「私の頬は赤くなってるか?」
「いや、どうだろうな。体を動かしているからかもしれない」
「そうか、告白と取りたいのなら取るが良い。返事だけは聞いてやる」
「いや、取らないよ。告白は男からするものだと近頃に身をもって教わった」
「殊勝な心掛けだな」
入場が始まって位置に着く間、誰も喋ろうとしなかった。
第1走者が並び始めた。
「ひとつだけ言っておく。私は待つのは嫌いだ。負けるのと同じくらいな。早く持って来い、バトンも、他のものも」
「分かった、心得ておく」
タンチョウはしっかりと力強く頷いた。
美鶴の方を見ると彼女は集中している様子で準備に専念している。
そして砲声が響いた。今日最後の一発となる。
順番が近づくにつれてタンチョウは集中力を研ぎ澄ませて行った。ネクストバッターサークルに入っているような気持ちで待っていた。バットを持っていないのに右手がじんわりと熱を帯びていく。
タンチョウの番が迫っていた。美鶴の前に走る件の男子生徒はすでに立ち上がってバトンを受け取る準備をしている。
蒼団が少しだけリードしていた。たった少しだけの差だ。それでもリレーではその差が命取りになる。
タンチョウはそれでも追い付く、いや追い抜くつもりでいる。
自分の出番が来たのだ。一所懸命に走っている同じ団の男が精いっぱい右手を伸ばしてバトンをタンチョウに委ねた。
受け取るとすぐに前を向いた。
駆け出していくタンチョウは徐々に先を走る男へと近づいて行く。
歓声が沸き起こる。その事が先を走る男にとってプレッシャーになっていた。
半周を過ぎたころにタンチョウはその男の背に取りついた。
そして遂に並ぶと男も本気を出して走り出す。力を残していたのだ。
だが、タンチョウも負けてはいない。食らいついていく。意地でも負けたくない相手だったのだ。
もうすぐ1周となる。真っすぐ前を向くタンチョウには準備を終えて待ち構えている武田と美鶴の姿が見えた。
武田は笑っている。美鶴は険しい顔をしていた。
そしてほとんど同時に待っていた2人の女性はバトンを受け取った。




