決意表明
暮れなずむ大通り。看板に明かりが灯っている店もある中、『Blue Note』には目立った看板もない。そこに店があると知っていなければ、気づかずに通り過ぎてしまうだろう。
俺は行きつけなので、店を通り過ぎることはない。走っていたスピードを落とさず、店へと駆け込んだ。
「いらっしゃいませ。しゅ、修くん、どうしたんですか?」
みゆきは、びっくりして、いつもより目がまん丸になっている。
店内にいた数人のお客さんも、何事かとこっちを見ている。
「はぁはぁはぁ」
「今日は、もう来ないかと思ってました」
俺は息が切れて、思うように喋れなかった。それを見て、みゆきが水を持ってきてくれた。
「はぁはぁ。ありがとう」
俺はみゆきからコップを受け取って、一息に飲み干した。
「実は、チアキ先輩の検査結果が出てね。お見舞いに行ってたんだよ」
「そうだったんですか。チアキ先輩、大丈夫だったんですか?」
「うん。それより、聞いて欲しいことがあるんだ」
俺はみゆきの両手を握って、真っ直ぐに見つめた。
「みゆき、結婚しよう。いや、結婚してください」
「エェッ!」
まん丸だったみゆきの目が、さらに大きく見開かれた。
「ガッシャーン」
カウンターの向こう、厨房の中で盛大に皿が割れる音がした。そして、みゆきのお母さんが、こっちを睨むように見ている。
店の中の時が止まった。みゆきも、お母さんも、お客さんさえもじっとして動かない。
「あ、あの、修くん、何を……」
「俺は本気だ。冗談なんかじゃない」
かぶり気味に話したのは、みゆきの口から否定的な言葉が出るのが怖かったからだ。
「頼りなくて、情け無い男だけど、みゆきに対する気持ちだけは、誰にも負けない。だから、結婚してください」
俺はみゆきから両手を放して、ひざまづいて頭を下げた。
「そんな、修くん。やめてください。立ってください」
「オッケーしてくれるまで、立たない」
おでこを床にこすりつけ、ひたすら頼み続ける。
俺がおでこをつけている部分の少し前に、水滴が落ちてきた。見上げると、みゆきは涙を流していた。みゆきの頰を伝った涙が、床に落ちていたのだ。
気がつくと、みゆきの後ろにお母さんが立っていた。みゆきの肩に手を置き、抱きしめている。
「並木さん、他のお客さんもいるんですよ。迷惑も考えてください」
お母さんの厳しい声が飛ぶ。
「あら、いいじゃないの」
窓際の席に座っていた、白髪頭のおばあさんが声をあげた。
「ママさん。いいじゃないですか。私たちは迷惑だなんて思っていませんよ」
連れのおばあさんも、同意してくれている。
「若いっていいわねぇ。ほら、あなた。頑張りなさい」
2人とも、優しい目でこちらを見て、応援してくれた。
「お母さん。俺はみゆきを幸せにします。だから、結婚を許してください」
「あなたねぇ……」
「お母さん、私からもお願いします」
「エッ!」
みゆきの言葉に、俺もお母さんも驚きの声をあげた。
「ごめんね、お母さん。私、お母さんに迷惑ばっかりかけてるよね。でも、これが最後だから……お願いします。修くんと結婚させてください」
「お願いします」
みゆきは、いつも以上に泣き虫になりながら、懸命に自分の決意を伝えていた。俺もみゆきと並んで、お母さんに頭を下げた。
「わかったわよ。好きにしなさい」
お母さんは、とても優しい笑みを浮かべて、みゆきの肩を叩いていた。
窓際の席の2人のおばあさんが、拍手で祝福してくれている。
「良いものを見られたわぁ」
「私たちの頃は、好きな人に気持ちを伝えることさえできなかったんだから」
「2人とも、お幸せにね」
こうして、俺はみゆきと婚約をした。




