結婚報告
婚約をしたからといって、何かが劇的に変わる訳ではない。いつも通りにバイトに行って、みゆきの手作り弁当を食べる生活。
休憩時間に、社長に報告しようかとも思ったけど、言えなかった。今、社長はチアキ先輩のことで手いっぱいだからだ。俺の話は、今じゃなくてもいい。
バイトが終わって、家に帰った。だけど、この日は全然、寝つけなかった。ただ同じ寝つけない感じでも、昨日とは全然違う。不幸のどん底にいた昨日に比べると、温かい高揚感に包まれている。興奮しているとも言える。だから、酒を飲もうとは思わなかった。
朝10時。俺は思い立ったようにスマホを手にして電話をかけた。
呼び出し音が、5回コールすると、相手が出た。
「はい、もしもし。並木ですけど」
「あ、母ちゃん。俺、修だけど」
「修?何ね、こんな時間に。大学を卒業しても、全然、連絡をよこさないで、今まで、何しよったんね」
久しぶりの電話だから、当然、文句を言われることは想定していた。それでも、変わらない母の声に少しホッとした。
「ごめん……」
「みんな、心配しよったんよ」
「ごめんて」
「こんな時間に電話してきて、お金ならないけぇね」
「金じゃねぇよ」
「だったら、何?」
母親は怪訝そうに尋ねた。
「実は俺、結婚することにしたから」
「はぁ?何てね?」
「だから、結婚するって言ったんだよ」
「はぁ?久しぶりに電話してきたと思ったら、結婚って?あんた、何を言いよるんかわかっとる?」
母の声がヒステリックに高まる。
昔から、厳しい母親だった。でも、最後には俺の味方になってくれる。そんな母だった。
「冗談でも何でもなくて、本気で結婚するんだよ」
俺の真剣な申し出に、何かを考えてる風に沈黙する。
「あんた、まさか。相手の娘さん、妊娠してるんか?」
「してないよ」
まぁ、急に結婚とか言い出した、妊娠を疑うよなと思った。
「妊娠はしてないけど……余命が半年なんだ」
母が息を飲むのが聞こえた。
「余命半年って、あんた。相手の娘さんは病気なんか?」
「うん。昔から体が弱い子でね。でも、すごくイイ子なんだよ」
「そうなんやね」
母親はもう、ヒステリックではなかった。
「久しぶりに、電話してきたと思ったら、結婚なんてね。しかも、相手の娘さんが余命半年。びっくりすることばかりやね」
「ごめん」
「でも、自分のことが最優先だったあんたが、人のことを心配して行動できるようになったんやね」
「母ちゃん……」
そうだ。ついこの前までは、自分のプライドが最優先の男だった。それが、みゆきやチアキ先輩と出会って、変わったのだ。
自分では自覚してなかったけど、母親の目は確かだ。
「わかった。お父さんには、私から話しておく。ほやから、あんたも余裕があったら、相手の娘と一緒にいっぺん、帰っておいで」
「ありがとう。ちょっと帰省する余裕はないかな」
「まぁええ。相手の娘さんの名前は何て言うん?」
「みゆき。高見沢みゆきさんだよ」
「じゃあ、みゆきちゃんによろしくね」
「わかった。父ちゃんにもよろしく」
わずか5分ほどの短い電話だった。それでも、母の変わらない様子に安堵した、結婚の報告ができたことに満足した。
それで、興奮が少し治ったのか、ようやく眠りにつくことができた。




