面会謝絶
さいたまスーパーアリーナを出て、20分ほど。タクシーは、さいたま市内の総合病院に着いた。
会場のスタッフから連絡を受けていたんだろう。病院の外で、チアキ先輩に同行したスタッフの人が待ってくれていた。
「あの、チアキ先輩は?」
俺は、タクシーを降りるなり、スタッフの人に声をかけた。俺に続いて、みゆきに支えられた西野が降りてくる。
「お疲れ様です。こちらです」
スタッフの男性は、3人が降りるのを確認して、院内へ案内してくれた。
時間は20時くらいだろう。病院は、明かりも消えて、暗く静まり返っている。今回みたいな緊急事態でなければ、絶対に近づきたくはない場所だ。お化けとか、苦手なタイプだ。
夜間通用口から、エレベーターホールに抜ける。4基あるエレベーターのうち、稼働しているのは半分の2基だけ。
幸いにも、1階で待機してくれていたので、すぐに乗ることができた。
スタッフの人が、素早く乗り込み、5階のボタンを押す。この病院の最上階だ。
エレベーターの中は薄暗い。普段なら、そんなことは感じないのだが、夜のエレベーターは、特別、薄暗く感じる。
エレベーターを降りると、正面がナースステーションになっていた。5、6人の看護師さんが、忙しそうに動き回っている。
スタッフの男性が、看護師さんに一声かけて、俺たちを先頭して歩きはじめた。
「この通路の1番奥の部屋です」
ナースステーションから左に向かって1番奥の部屋が、チアキ先輩の部屋らしい。
部屋の前に着いた時、全身から血の気が引いていった。部屋のドアに「面会謝絶」の札が下げられていたのだ。
「あ、あの、これは……」
「松丸選手は、面会謝絶の状態です。まだ意識も回復していません」
「アァッ」
みゆきに支えられて、何とか着いて来ていた西野が崩れ落ちた。彼女を支えていたチアキ先輩の無事という糸が切れてしまったのだ。
西野は、リノリウムの床に座り込んで、肩を揺らして泣いている。
何事かと、看護師さんがやってきた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。ちょっと、取り乱してしまって……」
「大丈夫ですよ。ちょっと、向こうに行きましょうか。歩けますか?」
看護師さんは、慣れたものだ。西野を抱き起こして、ナースステーションの方に連れて行った。
「チアキ先輩は、大丈夫なんでしょうか?才加さんも心配です」
「そうだね。みゆきも、疲れたんじゃない?」
「私なら大丈夫ですよ」
みゆきは気丈に振る舞っているが、手先が小刻みに震えている。彼女も怖いのだ。
俺だって怖い。怖くて逃げ出したいくらいだ。
何度も何度も、最悪の結末を想像した。必死にその思いをかき消して、抑えつけて、ここまで来た。でも、そこで待っていたのは、「面会謝絶」の4文字だった。
心のどこかで、期待していた。
「修、何て顔してんだよ。俺は不死身だよ」
そう言って、笑っているチアキ先輩の姿を、期待していたんだ。
でも、現実は残酷に、無慈悲に、俺の淡い期待を引き裂いた。
「どうされますか?このまま付き添われるなら、近くのビジネスホテルをご用意しますが……」
「あぁ、すみません。そうしてもらえますか?」
「わかりました。すぐに予約して参ります」
チアキ先輩の部屋の前。みゆきと2人きりになった。
院内の闇が、一層濃くなった気がする。ブルっと身ぶるいをした。
みゆきも同じ思いなのだろうか。俺の横にすり寄ってきた。
「みゆき、大丈夫だよ」
そう言った俺の言葉も震えていた。




