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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
79/148

第79話 シスター・ペンドラゴン

 

 ~~~♪ ~~~♪♪


 梓と鶫が学園に帰投し、日付が変わろうという時間。

 あえて明るい様子で、鼻唄まじりに第三校の校門脇に付いている扉から入ってくる者がいた。その両手にはどこで買って来たのか、九良名には無い某大型デパートの紙袋が提げられている。

 上機嫌そのままに、少年は風紀委員男子寮へと向かう。そして寮を視界に捉え、にこやかな笑顔を湛えた少年とはある意味で対称的な笑みで、やはり真逆の感情を内に秘めたその女に少年は脳天からガシッと掴まれた。


「おっかえりー。おそかったねー。まってたんだよー?」


 グググッ――――


 少年は笑顔のまま女の手に体を持ち上げられる。表情は笑っているが、結構痛い。


「HaHaHa、学園長先生、ひらがなっぽく喋ると若く感じますねー。ずっとそのままでいては?」


 ギリギリギリィ


 公浩を待ち伏せていたらしき亜笠は威圧感のある笑顔のまま公浩の頭を握力で締め上げていく痛だだだ!


「風紀委員に門()は無い。が、何事にも()度というものがある。当然、あたしの我慢にも()界はある」


 ギリギリギリィ


「それは沸点があぁあっ――――低いいいのでは?」


「うるせぇ!! だったら今後、あたしをイライラさせる事すんな! ええいクソっ! 鏡の野郎も澪・ブライトもぉ!!」


 ギリギリギリィ


 亜笠の力がいよいよシャレにならない強さになってきたので、持っていた紙袋を一旦手離し、自分の頭を掴み上げていた手をタップしてギブアップを宣言する。


「さっ!? 触んなあああ!!」


 手と手が触れ合った事により、異性への免疫が皆無な亜笠が過剰反応したようだ。掴んだ頭を、ブォンッと音が鳴る勢いでぶん投げられた。

 髪の毛を掴まれていなくて幸運だったろう。さもなくば今頃、脳天の毛がごっそり持っていかれてたであろうから。


「ぐはっ!」


 公浩は寮の側に植えられている木に腰から叩きつけられた。あいたた………


「姉妹揃って、照れた時の反応が可愛らしいというか………」


「か、かわ!? 可愛らしいとか言うな!! きょ、今日のところはもういいから、部屋行って休め! 明日朝イチであたしんとこ来いよ? 話があるからな!」


「それはまさか……色っぽいお話ですか?」


 キッ!


 公浩は亜笠が去り際に振り返ってものスッゴイ睨んでくる前に素早く寮へと逃げ込んだ。入口から亜笠に向けて「朝イチで伺います」と言い残して。


「ふぅ……くわばらくわばら」


 公浩は風紀委員男子寮のエントランス、待ち合いスペースを抜けていく。途中、待ち合いスペースで待機中の風紀委員の何人かと顔を合わせ、軽く近況について話をした。公浩は西で繰り広げられた大戦について。数人の男子風紀委員たちからは、何を置いても風紀委員長の辞任と新任の風紀委員長の話だ。

 その日の内に起きた新・風紀委員長の悶着をかいつまんで聞く。士緒からしたら身内の話なので、内心気恥ずかしさで苦笑いだった。

 そして公浩は会話を終えて待ち合いスペースを後にしようと階段を目指す。しかし、そこで公浩に声をかけ、足を止めさせる者がいた。男子寮では殆ど聞くことの無いような、耳に心地よい女性らしさのある声音でもって。



「黒沼公浩ですわね」



 エントランスを振り返ると、そこには緩めのカールがかかったプラチナブロンドと外国人特有の容姿、見る者の目を惹き付けて感嘆の息を吐かせる程に端整な顔立ちの少女がいた。

 胸を張って必要以上に傲岸な態度で見下すような目を公浩へと向けている。直前まで話をしていた風紀委員たちがただならぬ気配に緊張感を増して二人を見ていた。


「聞いていたよりパッとしない殿方ですわね」


「ははは、よく言われます」


 明け透けな物言いに端から見ている風紀委員たちは公浩と独楽石栄太のいざこざを知っているだけに、問題が起きないか冷や冷やものだった。

 当の公浩はと言うと、別段堪えた様子も無く、優しげな笑顔が全く崩れていない。それに対して、むしろ澪の方がたじろいでいるくらいだ。


「風紀委員長の澪・ブライト・キャメル・ペンドラゴンですわ。黒沼三席、話があります。話の出来る個室などはありますかしら?」


「でしたら……小会議室があります。委員長の許可があれば貸し切って鍵をかけられますが、問題が一つ」


「なんですの?」


「ここが男子寮で、貴女が女性だと言うことです」


 至極もっともな意見だ。

 いかに風紀委員のトップとはいえ、性別の壁を越えるには相応の理由がいる。風紀を正す身で、その違反の最たるものをするわけにはいかないのだから。

 ちなみに以前、真朱が公浩の部屋に不法侵入した件については、縁による鶴の一声で厳重注意のみで、ほぼお咎め無し。一緒にいた四宮家の跡取りである鶫にも罰を負わせられず、また公平を期するため風音も同様だった。

 だからと言って、今回も同じというわけにはいかない。あれは色々特別だったのだ。


「なるほど。では、密室でなければいいのですわね?」


 そう言って澪は待機中の風紀委員たちに目をやり、「別室で待機なさい。命令ですわ」と言い放った。

 着任早々で中々の横暴っぷりだ。公浩は澪の後ろから「ごめん」と手だけで表現して、戸惑い気味で場所を明け渡してくれた男子風紀委員数人を見送った。

 現在ラウンジスペースは公浩と澪だけとなり、広々とした空間に静寂が満ちている。

 そんな中、二人が向かい合って備え付けのソファに腰掛けると同時に、二人をまるごと囲うように空間の揺らめきが発生した。

 澪が盗み見、盗み聞き防止用に張った顕術だ。士緒の結界に近いものではあるが、厳密には違うもの。士緒が開発した転移の原型となった澪のオリジナルだ。

 固有秘術ではないが、澪の類い希なるセンスが可能にする超超高難度の顕というのが妥当だろう。

 二人は今、周りからは見えず聞こえず、何か奇妙な空間があるが干渉はできないという状況となっている。澪がここまでしての話となれば、その内容も察する事が出来た。

 澪は今、士緒(・・)に話をしているのだ。


「そ、その………お久しぶりです、お兄様(・・・)


「ええ。半年ぶりですね、澪。ああ、これ……近くに寄ったので、デパートで買ってきたお土産です。ベルギーの本格チョコ、好きでしたよね?」


 士緒が紙袋から綺麗な包装のされたチョコレートの箱を取りだして澪に手渡す。澪はパアッと顔を明るくしてそれを見詰めた。


「は、はい! ありがとうございますっ、お兄様!」


 相変わらず、士緒に対してだけは柔らかい表情や態度をする。澪がお兄様と呼ぶ通り、士緒からしても本物の妹のような存在だった。


「今日から学生ですね。問題は無さそうですか?」


「ぅ………え、ええ、もちろんですわ。お兄様の言いつけ通り、ふ……ふつうの女子のように振る舞っておりますから。問題のモの字もありませんわね」


「そうですか。それなら良かった」


 士緒はそう言って立ち上がり、爽やかな笑顔で澪の隣に腰掛ける。

 そしてあまりにも自然で、当然と言わんばかりに澪の肩に手を回し、体をピッタリと密着させるように抱き寄せた。

 突然の士緒の行動に澪はドキッとして軽く仰け反りながらも拒絶はしない。というか、うっとり顔で公浩の顔をした士緒を見ている。やはり澪も焔と同様、姿形が変わった程度では士緒を認識するのに全く不都合とはならないようだ。

 頬を染め、徐々に目を細めて、唇も微かにすぼまってきたが、しかしそろそろ現実に戻る時間だ。


「では、グラウンドの広範囲に『天墜』によるものと思われる窪みが出来ていたのは、貴女とは無関係ということですよね?」


「――――――――」


「言って置きますが、騒動が起きた事はもう知っていますよ。ですが、誰と遊んだのですかね? まさか学園長や斑鳩さんではありませんよね?」


 抱いた肩をモミモミ、はっとした顔で固まった澪の頬をプニプニと突っつく様は端から見たら恋人同士のそれにしか見えない。しかし、澪自身がそんな素敵な事態を自覚しておらず、むしろ責められているような圧力を全身で感じていた。

((((;゜Д゜)))ガクブル


「あ、あわわ………ご、ごめんなさい……す、ストーカーだと……ただのストーカーだとおも、思っていましたの」


「……………」


 自責の念から泣きそうな雰囲気を出している澪に士緒は「しょうがありませんね」というような笑みを浮かべて見せる。流石にこれ以上苛めては可哀想だ。

 それに、そもそも自重が足りないという点では士緒も澪の事を言えない。澪が小さくなっていく姿が可愛くて嗜虐心を刺激してくるのが悪いのだ!

 シュンとなる澪から斯々然々と経緯を聞き出した。


「ははは、そうですか。鏡さんでしたか。なるほどなるほど」


 鏡が目当てとしたのは亜笠だろう。屋上からは廊下の窓越しに学園長室を狙えるから張り込んでいたに違いない。

 しかしもう一人いたというのは………

 鏡と通じていたのなら恐らくは無害な人物なのだろう。澪から特徴を聞いてみると、どこかで見たことあるようにも感じたが、鏡のようなストーカーがそうそう身近にいるとも考えにくいので、気のせいだとは思うが。


「それで、どうでしたか? 鏡さんと一戦交えてみて」


「それなり……ではありましたわ。本気でやれば六家の現当主にも引けを取らないレベルかと。まぁ、ガラハドとモルドレッドあたりなら問題無く対処出来る程度ではありますけど」


「あの二人に匹敵するのなら十分に脅威ですよ。ですが、澪から見ても彼はそこまで強いですか。私も資料でなら彼の強さは知っていますが………ちなみに、澪がそこまで言う根拠は何ですか?」


「あ、はい、よくは分からなかったのですけど、私の『王権』を一部、何らかの方法で打ち消したものですから。そのせいでもう一人には逃げられてしまいましたわ」


「……『王権』を打ち消す、ですか。それは恐らく………」


 陸道家秘伝の顕術、『月食み』。

 対象から通力を奪い取り、任意の量を自らの通力に変換できる。受ける側からすれば超が付く反則技なのだが、やはりと言うべきかそれなりの制限、条件のようなものもある。

 まず、顕の対象は人間、鬼など、通力を有している生物に限る。第二に、直接相手の肉体に触れていなければならない。

 澪の話を聞くに鏡が『月食み』を使ったようには見えなかったとのこと。離れた位置から澪の空間支配領域……『王権』を打ち消して見せた。しかも人体ならともかく、顕術そのものに干渉したと言う。

 前述の『月食み』の条件に合致しない………が、それこそが鏡の強味。陸道家の歴史上でも希に見る『月食み』の才能によるものだ。


「陸道鏡の『月食み』は当代随一……いえ、過去百年でも最高と聞いています。強力無比な『月食み』は威力に限らず、距離も通常より伸びますし、既に発動した顕術にも有効なようですから、澪の『王権』に干渉できても不思議ではありません。また対峙する事があれば留意しておいてください」


「心得ましたわ、お兄様。今度会ったら手加減などせず肉片に変えてやります!」


 ………そういう意味ではないのですが


 澪の少しズレた解釈に士緒が乾いた笑いを漏らす。

 そしてゆっくりと、いつもの柔らかな笑みに戻っていった。


「澪、貴女は学生として過ごした事はありませんでした。風紀委員長は基本的に授業に出る事もありませんし、ここでの滞在も長くはならないでしょうから、学生としての生活自体、送れるかと問われれば疑問です」


「? ええ、お兄様が仕事を終えるか、長くても“裏返り”の件に決着が着くまででしたわよね?」


 澪が不思議そうに尋ね返す。隣で暖かな笑顔を向け、あまりの自然さに澪ですら意識が追い付かない内に優しく手を取っていた士緒に、はて?と首を傾げた。


「常識を学べとか、学生らしくしていろとか、そんなつまらない事を言う気はありません。ただ……人という存在を、しっかりと見てください」


「人を……見る、ですか?」


「人は大概醜い生き物ですが、見ていて楽しい事もあります。貴女は昔より成長して、自制も効くようになりました。なら次は楽しんでみてください。それで貴女はもっと成長できますよ」


「え、あ………申し訳ありません、お兄様。よく……わかりません」


 士緒は微笑み、澪の手を取って持ち上げ、口元に寄せた。そして軽く息をフゥッと吹きかける。


「ひゃん!?」


 吸い寄せられるようにずっと士緒の目を見詰めていた澪は、そこで初めて自分の手が士緒の指先に捕らわれていたことを認識する。

 手がビクンと跳ね、ほんの数センチ、士緒の手を離れた。


「その時が来るまで、貴女はこの学園の風紀委員長です。貴女は我々の敵。ここの生徒達をよく見て、守ってやってください。私ばかり見ていないで」


「っ!!」


 ウィンク。

 そんなものを恥ずかしげも無くさらっとやってしまう男は重度のナルシストか、さもなくば重度の天然女たらしくらいだろう。

 士緒は明らかに後者。

 瞬きにも似た瞼の一瞬の開閉運動。たったそれだけの行為に、澪の心臓は容易くピチュンされた。

 士緒を見詰めていた事を指摘された気恥ずかしさなど吹き飛ぶ程。


「部屋に戻ります。澪も女子寮に戻って、今晩はゆっくり休んでください。それとも、一緒に――――」


「!」


 一緒に寝ますか?

 風紀委員としてあり得ない事なので、ちょっと考えれば冗談と分かるセリフを言おうとして、思い止まった。

 言葉の半ばから澪の目付きが尋常ならざるものへと変わったからだ。

 期待に満ち溢れ、目を輝かせ、胸の前で祈るような形に手を組んで身を乗り出す様を目の当たりにする。このまま冗談を言ってしまえば澪が全力で首を縦に振りかねない雰囲気だった。

 その上で冗談だと告げようものなら、絶望のままに感情を失うのではないかと思える程に。

 士緒は誤魔化すように笑って「はは……おやすみなさい」と言ってその場を後にした。

 澪がシュンとなったのが気配で分かったが、あのまま最後まで言うよりはましだったろう。


(そんなに寂しかったのでしょうか。最近会えなかったとはいえ、その辺りはまだまだ子供ですね)


 澪の微笑ましさにクスッと笑って、公浩は部屋へと入る。

 今晩は気持ちよく眠れそうな気分だった。



 ★



「はぁ………せっかく良い気分で眠れそうだったのですが」


 眠りについた士緒に起きている不粋な精神干渉によって、気分はあり得ない速度で急降下した。

 明晰夢のような奇妙な感覚で、周囲360度にいたるまで闇に覆われた世界。確かめるまでもない、前にも一度だけあったこの不愉快な状況。神野悪五郎(仮)によるものだ。

 恐らく、澪が鏡と一戦交えた時に、『王権』の余波で簡易結界に綻びができたのだろう。己の不注意を嘆き、罵ってしまいたい。

 本気で結界を張れればこんな事にはならないのだが、それは黒沼公浩の設定を逸脱する。儘ならないと言うかなんと言うか。

 その日、銀箭羽々矢と浪川凛子の会話を聞いた。彼らの目的が封印であると聞いた以上、近々接触するつもりではいたが、いきなりの拉致監禁が愉快なはずもない。


「忌々しい………」


 士緒は苛立ち紛れに精神干渉を少しだけ押し返した。

 周囲の空間のあちこちにピシッパキッと亀裂が入り始める。


「待て待て。お主が相手では落ち着いて話もできぬわ。あれから一度も接触の気配が無いでな。こちらから出向いたというのに、何を苛ついておる」


「………………」


 ――――ゴゴゴゴゴ


 士緒が無言で通力を強め、明晰夢の世界が揺らぎひび割れ、明らかな崩壊へと向かっていた。


「待てと言うに………良かろう、用件のみ伝える。封印の在処と、手順についてだ」


 現在、士緒が見付けている封印石は三つ。九良名市近郊の山中、阿刀田の鬼王神社の敷地、広島の某所。

 残り二つは目下の所捜索中だ。なにせ、日本もそれなりに広い。

 前回の広島某所の情報は正しかった。なら今回も、そこそこの信憑性はあると見て良い。どちらにしろ宛もなく探しているのだから、聞いて損は無いだろう。


「まず、九良名に散りばめられた封印だが、これは半日以内に全て消さなければ自動で修復する仕掛けだ。それらを纏める基点となる封印が学園の地下にある。小型のものを全て潰した後、そちらを潰せ」


「遠方の封印はどうするんです?」


「この街の封印さえ何とかしてしまえば、不完全とは言え復活は出来る。そうなれば後は自分でやるなり、どうとでも出来るのでな。外の封印は後回しで良かろう」


「……そうおっしゃるならそれでも良いですが。一応、場所は伺っておきましょうか」


「うむ、前にも申したが大まかな場所しか分からぬでな、正確に位置を伝える事は出来ぬ。ただ、海の上ではあるようだな。離島というやつだ」


 離島。

 面倒な。大まかな場所でも、地名が分かっていた今までとは訳が違う。島としか分かっていないのでは探すのも手間だ。

 何せ国内の海域だけでもかなり広い。黎明が管轄しているのなら、そこより外に出るとは考えにくいとして。

 封印を通して周辺を把握できる神野悪五郎(仮)が細かな位置を掴めていないのなら無人島と見るのが妥当だろう。それが地図にも載らないような無人島ともなれば、探し出すのは至難だ。

 2、3年はお預けになるか………

 士緒が頭を悩ませていると、神野(仮)が嬉しそうに声をかけてきた。


「良い事を教えよう。封印石は関東、東北、中国地方に一つ。そして離島に二つ。関東の封印はこの街の市外の山中、他の四つはそこを中心に四つ角で囲んでいるのだ」


「………ふむ。確かに、言われてみれば理に適っていますね。封印術式の基本ですか。こんな事にも気付けないとは」


「カカカ、少しは見直したかのぉ」


 封印の術式は図形として置く事により効果を安定させやすい。今回の場合、過去に類を見ないほど巨大な封印術式であるためにセオリーは当てはまらないと考えていた。が、だからこその正攻法とも言える。

 ここが仁科黎明の技術的な限界だったのだろう。

 まあそもそも、士緒を始めとした“真ノ悪”でもなければ、これ程の封印術式に挑もうなどと考える者がいないのだろうが。

 ………いや、いない事もないのか。


「聞きたいのですが、銀箭(ぎんせん)羽々矢(はばや)をご存知ですか?」


 士緒が盗み聞いた内容によると、羽々矢も封印の解放を目論んでいるようだ。しかも、市内の封印については殆ど把握している様子でもあった。

 そもそもどうやって封印の存在に行き着いたのか。情報を得たと思われる凛子が優秀で、運も良かったのだとしても、元となるネタが何かあった筈だ。

 仁科黎明が“真ノ悪”以外の爆弾を呑み込んでいるのでもなければ、考えられる要因はそう多くない。


「銀箭………知らぬ名だ」


「………そうですか」


 神野(仮)が士緒とは別口で封印の解放を仕向けたのが羽々矢である可能性がある。

 この男の否定など、どこまで信じて良いのか知れたものではない。封印については慎重に進めるとして、この男はまだ何か隠している。

 老獪さを感じさせる声は、士緒をこの上なく警戒させるようだ。胸がざわざわと落ち着かない。


(銀箭羽々矢……彼らが狙っているのは我々と同じ、神野悪五郎の封印。市内の小型封印を探索していたのならそうなります。しかし、それは今話している男が本物の神野悪五郎だと仮定すればの話ですが)


 そもそもからして、この街にあると言う神野悪五郎以外の封印とやらについて、士緒は何も知らないのだ。

 梢が隅々まで調べても手掛かりらしきものは見つかっていない。

 ただし、それは神野(仮)の言葉を正しいとする前提があってこそ。各地方の封印石、市内の小型封印、その殆どの情報はこの男からもたらされたものだ。もしこの男が、神野悪五郎ではなく、別の何か………士緒の敵(・・・・)だとするなら、これまでの情報自体、神野悪五郎の封印についてのものとは限らなくなる。

 さて、どこまで踊らされてやるべきか。悩ましい。


(何にせよ、情報が確かならそれなりに役には立ちました。例え偽者でも、別段我々が困る事もありませんし)


「では、近い内には封印の解放に取り掛かれるでしょう。期待して待っていてください。ただし、黙ってです」


「釣れない孺子だの。そんなに儂から接触を受けるのは嫌か」


「そうです。察しが良くて助かります」


「カカカ! 良かろう良かろう。近い内と申すなら、もう夢の中には現れんよ。黙して待つとも。まあ、気が向いたら声でもかけるが良い。街のどこかで話しかければ儂に聞こえるであろうからな」


 見張っているぞと、暗に圧力をかけているのか。

 生憎と、士緒にとってそんな柔な圧力は子供の肩揉み程の効果もない。撫でるように体を触られて、ただただ不愉快なだけだ。


「話は終わりですね。三秒以内に消えてもらえますか? 最近寝不足なので、少しでも熟睡したいんですよ」


「分かった分かった。だが、その前にもう一つだけ、有益な情報をくれてやろう。“白面金毛”に関するな」


「………聞きましょう」


「クク……やはりお主も、“真ノ悪”であれば“白面金毛”の話は無視できんか。だとしたら、少し面倒だぞ?」


「………………」


「仁科黎明と通じている」


「っ…………いつの話ですか?」


「儂は封印を通してしか外の事は分からんからな。だが少なくとも仁科黎明がこの街を作った頃には既に、だな」


 そんなにも前から………


 仁科黎明の権勢が手を付けられないレベルになったのは丁度その頃からだ。そう考えると、あらゆる事に筋が通る。

 推測だが、士緒が九良名に来てからの黎明の動きに粗が出始めたのは、その関係性に何らかの問題が発生したからだろう。“白面金毛”が参謀的立場から黎明を動かしていたとするなら、その助言が無くなれば綻びが出るのも頷ける。

 “女帝(カイゼリン)”の派遣然り、“大聖堂(カテドラル)”の派閥介入然り。極めつけは澪を学園に招き入れたこと。必要以上の警戒と迂闊さはそれまでは考えられなかった。


「情報、感謝します。はぁ………悪党より質の悪い正義の味方(・・・・・)というやつは」


「そちらのゴタゴタは儂とは関わり無い事なのでな。精々ぶつかり合うが良い。世界を護る(・・・・・)者と、世界を救う(・・・・・)者とでな」


 そう言って、神野(仮)の気配は士緒の目の前から消えた。

 最後に落としていった情報が、今までで一番役立ちそうな情報だった点は素直に喜べる。


(起きたら焔に動いてもらうとして………こうなると、“誓約破り”に種を仕込めたのは幸運でした。本当は見逃しても良かったのですが、仁科黎明と組むなら話は別です。“白面金毛”には歴史から退場してもらいますか)


 それと、仁科黎明が呑み込んだ爆弾(・・)の方にも動いてもらうとしよう。

 仁科黎明。“白面金毛”。どいつもこいつも、いらない事ばかり企んで………

 悪の組織には邪魔が付き物だ。その目的が例え、世界を救う事(・・・・・・)だとしても。

 相反する力、作用は世界のあらゆる物に存在する。そこに善悪は無い。今回も、相反したのがたまたま“真ノ悪”と仁科黎明だっただけの事。

 お互いの主張は交わらない。“真ノ悪”は仁科黎明のやろうとしている事を許さないだろう。


 “白面金毛”は仁科黎明と組む事で“真ノ悪”の逆鱗に触れた。

 それが“日計の毒”と退魔師協会の戦争など比較にならない戦火を齋す事になろうとは、士緒以外の誰も知らなかった。




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