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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
144/148

第144話 影4

 


 巨大ロボの剛腕が蒼い火の粉を撒き散らしながら振り下ろされる。


(速っ――――)


 蒼炎を纏った腕が巨躯からは想像も出来ない速度で石柱の陣内に深々と突き刺さり、地面が蒸発した。

 梢でもヒヤッとする速度と威力だ。あれを食らえばさすがにタダでは済まない。

 回避は間にあったが、周囲に蒼炎の欠片が残り続けている。蒼炎とぶつかれば梢の影とて燃やされるため、この一帯での影の行使は難しくなった。


「貴女が個にして軍であろうと、私と神殿は永遠に戦い続ける事ができる。いつかは私が勝つのです」


「はん! ◯ンダムや◯ータル・◯クリプスとかのロボット物を観たことないっすか! 個が軍勢を駆逐できるものじゃないってことを教えてやるっすよ!」


『赤雷の長靴』を脚部に纏わせた“日出ル神殿”が、数十メートルの巨体ではあり得ない超速で梢の背後に回り込む。

 そして『蒼炎の腕』からすれば虫ほどの大きさである梢に拳を落とした。


 あまりにもスケールが違い過ぎる戦いかと思いきや、横合いから巨腕に匹敵する影の塊が激流となって顕れる。

 それは一瞬で腕の形を成し、蒼炎に焼かれながらも巨腕を防いだ。


「てやっ」


 影が神殿を振り払い、体勢を崩したところへ大量の影を槍に変形させて向かわせる。

 しかし先端が触れる寸前に『赤雷の長靴』で跳び退き、神殿の五指を樹木の幹に突きたてて巨体をぶら下げた。


(いつの間にか中に乗り込んでるっすね。五郎左様が調べた“日出ル神殿”の能力は確か……)


 “日出ル神殿”の特筆すべき能力(ちから)……それは搭乗者の発動する顕術を神殿の巨体で出力すること。

 イズルが『光剣』を出せば巨大な『光剣』となり、『蒼炎の腕』を使えば神殿が代わりに炎を纏ってくれる。

 通力の消費も巨体に比例した量を消費するため、通常ならすぐにガス欠になるのだが、『時の神の発条』があれば関係ない。おまけに自傷ダメージを無視できるくらいには頑丈だ。


 鶫も扱えるようになった“世界型接続術式”、『リア王』の白腕とほぼ同じ能力である。ただし顕術の強化増幅(アンプ)機能としてなら、巨体と燃費が悪い分だけ神殿の方が強力だった。


「でも『赤雷の長靴』はあまり有効じゃなさそうっすね。動きを制御できてないじゃないっすか」


『そうですね。なにぶん神殿を起動するのは初めてですので』


 マイクを通した音声が響き渡る。用途によっては超音量での破壊にも使えるかもしれない。

 それに梢の声を拾えているあたり、なかなかの集音性能だ。奇襲の成功率は低くなるだろう。


「でも、ちょこまか走られても面倒っすね。脚だけでも落としとくっす」


 ドスンッッッ――――


 樹の裏から回り込ませていた影が斬撃となって神殿の脚を切り落とした。

 音も無く忍び寄る影であれば奇襲も容易く、攻撃力も神殿を壊すのに不足は無い。“千影”がここまで凄まじい存在だったとは、イズルも驚愕に目を剥いた。しかし、


「神殿のチカラを見くびりましたね」


「――――!」


 巨大ロボの脚部で空間が歪み、全ての損傷を無かったものとした。

 梢にもまさかの事態だ。固有秘術まで神殿に反映できるとは想定外だった。恐らく人間だいの時よりも異物へ対する負荷の許容量も増しているだろう。


 イズルの厄介さが百倍増しになったところで、『赤雷の長靴』が樹木を蹴り、いっきに梢へと距離を詰める。


「っと」


 梢は余裕そうに後ろへ跳びながら躱していくが、0秒台で地面に無数の大穴が穿たれ、樹々には『蒼炎の腕』で抉れた跡と残り火がこびり付くような戦闘が余裕のはずがない。


 パロミデスの『プライウェン』でも蒼炎を纏った攻撃を止めることは難しい……とはいえ、これだけの大樹海で数十メートルの巨体を動かすことも困難。『赤雷の長靴』が十全に力を発揮できていない事にイズルも苛立ちを覚え始める。


『樹海が無ければとっくに潰せているというのに』


「失敬な! こっちはまだまだ本気じゃないっす!」


 ザコキャラのようなセリフとは裏腹に、巨人の腕に引けをとらない黒腕が出現して神殿の頭部を鷲掴み、引き倒すように投げる。

 樹木に背中から叩きつけ、すかさず影の縄を巻き付けて神殿を捕えた。


『この程度の拘束――――』


 影を焼やし尽くそうと全身に蒼炎を迸らせる。

 それでも拘束を抜けるには僅かな時間を要した。


 完全に抜けられる直前、傍らに生え出たのは影の塔。それは大鎌に形を変えて神殿の首へと精確無比に振り抜いた。


『っ! 学習しない方だ』


 大鎌が首と後ろの樹を抵抗無く裁断する。

 本日何度目かの復活で神殿の巨体が拘束を弾き飛ばした……が、そこには誤算もあった。


 プライウェンの樹木も丸ごと空間歪曲に巻き込んでしまったのだ。その結果、無敵の固有秘術……“時の神の発条(クロノメーター)”に膨大な負荷が掛かった。


 なにせプライウェンは物理と通力を捏ねくり回した先にある暗黒物質もどき。“聖魔の鍛冶師”でさえ持て余す無限増殖のバケモノ……それを制御可能な域まで削りに削った質量体である。

 “時の神の発条”が異物として排除しようとするには重すぎた。


(次に同じ負荷が掛かったら耐えられるとは限らない。”千影“の能力だけでなく、この樹海まで私の“クロノメーター”と相性が悪いということか)


「巨体が裏目に出たっすねー。プライウェンの近くで固有秘術を使うのは致命的にオススメしないっす。ソレ(・・)、ただの植物じゃないんで」


『本来なら決戦兵器である神殿がこんな簡単に追い込まれるとは……どうかしてますよ、“真ノ悪“という人たちは』


「ふん、神父だか牧師だかも曖昧な衣装で教会に引き篭もった挙げ句、神殿なんて名前のロボットを操縦するヤツの方がどうかしてるっす」


『これでも鬼の身の上です。神や仏は冒涜してナンボでしょう』


「わはは、確かにそうっすね。冒涜ついでに、どうっすか? ”真ノ悪“に鞍替えしないっすか」


『……その提案、どこまで真に受けて良いやら』


「そっすねぇ………50年くれれば、『反魂』をノーリスクで使わせてやっても良いっす」


『!』


「”真ノ悪“でならそれが出来るっす。何らかの方法で証を立てても良い、こちらの友人知人を人質に取っても良い……そちらの望むように契約を結んで構わないっすよ。嘘か真かは50年後、結果を御覧じろっす」


『……私が誰を蘇らせたいのか、ご存知で言っているのですか?』


「言ったはずっすよ、察しはついてるって。まぁ確信とかは無いんすけど」


『元より私は退魔師への義理も無く、裏で背信を行った事もありました。それでも協調の形を崩さなかった私が、協会を切って呪術師なんかと手を組んだ理由……それを作り出した張本人が何を言っているのですか?』


「張本人はジブンではなく、若っすけど」


『どうでもいいっ! ”真ノ悪“のマッチポンプで懐柔されるなんて冗談じゃない。私は私のチカラで取り戻します。彼女を……殿町 クロエを』



           ★



 殿町は四宮の分家に数えられる家だが、別段目立つ功績や将来性溢れるといった評価は見られない家。それどころか退魔師としては、ほぼ終わったと見なされる程に人材が不作となっていた。

 あるいはこのまま一般の人間として暮らすならそれも構わないと、一族の当主である洋一郎は考えていたのだ。そもそも、そこまで関心のある話でもない。

 そんな時、殿町の家にとある鬼才が出現した。


 殿町クロエ……またの名を、殿町宗玄である。


 クロエの術装作成スキルが数百年に一人の領域だと名実共に認められたのだ。

 その名声は当時、祓魔師や聖堂騎士が使う“神託(オラクル)”の製作を担う一団に及ぶとまで。


 変わり者の変態……という評判もあったが、四宮家が本格的に援助をして作業に没頭するようになってからは比較的大人しい。


 同時期、イズルはというと。

 海藤イズルは特一級の退魔師であったが、ある日、その体が鬼と化した。そこに理由や原因があったかは今も不明。

 多くの場合、人間が鬼へと堕ちる現象は人知れず発生している。他者の観測が無いからこそ起きるのではと一部の退魔師には考えられている程だ。

 だからこそ黎明を含めた仁科家や六家の有力者による隠蔽が可能だったとも言える。


 ましてや、退魔師として優秀だった人物が鬼となる事例は片手で数えられる程度しか確認されていない。

 海藤の一族はそこそこ名のある退魔師の家系だ。この事実を隠そうという黎明の意向に、一も二も無く飛びついた。


 結果、退魔師協会本部の予定地にイズルを軟禁する事が決定したわけである。


 そして当人はと言うと……処遇については理解できるし最大限の配慮というのも分かっている。甘んじて受け入れるつもりではあるが、だからといって大喜びで閉じ込められているはずもない。


 現在の教会らしき内装や衣装は影も形もなく、最小限の明かりと家財、ラフでシンプルな衣服があるだけの寂しい部屋。


 そこへ、ポッと出の田舎娘がある日突然、押しかけた。


「あなたが海藤イズルね。聴いたわよ、面白い特技があるらしいじゃない」


「…………」


 若い女。

 髪はボサボサでシャツを肩までまくり、油か何かで汚れた作業着。眼は鋭く、これで手ぬぐいを頭に巻いていようものなら何らかの職人とでも思っただろう。


「ほら、ケチケチしないで出しなさいよ。良いもん持ってるんでしょ?」


 ピポピ………(←固定電話)

 トゥルルルル――――ガチャッ


『もしもし……? お前が電話掛けてくるなんて初めてだなイズル。トラブったか?』


「もしもし黎明さん、いま強盗に遭ってるんです。助けてください」


『ははは、面白い冗談だ。お前から物を奪える人間がいたら見てみたいぜ』


「いえ冗談じゃない。紛う事なき押し込み強盗ですよ」


『……残念なことに、そこにいる残念女は押し込み強盗じゃない。俺が許可してそこに入れさせた』


「は? 横暴でしょう。私にだって最低限度の権利があります」


 女の方を見る。

 相手もこちらにキツイ眼つきを送っている……かと思いきや、顔の半分の面積はありそうな分厚い眼鏡をかけた瞬間に人懐っこい雰囲気に変わった。

 ふむふむほぉほぉ、と舐めまわすようにイズルを観察する女は何が楽しいのか目をキラキラと輝かせている。


『わりいわりい、言うの忘れてたわ。まぁ、アレだと思えよ。今流行ってる、なんだっけ……◯リヘル?』


「ならチェンジで」


『おぉ、ナイスジョーク』


「しまった、つい………」


『ま、冗談抜きでその女の話を聞いてみろ。お前にも退屈しのぎにはなると思うぞ』


「……何者なんですか、この人は」


 観察を終えたクロエはイズルの体をペタペタ触り始めている。

 電話中でもお構いなし、そしてお構いなくと言わんばかりのマイペースだ。

 脇腹あたりを無遠慮に触られて煩わしい……


『売り出し中の退魔師だよ。殿町宗玄って名前なら聞いたことあるだろ』


「殿町宗玄! この方が!?」


『表向きは男って事にして情報操作してるから、あまり言いふらすなよ? お前も知っての通り、革新的で質の良い術装の開発で巷を賑わせている若手だからな、本人も謎の人物でいる方が楽だとさ。なんせ大聖堂の武器供給元、“祈りの暗室”に匹敵する開発能力だともっぱらの評判とくれば、善からぬ事を考える輩がいるってもんさ。んで、新しい着想が無いか探っていたから、お前の固有秘術について話しておいた』


「なんでそんな迷惑な事を―――ちょっ!? そこはデリケートですから触らないでっ」


『またまたぁ、楽しんでるじゃん』


「なんです……? 本部の建設予定地を破壊してほしいんですか?」


『やめてください! どんだけ金かかってると思ってんの!?』


 ブシュッ


「ん………?」


 何の音かと思えば、イズルの手に鉛筆らしき物が刺さった音だった。しかも突き抜けている。

 いきなりすぎる事にイズルでさえ血の気が引いた。


「っ!! 何すんですか!?」


「んー? 戻らないわよ?」


「自動で発動するのは死ぬほどの損傷を受けた時です。ある程度は融通が利くので、発動の基準を調整もできますが……って、勝手に実験するな」


「ごめんね、あたしって本能に忠実なの」


「物騒な本能を仕舞えないなら力尽くで追い出しますよ」


「あ、大人しくできれば居て良いんだ。やった言質とった」


「くっ………」 


『……ま、とにかく仲良くやってくれ。そいつの創り出す術装は協会に大きな御利益を齎してくれる。カラダ売ってでもご機嫌を取ってくれよな』


「黎明さん、あなた鬼ですか」


『退魔師です。そんじゃ』


 ブツッ

 ツー……ツー……ツー……


「あの若作りジジイっ!」


「話は終わったの? じゃあさっそく人体実験を――――」


「当たり前みたいに非人道的なことを言わないでください。これでも痛みや苦しみは感じるんです。うっかり海底にでも投げ込まれたら海水が消失するまで窒息し続けるんですからね」


「ああ、復活の際に起きる消失現象ね。質量保存の法則とかどうなってるのかしら? それとも消えたように見えるだけで分子レベルで漂ってるか吸収してるとか? やってみる!?」


「なんでそんなにキラキラした眼で言うかなあ! あなたに人の心は無いのか!?」


「人類の未来に置いてきたわ」


「マッドサイエンティストより少しだけマシ程度のクズですね」


 そこでようやく、手のひらから生えた鉛筆がポトリと落ちる。体内に入っていた部分が綺麗に消え、手の傷は跡形も無い。

 その光景を前に、クロエはテンションを上げまくっていた。


「ぉおおお!! これが噂に聞いた“時の神の発条(クロノメーター)”ね! 今まで見てきたどんな固有秘術とも違う規格外な能力。まさに神の領域……ああ、インスピレーションが湧き上がるわあ!」


「何をそんなに興奮しているのやら。固有秘術が凄かろうと、それは術装作りに関係ないでしょう。まさか能力を再現できるわけもありませんし」


「確かに、術装はそんな万能じゃないわ。そこで……ジャジャン! これを使います」


 クロエが一つの勾玉を取り出してイズルに掲げて見せる。

 無色の半透明で、片手で握り込めないほどに大きい。

 ずずいと勾玉を突きつけられてイズルが後ずさった。


「これは“月の勾玉”よ。最近見つかった、れあめたる(・・・・・)? とかいう金属を特殊な通力で加工すると出来るの」


「その月の勾玉が何か?」


「これは顕術の記憶媒体になるの。それだけなら何処にでもある術式や術符と変わらないけど、月の勾玉は増幅器でもあるわ。これ一つで並の退魔師を熟練の戦闘民族にまで力を引き上げられるんだから」


「そんな伝説級の代物があるとは聞いたことがありませんが……」


「べらぼうに希少な品でね、知らなくても無理はないわ。材料が貴重なうえに製法も一筋縄ではいかないのよ。あたしでさえ100回やって1回くらいしか成功しないんだから。要するにお金が足りない!!」


「まだ本題が見えませんね。私の固有秘術がどう役に立つというのです?」


「実は、これには面白い使い方があってね。固有秘術を持ってる人間から、その術式を転写できるのよ」


「っ!? ばかな、そんな事ができるとしたら……」


 転移や未来予知、封印や解析系など、素養の点で固有秘術保持者にしか使い手が居なかった顕術が誰にでも行使できるようになる。それがどれ程の革命か、退魔師であれば考えるだけで身震いがするほどだ。


「っても簡単にはいかないんだけどね。体内に埋め込んで、馴染ませて、取り出す時に死んでもらう必要があるわ」


「死ぬじゃないですか……」


「まぁ鬼で言うところの“鬼核”みたいなもんだし、引っこ抜けば死ぬわ。そ・こ・で! だからこそあなたなのよイズル!」


 ………なるほど、である。


「確かに死ぬことはなさそうですが……くそ、理に適いすぎてる」


「月の勾玉は希少な品で、固有秘術の保持者(ホルダー)は代えが利かないでしょ? とてもじゃないけど軽はずみな実験なんてできるわけない。そこで、死なずに固有秘術を転写できそうなモルモッ―――イズルを見つけたのよ」


「あなたにも倫理感があると勘違いするところでした」


「なによ文句ばっかり。減るもんじゃあるまいし、ちょっとは協力しなさいよ」


「……私が鬼ではなく人間であっても、同じように言うのですか?」


「??」


 鬼になった退魔師など、軽んじられて当然だ。

 本来なら殺されるのが自然の流れである。それをこのような場所とはいえ飼い殺しにしている。

 せめてモルモットとしてでも役に立てと言われても仕方ない。

 イズルは自分の心が荒み、腐っていく感覚を日々感じていた。

 自分が何をした? 鬼というだけで虐げられる理由になるのか? 確かに自分も鬼を屠ってきた立場だが、身勝手だろうと何だろうと自分に対しては不当だと思って何が悪い?


 まだ鬼の協力者や混血への迫害が残る時代。退魔師協会や仁科黎明、そして歴史が物語るヘルメスという悪魔の存在が幾分か風当たりを抑えているが、それでもイズルへの扱いは現状が精一杯なのだ。


 クロエという女性も、無意識下ではイズルを一個の命と見ていないのかもしれない……と思っていたが、


「人間であっても同じことを言ったか? 当たり前でしょ。そんなお役立ちな固有秘術持ってるんだから喜んで死になさいよ、あたしのために!」


 クロエという女は人類全般を軽んじているのかもしれない……


「ってかなに? イズルってば鬼がどうとか気にしてるの? つまんない奴ねー、私だって成れるもんなら成りたいくらいなのに」


「…………いま何と?」


 なれるものなら? 鬼になりたいとでも言ったのか。

 それがどういう意味かも分かっていないくせに。

 イズルが自身の置かれた状況にどれだけ苦悩しているか、知らないくせに。


「だってそうでしょ? まず人間よりも余裕で長生きよ? 体も丈夫だし、睡眠も人間より少なくて済むし、食事はできるし美味しいものは美味しいし。それに鬼って言っても、知性を獲得した中には食人衝動が無い奴のほうが多いのよ? あんただってその類なのに、何が不満なのよ」


「それは…………」


 問題など無い。

 鬼は生物として成り立っている。人間と違うところなど、人間より優れている(・・・・・)ということだけ。

 食人衝動を持つ者もいるが、知性ある鬼ならそれも抑えることは可能で、イズルのように全く無い者もいるらしい。命を落とすと遺体が残らない点も気掛かりだが、それらを差し引いても余りあるメリットだ。


 ……鬼であることの、何が罪だと言うのか?


「……いえ、それでも人間の社会で生き難くなります」


「そうかなぁ、それはこちらが示す価値次第じゃない?」


「確かに……貴女なら、それはもう高い値段が付くことでしょう。私と違って」


 何せ、元は価値が無いと断じられてきた家から生まれた才媛。

 術装の開発という、“聖魔の鍛冶師”にも通じる役どころでもある。

 囲うぶんには無害で、多大な利益を齎す金の卵を産むガチョウなのだ。

 鬼であろうと関係なく、イズルよりはマシな環境を手に入れていただろう。


「いやー照れるなぁ。身なりを整えれば可愛いって良く言われるけどさ」


「そんな所に値段を付けた覚えはありません」


 天才と凡人が会話をすると必然的に凡人がツッコミを担うらしい。

 天才というか天然というか、イズルでは話を噛み合わせるだけでも疲れる相手であった。


「それにさ、元は人間だったからって、別に人間社会に拘る必要もないのよ。自分の好きな所に居て、好きに暮らして、文句言われたら逆ギレしておけば大抵はうまくいくんだから」


「それはとんでもない奴ですね。仮にですが、人間社会から敵と認識されてしまったら? 犯罪者やテロリストにされるのは御免です」


「そんぐらい自分で考えなさいよ! そもそも共存の可能性を探る努力ぐらいして当然なの! 何もせず恨み言抱えて腐っていく前に、少しでも行動してみたのイズルは?」


「っ………」


「あたしなら、日本列島が死の国になるような爆弾を作って政府に脅しを掛けるところから始めるわ」


「共存の努力がテロリストのやり口ですけど……」


「とにかくっ、イズルが思ってるほど世界は簡単じゃないのよ、良くも悪くも! 勝手に自分の人生に見切りをつけると損よ? 鬼でも人の社会に入れるってところを見せてみなさい。そしてあたしのオモチャになりなさい!」


「ついにオモチャまで落ちたか……」


「なによさっきからゴチャゴチャうるさいわね! それであたしのサクリファイスになるの!? ならないの!? それとも報酬が必要? あたしの胸は中くらいよ」


「何を思って胸の話をしたのか知りませんが、報酬の問題では――――」


「いいえ、何事も報酬よ。苦労に見合う報酬があるから人は働くの……イズル、あなたは何が欲しいの?」


「………!」


 急な声音の変化と小首を傾げる仕草に、不覚にもイズルは狼狽する。その変調はクロエの野暮ったい身なりなど気にならないほど愛らしく妖艶で、耳心地の良いものだった。

 ボサボサの髪と瓶底のような眼鏡の内に隠れた本性……今まではイズルを測るためのおふざけ――――


「当ててあげましょうか。男の子(イズル)の欲しいもの……ずばりオッパイを揉みたいのね!」


 イズルのトキメキが死んだ………


 揉みたいかと問われ、キッパリ否定したいのだが……最終的に違うと言い切れない自分の心境が憎い。

 自分はどうかしていた。気の迷いだとしても、こんな女に魅力を感じてしまうなんて、精神よりも目と耳が先に腐っていたらしい。


「しょうがないわねー。そんなに安くないんだけど、あたしとイズルの仲だから特別に舐めるくらいは許してあげても――――」


「ごほんごほんっ!! わ、わかりました、実験には協力します。なのでこの話は二度と持ち出さないでください」


「………?? まーいいわ。協力してくれるってんなら。しばらく此処で暮らすから、手を出したくなったらいつでも言ってよ。心の準備するから」


「待った。ここで暮らす?」


 心の準備よりも凄い覚悟が必要な発言だ。

 真意はどうあれ、見ようによっては同棲である。世間体は極めて悪い。


「そりゃ実験動物は相棒みたいなもんだし、一緒に暮らした方が何かと効率的でしょ?」


 相棒という単語に敬意や尊重は込められていなかった………


「男と女が一緒に暮らす意味を分かっているのですか?」


「結婚するわけじゃあるまいし、大袈裟よ」


「結婚しないから問題とも言えます。嫁入り前の女性が男の部屋に寝泊まりするなんて……しかもこんな薄暗い地下なんかに」


「リフォームの許可は取ってあるわ。壁は明るくして照明もあたしお手製の万能ライトを付けて、部屋の数も拡張して水道からはコーラが出るようにするからね。観念しなさい」


「ソレ問題ノ本質ト違ウ」


「だーもー、うるさいわね! こちとらそんな醜聞なんか気にしてらんないの! いっそのこと淫乱のクソ◯ッチとでと呼ばせときなさい。その方が変な男も寄り付かなくなるから」


「変な男しか寄り付かなくなりますよ?」


「じゃあイズルが責任取ってよ。どうせ無職の引きこもりなんだから、あたしが養ってあげるわ」


「くっ、とんでもない言い掛かりを………はぁ、わかりましたよ。協力すると言ってしまった以上は。ですが、私の置かれた状況はヒモとか自宅警備員なる者とは違うのだと、しっかりと認識していただきます」


「じゃあしっかり仕事しなさい。あたしの相棒は重労働だから覚悟しておくこと。あ、それと報酬の事だけど、黎明さんが用意してくれるから、後で要交渉だって。言うの忘れてた」


「……この怒りを何処に持っていけば」


「うっひゃー! 男と同棲とか初めてー! こりゃ熱心に研究しないとねうぇへへ」


「…………」


 イズルはほんの少し……ほんの少しだけだが、楽しい気分になっている自分に気付く。

 気の迷い迷いかもしれない。息苦しい生活に頭がおかしくなったのかもしれない。しかし紛れもなく、作り笑いではない笑みがイズルの口もとに浮かんでいた。













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