第131話 氷の河と血の池
「ふむ……あまり面白い光景ではありませんね」
戦場を学園から外へと移すも、背後から迫る氷結の世界を一顧だにしない様子の橘花院士緒。
眼前に広がる惨劇が気にかかり、人避けを施した市街地にて足を止めた。
「酷い……」
「うっ、こんな惨状は……」
見たことが無い。風音と海北が嫌悪を示すのも当然の、文字通りの死体の山が築かれていた。
住宅街とビル街を分ける境目に当たる公園。その広い敷地の中央に、これ見よがしに置かれている。
一瞬、公園に踏み入るのを躊躇う光景だ。
「人喰いかよ。こんな時に空気の読めねぇ鬼もいたもんだ」
「…………」
死体は全て喉笛と両手足等の複数箇所の肉を喰いちぎられた状態だ。磯野がぼやいた通り鬼の仕業に間違いない。
そして工藤は、そんな死体の有り様を見て怪訝な表情へと変わる。
「いや、アイツは黒沼が調伏したはず………」
パキパキパキッ
悠長に立ち尽くす暇など無く、一行を氷結の世界が包み込んだ。
移動の速度は遅く、氷剣を掻い潜りながら広い公園に誘導するのは生徒会の面々には骨が折れる作業であった。しかも、梓が周辺を探査しても術者の存在を見つけられていない。
余程の遠距離から操っているのか、梓の『口伝千里』を欺く術があるのか、どちらにしても厄介な相手である。
ただ一人……橘花院士緒だけは落ち着き払っていて、まるで脅威に思っている様子がなかった。
「これほど殺傷力の高い氷結空間を操るのは、かなりの技量が必要です。それだけに遠隔でこれを為すのは現実的ではない」
士緒が踵でカツカツとタップを踏むと、異様なほど音が響いていく。
生徒会メンバーは音が身体を通過する時に、少しの寒気と不思議な安心感を覚えた。
怪物が顔を覗き込んできた後、その巨大な存在感が自分たち守るように立ち塞がった感覚である。
「焔のおかげで私も呪術には明るい方です。なので貴方が近くで息を潜めていることは分かっています。さあ、怯えてください」
士緒が指を二回パチンと鳴らす。
その瞬間、先ほどのタップよりも濃密な音の波が周囲に広がっていった。
「『崩天結界・呪式』」
士緒を中心に天まで届く光の柱が現れ、膨れ上がるようにして公園を呑み込む。
結界が通過した場所からは、氷の世界は悉く消え去っていた。
――――っぁあああーーー!!
直後に、苦痛を叫ぶ男の声が響き渡った。
それほど遠くない、公園の何処かからの声。全員がそちらへと視線を向けた。
「ナ、ナイスショット?」
「いやいや海北ちゃん、思いっきりファーのやつだろ」
『……何をしたの?』
固有秘術でも発見できなかった敵の居場所を突き止め、痛撃を加えて見せたのだ。梓は得意分野で後れを取ったことに悔しさが沸き上がってくる。
嘲笑っているわけではないが、士緒のニコやかさが余計に梓を刺激していた。
「貴女の固有秘術は在るモノを視、視たものを解する能力です。この呪術師は特異ですから、貴女とは相性が悪かったのですよ」
腕を突き出し、拳をぐっと握って勢いよく引く。すると、まるで手品のように何かを掴み取っていた。
グニャグニャと形を変え、暴れ狂うスライム状のモノ。綺麗に透き通る青は、綺麗というよりかは不気味な印象だ。
「呪力の波長を記憶するのに手間取りましたが、それさえ済めば後は周囲から同質の呪力を根こそぎ消し去るだけです。当然、近くにいる呪術師もただでは済みません。陸道家の『月喰』とちがって、神経を引きちぎるような激痛を伴いますしね」
『駿空結界』で引き寄せたスライムは、哀れな呪術師の馴れの果て。己の肉体を捨てて水の属性そのものへと変生した姿だった。
檸梨市で館のシステムと同化した仁科千豊、その在り方に近い。
悍ましさと同時に、目的を達するための執念……怨念をも感じさせる。
『……さっきから何なの? 馬鹿げてる。こんなの結界の範疇で出来ることじゃ………』
「研究者の視点ですけどね、理論上ではあり得なくはない。十人以上が同時に行う処理を、一人で正確にこなす離れ業が必要ですが」
梓と工藤は呪術師よりも、潜在的な脅威である橘花院士緒の能力に興味を抱く。
それぞれが天才と称されるだけに、プライドと好奇心が思考を斜め上に向かわせていた。
『大気中、もしくは土中に浸み込んでいたから気づかなかった? でも違和感くらい……くそ、自分の能力にこんな盲点があったなんて! そもそも、橘花院の結界にも全然効かないし……ああもう欠点多すぎ!!』
「分割思考3つで行けるか? いや、どんなに効率化してもタスク処理が間に合わない! そもそも分割した脳みそで行えるほど簡単な作業じゃねぇ! エラー、処理落ち、フリーズ……悪夢だ!! 誰だっ、理論上は可能とか言った奴は!?」
変なスイッチが入ったのか、思考に没頭し始める二人。いつもの冷静な姿は跡形もなかった。
工藤に至っては分野が違うと言うのに、やたら白熱している。
橘花院士緒に齎された鬼の真実により、論文のテーマ自体が崩壊したようなものだ。無意識のうちに新たなテーマ……顕術の研究を視野に入れているのかもしれない。だとしたら思い切りが良すぎる決断と言えた。
「ねぇあんた。それ、どうするつもり?」
士緒の手にあるスライムを指して風音が問う。
別段、扱いに困るものでもない。殺す、と言える存在か分からないが、このまま捩じ切って消滅させても心は痛まない相手ではある。
だが、ある意味で残酷な利用方法を思いついてしまった。
「今は呪力の使用を押さえつけているので大人しく見えますが、私が手を放せばまた掴みどころの無い存在に戻るでしょうね」
「じゃあ、“社”に預けに行くしかないか」
「……なにを言っているのやら。もっと簡単な解決が可能ではないですか」
スライムを持つ手をスッと差し出し、何でもない事のように言う。
「殺してしまえばいいんですよ、貴女がね」
――――!
退魔師としては、あり得ない選択肢ではない。
顕術を使う人間の犯罪者を相手にすれば、生け捕りとはいかない場合もある。退魔師を志すなら避けては通れない道だ。
「殺害を断固否定するわけじゃないけど、必要もなく人を殺せるほど冷酷にはなりたくないわ。あんたとは違うのよ」
「なら“鬼”はどうです? 呪術師なんかよりよっぽど人らしい相手でも、貴女は容赦なく殺してきたはずです。このスライムは、彼らと何が違うのですか?」
「そ、それは………」
「こんな姿でも人間と思うと気後れしますか? なら、こうしましょう」
士緒はスライムを持つ手を裏返し、落ちないよう通力で留める。
風音を見る目には、悪党らしい酷薄さが浮かんでいた。
「10秒数えたら、彼を放します。あなた方では彼を拘束することは出来ないでしょうけど」
「っ! あんた……!」
「待ってください! そんな事をして何の意味があるんですか!?」
「ああ。そいつを逃がしても、あんたに何の得も無ぇーだろ」
海北は殺害することには反対。磯野も熱量に差があれど、何が何でも殺す必要は無いという姿勢だ。
だが磯野のそれは、何が何でも生かす必要は無いという姿勢でもあった。
「皆さん、人を殺した事は?」
「あるわけ無いでしょ!」
「僕もです!」
「…………」
いつもとは違う空気を磯野から感じた。
そこに、何か触れてはいけない物がある気がして、二人の思考が急速に冷えていく。結果として考える余裕も生まれる。
いよいよとなったら、敵の命を奪うことを躊躇わないと思っていた。実際、そう出来たのかもしれない。
だが、その時になっても今のように殺さない言い訳を考えてしまったら。決断が必要な時に迷ってしまったら。
それが今なのだと、橘花院士緒は残酷にも突き付けている。このやり取りは腹立たしいが、同時に正しい。
「ぬるいライトノベルじゃないんです。手を汚したくないなら、今ここで退魔師を辞めてください」
「っ、随分と卑劣な物言いね……」
「10……9……」
無慈悲なカウントダウンが始まり、言い表せない嫌な感情が風音に芽生える。
それと同時に士緒の思い通りになる悔しさに歯噛みしつつ、風音は刀へと手を掛けた。
「なにも神崎さんが……!」
「私がやる。ここで自分の覚悟を試す」
退魔師の道を諦めるつもりはない。そして今後、退魔師として一流でいられるかを見定めたい。
いざという時に躊躇わず人を殺せるか、口先や頭の中だけの覚悟を現実に見る時だ。
「3……2……」
「一纏めに斬り捨ててやるから」
「……風音、そこまで」
カウントが1に入った時、スライムを下から掬う形で手を添えたのは、先ほどまで『口伝千里』での会話を行っていた梓だった。
会話をしながら近づいて、たった今ここに着いたところである。
「……人を躊躇わず殺せるかが、一流の資質じゃない」
「っ………」
心を読んだかのように風音の考えを言い当てる言葉。
梓は風音の夢を知っている。両親を越える退魔師になって、あのバカな父親を引退させるという夢を。他愛もない会話から出た夢の話であったが、梓は覚えていた。
だから一流を目指す風音の心が分かる。
「……覚悟はいつでもできる。だからそれまでに、敵を殺さずに済むくらい強くなって」
「…………」
梓はいつの間にか、士緒が手放した呪術師をその手に収めていた。
スライム状に留めて、尚且つ拘束し続けるには非常に高度な技術がいるのだが、そこは解析に秀でる固有秘術。どうすればそれが可能なのか、答えを見つけていたのだ。
「……私のやる事は、見習っちゃダメ」
僅かに手の力を強めた次の瞬間にはスライムが硬質化し、そのまま梓によって砕かれた。
呪術師の姿形はどうあれ、紛れもなく殺したのだ。
そこにどんな感情があったのか、表情からは窺えない。ただ必要な作業として、処理したと言わんばかりである。
「……橘花院、この最低のクソ野郎」
「よく言われます」
「…………」
梓の右フックが、士緒の横顔に凄まじいスピードで吸い込まれた。
しかし、大けが必至の鉄拳は結界によって阻まれ、逆に梓の方が血を流している。それでも怒りの眼光は一切、衰えていない。
「気は済みました?」
「……もう一発」
バキッ
世にも恐ろしい音は士緒の脚から発せられた。
梓が放ったローキックが結界を突破して脚を打ったのだ。予想外の激痛に片膝を突いた士緒に驚いた表情が浮かぶ。
『口伝千里』を防ぐための結界を纏っていたため、今まで梓の優位を完全に消してきた。
だが、結界も無敵ではない。遅々としていたが、顕術の解析は進んでいたのだ。顔を殴った時に、それを破るコツを掴んだのである。
「……敵だろうと人の命をオモチャにするなら、今度は頭を砕く」
「ふむ、覚えておきましょう」
身長の低い梓を見上げるのは色んな意味で新鮮な体験となった。
梓は静かに憤りながらスタスタと歩き去る。積み上げられた死体の方へと向かい、『口伝千里』で犯人を捜し始めた。
風音は怒りとも悔しさともつかない複雑な面持ちで士緒を一瞥し、ふんっと顔を背けて離れていく。どこへ行くわけでもないが、とにかく士緒から距離を置いた。
「……橘さん?」
「!」
唐突に海北からその名を呼ばれ、数年前の記憶が蘇る。通りがかりで人助けの真似事をしていた、かつての記憶が。
自分の恥ずかしい過去を知られたようで、どうにも居心地が悪い。橘と名乗った事はそんなに多くはないはずだが、いつ何処で海北と関わったのかはよく思い出せなかった。
「どこかで会ってましたか?」
「ええ。何年も前の話ですから確証は無かったですけど、さっきの不器用な優しさをみて確信しました。昔、僕を助けてくれた橘さんだって」
「はて、優しいところなんかお見せしましたっけ?」
「あなたはどっちに転んでも良かったんです。神崎さんが敵を斬れば非情さと経験が手に入る。斬らなければ退魔師という危険な仕事から身を引くかもしれない。どちらにしても神崎さんの助けになると、あなたは思ったんです」
「ああ、俺にもそう見えたな」
工藤までもが士緒の隣で身体が痒くなりそうな事を言い出した。
脚の骨が砕けていなければ、すぐにでも立ち去っていただろう。残念ながらすぐには動けず、その場に腰を下ろして聞くしかなかった。
「何で悪党のフリをするんだ? 女どもも薄々は感づいてるぞ」
「まったく……仁科黎明といい、どいつもこいつも。ええと? 何で悪党のフリをするのか、ですか? 最近は偽悪的なキャラの方がモテると聞いたので、とかそんな感じで」
「またそうやって……」
「なんちゃって悪党め」
「……なぜ誰も信じないのか本当に不思議ですよ」
脚よもっと早く治れ。
普通なら全治何か月の大怪我も、士緒が治そうと思えば数分で治せる。そんな特別な身体だが、今ばかりは遅すぎて文句を言いたいところだった。
「ですがそこまで言うのなら、見てないで治癒の顕術を掛けてくれても良いのでは?」
「イヤですよ。梓さんに怒られるじゃないですか」
「最近は神崎がキレやすいしな」
期待はしていなかったが、断る理由が物悲しい。
別に男性陣が情けないのではなく、生徒会では女性が強すぎるだけだ。
「……磯野、どうかした? さっきから変だよ」
こういう時には良い意味で馬鹿な事を言ってくれる磯野だが、先ほどから黙ったままだ。
沈んでいるのとも違う。何かを警戒するような、嫌いな相手が傍に居るような、いつになくピリピリした雰囲気を漂わせている。
視線を辿ると、梓が立つ場所……積み上げられた死体の山を見ていた。
「なあ、あれって呪術的に意味のあるモノか?」
「死体の山が、ですか? 私も専門家ではありませんが、あれは呪術とは無関係でしょう。そもそもアレは――――」
「………ぐぶっ」
気づくと、梓が血を吐いて倒れるところだった。
胴体から背中に抜ける細い刺し傷が複数。触手のようにうねる赤々とした血液の針……それが死体の山から飛び出していたのだ。
誰もが不意を突かれ、近くに居た梓が襲撃された形である。
速さで群を抜く風音と瞬発力で優れる磯野、それに遅れて工藤と海北。
止めを刺さんと向かってくる針の群れを防ごうと士緒以外の全員が梓へと駆けるが、間に合わない。
唯一、脚を負傷していた筈の士緒だけが、梓の前に躍り出ていた。
「えっ」
「速っ!?」
「どうやって」
「凄い……」
迫る脅威に一瞥だけくれて、梓を腕に抱いて容態を見る。そのまま後ろを振り向かず、最も早く到達した針に指先を当てた。
「『崩天之一』」
針の先端から、バチッと電流のような現象が迸る。
そして、次の瞬間には全ての針が停止していた。否、それだけでは留まらず、
「うおおっ、危ねえっ!?」
死体の山から男が転がり出て来た直後、赤い凶器の群れは一斉に溝色へと変わり、びちゃびちゃと腐り落ちていった。
先ほど呪術師に使ってみせた技に似ている気もするが、根本から異質で理解の及ばない技に見える。敵が目の前にいる状況でなければ、工藤などは穴を空ける勢いで観察したことだろう。
しかし今は、姿を現した男を全員で取り囲み、海北の『柔・光剣』にて素早く縛り上げた。
士緒はそんな光景を横目に、梓を横にして容態を確認する。
「流石は生徒会ですね、素晴らしい対応だ……貴女もお見事ですよ梓さん。咄嗟に急所を外しましたか」
「ごほっ、ごほ………名前……気安い」
「『三王山さん』って呼び難いので。アズサの方が呼びやすくて綺麗な名前ですし、ね」
「ぶっと……ばす……」
「まぁまぁ、お互い怪我人ですし仲良くしましょう」
「……もう一本、折っとくんだった。げほっ」
急所は外れていても決して軽傷とは言えない。
『治癒光』や『光羽』の上位顕術……『光輪治癒』を使い、傷だけは無理矢理に回復させている。体力を回復させられない以外は治癒の究極系とも言える技だ。
本来、回復を専門で極めていなければ使い手に命の危険があるのだが、士緒は力技でそれを行使していた。端から見れば目を疑うデタラメっぷりでしかない。
(……異常すぎる。こいつ、いったい何者?)
折れた脚も未だ治ってはいない筈。様子からして痛みを感じないわけでもない。
一瞬での移動は転移とやらで可能としても、ニコニコと痛みを堪える胆力に梓は舌を巻いた。
「……黒沼」
生徒会が拘束した男のもとへ向かう士緒の背を見て、何故かその名を呟いていた。
人を食ったような掴みどころのない感じは似ている。だが、全くの別人………その筈なのに。
梓はその背から目が離せなかった。
★
「さて……下手人の顔を拝みに来てみたら、何やら覚えのある顔ですね」
「ああ? 俺はお前なんか知らねーけど?」
それはそうだろう。会ったのは公浩の姿で、半年前に一度だけ。
しかも人喰いの鬼として調伏した相手をよくも覚えているものだと、士緒は自分を褒めたい思いだ。
「“吸血貴族”の下っ端ではないですか。貴方は確か、四宮鶫と黒沼公浩に調伏されたと思いましたが」
「イヤなこと思い出させんなよ。こちとら暫くぶりにメシにありつけて上機嫌だってのに」
人間の死体を惨たらしく積み上げておいて食事とぬかす男の名前は日下部祐一郎。
公浩が風紀委員会に入ってすぐの頃。“遠き赤”が久良名に送り込んだ“鬼”だ。
間違いなく消滅は確認した。しかし梢が盗み聞いたウィットーリオと空丸の会話によると、血液のストックだかで復活するという。
その手のインチキは同じ輩を知っているため驚かないが、実際に生き返られると鬱陶しくて嫌になる。
「ねぇ、こいつなら喜んで殺せる気がするんだけど」
「いいや、僕にやらせてよ」
海北が『柔・光剣』をギリギリと締め付ける。
普通の人間なら内臓が飛び出す強さだ。
「っててて! おいおい、俺が何をしたって?」
「何だと貴様……食人行為、そして俺らの仲間も殺そうとした」
「いやいやいや、俺の『血針魔殺』は呪術師だけを自動で襲うようにプログラムしてあるから、あのお嬢ちゃんに反応したのは不幸な事故なわけ。あ、わかった! さっきのゲル呪術師を砕いた時の残滓に反応したんだよきっと」
「はあ? そんな言い訳が通ると思ってるの?」
グサッ グサッ
「このまま吊るして矢を射かけようよ」
ぎゅ~~~っ
「鬼を生かしたまま苦しめる方法があるんだが」
ポタッ……ジュゥ~~
「痛て! ぐえっ! 熱ぢゃあ!?」
風音が刺して、海北が絞めて、工藤が謎の薬品を垂らす。
なにやら面白い光景ではあるが、一応は冷静な立場でいた磯野が公正に事態を収めようと試みる。
「本当じゃねーかな? だってほら、あの死体」
指し示す先には死体の山。よく見ないと分からないが、全ての死体には一般的でない特徴が見受けられる。
それぞれが何かしらの武器を携帯しているのだ。鬼との戦いでは頼りない物ではあるが、大なり小なりの刃物を全員が持っていて、いくつかが同じデザインであれば自ずと推測が立つ。
「ええ、武器以外にも一見して判別できない呪物や呪符の類も見られますね。彼が呪術師を標的にしていた状況証拠にはなるでしょう」
「橘花院……あんた最初から、被害者が呪術師だと分かってたのか」
「で、でも、だからって……人を食べるのよ!? 見逃せないわ!」
「そうですよ! 殺されたのが何者であれ、人喰いというだけで調伏の理由には十分です」
「分かっています。何も許せとは言ってません。ただ、ここで彼を調伏したところで意味はない……むしろ逃げられるだけで終わると言っているのです」
士緒は日下部の能力、半年前の調伏、そして復活した事実を説明した。
今、首を刎ねても士緒が言った通りになると理解し、まさに害虫へと向ける目で日下部を見下ろしている。
「は! 残念でしたガキ供! もっと頑張りましょー、ぶははは!!」
グサッ グサッ
ぎゅう~~~っ
ポタポタポタポタッ
「ぎゃあああーーー!?」
「……こほん。よろしいですか? 貴方が呪術師を狙う理由を教えてください」
「ぎゃあああーーー!?」
「……少し静かにしてくれます?」
日下部を結界で囲み、拷問から一時避難させる。
海北による拘束も解け、苦痛のせいで引きつった笑いを上げてのたうっていた。
「ひひっ、ひぃ! 痛ってぇー……ガキのくせに容赦ねー」
「質問に答えなければ、もっと苦しませます。私が彼らより容赦が無い事はお分かりでしょう?」
「ひ~~、拷問はもう勘弁だぜ。呪術師を狙う理由? そんなもん、俺の趣味だよ」
「趣味?」
「ああ、呪力を帯びた人間ってのはさ、うめぇんだなこれが。もうそれ以外の人間なんか喰う気しないくらい」
「もしや、以前この街で襲ったのも?」
「呪術師に決まってんだろ。呆れたねぇ、そんな事にも気づいてなかったのかよ」
黒沼公浩と四宮鶫が日下部祐一郎という“鬼”を調伏する切っ掛けになった人喰い。道でたまたま呪術師を見かけたから襲い、それが仇となった、と。
しかし、たとえ呪力が美味かろうが復活がお手軽だろうが、そんなリスクを負う価値がある行動とも思えない。呪術師を襲うことには、もっと別の意味があるのではと思える。
「…………」
「なんだよ、じろじろ見んじゃねーよ」
士緒がほんの僅か考え込む素振りを見せたかと思うと、フッと結界が消えた。
突然の事に全員が呆気に取られる。最初に反応した磯野がトンファーを構えるも、一手早く日下部が動いていた。
「おおっと、動くなよ?」
『血針魔殺』が様々な武器に形を変え、生徒会を取り囲む。
剣、槍、斧と多様な凶刃に牽制され、誰も身動きが取れない。一声でも発すれば襲い掛かってくる緊張感が場を満たした。
「物騒ですね……それより逃げても構わないのですよ? ただし二度と、あのような悪趣味な罠は仕掛けないこと」
一人だけ涼しい顔で立つ士緒が死体の山を指す。
呪術師への脅しにもなるし不意を突くための目くらましにもなるが、控えめに言っても気分が悪い。
日下部は怪訝そうに士緒を見つめ、しかし了解の意を示した。
「ああ分かった。あっちの嬢ちゃんによろしくな。それと黒沼公浩と四宮鶫にも、借りは返すと伝えといてくれ」
「ええ、お達者で」
士緒は適当に返事だけして、さっさと送り出す。
まだ半信半疑で納得いかない様子の日下部だが、警戒しつつ素早く姿を消した。
完全に気配を感じなくなった辺りで『血針魔殺』が一斉に液体へと戻り、生徒会メンバーも解放される。
正に血の雨が降りかかるが、士緒が最低限の配慮として結界を張っているため汚れはしない。それにそんな配慮も、怒れる風音を静めるには全く役立たなかった。
「ほんの少しでも、あなたを信用しかけた私が馬鹿だったわ」
「おや、それは惜しいことをしました」
「茶化すなよ。あいつ、また人を襲うんじゃねーの?」
「ええ、呪術師をね」
磯野の懸念も、興味なさそうに軽くいなす。
風音と、磯野ですら珍しく怒りの表情を向けていた。
「それに“吸血貴族”が関わっているなら、彼は泳がせたほうが賢明でしょう。見張りも付けましたし、運が良ければ“吸血貴族”の情報か、呪術師の潜伏先とか分かるかもしれませんし」
「見張り!? あんたいつの間にそんな………」
「逃がした瞬間……というより最初からですね。お気づきでないかも知れませんが、ここに来るまでも私の手勢が付いていたのですよ?」
「っ!? 私、役立たず………?」
「そ、そんなことないですって! この変態野郎が卑劣なだけで、梓さんは悪くないですからね!?」
「ははは! そんな褒めなくても」
「死にさらせ!!」
梓はかなり本気に落ち込み、風音はかなり本気に斬り掛かる。
そのどちらも士緒は華麗に回避して見せた。
ただし、磯野からの怒気とも殺気とも取れない気配だけは躱せず、向き合わざるを得なくなった。
「見張りを付けたかどうか知らねーけど、あんたのやり方は嫌いだね、俺は」
「何か勘違いしているようですね。私はあなた方の引率でもなければ友人でもない。目障りな敵が一致しただけで、本当なら手を貸す義理もないのです。つまり好いてもらわなくて結構」
「……あんたにはあんたの思惑があるんだろうが、こんなやり方を俺の前で続けるなら、必ず後悔するぞ」
「おやおや、ほざきますね」
……どうにも様子がおかしい。
いつもはもっと能天気で馬鹿っぽく振舞っている磯野の異常を全員が感じ取った。
人が変わったように攻撃的な言動が目立つ。対する士緒も、おかしいと思いつつ強くなる磯野の気配に不吉さを覚える。
やはり磯野には只ならぬ秘密があるという事か。
このままハチの巣を突いて磯野の秘密を暴いても良いが、この場でのそれは、何やら嫌な予感がした。
「ふむ、何にしても少々手遅れですね。とりあえず日下部氏が呪術師を襲える可能性は限りなく低いと断言します」
「……どういうことよ」
ただでさえ不穏な空気が漂うのに、さらに不安になるような士緒の発言。風音の声に緊張が見られた。
「すでに呪術師を排除するよう命じてしまいましたから。銀箭羽々矢とか、そのレベルの敵でなければ戦いにもならない戦力ですので、多分………」
日の出前には全滅でしょう
天気でも言い当てるくらいの気軽さで述べた言葉が嘘やハッタリでないと分かってしまう。
風音の額に冷たい汗が一条流れた。




