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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
100/148

第100話 泥の街 十二日目―2

 

『レイ、リサからだ。対象の封じこめに成功した。これで半日は動けないだろう』


 小麦色の肌で長身、落ち着いた雰囲気のイグナシオから報告を受け、黎明は背中を預けていた仁科邸の塀から身を離す。

 すぐ隣を見れば、そこには粉砕された塀の瓦礫と、その中で腹部に穴を開けた状態で意識を失い、身体の半分を埋もれさせた来栖城一の姿があった。


『この男はどうする?』


『放っとけ。そう簡単には死なんだろ』


 改造したデザインの旧日本帝国軍服……その肩口から半身を覆う黒いマントを翻しながら、黎明は瀕死の来栖城一には目もくれずに瓦礫を乗り越え、ずかずかと敷地内へと侵入していく。

 イグナシオもそれに続き、仁科亮に従わされた挙げ句、倒れ伏している退魔師たちを尻目に、無駄に金の掛かっている庭を進んだ。


『イグナシオ……メリザンドを信じるか?』


『ふん、俺は誰も信じない。お前も含めて全員を疑うのが俺の仕事だからな』


『だったら、ここを離れた方がいいぞ? 全く新しい“神託(オラクル)”の実用試験だ。万が一にも失敗したら………何が起きるかも分からん』


『いや、奴の技術者としての腕は疑う余地は無い。俺は誰かが裏切らないよう目を光らせるだけだ』


『もしも今、メリザンドに裏切られたら………俺たち終わりだな』


『何を今さら………信用など、何処かで妥協しなければ切りが無い。尤も、メリザンドが裏切る確率は低いと踏んでいる。ベットする気が無いならゲームを降りるか、裏切らない事を祈って飛び降りる(スカイダイビング)かだ』


『祈る神でも紹介してくれるのか?』


『お前に殺されると分かってて紹介する神などいるものか。以前の“死神(グリムリーパー)”や“死神(ハロス)”のような輩ならともかく、信奉する神を殺されたら堪らない』


 黎明と出会った頃は笑い方も知らない男だったが、今では冗談を言って黎明と笑みを交わせる程になっていた。

 辛辣な物言いをしていても、黎明と仲間たちには信を置いている。


 元は国外で活動する黎明に付けられた監視役で、“大聖堂(カテドラル)”に所属する数少ない対退魔師のスキルを持つ“聖堂騎士(パラディン)”だった。現在は“大聖堂”を離れ、退治屋として黎明に雇われている形だ。

 “聖堂騎士”の時の名残で疑り深い性格を隠そうともしないが、黎明と付き合うようになってからは、良い友人関係を築けている。


『では……俺らが神とやらに殺されないための備えを使うとするか』


 半壊した噴水に差し掛かった所で黎明が取り出したのは、かねてより“賢しき金細工師(ワイズ・ゴールドスミス)”に依頼を出し、先日に試作品として受け取った“神託(オラクル)”。ソフトボール程の大きさで、網目状の凹凸のある鉱石のような質感の球体だ。


「『救世主(アレクサンドラ)』起動」


 “神託”の起動ワードを唱えると、球体が黎明の手を離れ浮き上がる。


「解除コード、『灰より出でし者(アナスタシア)』。範囲指定、『最小限(ウォルコット)』」


 メリザンドへの注文品は何故こうもややこしいロックが掛かっているのか。

 言葉一つで誰でも起動できる“神託(オラクル)”だと考えれば、安全装置の一種だと納得もできるが………それにしてもメリザンドのセンスは日本人寄りではないかと、黎明には感じられた。

 厨二病スレスレの感性を持っている黎明からしてもそう感じるのだから確かだろう。

 だからと言うべきか、変な所で日本文化に詳しい事が災いし、ささやかだが不幸な誤解―――艦内で黎明×イグナシオが流行るというテロ―――も生まれた程。他の仲間に比べて付き合いの浅いメリザンドとの信頼の構築は今後も優先するべきだと痛感した出来事だ。


 そして今、黎明の手から空へと飛んで行った球体型の“神託”こそ、信頼の第一歩。

 屋敷のちょうど真上辺り……悪意を煮詰めたような汚泥の空にて、“神託”は起動した。


「見せてみろよ“賢しき金細工師(ワイズ・ゴールドスミス)”。かつての“聖魔の鍛冶師(ケイオス・ブラックスミス)”……ヘルメスに匹敵する職人の腕を」



            ★



「どわああああーーーっっ!!!」


 シスター・ルカと、彼女の“神託”で繭のような物に包まれている神崎風音。その二人を脇に抱え、絶叫を上げながら館内を走り回るのは久我山竜胆(りんどう)だ。

 そして竜胆たちの背後から迫っているのは屋敷の防衛機構。巨人でも通るのかと思う程に広い空間と綺羅びやかさを湛える、さながら中世の王城のような通路……そこを埋め尽くす鰐にも似た巨大な顎門(あぎと)が、猛スピードで竜胆を追って来ていた。

 まさに一瞬でも足を止めれば丸呑みにされたうえ、口腔内に発生している異様な力場によってズタズタになる事は容易に想像できる。

 実際、竜胆を今一歩の所で呑み損ねた時など、怒り狂ったように天井を破壊して、瓦礫をバリボリと咀嚼していたのだから。あの口の中に捕らえられれば、竜胆たちではひとたまりも無い。


「申し訳っ、ありませっ、ん竜胆様っ! 私が油断したせいっ、でにゅっ!!? 舌噛みました(ひたかみまひた)~」


「油断とか以前の問題じゃね!? 突然腹が鳴ったと思ったら何処からか食い物を調達してくるとか! 挙げ句落としたリンゴが罠を起動とか!?」


「み、道すがら置いてあった果物の籠を持ってきただけです。こんな事になるなんて……」


「それがシスターのやることかよ!? お陰で『大部屋』の迷宮に閉じ込められたっての!!」


 いくつもの『大部屋』の術式を繋ぎ合わせ、複雑に絡ませて造られている空間。

 はっきり言って脱出の方法など見当も付かない。おまけに後ろのバケモノはこちらを諦めるつもりは無さそうで、竜胆たちを喰らうか見失うかするまで追い続けるだろう。

 あるいはこちらから反撃して倒す事も考えたが、間の悪いことに竜胆の手持ちの装備、顕術では難しそうだ。自慢ではないが、竜胆自身の火力はそこそこで、とてもあのバケモノを倒し切れるものではない。

 シスター・ルカも戦闘向きの“神託”ではなく、かなり厳しい状況である。

 進退窮まる……いや、爆走する通路だけは限りなく存在しているため、足掻く余地は残っていた。


(どうしようもない事には変わんないけどな。せめてシスターと神崎風音だけでも逃がせらんないか――――)


 くきゅるるぅ~~………


「………いえ、違うのです。今のは腹の虫がおさまらないと言う、一種の憤りを表現していて………」


「あんたこの場に捨ててってやろうか」


「うぅ……重ね重ね、スミマセン」


「ったく……悪いと思うなら、どうやって逃げるかあんたも何か考えてくれよ」


 通路の床から天井までの空間を余すこと無く顎門に収め、時折ガブガブと噛み合わせるバケモノの勢いは緩まない。激しさこそ増していないが、このままではじり貧だ。袋の鼠とも言う。

 だが、戦闘のプロでもないシスターから起死回生の打開策が出るはずもなし。

 竜胆一人なら逃げだす事も出来ただろうが、治療のエキスパートを同行させた方が良いと言う公浩の意見は正論だった。神崎風音が重傷を負っている可能性を考えれば、治療用の“神託”を持つシスターを連れて来る判断は正しかったろう。

 判断の上では正しい……が、“社”で支部長の補佐をしている時はあれほど優秀だったのに、現場ではまさかのポンコツ。走って息を切らしていなければ盛大に溜め息を吐いていた所だ。


 率直に、なかなかに絶望的な状況である。


「外への救援要請はしてあるのですが……この館内では期待出来ないでしょう。この建物内でなら通信の一切に干渉できるのですからびゅっっ!? ちょっと(ひょっと)! あんっまり激しくしりゃいで!! ひゃあんっ!?」


「文句言わない! 余裕ねえんだから!」


 鰐のバケモノがその巨大な顎門を伸ばし、竜胆がそれを躱すために加速する。広いとは言っても、この場所ではあの大口を躱すだけでもコツがいるのだ。動きが激しくなるくらい勘弁してほしい。


「こうなりゃ一か八か」


 体力も無限ではない。まだ残っているうちに特攻を仕掛ける。

 運が良ければ刺し違える事が出来るだろう。

 最低でもシスター・ルカの寿命を数分は延ばしてやりたいところだが………


「せいぜい腹ん中で激しくしてやんよ。シスター! 舌噛まないようにしな」


「へ? 竜胆さ――――!?」


 脇に抱えていたシスターと包帯の繭を力一杯、前方へとぶん投げた。

 その時の竜胆の笑顔は、“社”でも何度か目にした事がある。精一杯に強がっている顔……本当は自分だって怖いのに、誰かが不安で揺らいでいるのが我慢できない顔だ。


 本当に愚かだと思う。これだから男という生き物は


 身を挺して女を助けるのは格好良いのかもしれないが、自分に言わせれば不愉快なエゴでしかない。

 床に身体を打ち付ける寸前に見た竜胆の背中がこれ以上なく誇らしげであったのが、また腹立たしかった。


 竜胆は両手に『光剣』を顕し、大口のさらに奥……鰐のバケモノが咀嚼するための空間を見詰める。何が何でも道連れとしてやるという気概を込めて。

 そして遂に、バケモノの顎門が竜胆に掛けられた――――


「どわっ!?」


 突如、横合いからの衝撃が竜胆を襲う。

 竜胆はふらつき、激突してきた何かと共に通路へと倒れ込んだ。


「ど、どうも」


「よ、よお?」


 それはあまりにも気まずい数秒。

 竜胆を押し倒しているのは、どういう訳かシスター・ルカだった。点になっている竜胆の目と、シスターの茶色の瞳ががっつりと交わり、ベールの取れた後の亜麻色の髪から漂うふんわり良い香りに思わずクラッとしてしまう。


 その後ろには、シスター・ルカと繭に包まれた神崎風音を回収して竜胆に投げつけた後、鰐のバケモノを二本の木刀で大きく斬りつける“規格外(オーバーフレーム)”こと、犬塚戌孝がいるのだが………文字通り眼中には無い。


 ズバンッ!!


 強化された戌孝の斬撃により屋敷の防衛機構が縦に裂け、ただただ真っ暗だった鰐のバケモノの口腔には通路の奥まで見通せる程の大穴が空いている。

 完全に破壊されて動きを停止させた防衛機構は、通路の両端で泥のごとくグズグズに崩れていった。


「「……………」」


 窮地であったことも忘れ、さらには窮地が去ったことにも気付かず見詰め合ったままの二人をスルーし、戌孝は手近な壁へと向かう。


 ドガァッ!


 適当な壁に木刀を突き立て、そこに人が通れるだけの穴を空ける。崩れた壁の先には別の通路があり、今いる場所よりも狭い造りの―――それでも豪邸と呼ぶに相応しい広さの―――普通の通路だ。


 戌孝はこの数日、公浩からの助言で固有秘術をだいぶ使いこなせるようになり、結界で補強されている『大部屋』の術式も壊せる程になっていた。

 ここに駆けつけられたのも、固有秘術で感覚を鋭敏にして屋敷の中を探っていた時、シスター・ルカが外へ向けて送っていた『通信符』と“神託”による信号を偶然にもキャッチしたからである。


 偶然、屋敷の防衛機構だか装置(ワナ)だかのせいで公浩とはぐれてしまい辺りを慎重に探っていなかったら、二人を助けられなかっただろう。不幸中の幸いというやつだ。


 そんな幸運な二人に、戌孝は崩れた壁を木刀でコンコンと叩いて、ここを通るようにと促す。


「……俺ら生きてんの?」


「さあ、どうでしょう………」


「もし生きてるんならさ……今度メシでも食いに行かない?」


「さあ、どうでしょう………」


 カンッカンッ!


「「!!」」


 苛だった戌孝が壁を叩いて大きく音を立てる。

 それを聞いて飛び起きた二人は気まずそうに顔を逸らし、すぐに状況を理解すると、そそくさと向こう側の通路へと出ていった。


「なぁシスター……俺らいい大人だし――――」


「ええ。いい大人ですし、忘れましょう」


「そうじゃなくてさ……大人の付き合いってやつがあっても、いいんじゃね?」


「修道女を口説くつもりですか? いやらしい……」


「だからさ、もっと深く知り合いたいと言うか………やらしい事とか考えてるわけじゃなくて――――」


 ドゴォオッ!


 見ると、出た先の通路で、外側の壁を破壊した“規格外”がいた。

 ヤクザ蹴りで空けた穴の向こうは外のようだ。今度は二人を急かす事もなく、無言のまま一人で外へ出て行ってしまったが。

 その姿からは、とても付き合ってられないという空気がありありと伝わってきた。


「俺らも出るか。話の続きはメシを食いながらでも」


「穢らわしいです、破廉恥です。ちょっといいかも、なんて思ってませんから、断じて」


 結局その日、竜胆の手料理が自分より美味い事を思い知らされて傷ついた修道女が一人いたそうな。



           ★



 何故だ――――



 何故、どいつもこいつも寄って集って私の平穏を邪魔するのか


 亮は良い道化だった。我が愛すべき傀儡。

 “白面金毛”も、こちらに利益がある内は気にしなくて良いだろう。

 退魔師協会は、今となっては目障りでしかないが、向こうが噛み付いてこないのなら無視してやっても良い。


 だが橘花院士緒………あれが現れてからは最悪だ。鬱陶しい、不愉快極まる。

 ましてや“真ノ悪”など、紛れもなく不倶戴天の敵。

 なぜ私が、あんな連中に怯えて身を隠していなければならないのか?

 私が何をした? 橘花院の隠れ里を焼いた事か?

 ばかな。あんなくだらない事に、私は端から興味が無かった。やるなら勝手にしろと他の“相談役”どもに言っただけだ。橘花院が恨みに思うなら、自分以外の“相談役”だけで十分だろうに。


 もう何かに怯えて暮らすのはうんざりだった。だからこの屋敷を造り上げたのだ。


 だと言うのに……誰とも関わらないで済むよう、ここに潜ったと言うのに………


 亮は不要に敵を増やし、あまつさえ私の城に招き寄せた。

 “白面金毛”は私ではなく亮と通じ、結界内で混乱を生むように操った。

 その挙げ句、“社”とも正面から敵対する愚行。


 面倒な事だ。“社”も今はまだ小規模な戦力で様子を見ているのだろうが、上級の退魔師と祓魔師とおぼしき女を、こそこそと潜入させてきたのだから。いずれもっと大規模な戦力を差し向けて来るに違いない。


 連中の目当ては………女が一人? あれは確か、亮が拐ってきた神崎紫瞬の娘とやらか。


 この屋敷で私の思い通りにならない事は無い。

 ここは私の腹の中(・・・)だ。うろちょろと鬱陶しく動かれても落ち着かない。

 奴らの進行方向には即死に至る罠をばらまいて置いたのだが、間抜けな祓魔師の女が手前の罠を起動させて『大部屋』の迷宮に入るのは予想外だった。

 もっとも、そこにも同じく致死性の罠を配置してある。死ぬのは時間の問題だろう。


 ………と思えば、“規格外(オーバーフレーム)”とか言う孺子(こぞう)が助けに入るとは。

 孺子の方にも屋敷の守りを何割か裂いたはずだが、黒沼なる孺子と分断するだけで終わってしまった。


 おまけに、どのような手を使ったのか、その黒沼とやらは私の監視を逃れて姿を眩ましている。

 私の監視は屋外には最小限しか及ばない。恐らく外へ出たのだろうとはおもうが………


 ……まあいい。

 先にもう一つの虫を潰しておこうか。


 退魔師の男、祓魔師の女、そして“規格外”。外に逃げられる前に、大量の式神を向かわせて押し潰す。あるいは、壁や床を高温にして焼き殺すか……ひと思いに、全方向の壁から槍を突き立ててしまっても――――


「いいえ、彼らは見逃してもらいましょうか」



 ………………



 そこは窓一つ無い、謂わば管制室のような場所。

 ただしオペレーターが座るような席や端末の類は無く、あるのは全方位に映し出されている館内の映像と、広々とした部屋の中央に置かれた台座、そしてそこに安置された鈍く光る筒だけ。


 部屋は映像による光で照らされていてもなお薄暗く、中央の円筒の中では複雑にいり組んだ術式が不規則に流動し、脈動するかのように小さく発光を繰り返している。



 そして、この仁科邸の心臓であり頭脳でもある、円筒の形をしたそれに『光剣』を突き付けているのは……黒沼公浩だった。



「ふむ、久我山さんたちは外へ出ましたね。はい、素直に聞いてくださって、ありがとうございました」


 ………………


「だんまりですか………はっきり申しまして、会話も出来ないガラクタに用はありません」


 公浩が円筒を両断しようと『光剣』を振り上げた。



『どうやってこの場所へ入った?』



『光剣』が振り下ろされる寸前、何処からか声が響いた。

 感じからして肉声ではない。意識して声の主を探せば、それは今まさに公浩が破壊しようとしていた円筒から聴こえたのだと分かる。

 尤も、それを破壊しようとした時点で、意識するまでもなくその術式(・・)が発した声であると察していたのだが。


 その円筒の中を蠢く術式こそが声の主……仁科千豊その人だと。


「完全に隔離されて出入り口の無いこの部屋に、ですか? そこはそれ、ちょっとした裏技がありましてね。どうしてもと仰るのなら、教えても構いませんが………」


『私をどうするつもりだ?』


「……やれやれ、会話すら楽しめないとは情緒の無い。人間の肉体を捨て、こんな場所で苔のようにへばり付きながら生きていると、そうなってしまうのでしょうかね。この様を生きていると言えるなら、ですが」


『黒沼公浩。貴様の目的は何だ、何を望む、何を求めてここに来た?』


「ふっ……ついにバグでも起こしましたか? 質問が重複してますよ」


『貴様は何者だ。何者だ。何者だ。何者――――』


「ああ、五月蝿い………貴方はたった一つだけ理解しておけば、それで充分です。貴方の醜悪極まる紛い物の命は、()の掌の上にあるのだと」


 公浩は『光剣』の腹で仁科千豊……台座に乗った円筒をペチペチと叩いて見せる。

 その顔には嬉々として他者の心臓を鷲掴みにする、狂おしいまでの愉悦が浮かんでいた。


 それは楽しい愉しい狂喜の時間。

 橘花院士緒が手にした、久方ぶりのご褒美の時間なのだ。


「まず、館内の通信を阻害している機能を全てカットしてください」


『……………』


「聞き分けのない無機物は嫌いなんですけど」


 ピシッ


 城塞という表現が可愛く思える仁科邸において、仁科千豊の分身とも呼べるこの術式は、謂わば城そのもの。

 壊せば何が起こるか見当もつかないそれを、躊躇なく傷付けた。脅しにしては危うい行為だ。

 黒沼公浩……この男は狂人なのではないか。そんな考えが過り、久しく忘れていた感情が泡立つように浮上する。


 怖気(おぞけ)が走る……皮膚も無いのに嫌な汗をかく感覚。もやは記憶の底にしか存在しない筈の感情だった。


「………ふむ、結構結構。屋敷の外との通信が可能になりましたね。いい子いい子してあげましょう」


 通信符を片手に、仁科千豊の術式に『光剣』を撫でるように這わせる。

 ここまで悪役が板に付いた所作を平然とやってのける少年。

 学生服に身を包み、童顔であどけない造りの顔をしていようと関係ない。この男は真の意味で、少年の皮を被った悪魔であった。


「次に、仁科亮の居る区域、個室に居るならそこだけで良いので……そこを封鎖してください。通力の供給をカットし、最低限の生命維持を残して隔離」


『……………』


 仁科千豊は言われるまま、未だに気絶して縛られた状態のまま転がっている仁科亮を、座敷牢ごと『大部屋』から切り離した。

 その様子を、公浩にも伝わるよう室内のモニターに映しながら。


「偉い偉い、その調子ですよ。あと幾つかの質問で最後にしますので、気持ちよぉーく答えていただけると………嬉しいのですが」


『……………』


「答える際は慎重にすることです。“白面金毛”と………それから“真ノ悪”について知っている事を全て、お答えいただきます」


『――――――』


 仁科千豊の沈黙に、目には見えない緊張が重く乗せられていた。

 先までの、黙って従っていれば良い内容とは意味が大きく異なる。質問に対して一瞬でも沈黙が発生するということは、従う事に躊躇いが生じる内容だということ。


 答えない訳にはいかないが、答えるのもまた怖い。肉体を捨て、この様な姿に成り下がろうとも、どちらも地獄だと分かっている道を進みたくはないのだ。


『貴様は――――っ!』


 ピシィッ


 公浩が術式の収まっている透明な筒の頭を掴み、握り潰さんと力を込める。筒身にはいとも容易くヒビが入った。


「まさかと思いますが……私の質問に答えず、逆に質問を返そうとしましたか? ………私が何者かなど、どうでもいい。貴方が“白面金毛”と通じ、“真ノ悪”を調べていた事を知っている……それだけのことです」


『……………』


「質問を掘り下げてみましょう。貴方は“白面金毛”に対し、どのような利益を供与していたのですか?」


『……術式関連の技術提供、活動の黙認だ』


「見返りが、その醜悪な姿ですか。この屋敷の造りは“白面金毛”の顕術が無ければ不可能でしょうからね。肉体を捨てて命を分けるなんて冒涜的行為、あの女狐のやりそうな事です」


 “白面金毛”の能力に、尾の数だけ分身体を作りだせるものがある。先日、加藤(みさご)とヒトエが潰してきた拠点は、それそのものが分身体であり、正しく腹の中だったのだ。

 この仁科邸も、それと同じ原理でできている。

 先日の拠点は完全に消滅させるため、パーシヴァルに『ロンゴミニアド』を使わせたが………劣化版と言うのも烏滸がましい仁科邸にそれだけの労力は必要ない。

 現に比喩でも何でもなく、その命運は士緒の掌中にあるのだから。


「術式関連の技術提供とは、具体的には何です?」


『知らない。私が行ったのは口の堅い技術者を用意して送った事だけだ。そこからの指揮は“白面金毛”と、賢十郎の領分だった』


「仁科賢十郎………なるほど、そういう事でしたか」


 “白面金毛”が手の込んだ仕掛けで仁科賢十郎を殺した理由に、漸く納得がいった。

 術式関連とやらに深く関わっていたために口を封じられたのだろう。そして、そこまでして隠したい術式と言えば……心当たりは一つしかない。


「……『天道無楽』ですね。あのクソ女狐が………どうりで」


 五郎左の調べによると、かつて仁科黎明の命を繋いだ『天道無楽』の術式がどういうわけか不安定で中途半端だった。昨今の仁科黎明の挙動に焦りが見えるのは、そういう事だったのだ。


 全て、“白面金毛”が裏に控えていたわけか。橘花院の隠れ里を焼いたのも、もしかしたら………


 ピシィッ

 バキッ


 今度は部屋全体に亀裂が走る。

 士緒から溢れでる怒気が、純粋な通力の放出という形で破壊を行っているのだ。


 元から嫌いな女ではあったが………今度ばかりは我慢できない。

 もっと早く敵と定めるべきだった。余裕を見せて見逃した事を激しく後悔する。


「天道の欠片、お前が持っていたのか………“白面金毛”」


 仁科黎明よりも、矛を向けるべき敵。

 この件を片付けたら、全力をもって破滅させてやる!


 あまりの憎悪に、顔に浮かぶのは微笑。

 凶悪で、見る者を例外なく恐怖させるであろう、死を予感させる笑みだ。最も慣れ親しんだ表情で、しかし最も馴染みの無い表情……そして最も自然に出てきた表情だった。


『……………』


「ああ、失礼しました。では……“真ノ悪”について、貴方がどこまで知っているかを――――」


 我にかえった士緒が話を進めようとしたところで、通信符による連絡が入ってきた。

 それも、かなり特別な筋から。


「私です………はい、ご無沙汰しております……………おっと、それは………」


 通信符により届いたのは緊急の報せ。それを聞いて士緒は相手に軽く礼の言葉を言って、すぐに通信を切りあげる。

 それが意味するところは、最早、悠長に尋問している時間は無いと言うものだった。


「ふむ……仁科千豊殿。私の質問に答えてくだされば、この場で貴方を手に掛ける事はしないつもりでした」


『……どういう意m――――』


 パリンッッ!!


 その時、仁科千豊の成れの果てが粉々に砕け散る。

 こんな姿に成り下がってまで手にした偽りの命は紛れもなく、その活動を終えた。


「すみませんね。事情が変わったのです」


 文句は仁科黎明に言ってください。

 そんな言葉を、侮蔑の視線とともに残骸に向けて落とす。


 そして数秒後、屋敷を包み込む範囲で一つの“神託”が起動した。

 その影響が士緒のいる部屋にも光の波紋として届き、ふわふわとした不思議な感覚が空間に満ちる。


 士緒はその光を目にし、機嫌がだいぶ上向きに戻った。



          世界を穿つ災禍まで


            あと2日








英語ってむつかしいですね。文法の間違いを指摘してくださる奇特な方がいらしたらどうぞ、遠慮無く罵りの言葉を感想欄にバトウスキーしてください。




・本日のチョロインレポート


No.1……シスター・ルカ


性格:

一見してダメ男っぽいが、実は頭も良くてしっかりしている昼行灯系男子にときめいてしまう困ったさん。

自分だけは悪い男に引っ掛かったり、いざ恋愛をしても失敗したりしないだろうと根拠の無い自信を持っている模様。

さらに、自分は落ち着いてて仕事も出来るクールでしっかりした大人の女であると、根拠はあるが何処かずれた認識をする傾向有り。


属性:

シスター(中) ツンデレ(弱) 腹ペコ ポンコツ(現場)

大人の女(笑) カミマミタ


ワンポイント:

異性への耐性はあるが、交際経験が皆無な点は若干コンプレックス



No.2……久我山 竜胆


性格:

一見してチャラくて軽くてダメ男っぽい雰囲気………に、騙されるお姉さん系の女性が後を絶たない。交際経験は豊富にあるものの、ほぼ全員から


「これ以上わたしを甘やかさないで!」

「あなたのせいで四キロも太ったじゃない!」

「人間として駄目になるの……」

「あ、あたし……週末は竜胆くんをキメないと震えが――――」

「あんたなんかっ、お嫁さんになっちゃえばいいのよ!」


のような事を言われてフラれている(時々自分も逃げる)。

竜胆の家事万能スキルと甘やかしスキルには強い依存性が確認されており、彼といるだけで自分がダメ人間であるかのような錯覚を覚えてしまうとのこと。

能力面ではあらゆる事を器用にこなすが、相手の見せ場を適度に残しておくという器用さは見られない。

総じて……優秀だが要領悪く、詰めが甘いタイプ。


属性:

お人好し 昼行灯 兄 妹萌え(シスコン)(中) シスター萌え(シスコス)new! 主夫 


ワンポイント:

なぜ家事がプロ級かって? 俺より家事が出来なければ妹はやらんっ!! って一度言ってみたいから。←結婚させる気ゼロ


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