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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第10話 再テスト


「お待ちしておりました、生徒会の皆さん。そちらの方は……ふむ。こちらの資料には無い方ですね。よろしければお名前を伺っても?」


 橘花院士緒……先日、四宮本家を壊滅させ、生徒会の四宮(つぐみ)を苦しめるために風音を痛め付けた男。余裕の態度で、ムカつく程爽やかな微笑みを湛えている。


 生徒会のメンバーは近くに“千影”の姿が無い事に気づき、梓に確認の視線を向ける。


「……私の『口伝千里』を誤魔化せる(すべ)を、あいつは持ってる。絶対に油断しないで」


 梓が小声で注意を喚起し、4人共が同時に頷く。

 公浩にも、前回の戦いの報告書は読み込ませてある。まともな神経であれば、油断はあり得ない。


「ふむ……答えてはくださらない、と。別に構いませんよ。私は苦手な食べ物が出されたら先に食べる方です。最初の標的が彼になっただけの事ですから」


 全員の緊張が一気に膨れ上がり、一気に臨戦態勢に入る。いよいよ戦闘になりかねない張り詰めた空気だ。


「……と言うのは、まあ半分は冗談です。今回は戦うつもりはありませんので」


 士緒の言葉を受けて安心できる者など、この場にはいない。ただ一人を除いて、だが。


「今回は皆さんに面白い見せ物を用意していまして。特に貴方には気に入ってもらえると思いますよ。黒沼公浩(・・・・)君」


「……このくそ野郎が」


 梓が悪態をつく。

 最初から黒沼公浩を知っていた。この男は学園の内情を把握しているという事だ。だとしたら、どこまで? という疑問が梓の中を駆け巡る。

 前回の様子からして、主だった生徒や教師、正規の退魔師あたりだろうか。

 考えても答えは出ない。それに今は目の前の事で精一杯だ。


「……見せ物とやらに興味は無い。大人しく消えて――――」


「待ってください会長」


 予想外のところから待ったの声がかかる。

 声の主である風音が、腰に提げた刀に指を掛けた状態で一歩前に進み出た。


「目下の最重要人物が目の前にいるんです。情報を引き出す意味でも、私に少し時間をください。5分で構いません」


 その申し出に梓は悩む。

 確かに、相手の強大さに自分は及び腰になり過ぎていたかもしれない。

 応援を呼ぶのは当然として、ここは時間を稼ぎつつ情報を引き出し、さらには危険を承知で戦ってみるのも一つの手ではないか。

 梓はしばし考え、そして風音に頷きを一つ返した。


「……分かった、5分だけ。鳳子、もしもの時には援護を。黒沼、学園へ走って増援を頼んできて」


「通信符を使わないんですか?」


「……『口伝千里』を試したけど届かない。多分、あそこでニヤニヤしてる変態野郎が便利な(・・・)結界(・・)とやらを張ってるんだと思う。“千影”がどこに居るかも分からない。何があっても交戦せず、逃げに徹すること」


「了解です」


 公浩は周囲を警戒しながら、通力による身体強化で建物の上を疾走、跳躍し、学園へと急ぐ。


 士緒はその様子を見て、内心でほくそ笑んでいた。


「お話は済みましたか? 私が趣向を凝らしたショーを御覧いただけるということでよろしいので?」


「その前に……私の質問に答えて。あなたは人間で、しかも退魔師として破格の強さを持ってる。なのに、なぜ鬼の側に立ってるの? 復讐とやらのため? 是非とも詳しく聞きたいわね」


「鬼と人間……そんな狭い視野でしか物を見れないのですか? 別に、復讐と言ったのも、理由の中でそちらにお教えできる一つを言ったまでのことです。どうせ私が何を言ったとしても、あなた方が仁科黎明の玩具で、都合の良い道具である事に変わりはないのですから」


 仁科黎明。私立九良名学園の理事長にして試験都市“九良名市”を作り上げたカリスマ、社会の怪物。

 世界最強の退魔師としても名高い。それは祓魔師(エクソシスト)聖堂騎士(パラディン)退治屋(バスター)など様々な呼び方のある国外の勢力を含めての評価である。


 風音は理解した。わざわざこの場にはいない人間の名前を出したのは、この男が自分の口から真実とやらを語るつもりがないからなのだと。少しでも不信感があるのなら、仁科黎明に直接聞いてみろ、と言っているのだ。

 この場でこれ以上は聞くだけ無駄だろう。向こうが話たがらない限りは。


「あなたの事、少しだけ分かった気がする………何が分かったのか聞きたい? あ、もしかして、自分がどう思われているか気になる? 大丈夫よ、ただの変態としか思ってないから。それについて弁明するなら聞いてあげてもいいんだけど」


「ははは、これはこれは。面白い挑発ですね。そんなにも私の話が聞きたいのですか?」


「勘違いしないでよ。そちらが話したいなら聞くと言っているの」


「はてさて、貴女も先日まで随分と気落ちしていたそうですが……誰かに慰めてもらいましたか? 無責任で適当な事を、聞こえの良い言葉で囁かれたのでしょうね」


「……………」


「その誰かにコロッと騙されて……なんと可哀想なお嬢さん。貴女の目の前で、その誰かさんの喉を潰してしまいましょうか。二度と甘い寝物語は聴けなくな――――」


「ぶった斬る!!」


 風音は用意していた一枚の符を起動した。

 直後、風音の通力がまさしく風のように周囲に放出される。


「挑発に乗っていただけるとは! 本当は戦うつもりではなかったのですが、(わたくし)も興が乗ってきました」


 風音は距離を詰めるために一足、踏み込んだ。そう、ただ踏み込んだ。


 ブォオンッッッ!!!


「………!」


「きゃっ!」


「うひゃ!」


 ただの踏み込みが爆風を生んだ。

 後方にいた三人は、これまでの風音との付き合いでは見たことが無い出力を出した風音を目の当たりにして驚愕に目を見開く。


「――――っと」


 士緒はこの縮地とも思える速さから繰り出される斬撃を横に跳んでかわした。

 これだけの速度を出した直後だ。恐らく隙が出来るはず。

 この速度であれば、己の身体と言えど簡単に制御できるものでもない。そしていかに遠くまで走り抜けようとも、士緒であれば背後を取る事は可能だ。

 隙を見せれば風音を背中から貫くつもりでいた。しかし、


「はぁあ!!」


 急停止、反転からの、とって返した斬撃。


 士緒はこれを紙一重で回避。驚いたことに、風音は速さを完璧に制御していた。

 その速さを殺さずに士緒の周囲を駆け、そしてあらゆる角度から閃く刀身の軌跡を描き続ける。


「これは素晴らしい。出力だけに頼らない地力、そしてセンス! “真宵(しんしょう)符”だけではここまでの能力は得られないでしょう!」


 “真宵符”……発動者の通力とその出力を一時的に増幅させる霊符。

 とは言え“真宵符”もピンキリだ。本来なら1、2倍から最大でも2倍のものが一般的である。中には特別な効果を付与するものもあるが、そういったものは一部能力の減少があったりなどで使い勝手はむしろ悪い。


 ところが今、風音が使用した符は通力の倍率が2倍以上で、しかも付与効果として思考加速までするという既存ではあり得ない性能を見せている。翌日の体のコンディションが最悪である事に目を瞑れば、これほどの切り札は無いだろう。

 さらに付与効果の部分は工藤正臣によるオーダーメイドで、生徒会役員一人一人で付与される効果が違うという規格外っぷりだった。


「すごっ!! なんやあれ風音! くーぽん印の“真宵符”を使うてる言うても、あの気迫は正直引くレベルやわー」


「恋って偉大ね……」


「……でも、まだ届かない」


 風音の刀は時折スーツを切り裂きこそすれど、いまだに決定打どころか掠り傷を与えるにもいたらない。

 それどころか、士緒の通力が瞬間的に膨れ上がり、衝撃波となって風音に迫り反撃してきた。


「くぅっ!」


 通力の顕『不動障壁』を鎧のように纏ってダメージを避けるが、衝撃そのものは防げずに後ろに後退させられる。


「本当に素晴らしい! ではでは、前回の経験が活きているか、再テストと参りましょうか。『絶燕結界 ロク式』」


 前の時と同じ、士緒を中心に全方位に波紋が広がった。今回は後方にも広がっており死角は無い。

 そして前回のイチマル式とは違い相手が動いていなくても速度を奪えるが、イチマル式よりも遅くしていられる時間が極端に短い。

 だが、この顕術は退魔師の一般的な防御技である『不動障壁』では防ぐことが出来ないのだ。


「防げたら80点を差し上げます」


「だったらこれでっ!」


 風音は刀を振り下ろし、そして飛翔する剣閃が一直線に波紋に向かい……切り裂いた。


「っ!」


 剣閃は波紋を打ち消しながら士緒へと迫り、そして士緒はこれを『不動障壁』で防ぐ。

 衝撃を受けて数歩後退しており、やり返された形となった。

 ちなみに他の三人は梓が橘花院の対策として用意していた顕術で防いでいる。


「お見事。私の結界を切り裂いたばかりか、同時に反撃まで行った。文句無しの100点です」


「結構全力だったのに、障壁一つで防がれるなんて……どこまでも嫌味なやつ」


 風音はほんの僅か呼吸が荒いが、まだまだ余力を残している。

 対する士緒は呼吸をしていないんじゃないかと思えるほど静かな立ち姿だった。


「……5分経った。私たちも加勢する」


 梓と凛子が前に出る。

 前回の影との戦闘から、凛子は前衛で高い攻撃力を振るうタイプと予想できる。そしてそういうタイプは得てして防御力も高い。あるいは俊敏かだが、前回の戦いから察するに凛子は防御型だ。

 逆に鳳子は身のこなしを見ても前衛向きではない。遠距離系が得意か補助系が得意かの後衛だろう。

 しかし梓……彼女は見た目からは想像も出来ない程、前衛の壁役としての威圧感を感じる。おまけに戦闘スタイルも読めない。報告書にあった梓の能力は固有秘術と、せいぜい目安程度のパラメーターくらいだったからだ。


「実に厄介ですねぇ」


 士緒はニコニコと余裕の態度を崩さずに言った。


「いけしゃあしゃあと……良く言うわよ」


「ほんまに、いけ好かんやっちゃな」


 風音と凛子がそれぞれ軽い調子で文句を口にする。だが内心ではより緊張は高まっていた。

 先程の風音との戦闘はそれほどに驚異に映っていたのだ。


「……大前提として、まず時間を稼ぐ。アタッカーは風音。私と凛子で鳳子のガードに入る。後は鳳子が狙い撃つ」


「了解です」


「了解や」


「分かったわ」


 士緒と生徒会チームがにらみ会いに入る。

 片やにやけ顔の優男。片や学園指定の夏服に身を包んだ学生4人。

 10秒経ったか20秒経ったか、士緒が口を開く。


「そろそろ通力も練り終えましたね。一応お訊きしますが、準備運動などは必要ですか?」


「大きなお世話ですっ!」


 鳳子の気合いと同時に2本の光の線が士緒へと伸びた。


「!」


 士緒は身体を捻るようにしてかわした。しかしそこに風音の追撃が来る。


「せあっ!」


 先程の再現のような連撃。しかも今回は、


「3つ追加するわ!」


 鳳子の手のひらから『光矢(こうし)』が3つ放たれた。

 ただの『光矢』であるならば脅威にはならない。しかし、鳳子のそれはモノが違った。


「威力、速度は桁違いですね。む! 驚きました、遠隔操作まで行えるのですか!」


 先の2つの『光矢』と追加の3つ、それぞれ意思を持っているかのような動きで士緒を貫かんと飛来し、士緒はそれらを紙一重でかわし続ける。


 通力の顕……『光矢』は退魔師の最も一般的な技だ。退魔師であればほぼ全員が扱えるほどの習得難度の低い技。

 汎用性を特に重視したその技は誰もが使えて、威力に乏しい点を除けば戦闘においてとても有用な技だ。

 それが従来の『光矢』。しかし鳳子の『光矢』はその常識には当てはまらない。


「一発一発に殺傷力があり、速さは音速に匹敵、さらには高速機動中の『光矢』を複数同時にコントロールとは。どういったタネがあるのか気になりますね」


 本来の『光矢』は遠隔操作が行えない。そもそも顕術として発動し、使用者と繋がりがあるならともかく、通力そのものは使用者を離れた時点で干渉することが極めて困難となる。

 これが梓のように特殊な固有秘術があると言うなら別だが、鳳子のそれは退魔師の枠組みにおいても、紛れもなく一つの実績だ。学生とは思えない程の。


「くぅっ……軽々と避けてくれますね。風音ちゃん! もう2つ追加するわ!」


「はい!」


 広い更地を縦横無尽に駆け回る士緒。それを追う風音と鳳子の『光矢』。

 しかし、それはもう戦いと呼べるものではなくなっていた。。


「このっ、バカにっ、してっ! いい加減斬られろ!!」


「さっさと当たりなさいよ!」


「はははは! 鬼ごっことドッヂボールとは懐かしいですね!」


 士緒はこれまで、攻撃らしい攻撃を一度も行なっていない。回避と、遊び半分の顕術だけ。

 この状況に最も苛立ちを募らせている梓が不快を吐露した。


「……なめやがって」


 バカにされ、遊び半分で、しかも侮られている。

 意図しての挑発ならまだ良い。だが目の前の男からはそんな意図が感じられない。


 心底、相手にされていないのだ。


「はぁ、はぁ……こいつ」


「もうっ、屈辱よ!」


 風音の“真宵符”の効果は後30分ほど。余力を残しながら戦ってきたが、少し熱くなりすぎた。

 鳳子の場合、“真宵符”は威力の上昇と被弾した際の付与効果の影響が強いため、一発も当たらない今の状況で使う利点が少ない。

 ならばこの状況に埒をあけるとしたら、呼びに行った増援が来るか、もしくは梓か凛子が“真宵符”を使うかだろう。

 そして、梓と凛子は同じ結論に至る。互いに視線を交わし“真宵符”に手をかけた、その時だった。


 ピピピ ピピピ ピピピ


「失礼、私のアラームです。まことに残念ですが時間切れになってしまいました。ホスト役でありながら皆さんを残して行くことを謝罪いたします」


「なんやて!? ここに来て逃げる言うんか!」


「まことに心苦しい限りです。ですが先程も申し上げた通り、余興は用意してありますので、そちらを楽しんでいただければ幸いです」


「……何をするつもり?」


 この男が本気で逃げようと思えば、自分たちではどうしようもない。それが分かり、梓はこの場で士緒を倒す事を諦める。

 その決断は梓の指揮官としての有能さを物語っていた。


「ショーの内容を詳しくお話するのは邪道ですよ。ただ一つ言わせていただければ、私はあなた方の成長を心より望んでおります。それは本心です。それではまたいつか、今度も私から会いに伺いますので、それまでご健勝であることを願っております。それでは」


 突如として、士緒を中心に雲のように厚い煙が発生する。それが空き地の半分を覆った頃、士緒の居た辺りから風が吹き、徐々に晴れていく。そこに士緒の姿は無かった。


「……妙な演出しないと失せることも出来ないのか、ナルシストめ」


 梓の吐き捨てるような暴言が静寂に染み渡った。

 そして煙が完全に晴れた時、梓の『口伝千里』で近くに反応を感じた。


「……誰?」


 その方向に呼び掛ける。しかし、そこにいたのは意外で、異質で、違和の塊だった。



「よお、生徒会長。わざわざ俺にぶっ殺されに来たって?」



 梓は見上げる形で声の主を見る。

 風音、凛子、鳳子もそちらに視線を送った。


「……なんやねん独楽石。一般生徒はこんな時間に外出は許可されてへんやろ」


 独楽石栄太が不敵な笑みを張り付けてそこに立っていた。

 そしておもむろに、栄太は右腕を天にかざして、そこに通力を通わせる。


「手始めにお前ら4人、喰らってやるよ」


 右腕に赤い蛇のような模様が浮かび上がり、淡く光った直後、地面に振り下ろした。


「っ!! 各自全力で防御っ!!」


 拳が地面に着いたその瞬間、破壊(・・)が津波となって襲いかかった。



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