第26話 俺、みんなと話す
白い空間を見上げたまま、俺はしばらく動けなかった。
「……行ける、のか」
期待と不安が入り混じって、情けなく震えた声が口から漏れる。
ずっと探していた神の国が、ようやく目の前にある。待ち望んでいたはずなのに、いざ行けるとなると、胸の奥が妙にざわついた。
俺は一度、大きく息を吸ってから周囲を見回す。
広場に集まった種族たちは、みんな光る空を見上げていた。でも、その中には空ではなく、俺を見ている奴らもいる。
俺は、見覚えのある顔のもとへ歩いていった。
***
「ナオトー!」
人魚たちの間から、ミーナがぶんぶんと手を振っていた。
「強くなったら、今度は泡なしで海来れるじゃん!」
「まだ強くなれるって決まったわけじゃないですけどね」
「いけるいける! じゃ、また遊ぼーね!」
あまりにもいつも通りの笑顔だった。
「はい。また」
俺も手を振り返す。
たぶん次に会っても、こいつは同じ調子なんだろう。そう思うと、不思議と少し安心した。
***
メイランは少し離れたところで、相変わらず酒を飲んでいた。
「神の国、行ってきます」
「うん、好きにしな」
そして少しの間、沈黙が流れた。でも、その「好きにしな」の裏を考えるのは、今は野暮な気がした。
俺は素直に、疑問を口にしてみた。
「……俺が強くなるの、止めないんですね」
「なんだい、止めてほしいのかい?」
メイランは悪戯っぽく目を細めた。からかい癖は相変わらずだ。俺はなんだか、肩の力が抜けた。
「帰ってきたら、また一杯やろうか」
「まあ、いいですけど」
「強くなったら奢っておくれ」
「それは、出世払い的な?」
「ま、そんなとこだね」
俺が笑うと、メイランも喉を鳴らして笑い、盃を傾けた。
結局、この狐が何者なのかは、今でもよく分からない。
たぶん帰ってきても、全部は教えてくれないんだろう。
それでも、またあの店で酒を飲めたら、それでいい気がした。
***
「ナオト」
今度はバルドが俺を見下ろしていた。
「必ず戻るのだぞ」
「はい」
「強くなっても、無茶はするな」
「いや、強くなったら多少はいいでしょ」
「ならぬ」
「変わらないんだ」
言い終わる前に、バルドの目にみるみる涙が溜まっていった。
「待って。泣くの早い」
「こんなに小さかったのに……」
「今も小さいです」
「立派になって……」
「まだ何もなってないです!」
バルドが鼻をすすると、それだけで地面が小さく震える。
「揺れる揺れる!」
周囲から笑い声が上がり、俺もつられて笑った。
最初に会った時は、この巨人に食われるかと思ったのに。
それが今では、泣いて見送られている。
ほんと、人生、何がどうなるか分からない。
***
最後に、俺はリュネの前へ向かった。
「……行くんですね」
「はい」
リュネはいつものように穏やかに笑っていた。でも、目元だけが少し寂しそうに見えた。
「そんな顔しないでくださいよ」
「どんな顔です?」
「いや……」
誤魔化すように笑うと、リュネはゆっくりしゃがんだ。
出会った時と変わらない、湖みたいに澄んだ瞳の中に、たじろぐ俺の姿がまるまる全身写っていた。
「神の国へ行ったら、強くなるんですか?」
「たぶん」
「空を飛んだり?」
「できるかもしれません」
「岩を砕いたり?」
「それも、できるかも」
リュネは少しだけ目を伏せて、わずかに口をとがらせた。
「ナオトはそのままでも……かわいいですよ」
拗ねているような態度に、俺はついつい笑ってしまった。
「ちゃんと強くなって帰ってきます。……今度は、俺が守れるくらいに」
リュネの目が、わずかに見開かれた。
そんなクサイ台詞、俺から出てくる日が来るとは思わなかった。ちょっと埋もれたくなったが、ここはぐっと堪えて、リュネの瞳をしっかり見据えた。
そして彼女は、少し微笑んだ。
「……楽しみにしています、ナオト」
***
みんなと話し終えて、俺はもう一度空を見上げた。
白い裂け目は、遥か上空に浮かんでいる。
その光を見ているうちに、ふと東方の図書館で見た古書が頭に浮かんだ。
擦れた絵の中で、巨大な龍が空へ向かって飛んでいた。その背には、小さな人影。
俺はゆっくり振り返った。
少し離れた場所で、古龍が相変わらず寝息を立てている。俺は近寄って話しかけた。
「あのー」
「ぐう」
「すみませーん……」
「……なんじゃ、ナオト」
古龍が片目だけを開いた。またキレ出したらどうしようと思っていたが、今回は覚えてくれていて、地味に嬉しかった。
「神の国まで、連れてってもらえますか?」
「……ああ」
古龍はしばらく考え込んでから、ゆっくり身体を起こした。
「そうじゃったなあ」
古龍が大きく翼を広げる。
風が巻き起こり、俺は思わず腕で顔を庇った。
「……行くか、久しぶりに」
俺は古龍の巨大な背と、空に開いた白い光を交互に見上げた。
古書に描かれていた光景が、今、目の前で現実になろうとしている。
いよいよだ。
俺は一度だけ、後ろを振り返った。
少し離れたところで、リュネがこちらを見ていた。
俺は小さく手を上げた。
「行ってきます」
リュネは微笑んで、ゆっくりと手を上げた。
「行ってらっしゃい、ナオト」
そして俺は前を向き、古龍の背へと歩き出した。
久しぶりの更新になってしまいました……!申し訳ございません。
お読みいただき、本当にありがとうございます!
俺YOEEE!もいよいよ終盤です。
完結まであと少しです。異世界最弱主人公、ナオトの冒険を最後まで見届けていただけたら嬉しいです!




