最終話 受け継がれる愛
ガキィン!!
剣がぶつかるたび、黄金に輝く赤と深い青の星光が激しく弾けた。
ヴァルディスは少年のように笑っていた。
「はっはっはっ!」
「ジーク!」
「楽しいのう!」
その声は、まるで若き日の父そのものだった。
ジークハルトの口元にも、自然と笑みが浮かぶ。
「ええ。」
「そうですね。」
二人は笑い、再び剣を交える。
ギィン!!
ヴァルディスの一撃が振り下ろされる。
ジークハルトが受け止めた瞬間、腕へ重い衝撃が突き抜けた。
(重い……!)
力だけではない。
剣筋。
重心。
踏み込み。
力の伝え方。
そのすべてが完璧だった。
(これが……。)
(全盛期の父上。)
若い肉体。
七十年積み重ねた経験。
幾多の戦場で磨かれた勘。
極限まで研ぎ澄まされた星脈の制御。
そのすべてが、一人の剣士の中で一つになっていた。
これこそが。
――帝国最強。
ジークハルトが押される。
一歩、また一歩。
剣を押し返され、ヴァルディスの斬撃が肩、腕、脇腹を掠めていく。浅い傷が増えていった。
観客席は言葉を失っていた。
追い詰められていたはずの大帝が、今は現皇帝を押している。
ギィン!!
再び振るわれたヴァルディスの剣を、ジークハルトが受け止める。
「……っ!」
踏み込んだ足に力を込める。
そして。
「はあっ!!」
渾身の力で、ヴァルディスの剣を弾き返した。
ヴァルディスの身体がわずかに後ろへ流れる。
その隙に、ジークハルトは大きく後ろへ跳んだ。
数歩分の間合いが開く。
ジークハルトは剣を構えたまま、呼吸を整えた。
(このままでは……。)
負ける。
そう確信した。
力でも。
技でも。
今の父は、自分を上回っている。
ならば、もう迷う理由はない。
ジークハルトは静かに剣を構え直し、深く息を吸う。
深い青の星光が、少しずつ密度を増していった。
ヴァルディスも追わない。
弾かれた剣をゆっくりと戻し、息子の変化を見つめる。
そして、楽しそうに笑った。
「ほう。」
ジークハルトは真っ直ぐ父を見つめた。
「父上。」
「次の一撃で。」
「私は、あなたを超えます。」
ヴァルディスは豪快に笑う。
「はっはっはっ!」
「よかろう!」
剣を肩へ担ぐと、黄金を帯びた赤い星光が大きく揺らめいた。
「わしも。」
「次の一撃に、すべてを賭けよう。」
二人は静かに構える。
決闘場から音が消えた。
ジークハルトは、ゆっくりと目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃の父だった。
長い黒髪。
大きな背中。
鋼色の瞳。
何度倒れても、終わりとは言ってくれなかった。
返ってくるのは、いつも厳しい言葉ばかり。
見上げれば、そこには険しい顔をした父がいた。
褒めてほしかった。
認めてほしかった。
ただ一度でいい。
笑ってほしかった。
けれど、いつしか。
ジークハルト自身が、泣かなくなった。
笑わなくなった。
それでも父の背中を追い続けた。
強くなれば。
いつか、認めてもらえると信じて。
ジークハルトは目を開く。
……そこにいたのは、あの頃と同じ若き日の父だった。
何度も見上げた、憧れの姿。
けれど。
あの頃とは違う。
その鋼色の瞳には、かつてなかった穏やかさがあった。
そして父は、真っ直ぐ自分を見て笑っていた。
そんな顔を、幼い頃のジークハルトは一度も見たことがなかった。
ジークハルトは父を見つめ、ふと気づく。
自分の口元が、わずかに緩んでいた。
(……笑っている?)
そのことに、ほんの少し驚いた。
◇
ヴァルディスの脳裏にも、幼い息子の姿が浮かんでいた。
小さな身体で剣を握り、何度倒れても立ち上がる。
泣きそうな顔をしていても、歯を食いしばって。
ただひたすら、自分を見上げていた。
(わしは……。)
(あの子に、何か褒める言葉をかけてやったことがあったかのう。)
思い出そうとする。
だが、浮かんでくるのは。
『立て。』
『遅い。』
『もう一度じゃ。』
そんな、自分の厳しい言葉ばかりだった。
そして、そのたびに必死で立ち上がる幼い息子の姿。
胸の奥が痛んだ。
(……すまんかったのう、ジーク。)
ヴァルディスは、目の前の息子を見る。
濃い青の星光を纏い、蒼銀の髪を揺らしながら、揺るぎない構えで剣を据えている。
幼い頃、自分を見上げていた少年は、もう立派な男になっていた。
本当に。
何の心配もいらないほど、強くなった。
そして今、自分は不思議な力で、あの頃と同じ姿のまま息子と向き合っている。
身体には力が満ちている。
剣も、思うままに動く。
全力でぶつかることができる。
(……これは。)
ふと、エルフリーデの笑顔が浮かんだ。
(エルが、もう一度ジークと向き合うためにくれた機会なのかもしれんのう。)
過去を変えることはできない。
それでも。
あの頃息子にしてやれなかったことを、今ならできる。
認めてやれる。
褒めてやれる。
あの頃、渡せなかった言葉を。
今なら、ちゃんと渡してやれる。
そう思った瞬間、胸を締めつけていた痛みが消えていった。
ヴァルディスは、改めて目の前の息子を見る。
強くなった。
本当に、強くなった。
胸に広がったのは、剣士としての喜びとは違う。
息子の成長を見届けた、父としての喜びだった。
(ジーク。)
(わしは今度こそ、お前に伝えるぞ。)
二人は同時に地を蹴った。
深く真っ直ぐな青。
黄金を纏う赤。
二つの星光が、一直線に駆ける。
もはや、ほとんどの者には二人の姿を追うことすらできない。
そして。
二つの刃が交わった。
轟音。
今までで最も眩い光が、決闘場を包み込む。
誰も目を開けていられない。
やがて、光が収まった。
……静寂。
カラン――。
折れた剣先が、石畳の上を転がる。
ジークハルトは自らの剣を見つめた。
刃は途中から折れ、切っ先を失っている。
やがて静かに息を吐いた。
「……参りました。」
ヴァルディスが剣を下ろす。
ジークハルトは顔を上げた。
そこには、若き日の父がいる。
幼い頃、何度も見上げた姿。
けれど。
あの頃には、一度も見たことのない顔をしていた。
ヴァルディスの鋼色の瞳が、柔らかく細められる。
その笑顔は、先ほどまでの豪快なものとは違っていた。
静かで、どこか誇らしげだった。
「ジーク。」
その穏やかな眼差しを受け、ジークハルトの青い瞳がわずかに揺れた。
「強くなったのう。」
ジークハルトは何も言えない。
ヴァルディスは、笑顔のまま続けた。
「良い剣じゃった。」
その言葉を聞いた瞬間、ジークハルトの唇がわずかに震えた。
けれど、涙は出てこない。
泣くことをやめてから、あまりにも長い時間が経っていた。
それでも。
ジークハルトは笑った。
「……ありがとうございます。父上。」
ヴァルディスは頷く。
それだけだった。
けれど。
二人には、それで十分だった。
◇
しばらく、決闘場には静寂が残っていた。
やがて、一人の老騎士が立ち上がる。
涙を流しながら、静かに拍手を送った。
パン。
パン。
その音に、一人、また一人と続いていく。
やがて決闘場にいた者たちが立ち上がり、鳴り止まない拍手と歓声が二人を包んだ。
それは、勝者だけへ向けられたものではない。
二人の生き様へ送られる、惜しみない拍手だった。
リューベルは涙を拭い、祖父を見る。
そして、父を見る。
二人とも笑っていた。
胸が熱くなる。
その日。
幼い少年の胸に、一つの憧れが生まれた。
強いだけではない。
人を愛し。
人に愛される。
そんな剣士になりたい。
その想いは、小さな炎となって、リューベルの胸に灯る。
祖父から、父へ。
父から、子へ。
そしていつか。
その先へ。
愛は、受け継がれていく。
この物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
心から感謝いたします。
続きの構想はあるのですが、話が広がってくると、なかなか作るのが難しいです。
別の作品も作ってみて、小説を書く力がついたらいずれ続きを書きたいと考えています。
それで、一旦ここで完結とさせていただきます。
改めて、ありがとうございました。




