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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる  作者: コナン・綺堂異流


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第四十一話:一つ目小僧の符牒 〜 The Sign of the One-Eyed Goblin 〜

一部AIにより作成


挿絵(By みてみん)


【冒頭:ロンドン時代】


一八九三年、三月のことである。


ベイカー街二百二十一番地Bの居間に、珍しく子どもの笑い声が響いていた。


といっても、実際に子どもがいたわけではない。ホームズが、取り寄せた民俗学の文献——日本の妖怪図録の英訳版——を膝の上に広げ、その挿絵を見ながら奇妙な顔をしていたのである。


「ワトソン」と彼は呼んだ。「日本には、一つ目の妖怪がいるというのを知っているかね」


「一つ目?」


「そうだ。額の中央に一つだけ目を持つ童の姿をした怪物で、一つ目小僧と呼ぶらしい。主に江戸の町の古い空き家や暗い辻に現れ、人を驚かせるという」


私は医師として、独眼の奇形について学術的な関心を持ってはいたが、妖怪というものに対してはあいにく専門外である。


「信じるのかね、そういうものを」と私は訊いた。


「信じるのは証拠のみだ」とホームズは例の台詞を言った。「しかし——」彼は図版をもう一度見つめた。「面白いのは、この妖怪が必ずといっていいほど、廃屋や使われていない建物と結びついて報告されているという点だ。そこに人間の意図的な仕掛けが感じられる」


「つまり、誰かが妖怪に見せかけて人を追い払った、と?」


「そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ」ホームズはぱたりと本を閉じた。「証拠がなければ、推測は推測に過ぎない。しかしワトソン、もし私が江戸の岡っ引きであったとしたら、この一つ目小僧の出没する廃屋に、まず真っ先に足を踏み入れてみたいと思う」


そのとき、私たちの馬車が激しく揺れた。


メイフェアの石畳で、馬が突然暴れ出したのである。ホームズが瞬時に窓から状況を確認しようとした刹那、扉が吹き飛び、私たちは暗い三月の夜気の中に放り出された。


地面に叩きつけられる直前、私の頭の中で——なぜか江戸の廃屋の映像が、くっきりと浮かんだ。




******




【本編:江戸での事件】


——和登三太の語り——


気がつくと、私は路地に倒れていた。


鼻をつくのは、あくたと炭火と、どこかの屋台から流れてくるつゆの甘い香りだった。頭を起こせば、夕暮れの空が橙色に染まり、黒いいらか——瓦葺きの屋根——の連なりが、影絵のように重なって見える。


ロンドンではない。


また江戸だ、と私は思った。


隣を見ると、捕霧七がすでに立ち上がり、腰に十手を差して、細い路地の向こうを眺めていた。


「三太」と彼は言った。「起きたか。ちょうどよい。仕事が来ているようだ」


「来ているようだ、とはどういう意味だ。今しがた転生したばかりではないか」


「人の気配がする。我々を待っていた者がいる」


この男の感覚は、いつも私より五歩ほど先を歩いている。




******




果たして、路地の角に一人の男が立っていた。


五十がらみの、小柄な男で、縞柄しまがらの着物の上に茶色の羽織を重ねていた。羽織はおりとは、着物の上に羽織る丈の短い上着のようなもので、男女ともに礼装や防寒に用いる。ロンドンの上着に相当するが、背に家紋を染め抜いたものは格式を示す。この男の羽織に紋はなく、いかにも実務的な商家の者、という風情だった。


「捕霧七の旦那でいらっしゃいますか」と男は言った。「岡場所の半兵衛はんべえと申しまして、神田の表店おもてだな——通りに面した店舗を構える商家のことでございます——の旦那衆に頼まれて参りました」


捕霧七は黙って男を見た。私はすかさず手帳を取り出した。


「どのような御用件で」


「一つ目小僧が出るんでございます」と男は低い声で言った。




******




話はこうだった。


神田の一角に、半年ほど前から空き家になっている家屋があった。


江戸の町は、幕府が定めた制度により、武家地・寺社地・町地の三種に区分されている。町地のうち、通りに面した表店おもてだなの地主は地主株じぬしかぶを持つ名主なぬし格の町人で、家賃収入を生業とすることが多い。その表店の一軒が、店子たなこ——ロンドンで言えばテナント——が出て行ってから半年、ずっと空き家のままになっているというのだ。


「その空き家に、夜になると明かりが灯る。そして近所の子どもたちが見た、と言うんでございます——一つ目の小僧が窓から顔を出しているのを、と」


「一つ目小僧」と私は繰り返した。


江戸には、そういう妖怪ようかい——超自然的な存在——の伝承が多い。妖怪とは、説明のつかない不思議な現象や怪異を人格化したもので、日本各地に固有のものがある。一つ目小僧は特に江戸の都市伝説として知られ、額の中央に一つだけ目を持つ童子の姿をしているとされる。


「近所の者は恐れているのでございます。大人でさえ夜はその前を通りたがらない」


捕霧七は煙管きせるを取り出して、雁首がんくび——金属製の先端部——を指でくるりと回した。ロンドン時代のパイプを指で弄ぶ癖が、江戸に来ても変わらない。


「空き家の地主は」


松崎まつざき屋という反物屋たんものやの旦那でございます。日本橋にほんばしの方に本店があって、その離れを貸しに出しておりました」


「松崎屋の主人はその空き家の様子を確認したか」


「それが——怖くて近づけないと申しまして」


捕霧七の目が、わずかに光った。


私はそれを見逃さなかった。この男がこういう目をするとき、もう答えは半ば見えているのだ。


「三太」と彼は言った。「今夜、その空き家を見に行く」




******




江戸の夜は、ロンドンとは趣が異なる暗さを持っている。


ロンドンにはガス灯があり、主要な通りは夜も光に満たされているが、江戸の夜は行灯あんどん提灯ちょうちんの小さな火が点在するのみで、路地は深い闇に沈む。行灯とは和紙を張った箱の内部に油皿を置いた照明器具で、提灯は竹骨に和紙を張った携帯式の灯りである。どちらも炎の揺らぎが影を動かすため、暗闇に慣れない者の目には、あらゆる影が何かに見えかねない。


私と捕霧七は、半兵衛を先に帰し、二人だけで件の空き家に向かった。


神田の路地を抜けると、他の家々の間に、一軒だけひっそりと戸を閉めた家屋があった。元は小さな薬種問屋やくしゅどんや——薬草や香料を扱う商家——だったそうで、格子戸こうしどの隙間からは中の様子が見えない。


「表から入るのか」と私は訊いた。


「裏から観察する」と捕霧七は答えた。


我々は家の裏手に回った。裏手には細い路地があり、隣家との間の土塀どべいが続いている。捕霧七は塀に背をつけて、暗闇の中で静止した。


私も倣って待った。


五分、十分——どのくらい経ったか。


窓の障子しょうじ——木の格子に半透明の和紙を張った引き戸——の向こうに、微かな光が揺れた。


「灯りだ」と私は囁いた。


「黙って見ていろ」


捕霧七の声は、霧の中に溶けるような静けさだった。




******




しばらくして、私たちは表に戻った。


捕霧七は格子戸の前に立ち、周囲の地面を丁寧に観察した。提灯の光を低くかざして、戸口の前の土の踏み具合、軒下の埃の乱れ方、格子の木材の摩耗の様子を、一つ一つ確かめた。


「三太、格子の下端を見ろ」と彼は言った。


言われた通りに目を凝らすと、格子戸の下端の一部が、他の部分より埃が少なく、かすかに新しい傷がついているのがわかった。


「ここを最近、繰り返し触った者がいる」と捕霧七は言った。「定期的に、この戸を開けた者が。埃の付き方と傷の向きから、戸は内側から開けられている。つまり——」


「この家の中に、人がいる?」


「いた、あるいはいる。今夜の灯りがそれを証明している」


「しかし空き家のはずだ」


「空き家と妖怪の組み合わせ、というのは古典的だな」と捕霧七は言った。妙に愉快そうな口調だった。「ワトソン——失礼、三太。怪物のいる廃屋には、必ず怪物が嫌われる理由がある。人々を遠ざけることで、誰かが得をしている。その誰かが何者か、調べれば事件の核心に近づく」




******




翌日、私たちは松崎屋の主人を訪ねた。


日本橋にほんばしは江戸の商業の中心地で、幕府が定めた五街道の起点でもある橋がその名の由来で、橋の周囲には大きな商家が軒を連ねていた。松崎屋は三間口さんけんぐち——約五・四メートルの間口——を持つ中堅の反物屋たんものやで、呉服ごふく木綿もめんの生地を扱っていた。


主人の松崎惣兵衛そうべえは四十前後の、小太りで目が小さい男だった。私たちが問い詰めると、彼は最初は口を濁したが、捕霧七が例の静かな目で見続けると、やがて重い息をついた。


「実は——空き家には、訳あって荷物を置かせていただいておりまして」


「荷物の中身は」


「……仕入れた品でございます。ただ、その——あまり人に見られたくない品で」


捕霧七はそれ以上は追及せず、礼を言って帰ろうとした。私は不思議に思ったが、外に出てから彼に訊いた。


「なぜ引き下がった。あれは怪しい」


「もちろん怪しい。しかし今の段階で追い詰めてもボロを出さない。もう一手打つ必要がある」


「一手?」


「松崎屋がどこから仕入れをしているか、調べる。反物屋に不審な品物があるとすれば——」


捕霧七は少し考えてから言った。


抜荷ぬけにかもしれない」




******




抜荷ぬけにというのは、江戸時代における密輸・密売のことである。


幕府は様々な商品の流通を株仲間かぶなかまと呼ばれる公認の商業組合を通じて管理していた。株仲間は幕府から特定の商品を独占的に売買する権利を与えられる代わりに、税を納め、品質管理の責任を負う。ロンドンの東インド会社のような独占的商業体制に近い仕組みだ。


この制度の外で商品を流通させることが抜荷であり、発覚すれば厳しい処罰を受ける。それゆえ、抜荷品の一時保管場所は人目を避けた場所でなければならない——たとえば、妖怪が出ると噂される空き家のような場所が。


「つまり、一つ目小僧の噂は」と私は言った。「松崎屋が自分で流した、あるいは利用した?」


「後者だろう」と捕霧七は言った。「最初から計画したというより、偶然に子どもたちが何かを見て一つ目小僧の噂が立った。それを松崎屋が積極的に否定せず、利用した。噂が大きくなればなるほど、誰も近づかなくなる。都合がよい」


「では子どもたちが見た一つ目の正体は?」


捕霧七はわずかに微笑んだ。


「提灯だ」




******




なるほど、とあとから私は思った。


江戸の提灯には様々な形があるが、夜の窓越しに見た提灯の光は、揺れながら丸く輝く。窓の障子に一つだけ丸い光の輪が浮かぶさまを、子どもが見たとき——一つ目小僧、と思うのは、無理もない。


それも暗い夜に、怖い場所として知られる空き家の窓に浮かんだとなれば、恐怖が先立って、大人でさえ妖怪と信じる。


「荷物の出し入れをしていた人間が、窓から提灯の明かりを漏らした」と捕霧七は言った。「そしてそれを子どもたちが見た。こういう順序だ」


「証拠は?」


「これから集める」




******




その後の調べで、松崎屋は問屋仲間とんやなかまの外で長崎の商人から絹を仕入れ、空き家に隠していたことが判明した。


長崎ながさきは幕府が唯一認めた外国貿易港で、中国やオランダからの輸入品が入ってくる。それらの品物は長崎会所かいしょという幕府の管理機関を通じて流通するはずが、一部の商人が横流しで利益を得ていた。松崎屋もその一端を担っていたのだ。


捕霧七は丁寧に証拠を集め、それを担当の同心どうしんに引き渡した。


同心とは、町奉行所の下級役人で、実際の事件の捜査と逮捕を担当する。俸給は少なく、岡っ引きのような協力者を使いながら仕事をする点では、ロンドンのスコットランド・ヤードの下級刑事に近い存在と言えるかもしれない。


松崎屋は南町奉行所みなみまちぶぎょうしょに引き渡され、空き家の荷物は没収された。


「旦那、見事でございました」と半兵衛が言った。「一つ目小僧の正体が提灯とは——誰も気がつきませんで」


「怪物の正体は、たいてい人間の仕事だ」と捕霧七は言った。「怪物がいれば便利な者が必ずいる。それを探せばよい」


「しかし、どこで見当をつけられたのです」


捕霧七は少し考えてから答えた。


「空き家の主人が、自分の物件に近づくのを怖がっていた。空き家の地主なら普通は中に入って確認するのが当然だ。それをしないということは——中に何があるか知っていた。しかし知らないふりをしなければならない理由があった。そこから始まった」


「それだけでございますか」


「格子戸の傷を見た。これが決め手だ。人がいない家の戸は磨耗しない。しかし定期的に出入りがあれば、戸の下端の傷と埃の乱れに痕跡が残る。これはロンドンでも江戸でも変わらない」


私は隣でひそかに微笑んだ。


「空き家の格子戸の傷」——それを見逃さない目を持つ者が、私の友人でなければ、一つ目小僧は今も神田の路地に出没し続けていただろう。




******




その夜、私と捕霧七は長屋の縁側に並んで座った。


春まだ遠い夜の空気は冷たく、どこかの屋台の焚き火の煙が細く立ち上って、星の見える空へ吸い込まれていった。


江戸では夜、火の用心ひのようじんと呼ばれる見回りが町を歩く。「火の用心、さっしゃりませ」という声が、夜の静けさの中に木の拍子木ひょうしぎの音とともに響いてくる。これは町内の自警団のような者が、火災——江戸は木造建築が密集しているため火災が最大の脅威だった——を防ぐために夜回りをする慣習で、ロンドンの夜警に似ているが、いっそう市民に根差した習慣である。


「捕霧七さん」と私は言った。「怪物というものは、なぜ人を惹きつけるのだろう」


「恐怖と好奇心は、同じ源から来ているからだ」と彼は煙管を一服やりながら答えた。「人間は、説明のつかないものに引き寄せられる。それは弱さではなく、本能だ」


「しかし、説明がつけば怪物は消える」


「そうだ。そして」と捕霧七は空を見上げた。「その説明をつけることが、我々の仕事だ。妖怪を作るのも人間、妖怪を利用するのも人間、妖怪の正体を暴くのも人間——全部同じ話だ、三太」


遠くから、拍子木の音がまた流れてきた。


「火の用心——」


その声は夜の町に広がって、やがて静かに消えた。




******




【結末:ロンドン時代】


気がつくと、私はベイカー街の居間にいた。


暖炉の火が低く燃え、ホームズは民俗学の図録を膝に乗せたまま、目を半分閉じていた。馬車の事故のことは、まるで夢のようだった——いや、あれからどのくらい時間が経ったのかも、私にはよくわからない。


「ホームズ」と私は言った。「一つ目小僧の答えは、提灯だったよ」


ホームズは静かに目を開けて、私を見た。


「知っていた」と彼は言った。


「え?」


「昨晩から考えていた。妖怪の目が一つ、丸く光るという報告——これが建物の窓越しに観察されているという点に注目すれば、答えは明白だ。提灯の光が障子越しに漏れれば、夜目には一つの丸い光として見える。そこに怪物の伝承が重なれば——人間の知覚は都合のよい方向に補正される」


「ならば江戸の」


「江戸でも、ロンドンでも」とホームズは言った。「怪物の仕組みは同じだ。恐怖は人を盲目にする。そして誰かがその盲目さを利用する。見えているものを、先入観なく見ること——それだけが唯一の武器だ」


窓の外、三月のロンドンに、また霧が出ていた。


ガス灯の光が霧の中に溶けて、丸く、ぼんやりと輝いていた。


まるで——一つ目小僧の目のように。


ホームズはその光を見て、かすかに口元を動かした。笑ったのか、それとも何か思うところがあったのか、私にはわからなかった。


ただ彼は、図録を静かに閉じて言った。


「ワトソン、次は何が来るかね」


それは問いかけというより、独り言のようだった。そして私には、次もまた江戸の夜の空気と、木の拍子木の音が、どこかから聞こえてくるような気がしてならなかった。




******




本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。




著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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