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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる  作者: コナン・綺堂異流


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第三十八話:人形遣いの冒険 〜 The Adventure of the Puppet Master 〜

一部AIにより作成


挿絵(By みてみん)


【冒頭:ロンドン時代】


一八九一年、初冬のことである。


ベイカー街二百二十一番地Bの居間に、その日は珍しい来客があった。


コヴェント・ガーデン劇場の演出家を務めるという、痩せた中年の紳士で、彼はソファに腰を下ろすなり、帽子を膝の上でくるくると回しながら言った。


「ホームズ氏、舞台の上で人が死ぬとき、それは演技でしょうか、現実でしょうか」


「どちらでもあり得ます」とホームズは即座に答えた。「問題は、死んだのが役者か、それとも役者を演じていた人物かというところです」


私、ジョン・H・ワトソンはコーヒーカップを手にしたまま、二人の顔を交互に見た。


紳士の話はこうだった。彼の劇団で活動する若い道化役者が、前夜の公演中、舞台袖で意識を失って倒れた。医師を呼んだところ毒を盛られた疑いがあると言う。道化役者が普段から仲の悪かった相手は、同じ劇団の操り人形師だという。


「人形師というのは厄介な連中です」と紳士は言った。「糸を使って他人を動かすことに慣れすぎている。人も人形と同じように扱えると思っている」


「人形を使って人を殺そうとした、とお考えですか」とホームズは訊いた。


「その人形師は、小道具の人形の中に毒薬を仕込む技術を持っているそうです。人形の腕に細い針を仕込んで、触れた者を傷つける仕掛けを作ったことがある、と——」


ホームズは立ち上がり、外套を手に取った。


「参りましょう、ワトソン」


「今すぐか」と私は言った。「コーヒーが——」


「事件は冷めてから調べるものではない」


私たちは劇場へ急いだ。バーリントン・アーケードを抜け、ピカデリーを横切り、コヴェント・ガーデンへと向かう道すがら、師走の霧が深くなってきた。ガス灯の光が霧に溶けて、あたりは白く濁っていた。


劇場の裏口に着いたとき、私の足が凍った路面で滑った。とっさにホームズの腕を掴んだが、彼も同時に体勢を崩し、二人して舞台搬入口の石段を転げ落ちた。石に頭をぶつけた衝撃で、意識が暗転した。


そして——気がつくと、私は別の場所にいた。




******




【本編:江戸での事件】


——和登三太の語り——


目が覚めると、頭の上に広い空が広がっていた。


秋晴れの、澄んだ青い空だった。ロンドンのどんよりとした鉛色の空とは別世界のような、突き抜けるような青さである。私は野外に寝かされていた。体を起こすと、砂利を踏み固めた広場のような場所で、向こうに幕を張った粗末な小屋掛けが見えた。


近くから、三味線しゃみせんの音がした。


三味線というのは、ロンドンのバンジョーに似た弦楽器だが、猫皮を張った胴から発する音はより細く、どこか哀愁がある。それが拍子木の音と交互に響いて、賑やかな調子を作っている。


本所ほんじょ広小路ひろこうじだ」


隣に捕霧七が座っていた。


着物の腰に十手を差し、煙管を手に持ちながら、小屋掛けの方向を眺めている。その横顔は、ホームズが劇場の客席で舞台を観察するときの——あの鋭く静かな目をしていた。


本所ほんじょの広小路——これは、隅田川を渡った東の外れにある盛りさかりばで、江戸の庶民の娯楽が集まる場所である。ロンドンで言えばサウスバンクやコヴェント・ガーデンに近い雰囲気で、大道芸人、見世物小屋みせものごや軽業かるわざ師、浪曲ろうきょく語りなどが軒を連ねている。


「仕事か」と私は訊いた。


「そうだ」と捕霧七は言った。「人形遣いの一座で、人が死んだ」




******




依頼を持ってきたのは、広小路の小屋掛けの一つで人形芝居にんぎょうしばいを興行している座元ざもと仙左衛門せんざえもんという老人だった。


人形芝居というのは、浄瑠璃じょうるりと呼ばれる語り物の音楽に乗せて、人形を遣って演じる芝居のことである。大坂(今の大阪)の文楽ぶんらくが名高いが、江戸にも各地を旅する小さな一座が多くある。一体の人形を三人の遣い手が操る本格的なものもあれば、一人で遣う簡単なものもある。ロンドンの操り人形マリオネットとは異なり、直接手で人形を持って遣うところが特徴である。


仙左衛門は七十がらみの白髪の老人で、顔に深い皺が刻まれていたが、目だけが若々しく光っていた。


「捕霧七の旦那、お願いします」と仙左衛門は言った。「うちの人形遣いかしら芳次郎よしじろうが、昨夜、小屋の裏で死んでおりました。年は四十五で、まだ元気なはずだったんですが——見つかったときにはもう、冷たくなっておりまして」


「どのような死に様だったか」と捕霧七は訊いた。


「外傷はございません。ただ、顔色が妙に青くて——町医者には、急な病と言われましたが……」


「あなたはそれを信じていない」


仙左衛門はしわの多い顔をゆっくりとうつむけた。「芳次郎は丈夫な男でした。ここ数日、一座の中でちょっとした揉め事がありまして、それが引っかかっておりまして」


「揉め事の相手は」


「若い人形遣いの亀蔵かめぞうと申します。二十六歳で、腕は確かですが……気性が荒うございまして」


「芳次郎と亀蔵、どのような仲だったか」


仙左衛門は口ごもった。「それが……」


捕霧七は煙管をくるくると回した。「話してくれ。隠しても始まらない」


「亀蔵は、芳次郎が十年前に一座を去った女のことを……その、芳次郎の昔の女のことを、何かと口の端に乗せる男でして。芳次郎はそれが何より嫌いで——」


捕霧七の目が、静かに細まった。




******




「三太、行くぞ」と捕霧七は立ち上がった。


「小屋の裏を見るのか」


「それと、亀蔵に会う。それと——」彼は少し間を置いた。「一座の人形を調べる」


「人形を?」


「人形というのは、遣い手の技量と心を映すものだ。人形を見れば、遣い手のことがわかる」


これはホームズが楽器の弾き手について言う言葉と、構造がまったく同じだった。「バイオリンを弾く指を見れば、その人間の職業がわかる」——あの言い方と。


私は苦笑しながら立ち上がった。




******




小屋掛けの裏は、木の板を打ちつけた粗末な壁で囲まれた狭い空間だった。人形や衣装を収める大きな木の長持ながもちがいくつか置かれ、地面は踏み固められた土である。芳次郎が倒れていたのは、その長持の一つの傍らだという。


捕霧七は地面を丹念に調べた。虫眼鏡を取り出して、土の上に膝をついた。


「三太、ここに何があると思う」


「何かあるのか」


「ここに——」彼は地面の一点を指差した。「砂の中に、小さな粒が落ちている。見えるか」


私は目を凝らした。確かに、ごく小さな、白い粒のようなものが土に混じっていた。


「薬か」と私は言った。


「もしくは毒だ。摘まんでみろ」


私は医師としての習慣から、慎重に指先でそれをつまんだ。ごく少量だが、確かに粉末状の何かだった。鼻に近づけてみると——微かに苦みのある、薬草のような匂いがした。


附子ぶしだ」と捕霧七は静かに言った。「鳥頭とりかぶとの根を乾燥させたものだ。少量でも心臓を止める。江戸では草根木皮そうこんもくひの薬として使われることがあるが、量を誤れば致死的だ。西洋の毒草アコナイトと同族の植物だよ、三太。君なら知っているだろう」


私は頷いた。アコナイト——ヨーロッパでも中世から毒として知られる植物だ。心臓の動きを止め、急死に見える症状を引き起こす。外傷がなく、急病に見せかけられる毒として、歴史上何度も使われてきた。


「しかし、どうやって」と私は言った。「飲食物に混ぜたのか」


「それが問題だ」と捕霧七は立ち上がった。「長持を見せてもらおう」




******




仙左衛門に頼んで、一座の人形と道具を収めた長持を開けてもらった。


人形の種類は様々だった。武者むしゃの人形、傾城けいせい——遊里の女——の人形、道化どうけの人形。それぞれ精巧に作られ、着物を着せられ、かつらをつけている。


捕霧七は一体ずつ、丁寧に手に取って調べた。人形の胴体、腕、首、衣装——虫眼鏡で各部を検分していく様は、ロンドンで証拠品を調べるホームズそのものだった。


そして彼は、一体の道化人形のところで手を止めた。


「三太、これを見ろ」


道化の人形の右手の指先に、ごく細い針のようなものが仕込まれていた。指の第一関節の部分に、通常の人形にはあるはずのない、細い金属の突起があった。


「仕込みしこみばりだ」と捕霧七は静かに言った。「人形を遣うとき、遣い手は人形の頭と手を持つ。この針に毒を塗っておけば——人形を素手で掴んだとき、刺さる」


「しかし、遣い手自身も刺さるのではないか」


「ここを見ろ」と彼は指差した。「針の角度が絶妙だ。長持から取り出すとき、あるいは衣装を整えるとき——正面から掴めば針は避けられる。しかし横から、無防備に掴んだとき、刺さる。これは芳次郎が掴む位置を計算して仕込まれている」


「つまり、芳次郎がこの人形を取り出したとき——」


「刺さった。附子を塗った針に」


私は思わず息を呑んだ。


人形を使って人を刺す——人形師がいかに人間の動作を熟知しているかを利用した、巧妙な殺し方だった。


「亀蔵に会おう」と捕霧七は言った。




******




亀蔵は小屋掛けの隅に一人でいた。


二十六歳というのは、まだ若い。しかしその目には、年不相応に暗い何かが宿っていた。捕霧七を見ても、特に動揺した様子は見せなかった。


「芳次郎のことか」と亀蔵は言った。


「そうだ」と捕霧七は答えた。「道化の人形に仕込み針があった。知っているか」


亀蔵はしばらく黙っていた。「知っている」


「誰が仕込んだ」


「俺だ」と、亀蔵は静かに言った。「ただし——芳次郎を殺すつもりじゃなかった」


捕霧七は何も言わず、亀蔵の次の言葉を待った。


「あの人形は、もともと俺が遣う演目のものだ。芳次郎は座頭ざがしらだから、練習のときに全部の人形を確認する。それを知っていた。俺は……針を仕込んで、少し怪我をさせようと思っただけだ。毒なんか塗ってない」


「しかし芳次郎は死んだ」


「……知らなかった」と亀蔵は言った。「本当に、毒は塗っていない」


捕霧七は無言で長持に戻り、道化人形の針を再び調べた。そして戻ってきたとき、彼の表情がわずかに変わっていた。


「三太、もう一度あの地面を見てくれ。土に落ちていた粉の量を覚えているか」


「少量だったが」


「人形の針に塗られていた毒の量も、ごく少量だ。針に塗るという方法では、皮膚から吸収される量は限られる。健康な大人を即死させるには足りない」


「では——」


「芳次郎は別の経路で毒を摂取した。針の傷は、本来なら軽傷で済んだはずだ。しかし何か別のものを、同じ夜に口から摂取していた」




******




私たちはその夜の芳次郎の行動を、一座の者たちに丁寧に聞いていった。


そして判明したことがある。


芳次郎はその夜の公演が終わった後、一人で近くの煮売りにうりや——食べ物を煮て売る簡便な食事処で、江戸の庶民の食堂に相当する——に寄っていた。そこで酒とさかなをひとり飲んで、小屋に戻ってきた。


「一人だったのか」と捕霧七は煮売り屋の主人に訊いた。


「いいえ、後から一人お連れになりまして」と主人は答えた。「四十前後の、落ち着いた女性で——常連ではありませんでした」


「どんな女だったか」


「きれいな方で……三味線の胼胝たこがありましたから、芸人か何かかと思いましたが」


捕霧七はうなずいた。「その女が何を飲ませたか」


「なにやら薬草の煎じ薬のような瓶を持っておられて、芳次郎様の杯に——しかし、それは体に良いものだとおっしゃって」




******




仙左衛門を呼び、十年前に一座を去った女の話をもう一度聞いた。


その女の名はおぬいといい、かつて三味線弾きとして一座にいた。芳次郎と深い仲だったが、十年前、亀蔵の父親——やはり人形遣いだった——と駆け落ちして消えた。亀蔵の父は後に死に、お縫はどこかで細々と暮らしているという話だった。


亀蔵が芳次郎を憎んだのは、父を奪った女を、芳次郎がいまだに引きずっていることへの怒りだった。自分の父を捨てさせた男への憎しみが、仕込み針へと向かったのだ。


「しかしお縫が芳次郎を憎んだのは——」と私は言った。


「逆だ」と捕霧七は言った。「お縫は芳次郎をまだ愛していた。だからこそ、体に良いと信じて煎じ薬を飲ませた。附子は少量なら強壮薬として使われる。お縫は自分の調合が致死量になることを知らなかった」


「では、誰も——芳次郎を殺そうとはしていなかった?」


「亀蔵は怪我をさせようとした。お縫は元気にしようとした。しかし二つが重なったとき——針の毒と飲み薬の毒が体の中で組み合わさって、量が致死域を超えた」


私は言葉を失った。


誰一人として人を殺そうとしていなかった。しかし人が死んだ。


「これは——」


「事故でも、殺人でも、どちらとも言い切れない」と捕霧七は静かに言った。「しかし真実だ。奉行所の同心に、ありのままを話す。判断は奉行所が下す」


秋の日差しが、広小路の砂利に長い影を落としていた。


小屋掛けの向こうから、三味線の音がまた聞こえてきた。誰かが稽古を続けている。芳次郎が死んでも、芸の世界は止まらない。人形は遣い手を変えて、また舞台に立つ。


「捕霧七さん」と私は言った。「人形と人間は、どこが違うのだろう」


捕霧七は煙管の煙を吐き出して、しばらく考えた。


「人形は糸で動く。人間は心で動く——はずだ」と彼はゆっくり言った。「しかし今度の件を見れば、人間も糸で動いているように見える。憎しみという糸、愛という糸に」


「どちらが遣い手だ」


「それがわかれば、もっと楽に生きられるのだが」と捕霧七は言って、静かに立ち上がった。




******




亀蔵はその後、奉行所の同心に事の次第を話し、お縫も呼び出されて事情を説明した。二人とも殺意はなく、結果として過失の重なりによる死と判断された。亀蔵は仕込み針の件でとがを受けたが、死罪は免れた。


お縫は自分の薬が芳次郎の死に関わったことを知って、長い間泣き続けたという。


仙左衛門がわざわざ礼を述べに来てくれたのは、それから五日後のことだった。


「旦那のお陰で、事の筋目がはっきりしました。亀蔵も、お縫も、本当は芳次郎のことを——それぞれの形で大切に思っておりましたので」


「そうでしょう」と捕霧七は言った。


「人形遣いというのは不思議なもので——人形に心を込めれば込めるほど、遣い手の心も人形に移っていく。芳次郎は長年、あの道化の人形を遣っておりました。人形が笑うとき、芳次郎も笑っておりました。人形が泣くとき——」


老人は言葉を途切れさせた。


「人形と一緒に死ぬとは、思いませんでした」


秋の風が、幕をはためかせた。




******




【結末:ロンドン時代】


気がつくと、私はコヴェント・ガーデン劇場の搬入口の前にいた。


石段の下で、ホームズが私の背中を叩いている。「大丈夫か、ワトソン」


「転んだのか、私は」


「私もだ」とホームズは言って、外套についた埃を払った。「しかし気を失ったのは君だけだ。不思議な夢でも見たかね」


「……見た」と私は言った。「人形遣いの話だ」


「ほう」とホームズは眉を上げた。「では続きは後で聞こう。今はまず、この劇場の事件だ」


「ホームズ」と私は言いながら立ち上がった。「人形と人間は、どこが違うと思う」


「唐突だな」とホームズは言った。「しかし良い問いだ」


彼は劇場の裏口に向かいながら、振り返らずに言った。


「人形は糸が切れれば動けなくなる。人間は糸が切れてからが、本当の動きを始める——と私は思っているが」


「糸が切れてから?」


「憎しみという糸、愛という糸、欲望という糸——それらに縛られている間は、人間もある意味で人形だ。ワトソン、今夜の事件がどういう結末を迎えるか、まだわからん。しかし一つだけ確かなことがある」


「何だ」


「この劇場で誰かが毒を盛られたとすれば、それも人形遣いと同じ構造だということだ。一人が糸を引き、一人が糸に縛られ、誰かが倒れる」


劇場の扉が開いた。舞台の脂粉おしろいと木の香りが流れ出てきた。それはなぜか、江戸の小屋掛けの香りに似ていた。


「参ろう」とホームズは言った。「糸の先を見つけに」




******




本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。




著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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