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身代わりの男装英雄と冷徹大佐  作者: 結月 香
第一章 北の国境と魔族の襲撃

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零:魔物蔓延る世界

 三百年前、突然大陸の外れに存在していた小国が滅びた。

 原因は、突如として発生した魔物による襲撃だった。


 それまでの人類は、人間に対する武力しか持ち合わせておらず、強靭な肉体と魔力を有する魔物の前では、まるで無力だった。


 それでも、人間は攻撃魔法の強化や魔物にも効く武器の考案などを行い、なんとか抵抗した。

 しかし、徐々に魔物に侵略され、百年が経つ頃には四十二あった大陸の国は僅か十二になってしまった。


 残った国はそれまで続けていた領土の奪い合いをやめ、人間同士で団結し、魔物という共通の敵に立ち向かうことにした。


 これが、大陸に残った人間の国を束ねるゴッテスフルス帝国の始まりである。


 そして魔物との攻防が更に百年続いた時、つまり今から百年前、魔物の中に、人間のような姿をして人語を解する個体が現れた。それは高い知能を有していて、人間が仕掛ける罠は尽(ことごと)く見破られてしまった。

 それからは圧倒的に魔物が優勢となり、ゴッテスフルス帝国は領土を縮小せざるを得なくなっていった。


 人間は、人のような姿をして人語を解する魔物を魔族と呼び、一層恐れた。


 そして現在、ゴッテスフルス帝国は大陸の南側に、三割程の領土を残すのみとなってしまったが、高い壁で領地を覆い、なんとか魔族からの襲撃に耐え凌いでいた。

 更に帝都は、最後の砦として強固な石壁で囲い込んだ。


 結果、大陸内で最も安全な場所だといわれるようになり、魔物からの襲撃に怯える貴族たちが、挙(こぞ)って帝都に引っ越した。


 一部、騎士爵の家や、歴代多くの騎士を輩出している家系の者だけが、郊外に居を構え、有事の際は国境に出向いて魔物の襲撃を退けるようになっていた。


 特に、最北端の国境付近に住まうシシェル家は、爵位こそ伯爵であるが、帝国最北の防衛を担うことから、古くから辺境伯とも呼ばれている。

 その類稀な剣術と魔法技術で、何度も国境を守ってきていた名門の家系である。

 その中でも、伯爵家の嫡男であるアインハルトは、歴代最も多くの魔族を殺したと謳われ、今代の英雄と名高い。


 しかし、事実は異なる。


 本当のアインハルトは病弱で、実際に最前線で魔物を葬っているのは、彼の双子の姉、ヴィオラであった。

 双子だけあって、二人の面差しはよく似ていて、鎧を纏うヴィオラは誰がどう見てもアインハルトのようだった。


 ヴィオラも、自分が戦うことで兄の功績になるならそれで良いと思っていたし、彼らの父も、魔物と戦う貴族令嬢では嫁の貰い手がなくなると思い、その事実を周りには伏せることにした。


 そんなある日、シシェル家に、北東の国境が危ないため至急援軍を送れという通達が届いた。


 シシェル伯爵家が有する騎士団から援軍を送ることは可能だ。しかし当然、そうすればこちらが手薄になる。


 伯爵は苦渋の決断を下した。

 それが、“身代わりの英雄”ヴィオラ・シシェルの運命を、大きく動かすことになるとは知らずに。

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