第23話 命の行き先
静寂が、王都を包んでいた。
崩壊しかけた街は、今やかろうじて形を保っている。
だが――まだ終わっていない。
空間の奥。
最後に残った“歪み”。
その中心に、ダリアンは立っていた。
「……まだ、終わっていませんわ」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、執念が宿っていた。
「人は、必ず壊れる」
静かに言う。
「だからこそ、管理する必要があるのです」
空気が歪む。
わずかに残った力が、再び王都へ干渉しようとする。
「感情も、生命も……すべて制御されるべきもの」
その言葉は、もはや理屈ではなく“信念”だった。
ーーー
「……違います」
セレスティアが、一歩前に出る。
その声は、静かだった。
だが――揺るがない。
「生命は、管理されるものじゃない」
光が、ゆっくりと広がる。
「選んで、繋がって、変わっていくものです」
その一歩には、迷いがなかった。
かつての彼女ではない。
守られるだけの存在でもない。
「だから私は――」
一瞬、息を吸う。
「奪いません」
ダリアンの目が、わずかに揺れた。
「……何を、言って……」
そのとき。
「セレスティア」
ヴァルカスの声。
短く、ただ一言。
「やれ」
それだけだった。
だが十分だった。
セレスティアは、頷く。
そして――手を伸ばした。
「――繋がりを、解きます」
光が、収束する。
王都全体へ張り巡らされていた“干渉”。
リリスとの接続。
人々への影響。
すべてに触れ――
そして。
静かに、断ち切る。
「……え?」
ダリアンの声が、震える。
「な、に……?」
再び力を使おうとする。
だが――
「動かない……?」
何も起きない。
「どうして……命令が……通らない……?」
セレスティアが、まっすぐに彼女を見る。
「あなたは、もう誰も壊せません」
沈黙。
「……そんな……」
ダリアンの表情が崩れる。
「私は……正しかったはず……」
支配。
管理。
制御。
それによってしか、世界を保てないと信じていた。
その“前提”が、今。
崩れた。
セレスティアは、ゆっくりと近づく。
もう恐れはない。
ただ、見つめる。
「あなたも、ただ生きていいんです」
その言葉は、優しかった。
あまりにも。
ダリアンの目が、大きく揺れる。
「……ただ……生きる……?」
理解できない。
いや――
理解したくない。
力が抜ける。
その場に、崩れ落ちる。
誰も支配できない。
誰にも干渉できない。
ただ“存在するだけ”。
それが、彼女の終わりだった。
静寂。
空を覆っていた歪みが、ゆっくりと消えていく。
裂け目が閉じる。
光が戻る。
「……終わったな」
ヴァルカスが呟く。
セレスティアは、その場に立ったまま――
少しだけ、力を抜いた。
「……はい」
振り返る。
視線が合う。
一瞬、言葉が出ない。
あの日と同じ。
けれど、違う。
「……守れました」
小さく言う。
ヴァルカスは、短く頷いた。
「全部な」
それだけで、十分だった。
少しだけ沈黙。
セレスティアは、迷ったように――
ほんの少しだけ、手を伸ばす。
その手を。
ヴァルカスは、何も言わずに取った。
温かい。
確かに、ここにある。
セレスティアは、少しだけ笑う。
「……もう、怖くありません」
「そうか」
短い返事。
だが、その手は離れない。
風が吹く。
街の音が戻る。
人々のざわめき。
生活の気配。
壊れかけた世界は――
確かに、繋がっていた。
セレスティアは、空を見上げる。
光が広がっている。
(この人となら)
心の中で、静かに思う。
(どこまでも行ける)
ヴァルカスもまた、空を見る。
何も言わない。
だが、その隣に立っている。
それで、十分だった。
その日――
世界は、“正しく息をした”。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
もしよかったら感想などいただけると嬉しいです。
最後に番外編で完結にさせていただきます。
番外編は「王子の断罪と次期国王候補について」です。




